第8話 ルミアのトラウマ
かつてここまで生の時間をしたことあったか......いや、何度かあったわ。
それこそ、この世界に初めて飛ばされた時が森だったし、調子乗って挑んだ時もそう。
強敵に勝った後から少しずつ感覚が滲み出る。この手の痺れとか。あぁ、この瞬間、割とたまんねぇ。
「トールちゃん、大丈夫ですか!?」
横たわるホーンボアの上でくつろいでいれば、尻もちをついていたルミアが声をかけてきた。
その表情はどこか青白く、切羽詰まったような感じで。
視線もどこか違う所を......って、あぁ、そういや腕掠ってたな。
「これぐらい大したことない......って聞こえねぇか。ホント、いちいち面倒だな」
「今、私が治し......いえ、すみません.......」
咄嗟に両手をかざしたルミアが、声を尻すぼみにしていく。
杖を拠り所にするように両手でギュッと握ると、やがて黙ってしまった。
その申し訳なさそうな表情に、俺は妙な違和感を感じて首を傾げる。
とはいえ、かける言葉が見つからなかったので、一先ず地面に「大丈夫、これぐらいなんともない」とだけ書いておいて、頭は次なる問題に切り替えた。
「さて、今夜はボタン鍋だが......これを解体するのか」
時間はわからないが、陽の傾き具合からすればこれ以上の探索は危険だろう。
となれば、夕食の準備に取り掛かりたいところだが.....食事にありつけるのは一体いつになるのやら。
これまでも解体自体は俺一人がやってて、ルミアは血が苦手だからそれが出来ない。
別に一人でやる分には問題ないが、この巨体だ。だいぶ時間かかるぞ、これ。
「プギュッ!」
「ん?『手伝う』......ってスー子がか?」
「プギュギュ」
「『動きを見て覚えた。刃物さえあれば出来る』って.....え、マジ?」
半信半疑になりながら、一先ずスー子にルミアから受け取った刃物を渡してみる。
すると、スー子はその刃物を手(のように尖らせた肉体の一部)に持ち、そっと切り込みいれた。
それから器用にホーンボアの皮を剥ぎ始める。
おいおい、散々器用と思ってたが、ここまで出来るとは。
俺、だいぶお前のこと侮っていたかもしれない。なんか謝っとく。今まですまんかった。
というわけで、俺はホーンボアの首に大きく切り込みを入れ、ある程度の血抜きをしつつ、同時進行で皮を剥ぐことに集中した。
人間サイズであれば、もしくはルミアの協力があれば、ホーンボアを木に引っかけてもう少し効率的な血抜きが出来ただろうが、この際多少血の獣臭さが残ってても仕方ない。
水で洗えばなんとかなるだろ、たぶん。食えるだけマシだ。
それからどのくらいかかっただろうか。
空が茜色に染まる少し前ぐらいから初めて、今やドップリ夜へと経過している。
気が付けば、ルミアが気を利かせて焚火台をセットしており、その明かりに照らされながら作業を終えた。
「『ルミア、ここからなら行けそうか? あと、スー子は決して見るな』」
「はい、いけます! やらせてください! スー子ちゃんのこともわかりました」
料理番であるルミアに頼めば、彼女はまるで舎弟のように意気込みを見せる。
別に、そこまで気負わせるつもりはないんだが、恐らく何かがそうさせてるのだろう。
ちなみに、「スー子を見るな」と伝えたのは、今のアイツの体にはホーンボアの内臓がたっぷりだからだ。
もはや動物の形を辞めた新たな生命体みたいになっており、さすがの俺もグロくて見てられない。
それからルミアは袖をまくり、気合を入れた格好で料理の支度を始めていく。
まったり待っていると、なぜか彼女は鍋を火から外してかき回し始め、
「『え、何してるの?』」
「このまま温かい状態じゃトールちゃんが食べれないと思いまして......」
「『確かにそうだけど、それじゃ美味しくないでしょ?』」
「私のことはいいんです。それよりも功労者を労うのは当然です」
「.......」
デフォルト下がり眉がさらに角度を下げる。
そうやって笑う姿は、なんだか死ぬ前の母さんの姿と重なった。
俺がここに来るよりもずっと前に、俺は病気で母さんを亡くしている。
死ぬ数日前、全く死ぬ素振りを見せず気丈に振る舞う母さんがこんな顔をしていた。
