第7話 僅かな違和感
「ふへぇ~、終わった.......」
倒したワーウルフの皮剥ぎ作業を始めてから約二時間。
ようやく一段落つける所まで達し、俺は大きく息を吐きながらへたり込む。
角ウサギの時に要領を掴んだと思ったが、全然そんなこと無かった。
なんだったら、ワーウルフの方が筋肉質であり、体も大きくて重くて苦労した。
そのせいで進む時間が大幅に減ってしまったが、これは仕方ないと思って欲しい。
でないと、俺はロクに食事にありつけないのだ。ここら辺に果実も見当たらないし。
さてと、ここいらでいい加減頭を切り落とさないと。
「『ルミア、解体用ナイフを貸してくれ』」
そう書いてルミアの方を見れば、俺は彼女の様子に目を留めた。
というのも、先ほどからルミアが口に手を抑え、俺の作業から目を逸らしているのだ。
当然、顔色も悪い。それこそ今にも吐きそうな様子である。
「『血が苦手か?』」
地面に文字を書くと枝で突いて、その文字に注意を向けさせた。
すると、俺の文字に気付いたルミアが、気まずそうに返事をする。
「はい、そうです.....よくわかりましたね」
「『今の反応とさっきの戦闘直後でも似たような反応してたしな。
冒険者でも血が苦手な奴はいる。だから、気にすることはない』」
「ありがとうございます」
「『とりあえず、ナイフだけ貸してくれ。終わったらまた呼ぶから』」
「あ、あの! 料理は出来るので、その時は教えてください......」
「『わかった』」
というわけで、俺はルミアからナイフを受け取り、スー子と協力してワーウルフの頭を切り落とす。
その後も二人もとい二匹である程度のブロックに切り分けながら、内臓を摘出。
その内臓はスー子の胃袋へと放り込まれていく。ま、胃袋が丸見えなんだけど。
全体的な解体が終わった後、それをサッと水洗いすれば終了だ。
「本当は牙とかも回収できれば、冒険者ギルドで素材を買い取ってくれるが......ま、今の俺達じゃ無理だしな。何も考えず食事としよう」
ルミアに声をかければ、彼女はまだ少し顔色を悪くしたまま調理に取り掛かる。
彼女はバッグから木製のまな板と鉄鍋を取り出し、慣れた手つきで調理を始めた。
っていうか、あのバッグ、「魔法バッグ」かよ。特殊な術式で容量が拡張されてるって話の。
ゲームで言えば、アイテムストレージみたいな感じだ。
とはいえ、かなりの高級品でそれこそ一介の新米冒険者が持てる代物じゃないはずだが。
そういや、親父さんが魔術師って言ってたし、もしかしたら譲り受けたのかな。
あ、じゃあさっきのワーウルフの牙回収できるじゃん。ラッキー。
「『料理は普段からするのか?』」
「はい、昔からお母さんの手伝いをするのが好きで。
お母さんが病に伏せてからも看病のためによくやっていました」
「『なるほど、どうりで上手いわけだ。となれば、味も期待できるな』」
「お口に合えばいいですが......」
その後もルミアはテキパキと作業を済ませ、あっという間に料理を作ってしまった。
何という手際の良さ。これは良いお嫁さんになるぞ.....となんか臭いセリフが漏れ出そうになった。
こんなこと言うの俺のキャラじゃないし、それに猫の姿じゃなぁ。
「『時間も丁度良いし、このままお昼にするか』」
「プギュ!」
「はい」
そしてルミアにスープをよそってもらい、俺はそれを見て目を輝かせる。とんでもなく美味しそうなニオイだ。
ルミアが持参していた香辛料も相まってより食欲をそそる。そそるのだが――、
「く、食えない......」
手を使って食べれないこともそうだが、そうでなくても食べれない。
なぜなら、目の前にあるスープがなんだか煮えたぎるマグマのように感じてしまうからだ――そう、猫舌である。
美味しいとニオイでわかっているはずなのに、その熱気が俺の食欲を押さえつける。
食いたいのに食いたくない。食いたいのに躊躇ってしまう。食いたいのに体が動かない。
悲しいかな、どうやらこの体では温かいものは食えないようだ。
「食べないんですか?」
「プギュ?」
「『食べたくても食べれないんです......』」
「え、変な食材は使ってないはず.......あ、猫ちゃん!
