第61話 実力不足を補うために
「なぁなぁ、見てくれよこれ! 世にも珍しい浮く猫だ!」
見渡す限り平原が続く街道、そこで俺は言葉通り浮いていた。
というのも、メルトを仲間に入れてしばらく、俺は重力操作を練習していたのだ。
初めは「重力」なんて概念的な能力をどう使えばいいか難儀したが、念動力みたいな感じでイメージしたらそれがピッタリはまり、今では反重力で自分の体を浮かすことにも成功した。それからはもう一心不乱に練習あるのみよ。
「で、このまま風でちょっと押し出してやれば、この通り。
スーッと移動できる。これを知っちまうともう歩くなんざ出来ねぇな」
そう言って俺は空中を移動し、さらに歩くルミア達の外周を移動して見せる。
まるで自分が精霊にでもなった気分だ。一応、種族も子猫精霊だしな。
そんな俺を見て、日傘を差しながら歩くメルトが声をかけてくる。
「なんだか随分と楽しそうね」
「そりゃ当然、飛べない存在からすりゃ飛ぶってのは一種の憧れだからな。
ま、さすがに鳥のような速度は出ないが、これでも十分に嬉しい」
「そう.....それは良かったわね。
でも、あまりそればっかりにかまけていてはダメよ。
女の子というのは、触れ合っていたいものなんだから」
ふとメルトが隣に指を向ける。その視線を追った途端、そこにいたルミアに捕まり抱っこされた。え、急に何事......?
「ルミア、どうした?」
「トールちゃんが楽しそうで、私も嬉しいです。
ですが、前まではこうして抱えていたので、それが出来なくなるのは寂しいです!」
「スー子もだよ! ボスを運びたい! たまには乗って!」
「なんかあまり聞かない類の苦情が飛んできている......」
それは間接的に自分に甘えろと言っているのだろうか。う~む、甘えるかぁ。
甘えるっていざやろうとすると、どうすればいいかわかんないんだよな。ましてや、年下に甘えるって言うのも......スー子はもっとわからん。
「そんなに猫を抱きたいならベルニカを抱けばいいのに」
「アタシを巻き込まないでよ」
「ベルニカちゃんもいいですが、今はトールちゃんの気分です」
そんなハッキリ断言されると言い返す言葉が思いつかなくなるじゃないか。
でも、女の子に抱っこされるというは俺の男の子的尊厳がなぁ。
「でも、重くない? 猫って意外と体重あるのよ?」
「これぐらいなら大丈夫です。むしろ、猫を抱いていないとソワソワするというか、落ち着かないというか」
「ふふっ、わかるわ。たまにはキメないとね」
「メルトの猫狂いがうつるのだけはやめてね」
なんだか妙な悪寒がしたので、俺は即座にルミアから離脱。彼女から「あぁ」と情けない声を聞きつつ、俺はスー子の上に座った。
瞬間、この子はこの子でルンルンになって跳ね始める。う~む、高い高い。一旦落ち着こうな。
「そういや、今向かってる街は迷宮都市ハクトラフ......だっけ?」
「迷宮都市」というのは、街の周囲に大小様々な迷宮が多数点在することからつけられた異名だ。
街としても迷宮のお宝や魔物の素材を求めてやってくる冒険者を相手にすることで、大変賑わっているらしい。
「そこに行くまでに概算でどのくらいかかりそうなんだ?」
「そうね......このペースだとおおよそ二週間ぐらいじゃないかしら。
とはいえ、ここは街道沿いだから馬車に乗せて貰えればもっと早く着くわ」
「そこに俺の体を治せるかもしれない水があるんだよな」
出発の前日、俺達は旅のために色々と買い物を済ませていた。
幸い、資金に関してはメルトが工面してくれて、本当にメルト様々である。
そんなメルト様が屋敷が燃える前に、俺の体を治す方法を屋敷の蔵書で見つけてくれていたらしい。
それがとある迷宮の最深部にあるとされる神の水――略して「神水」。
その神水はあらゆる病や呪いを浄化してくれるとのことで、正しく俺が求めてやまないものである。
「地下にあるとされる神水を飲んだり、浸かったりすれば俺も人間に戻れるかもしれん!となれば、街についたら俺の服を買っておかねば」
「それは良いけれど、なにぶん古い書物でね。真偽についてはまだハッキリしてないわ」
「そうですね。聞けば多くの著名な冒険者パーティが探しても見つからなかったとか」
「おいおい、そんな悲観的になるなよ、二人とも。でも、全くの嘘って話でもないようじゃないか。
少しでも可能性があるのなら、探って確かめるのも悪くない。それにその水でもってルミアの母親の病気も治せるかもだろ?」
「――! .......覚えていてくれえたんですか?」
「あったりめぇよ。仲間の大事な事情を忘れるほど薄情じゃねぇぞ」
その瞬間、ルミアの目が大きく開かれた。そして嬉しそうに頬を緩ませる。
どうやら俺が覚えていたことが、嬉しかったらしい。ところで......なんで右腕が疼くみたいなポージングしてんの?