まるで自分のことを後回しにして、誰かに申し訳なさそうに気を遣う笑顔。
それがなんだか――無性に気に食わなかった。
「そうか、なら功労者の意見は絶対だな.....」
「トールちゃん?」
「『功労者権限だ。普通に温めて食え。じゃないと俺は食わない』」
ビシッと言ってやりたかったが、筆談のせいで時間がかかってしまった。
しかし、不思議と何回も繰り返してるうちに、多少早く書けるようになったと思う。
それはともかく、俺の文章を見てルミアは一瞬目を見開くも、
「わ、わかりました......」
大人しく指示に従い、鍋を焚火台に戻して調理を再開する。
やはりというべきか、この子は少々他人に優しすぎるな。
そして自分を蔑ろにしすぎである。正直、冒険者向きではない。
俺的に、冒険者は清濁併せ吞む存在だと思っている。
綺麗事を言うのも大事だが、もちろん綺麗事だけじゃすまないこともある。
人型の魔物であればまだいいが、実際に人と斬り合いになったらどうするか。まさか大人しく殺されるわけではあるまい。
加えて、殺されるならまだいいが、ルミアの場合死ぬより酷い目に遭わされる可能性がある。
俺だってもうここに来て三年目。元の常識だけじゃ生きられなくなった。
冒険者の依頼としても、突発イベントでも人を斬り殺したことはある。
その時の精神は相当なものだ。それが今のルミアに耐えられるだろうか。
「出来ましたが......どうしますか?」
「『よそったのをそのまま置いといてくれ。勝手に冷ますから、ルミアは先に食ってて構わない』」
「わかり、ました.......」
とはいえ、彼女にも彼女なりの事情があって冒険者になった。
それで「これ以上冒険者をやるのは止めた方がいい」というのは親切だが、余計なお節介だ。
彼女が”冒険者”でいることは、優しい彼女の唯一の譲れない部分である。それを奪う権利は俺にはない。
なので、俺が出来ることがあるとすれば、少しでも彼女の心を支えてやることだ。
「『冷ます間、待っているのも暇だから話題を出していいか?』」
「話題ですか......なんですか?」
「『ルミアが血が苦手なのって、単純な理由ってのじゃねぇだろ?』」
そう聞いた瞬間、ルミアが目を白黒とさせる。ビンゴだ。
悪いが、彼女の心を支えると決めた以上、多少土足で踏み込ましてもらうぞ。
それに現状にメンタルじゃ冒険にも支障が出るかもだし。
もっとも、今の俺は靴すら履いてないけどな。
その言葉に、ルミアは手に持っていたお椀をそっと地面に置く。
それから神妙な面持ちで焚火台をぼんやり見つめながら口を開いた。
「私......人を殺したんです。それも仲間だった人を」
沈痛な面持ちで吐き出した言葉は、なんとも衝撃的な一言だった。
だが、ある意味では人殺しも合法なこの世界のことだ。
一先ず黙ってその先に話を聞いてみることにする。
「私が所属している『旅の導べ』という冒険者パーティには、数か月前までもう一人の仲間がいました。
その人はパーティーの中で唯一の年上で、知識も豊富で優しくリーダー的な存在でした。
私も含めてパーティの誰もがあの人を慕っていたと思います」
焚火台を見つめるルミアの瞳は仄暗い。堰を切ったように、彼女はしゃべり続ける。
「新米冒険者で結成されたパーティでしたが、それなりに上手くやって行けてたと思います。
ひとえにリーダーの判断が的確で、それで割と危なげなく冒険が出来ていました。
そしてその時には、まだ私は回復魔法が使えてました」
「使えてました、か」
「そんなある時、私達が攻略中の迷宮でイレギュラーが起きました。
現状の私達の実力では少しレベルが高く、しかしそれでも少しずつ探索範囲を広げられていた迷宮でしたが、そこに特殊個体が現れたんです」
「特殊個体」――一言で言えば、魔物の変異種だ。
動物に遺伝子欠陥でアルビノが生まれるように、時折魔物にもそういった個体が生まれる。
ただ色が違うとかならいいが、魔物の場合はその肉体の強さにも影響するのだ。
例えば、今回戦ったホーンボアにも昔変異種が現れたらしく、名前はランサーボア。
