第9話 俺が思う唯一の解決策
ルミアから聞かされた独白。
その内容を聞き、簡単には言葉が思い浮かばない。
想像以上のトラウマだ。俺が彼女の立場であっても同じ苦しみを抱えるだろう。
しかし、彼女がこれからも冒険者を続けるなら、いずれは乗り越えなきゃいけない恐怖だ。
「『結論を急ぐ前に聞かせてくれ。その後はどうなったんだ?』」
「その後は全員から非難されました。ですが、当然の反応です。パーティ内で治癒師は私しかいなかった。
つまり、リーダーを助けられるのは私だけだったんです。にもかかわらず、私は殺した」
「......」
「それ以降、私の信用は地に落ちました。仕方ありません。
皆さん本当はこんな裏切者をそばに置きたくなかったでしょうが、私は数少ない治癒師。
数多くのパーティでも専属がいないという中で、替えが中々効かない存在でした。
なので、これまで置いておいたのでしょう。そんな時に――」
「『今の依頼か』」
「そうです。今リーダーをしている仲間から数日前に依頼書を渡されたんです。
『これを一人でやってこい。手続きも既に済ませてある。これをクリアしたら許してやる』と言った感じで」
なるほど、それでルミアはずっと一人でやり遂げる覚悟でいたのか。
とはいえ、ルミア達は森の中層に挑んでボコボコにされて逃げ帰った過去を持つ。
にもかかわらず、仲間達はルミアに深層にあるミダモフルーツを取りに行かせようとしている。
そう、言ってしまえばこれは――、
「『言い方は悪いが、これはルミアを殺すための罠だぞ』」
この世界ではある種人殺しは合法であるが、当然むやみな殺しは違法である。
それこそ冒険者同士の殺し合いはご法度。だからこそのこの回りくどさだ。
依頼での”事故”であるなら誰にも咎められることはない。しょっちゅうあるからだ。
それこそ、ルミアのリーダーがダンジョンで死んだように。
その場合、当然罪に咎められることはなく、成功した側はのうのうと生きていく。
仲間の誰もルミアを悲しんでくれることはないだろう。
それに関しては、俺も似たような立場だな。こんな姿にするぐらいの徹底ぶりだし。
そんな事実を突きつけるとルミアは「罠、ですか......」と呟き、
「心の中ではどこかわかっていたかもしれません。
聞いたことのない果実に、それを治癒師である私に一人で挑ませること。
それこそ、運良くトール達ちゃんに出会い、その目的地を聞かされた時には特に」
「......」
「それでも信じたかった......いや、許されたかったのかもしれません。
私は仲間が大好きでしたから、また一緒に冒険がしたかった。
ですが、もう.....許してはくれないんですね。仕方ないですよね、だって私はリーダーを殺したのですから」
自嘲気味に言う彼女の姿は、ちょっとした廃人のようであった。
過去を掘り返して顔色を悪くし、罪悪感で目を仄暗く濁している。
そんな彼女がなけなしの力を声にして俺にお礼を言った。
「聞いてくださってありがとうございました。
ずっと一人で抱えていたから、聞いてもらえて少しスッキリしてる自分がいます。
本当はそんなことすら許されないはずなのに。生きちゃダメですよね、こんな私じゃ」
「『死にたいってことか?』」
「どうなんでしょうか。病に臥せっているお母さんを見捨てることは出来ないし、かといってお母さんより早く死ぬ親不孝者にもなりたくない。
だけど、こんな私が冒険者を続けていればまた誰かに迷惑をかける。せっかく親切にしてくれた人を裏切ることになる。
