第104話 大事な人
こんこん。
⸻
控えめなノックが響いた。
⸻
「……どうぞ」
⸻
滝が声を掛けると、ゆっくり扉が開く。
⸻
「失礼いたしますぞ」
⸻
サカンが恐る恐る部屋へ入ってきた。
⸻
そして――
ベッド脇に立つミネーと目が合う。
⸻
ミネーは、にこりと微笑んだ。
穏やかな笑顔。
……のはずだった。
⸻
「……サカン様」
⸻
「は、はいっ!」
⸻
「二回目ですよ?」
⸻
ぞわり。
⸻
サカンの背中に冷たいものが走る。
⸻
「も、申し訳ございませんでした!」
⸻
勢いよく頭を下げる。
⸻
滝は小さく咳払いした。
⸻
「……それで?」
⸻
「捜査はどうなった」
⸻
露骨な話題転換だった。
だが、サカンもすぐに乗る。
⸻
「おお、そうでした!」
⸻
慌てて地図を広げる。
⸻
「魚売りの販売経路ですが、だいたい絞り込めましたぞ!」
⸻
地図には赤い印がいくつも書き込まれていた。
⸻
「この辺りを重点的に回っていたようですな」
⸻
滝は地図へ視線を落とす。
⸻
「ふむ……」
⸻
かなり範囲は狭まっている。
ここから聞き込みを重ねれば、怪しい建物の特定も近いだろう。
⸻
「それで今からどう捜査するかですが――」
⸻
サカンが言いかけて止まる。
⸻
ミネーも滝を見ていた。
⸻
その視線を受けながら、滝はゆっくり首を横に振る。
⸻
「今日は休もう」
⸻
サカンが目を丸くした。
⸻
「……は?」
⸻
ミネーも少し驚いた表情になる。
⸻
「最近、自分達を含めて働き過ぎだ」
⸻
滝は静かに続けた。
⸻
「絞り込みの捜査は、俺達以外でもできる」
⸻
「むしろ、この街をよく知ってる憲兵達の方が得意だろ」
⸻
サカンはぽかんと滝を見つめる。
⸻
滝は苦笑した。
⸻
「俺達が全部やる必要はない」
⸻
「部下を信じろ」
⸻
短い沈黙。
⸻
やがてサカンが、はっとしたように顔を上げた。
⸻
「……なるほど」
⸻
「今日は部下に任せる」
⸻
「サカン、お前も家に帰れ」
⸻
「コーナンもな」
⸻
「大事な人と過ごしてこい」
⸻
サカンが照れくさそうに頭を掻く。
⸻
「いやぁ、しかし捜査が――」
⸻
「帰って顔見せとかないと、奥さんに逃げられるぞ」
⸻
滝が笑う。
⸻
一瞬きょとんとしていたサカンも、
⸻
「はっはっは! それは困りますな!」
⸻
豪快に笑った。
⸻
滝もつられて笑う。
⸻
「俺もそうする」
⸻
そう言ってミネーを見る。
⸻
ミネーは少し目を瞬かせ、
それから、ふわりと柔らかく笑った。
⸻
先ほどまでの険しい空気が嘘のようだった。
⸻
サカンも満足そうに頷く。
⸻
「では、本日の捜査指揮は部下達へ任せますぞ」
⸻
「それがいい」
⸻
地図を畳み、サカンは立ち上がる。
⸻
その時だった。
⸻
「サカン様」
⸻
ミネーが呼び止める。
⸻
「はい?」
⸻
ミネーはにこりと微笑んだ。
⸻
「それでは、お土産を」
⸻
そう言うと、部屋を出ていく。
⸻
サカンの顔がぱっと明るくなる。
⸻
「おおっ!」
⸻
「伯爵家からのお土産とは、いったい何ですかな!」
⸻
「酒でしょうか!」
⸻
「菓子かもしれませんぞ!」
⸻
滝は何とも言えない表情になった。
⸻
「……期待しない方がいいぞ」
⸻
「何故です?」
⸻
その時だった。
⸻
扉が開く。
⸻
戻ってきたミネーの後ろには使用人達。
⸻
その両手に抱えられていたのは――
⸻
大量の山芋。
⸻
サカンの笑顔が固まる。
⸻
「……これは?」
⸻
ミネーは優雅に微笑んだ。
⸻
「お裾分けです」
⸻
「は、はぁ……」
⸻
気圧されながら受け取る。
⸻
そして――
⸻
コグシー館を後にする頃には、
サカンの両手は大量の山芋で塞がっていた。
⸻
「……重いですぞ、これ」