ごめんなさい、トールちゃんの体のことを考えてませんでした!」
「『いいのいいの、二人ともゆっくり食べて。俺は冷めたら食うから』」
氷魔法を使えれば冷やせたかもしれないが、あいにくまだ俺は持っていない。
水で薄めることも考えたが、それはルミアの料理の冒涜になってしまうから嫌だ。
というわけで、冷めるのを待つことに。あぁ、腹が減った。
「フーフー」
一人強制待ちぼうけを食らっていると、隣にいるルミアが自分のスプーンに息を吹きかける。
先程まで普通に食べてたはずなのに......と思っていれば、そのスプーンを差し出した。
「これならいけそうですか?」
ま、マジですか!? あ、あの伝説の「あーん」をこんな美少女にやってもらえると!?
いやそれもそうだが、どうして急にそんなことを?
うーむ、ルミアの性格からして俺一人が食えないのを申し訳なく感じたあたりか。
であれば、食べないのも失礼だな。そう思って、俺は口を近づけ、
「あ、全然食えねぇ.....まだ熱気が凄い......」
「フーフーフー......今度はどうですか?」
そう言ってルミアが再トライするが、結果は同じ。
落とす肩もない肩を落とし、俺地面に文字を書いた。
「『まだ無理そう。口が受け付けない。というか、普通に食べてくれていいのよ?』」
「いえ、私は先程の戦いでも、魔物の解体でもお役に立てなかったので。せめてこれぐらいの働きはしないと」
別にそこまで背負う必要はないんだけどな。戦闘でのポジションは俺が勝手に決めたことだし。
解体はまぁ、やって欲しかったところもあるけど、血が苦手なら仕方ないし。
再度ルミアへの説得を試みたが、彼女は頑なに拒んだ。
そして結局、俺が食べれる頃には料理自体もある程度冷めてしまっていた。
俺が食べる分には丁度良かったが、ルミアが美味しく頂けなかったと思うと少し悲しい。
今度は彼女に甘えず、自分の風で冷まそう。っていうか、もっと早くからそれをやればよかったと今更後悔。
そんなこんなで食事も終わり、午後の時間で俺達はまた森の深層に向かって突き進む。
「あまり魔物が強くなくて助かりますね」
「『ま、ここはま表層だからな。中層からちょいと面倒になる』」
ルミアの言葉に、俺は文字でもって回答した。
というのも、俺達が移動している場所は、このサイバル森林の中でも全然初心者向きである。
所謂、森の表層という部分で、ここら辺の魔物は基本的に深層から追い出された弱い個体が繁殖したのが多い。
つまり、弱いが数が多いというのが、この表層での特徴だ。だから、俺達が中層に向かって移動しているこれまでも、ワーウルフ以外の魔物と多少戦闘した。
とはいえ、今の所ルミアの支援魔法のおかげで快勝ではあるが。
「プギュ!」
「お、そうだな。そろそろ見えてきたな。中層が」
俺を乗せて跳ねながら進むスー子が好奇心旺盛に声をかける。
視線の先、そこから露骨に森の木々の色が変わっているからだ。
ここが黄緑色の葉が多いとすれば、中層は少し濃い緑色というべきか。そんでここの森から植生が変わってくる。
「わぁ、なんだか色々なものが少しずつ大きいです。
というか、このキノコとか私ぐらいのサイズがありますよ」
ルミアの言う通り、中層付近の森は基本的に良く育っている。
肥沃がいいのかよくわからないが、基本的に全てのサイズが大きいのだ。
「『中層に来るのは初めてか?』」
「いいえ、一度だけあります。仲間の一人が『挑戦してみよう』と言ったので試しに進んでみましたが、そこで出会ったホーンボア一体にボコボコにやられてしまって.......それ以降、まだ再挑戦はしてません」
「『ハハハ、あるあるだな』」
俺が元いたパーティでも何回か似たような経験がある。
今日調子が良いからいけるべって感じで挑んだら難易度跳ね上がりで撤退する感じ。
あの時は、まさか自分がRPGゲームのあるあるを経験するとは思わなかったな。
加えて、ゲームとは違い、疲労もするし、動きも鈍る。セーブもないから死んだら終わり。
その時初めて、ゲームキャラには割と無謀なことさせてたんだなと実感した。
「っと、噂をすれば......」
俺達の進む先に現れたのは、全長1.5メートルぐらいのホーンボアだ。
まるでファランクスのように枝分かれした角が前方に生えているのが特徴。
通常のイノシシならタックルだけで済むが、あの魔物場合だと角が刺さる。
だから、この魔物と戦う場合、正面に立たないことがセオリー。
物陰から様子を見ながら、俺はルミアに指導する。
「『ルミア、絶対に正面に立っちゃダメだ。狙われたら避けることを考えろ。
回復役が倒れたら一気にパーティが崩壊するから』」
「――っ! は、はい.......わかりました!」
「スー子もだぞ。アイツの刺突はそのボディじゃ防げない」
「プギュッ!」
二人に情報伝達を終えると俺は改めてルミアに声をかける。
「ルミア!」
「はい! 身体強化!」
ルミアからの強化を受けた俺は、ホーンボアと対峙した。
瞬間、ホーンボアが前足で突撃モーションを見せ、一瞬にして突進してきた。
「疾っ!!」
そう感じながらも、咄嗟に避ければ背後の木に直撃。
その木はホーンボアの突進に負けて、ミシミシと音を立てながら倒れていく。
おいおい、今の食らったら俺即死じゃねぇですかい。うわ、なんかこの瞬間にスゲー裸装備縛りをしてる気分になって来た。
しかも、前から沸々と感じていたが、今の俺――回避タンクさせられてる!