それを考えたら死んだ方がいいのでしょうけど、あはは.....それすら自分で決められないなんて、どこまでダメなんでしょうね、私は」
不味いな、完全に精神がボロボロに崩れ落ちてヘラっている。
明らかな危険信号だ。些細なキッカケで案外コロッと死にかねない。
優しすぎるが故に罪悪感を必要以上に感じているのだろうが......うーん、どうしたものか。
正直、これまでも似たような重たい話を聞いたことはあるが、俺が言葉で慰めたことないしな。
そういうのは大体リーダーのディースがやってたし、俺がやってたのはその意見に乗っかるぐらいだ。
だから、いざこういう場面に直面すると言葉に迷う。
ハァ......なら、案外これ以上ごちゃごちゃ考えてても仕方ないか。説得なんて結局は持論の押しつけだ。
どうせ器用なことができないなら、正直に俺の考えを言わせてもらおう。
「『言いたいことは色々あるが、俺の答えを先に述べておく』」
「答え、ですか.......」
「『結論から言う。死に甘えるな。生きろ。生きて償え』」
俺の生きたキャリアで言えることではないが、人間誰しも失敗はある。
それがどのくらいの大きさかは人によるが、どんな失敗であれ取り返せるのは生きている時だけだ。
生きて同じ次元に居なければ、その失敗を覆せるようなことは起こせない。
「『死ぬことは簡単だ。きっと今抱えている気持ちも、自分の犯した罪さえ忘れて解放されるだろう。
しかし、俺は断言する。それは甘えだ。お前が今不幸な目に遭っているから、苦しんでいるから、そこから楽になりたいというだけの甘えに過ぎない』」
俺だって後悔していることはたくさんある。抱えている罪もある。
それこそ、相手が人殺しの盗賊とはいえ、俺はそいつから残りの人生を奪った。
その罪は消えることないし、たぶんこれからも増えていくだろう。
それに俺は転移した身だ。つまり、元の世界に家族を残している。
突然いなくなった俺に対して、家族にどれだけの迷惑や悲しみを与えているか。
それを知ることは出来ないが、そう思わせている時点で”罪”なのだ。
「『そのことに罪悪感を覚えているなら、その罪悪感を抱えたまま生きろ。そしてどうしたらその罪を許されるか常に考え、行動しろ。
ルミアが人を殺したというなら、その数十倍、数百倍以上の人を助けろ。
それだけやっても過去の傷は消えないが、それでも今よりはちっとだけ生きやすい世界だと思うから』」
この世界に来た時点で、俺は立派な咎人だ。親不孝者だ。
だから、俺はこの世界で一つだけ決めていることがある。
それは”この世界で誰よりも幸せを掴む”ことだ。
どんなに見苦しくても精いっぱい生き抜いて、あの世で母さんに「幸せな人生だった」と報告する。
そう誓っている以上、俺は決して自分から死を選ぶことはない。
せっかく親に丈夫に産んでもらったんだ。そう簡単に死んじゃ、母さんに顔向けできないしな。
「今より少しだけ生きやすい世界、ですか......」
「『おうよ。どんな世界かは知らないけどな。
でも、そんぐらい多くの人を救ったとなれば、ちょっとぐらい幸せに生きたって罰は当たらんだろう。
だから、どうせなら一緒に幸せになろうぜ!』」
「――ッ!」
言葉の直後、俺はそっと手を差し出す。そして後から気付く――「これ、プロポーズじゃねぇ?」と。
瞬間、今までの自分の言葉が急にこっぱずかしく感じ始めた。
誰かに説教できる年齢でもないだろうに、臭い言葉をタラタラと。は、恥ずかしい! 恥ずかしさで死にたい!
