第108話 汚れ役
ミヤーノが持ち込んだ資料によって、火薬を隠していた倉庫はかなり絞り込まれていた。
「若い憲兵達が頑張ってくれました。出入りする荷馬車や人夫、それに火薬臭の報告などを洗い直した結果です」
机の上へ広げられた地図には、いくつかの場所が赤く記されている。
滝はその一つを指差した。
「この倉庫の持ち主は?」
ミヤーノは一瞬だけ表情を引き締めた。
「貿易商リアタです」
その名を聞いた瞬間、サカンとコーナンの顔色が変わる。
「……あの男か」
「まさか、そこへ繋がりますか」
滝は二人を見た。
「知っているのか?」
コーナンが静かに頷く。
「政府御用達の貿易商です。多くの貴族とも繋がりがあります」
続いてサカンが苦々しく口を開いた。
「過去にも贈収賄で何度も名が挙がりました。しかし証拠が掴めん」
一度言葉を切る。
「毎回、尻尾だけ切って逃げる狡猾な男です」
滝は腕を組んだ。
日本にもいた。
自分では決して手を汚さず、部下や関係者を切り捨てて生き延びる人間が。
「……逆に言えば」
滝が静かに口を開く。
「そいつと繋がっている貴族が、この事件のかなり近いところにいる可能性が高い」
執務室の空気が張り詰める。
「今すぐ倉庫を捜索しましょう」
コーナンが身を乗り出した。
「ジンの証言もあります。リアタを取り調べれば――」
若い憲兵達も頷く。
だが滝は、ゆっくりと首を横に振った。
「今まで何度も摘発を逃れてきた男だ」
静かな声だった。
それだけに重みがあった。
「そんな男が、この事件に関わっているなら、なおさら証拠は消している」
滝は地図へ視線を落とす。
「今、倉庫を探っても、おそらく何も出ない」
執務室が静まり返る。
「それに、ジンの証言は目隠しをされた状態でのものだ」
「現時点では決定的な証拠にはならない」
若い憲兵達の表情が曇る。
「今ここでジンの存在を表に出せば、証人であるジン自身が危険になる」
誰も反論できなかった。
「……では、どうすれば」
若い憲兵の一人が悔しそうに呟く。
滝は小さく息を吐いた。
「そんな大物が、自分で直接動くとは思えない」
その言葉に、皆が顔を上げる。
「セキ総督の事件と同じだ」
滝は静かに続けた。
「誰かが汚れ役をやっている」
執務室が静まり返る。
「まずは、その汚れ役を見つける」
その一言で、皆の視線が滝へ集まった。
「そのためには尾行や張り込み、それに内偵が必要になる」
滝は肩をすくめた。
「だが俺は、怪しい中年の外国人だ」
若い憲兵達から小さな笑いが漏れる。
「コーナンは若い将校で目立つ」
「サカンは……」
一瞬だけサカンを見る。
「存在感がありすぎる」
「ほう?」
サカンが眉をひそめる。
執務室に少しだけ笑いが戻った。
若い憲兵達が勢いよく手を挙げる。
「自分達がやります!」
滝は苦笑しながら首を振る。
「気持ちはありがたい」
そして真面目な表情へ戻る。
「だがお前達は制服勤務だ」
「街の人間も、お前達の顔を覚えている」
若い憲兵達が顔を見合わせた。
「しかも全員、体格が良くて目立つ」
再び笑いが起きる。
「日本でも柔道の強い刑事は尾行で苦労した」
「肩幅が広くて耳も潰れてる。どうしても目立つんだ」
コーナンが腕を組む。
「では、どんな人物なら適任なのでしょう」
滝は指を折りながら答えた。
「素早く動ける」
「街で顔を知られていない」
「内偵や潜入の経験がある」
そして苦笑する。
「……そんな都合のいい人材がいれば苦労しない」
その時だった。
「皇女殿下のおなりです!」
執務室の外から声が響く。
一同が一斉に姿勢を正す。
扉が開き、ハギーが穏やかな笑みを浮かべて姿を見せた。
「皆さん、激励にまいりました」
その後ろには、いつもの覆面姿のユダが静かに控えている。
滝は思わず苦笑した。
(……来たな)
探していた「都合のいい人材」が、自分からやって来たのだった。




