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第103話 静かな笑顔

 コグシーの館、食堂。


⸻


「……それで?」


⸻


 ミネーがじっと滝を見つめる。


⸻


「何故、この時間に帰宅されたのですか?」


⸻


 静かな声。


 だが、圧がある。


⸻


 滝は椅子へ腰を下ろしかけた。


 その瞬間、


「……っ」


 思わず顔をしかめる。


 昨夜、執務室の椅子で寝た代償が、まだ腰に残っていた。


⸻


「……捜査だ」


⸻


「聞き込みが朝早くてな」


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「悪かった」


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 ミネーは何も言わず、ゆっくりと近づいてくる。


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 そして。


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 すん。


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「……お酒臭いです」


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「うっ」


⸻


「それに、お魚の匂いもします」


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 さらに視線が下へ落ちる。


⸻


 食堂の隅。


 積み上げられた大量の魚。


 今朝、滝が買い取ってきた魚だった。


⸻


 ミネーが再び滝を見つめる。


⸻


「……一体、どこで何をしていたのです?」


⸻


 顔が近い。


 思わず身を引きそうになるほど近かった。


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 その瞬間。


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「いっっ……!」


⸻


 腰に激痛が走る。


 反射的に身体が固まった。


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 ミネーの手に握られていた山芋が、


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 べきっ。


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 真っ二つになった。


⸻


 滝の背筋に冷たいものが走る。


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 ミネーは、にこりと笑った。


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「そうですか」


⸻


 冷たい笑顔。


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「よく分かりました」


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 そう言うと、くるりと背を向ける。


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「お、おい待て」


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 だがミネーは振り返らない。


 そのまま食堂を出て行った。


⸻


 沈黙。


⸻


 入れ替わるように、コグシーが食堂へ入ってくる。


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 大量の魚。


 真っ二つになった山芋。


 そして固まったままの滝。


⸻


 状況を一目見たコグシーは、静かに目を閉じた。


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「……何をやった」


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「してねぇよ!」


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「だが、完全に最低の男を見る目だったぞ」


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「誤解だ!」


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 コグシーは深々とため息をつく。


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「ご愁傷様だな」


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「それ好きだな……」


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 もう限界だった。


 腰も痛い。


 眠気もひどい。


⸻


 その後、使用人に半ば運ばれるように寝室へ戻った滝は、ベッドへ横になった瞬間、意識を失うように眠り込んだ。


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 次に目を覚ました時。


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 窓の外は、すっかり昼になっていた。


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「……ん」


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 身体を起こす。


 すると、扉が静かに開いた。


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「起きましたか?」


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 ミネーだった。


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 手には飲み物の入ったカップ。


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 そして。


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 ……機嫌が良い。


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 さっきまでの冷たい空気は、もう消えていた。


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「体調はいかがです?」


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「……だいぶマシだ」


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 ミネーはベッドの脇へ腰を下ろす。


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「先程、ミヤーノ様がいらっしゃいました」


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「ミヤーノが?」


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「はい」


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 小さく頷く。


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「お祝いを届けに来られたそうです」


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 ……またその誤解か。


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「それと」


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「昨日は遅くまで仕事をさせて申し訳なかった、と」


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「今日はゆっくり休ませて欲しいとの伝言でした」


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 なるほど。


 事情は全部説明してくれたのか。


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 ミネーが少し視線を伏せる。


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「……疑ってしまって申し訳ありませんでした」


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 小さな声だった。


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 滝は思わず笑う。


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「いや、紛らわしかった俺も悪い」


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 ミネーがこちらを見る。


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 静かな沈黙。


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 互いに見つめ合う。


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 腰の痛みも、不思議と少し和らいだ気がした。


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 滝はそっと手を伸ばす。


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 ミネーの手を、優しく握る。


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 ミネーがわずかに目を見開き、


 照れたように微笑んだ。


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 その時だった。


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 ばんっ!!


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 勢いよく扉が開く。


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「大佐殿ォ!!」


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 サカンだった。


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「魚売りの販売経路、だいたいまとまりましたぞ――」


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 そこで固まる。


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 滝とミネー。


 繋がれた手。


 部屋を包む静かな空気。


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 サカンの顔が引きつった。


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「……これは失礼いたしました」


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 ばんっ。


⸻


 ものすごい勢いで扉が閉まる。


⸻


 廊下の向こうから、慌てた声が聞こえた。


⸻


「誰も入るなぁっ!!」


⸻


 その声に、滝とミネーは顔を見合わせる。


⸻


 そして、どちらからともなく笑みがこぼれた。

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