「くっ......うぅ、ぐすん、うわああああああん!」
「――っ!?」
その時、ルミアが盛大に泣き出し始める。
もはや憚る人もいないためか、その泣き方は盛大だった。
彼女は溢れ出る涙を両手で必死に拭うが、拭けども拭けども涙が止まることはない。
まるでダムの放水のようだ。拭ってる手の方がビチャビチャになっている。
そんな彼女を見て、俺は手をゆっくり引っ込めて座った。
たぶんだが、彼女は今吐き出した膿を洗い流している最中なのだ。
傷も膿を出し切らねば再び膿んでしまうように、ボロボロとなった精神もまた同じだ。
そんな大事な時間を止めることなんてできやしない。
泣き声が魔物を呼ぶかもなんて話も野暮ってもんだ。その時は俺が体を張って守ってやればいい。
「プギュ」
「そうだったな。スー子もいたな」
一旦話に区切りがついたところで、スー子がそばにやって来た。
その時の体は綺麗なもので、すっかりホーンボアの内臓を消化したらしい。
美味かったか......って、そういや俺まだ一口も口付けてねぇや。
そんなことを思ってお椀に手を伸ばせば、視界の端でルミアが動いた。
結局ロクに拭いきれてない顔をそのままに、自身の食べかけお椀を持ち、グイッと飲み干した。
え、絶対冷めてて美味しさ半減以下になってるだろ。
「『温めて食べれば良かったのに......』」
「大丈夫です。もう十分に、温かいですから......」
*****
―――ルミア視点―――
こんなに心がスッキリするような気分はいつぶりでしょうか。
ずっと胸の内で抱えていた苦しみを吐き出せたのもそうですが、私がずっと決められなかった目指すべき道の一つの解を示してくれたことによるスッキリも感じています。
それにここでは人目を気にしなくて泣けたのも大きかったです。
あぁ、私は咎人なのに、もっと苦しまなきゃいけないのに......なぜか今は不思議と幸せな気分です。
「一緒に幸せになろう」ですか。まさか猫ちゃんからそんな言葉を言われるとは。
でも、その言葉は力強くて勇気をくれました。
「ありがとうございます」
「ニャ?」
そうお礼を言えば、お椀を両手で持ってちびちびと飲むトールちゃんが反応しました。
まるで「何が?」とでも言っているような反応に、私はさらに言葉を続けます。
「お礼を言っていなかったと思いまして。
ずっと苦しかったはずの心が、今は笑っちゃうぐらい楽になって。
だから、ありがとうございます。やっぱり私、まだ死にたくありません」
そう伝えるとトールちゃんは立ち上がり、木の枝を全身で抱えるようにしてせっせと文章を書き始めました。
最初こそ、この会話テンポに若干の煩わしさもありましたが、今やあの言葉の後では必死に私に寄り添って言葉に返答してくれて、そんな姿に可愛らしさすら感じます。いや、トールちゃんはもともと可愛いんですけどね?
「『なら、良かった。死んじゃったらこれから待ち構えているだろう楽しいことも、嬉しいことも、幸せだと思うことも何も感じられないわけだからな。そいつは勿体ない』」
「ですね」
「『とはいえ、逆のことも言える。それは理解しているか?』」
「はい、わかっています」
それは今まさに実感しています。
リーダーを見殺しにしてからの私は、もうずっと楽しいことも嬉しいこともありませんでした。いえ、感じられなかったというのが正解でしょうか。
ですが、ここでトールちゃんと出会えて、助けてもらって、悩みを打ち明けて、その悩みに真剣に答えてくれて......それも生きていたからこそ得られた感情です。
だからこそ、トールちゃんの言葉は十二分に理解しています。
きっとトールちゃんのことだから、いずれ私がまた人を殺す機会が来ることを伝えているのでしょう。
今回は仲間だったけれど、次は敵の場合もあると。
その時、私はどう行動するのでしょうか。全然わかりません。ですが、これだけは言えます。
「それでも私は、私の手が届く限り多くの人を救います。
そして救えなかった時は、その罪も背負って何百倍もの人を救います」
トールちゃんの受け売りの言葉ですが、今まさにしっかりと心に刻みつけました。
この言葉が私の心にある限り、もう私の心がブレることはないでしょう。
それこそ、一緒にお墓に持っていくべき金言だと思いましたから。
「ニャ」
まるで「そっか」とでも返事をするように短く鳴くと、トールちゃんは食事を再開しました。
なので、私も食事を再開しましたが、これほどまで美味しく感じたことはかつてあったでしょうか。
「......ふぁ~っ」
食事が終わって少しした後、眠気が襲って来ました。
たぶんトールちゃんに打ち明けられたから精神的に楽になった影響なんでしょうが......トールちゃんに相談に乗ってもらった分、これから夜番を頑張ろうと思ってたのに。
その覚悟も虚しく私の眠気は次第に大きくなり、やがて舟をこぎ始めました。
もはや耐えられるものではなく、体は次第に横に傾いていき、
「ニャ」
「プギュ!」
倒れた私の頭をスー子ちゃんがキャッチしてくれました。
そのおかげで怪我はありませんでしたが、その体勢になったことで眠気が加速してしまい。あぁ、もう意識が......視界が霞んで......。
「おやすみ」
その時、一瞬私の視界に男の人がいた気がしましたが.......恐らく気のせいでしょう。
ただ、その人の雰囲気は柔らかくて好きなことはわかりました。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