通常のホーンボアのサイズが1.5メートルとすれば、ランサーボアはその倍以上。
それこそ、もの〇け姫に出てくる乙〇主みたいなサイズ感であったという。
そして「デカい=強い」である以上、そのランサーボアも近くの街に壊滅的な被害をもたらしたらしい。
結局、その魔物は街の冒険者総出で戦って仕留めたそうだが、そんな相手が新米冒険者パーティの前に現れたってことか。しかも、狭いダンジョン内で。
「現れたのは蛇の特殊個体でした。
サイズも通常の知っている魔物と違って遥かに巨大で、見ただけで一瞬で勝てないと悟りました。
ですが同時に、逃げられないとも感じていて......それでも逃げるしかありませんでした」
段々とルミアの言葉に感情が乗ってくる。
自分の膿を吐き出す時の独特の重々しい空気感が伝わって来た。
「幸いと言っていいかわかりませんが、たぶん相手も私達を格下と思っていたのでしょう。
すぐに殺されることはなく、まるでジワジワと追い詰められるように追いかけられました。
そんな時、丁度曲がり角から別の冒険者パーティが現れました。
見た目からしても私達よりもはるかに経験を積んでいて、強そうで――でも、死にました」
スカートの上に置くルミアの両手がギュッと縮こまる。
まるでその時の恐怖心を押し殺してなんとかしゃべろうとしているようだ。
しかし、抑えきれない感情が、彼女の体や声を小刻みに震わせた。
「一瞬でした。声をかける暇もなく、二人同時に上半身が食われ、残りの二人が尻尾で壁に叩き潰されました。
その光景を見た瞬間、一気に血の気が引いたのを今でも覚えています。
そしてそんな冒険者達を見て、リーダーはこのままじゃ全滅と悟ったのでしょう。自分一人を囮に私達を逃がす決断をしました」
「.......」
「当然、私達は反対しました。それこそ全滅するなら全員一緒だってぐらいに。
もちろん、私は事情が事情だけに死にたくなかったですが、それでもパーティの一人として仲間を見過ごすことも出来ません。
私も戦闘に加わり、戦いました。ですが、結果は言うまでもなく、歯が立ちませんでした」
そりゃ、特殊個体は新米が勝てるレベルじゃない。
相手の魔物は最低でもAランク以上。俺でも尻尾巻いて逃げるレベルだ。
そんな相手から生きて帰れてるということは――、
「相手はきっと遊んでいたんでしょうね。
私達が必死にもがいて傷ついて抗って苦しんで、そんな姿を嗤っていたんだと思います。
リーダー以外が死んでないのが良い例でした。絶望がにじり寄ってくる感じは、もう言葉にしがたい恐怖でした」
「『リーダーはその魔物にやられたのか?』」
「はい。その魔物は唯一リーダーだけを瀕死に追い込み、私達はリーダーを抱えて逃げました。
魔物はただじーっと私達の無様な姿を眺めているだけで追いかけてきませんでした。
そして安全な場所まで来た私はすぐに回復しようとしたのですが、その時にあの魔物にやられた冒険者達を思い出したんです」
ルミアの小刻みに震える手がゆっくりと持ち上がり、絶望に満ちた顔を覆う。
きっとあの時の後悔、罪悪感、恐怖を思い出しているのだろう。
静寂な夜の森に、焚火のパチパチという音が響き渡る。
「その瞬間、その時の鮮明な死が脳裏に過って、リーダーが流している血に恐怖するようになって、そしたら......私の回復魔法は使えなくなっていました。
唱えても、唱えても唱えても唱えても唱えても!……全く魔法が発動せず――そしてリーダーは死にました」
ルミアの小刻みに震えた瞳が、より絶望色に染まる。
全ての光を飲み込むように黒く、見ている俺ですら少し恐怖を感じるほどであった。
そして彼女は体内の真っ黒な感情を吐き出す。
「私が回復魔法を使えていればリーダーは死ななかった!
だから、これは私が殺したようなもんです!」
ずっと焚火台を見つめていたルミアが、ようやく俺の方を見る。
その虚ろな瞳に、俺の姿をハッキリと映しながら、
「私は死にたくないですが、死にたいです。
一体どちらを選べばいいですか?」
そう問いかけてきた。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