ディースという剣士兼回避タンクという存在のせいで、盾タンクの俺は解雇されたってのに。
何がどうしてこんな姿になってアイツと同じ戦闘スタイルになりゃいかんのか。
くっ、でも、ここで死んだら元も子もない。甘んじてこの屈辱を受け入れろ!
「<石礫>!」
自身の周囲に魔法陣を生み出し、そこから尖った石を出現させる。
それをホーンボアに向かって放てば、それに気づいたホーンボアが真っ直ぐ突っ込んでくる。
自身に石礫が当たろうがおかまいなしだ。というか、大したダメージにもなってない。
「チクショウ! 俺に畜生って言わせるな!」
突っ込んでくるホーンボアに<火球>をお見舞いするが、それでも勢いは止まらない。
爆炎の中から現れるハリウッドの車のように真っ直ぐ俺を狙ってくる。
「くっ!」
猫の動体視力をフルに利用して、俺はタイミングよくギリギリで躱す。
そのまま通り過ぎさまに<ひっかく>で攻撃してみるが、分厚い脂肪でダメージに至ってない。
加えて、相手は巧みなドリフトを決めてこちらに再度突っ込んでくる。
「トールちゃん、危ない! <光鎖>!」
瞬間、ルミアが俺の援護とばかりに光の鎖を出現させた。だが、その攻撃は悪手だ。
なぜなら、アイツは攻撃してきた相手に攻撃するからだ。
なので、俺はすぐに走り出す――ルミアに向かって。
「とりゃ!」
「キャッ!」
俺がルミアに飛び掛かるとそのまま彼女の腰に後脚をくっつけ、蹴り飛ばす。それによって体勢を崩したルミアが横へ移動。
すると、案の定<光鎖>を回避したホーンボアが彼女に突撃していた。
もちろん、俺が弾き飛ばしたおかけで彼女は無事だが、代わりに新たな大木が犠牲になる。
「<暗幕>」
「プギュッ!」
咄嗟に手を伸ばせば、俺は黒い煙を作り出す。これは対象の目元に暗幕を創り出し、一時的に視覚を奪うものだ。
そして俺の攻撃と同時に、スー子がホーンボアの背後から飛び掛かる。
「ブルッ! ブルルッ!」
「プギュー!」
「スー子! こんにゃろ!」
スー子に乗られまるでロデオマシーンのように暴れ始めるホーンボア。
それによってスー子が投げ出され、ホーンボアの後ろ足で蹴り飛ばされた。
核は無事なので生きているようだ。良かった。
そんな光景を見ながら、俺が奴に接近した――その瞬間だった。
「<防御強化>!」
ブンブンとランダムに振り回す牙が突然こちらを向き、俺の体をかちあげたのだ。
咄嗟に<防御強化>で防御力を上げたが、それでも鈍い鈍痛が響く。
まるで肘を固い何かでぶつけたような痺れも感じる。
加えて、鋭い牙が俺の腕を掠めたようで、猫毛の一部が血に染まった。
「だが、今がチャンス!」
猫のバランス感覚をフルに活かし、ホーンボアの頭上に着地する。
本来ならこのまま頸動脈を切りたいところだが、この体格と脂肪では無理だろう。
だが、誰しもが剥き出しの弱点がある。
「グロいが、我慢しろよ俺!」
そう気合を入れると、鋭い爪先をホーンボアの眼球に突き刺し、そのまま押し込む。
ホーンボアの暴れっぷりが一層強くなるが、それでも構わず<火球>を繰り出した。
それにより脳が爆ぜたホーンボアが口と鼻から煙を漏らし、その巨体をズシンと倒れさせる。
「勝ったぁ......」
そう呟きながら、眼球から手を引き抜く。そして俺は生の実感に酷く安堵したのだった。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