「ルミア、モフりたい時は遠慮してはいけないわ。体に毒よ。
トール君にはそれを受け止める義務があるから遠慮しなくていいわ」
「あ、そういう......いや、無いからね?」
「フォローありがとうございます、メルトさん。
ですが、私もトールちゃんには嫌われたくないので我慢します。せめて左手の理性が残っているうちは」
「ずっと保っていてね」
「堪え性ね。でも、捕まえられる時に捕まえるべきよ。
ほら、ルミアのお願いを聞いてあげたらカリカリをあげるわ」
「......少しだけだ」
その後、再びルミアに抱っこされ、俺はメルトからカリカリを貰う。
言っておくが、モフられるって案外いいもんじゃないぞ。
上手く説明できないが、長く抱っこされるとそこはかとない不快感が湧いてくるのだ。
だから、これまで二人から度々やられてきたが、その度に虚無顔になる。
抱っこされた猫が時折見せるあの絶妙にムスッとした顔だ。女子二人に甘えられるって男からすれば役得のずなのにな。
なので、俺も抱っこされそうな時は気が付けば逃げている。今はカリカリが貰えるから仕方なくだ......にしても、ほんと美味ぇなこれ!
「ともあれ、そこに向かうのは確定として、それまで時間があるな。
となりゃ、ルミア、スー子......買い物した時に話したこと覚えてるか?」
カリカリを味わってしばらくした後、俺は二人にそう聞いた。
瞬間、先程まで浮ついていた二人の顔も真面目になる。
すると、突然立ち止まった俺達に対し、メルトとベルニカが振り返り――、
「どうしたの? 急に立ち止まって」
「実は、メルトに頼みたいことがあってな」
礼儀を尽くすために、俺もスー子から降りる。それからその場に座り、出来る限り姿勢を正した。
「......何か大事なお願いがあるようね」
そんな俺達の様子に何かを察したのか、メルトも完全に体の向きをこっちに向ける。
互いの準備が整うと、代表して俺が口火を切った。
「メルト、俺達を鍛えてくれないか?」
「鍛える?」
「あぁ、先の魔神との戦いの時、俺はメルトの協力がなければ手も足も出なかった。
そこで思ったんだ、単純な地力が足りないのもそうだが、この姿であまりにも戦い慣れてないってな」
魔物であれば、基本フィジカルで攻めてくるから動きもわかりやすい。
しかし、人相手となれば別だ。もっと言えば、人型相手か。
魔神との戦い時も猫の姿のままだと手も足も出なかった。
「私も同じです。魔法であれば多少心得はありますが、それ頼りではダメな気がしたんです。
メルトさんほど......というのは目標として高すぎるかもしれませんが、それでも私も多少近接戦闘も出来る方が良いと思ったんです。
そうすればもう仲間の戦いを指を咥えて見守るだけにならないと思うんです」
「スー子ももっと強くなりたい! あの怪物の動きが全然わからなかった!
このままじゃ、スー子は皆を守れない! 皆ともっと一緒にいたい! だから、強さが欲しい!」
「スー子も『仲間を守れる強さが欲しい』ってさ」
「人に得意不得意がある以上、適材適所で考えるべきなのだけどね。
特にルミアは治癒師であり、皆をサポートする重要な役割。相手からすれば真っ先に潰しておきたい存在である以上、むやみに前線には出て欲しくないのだけど」
そう言いながらも、メルトは顎に手を当てて何かを考える。
それから少しして、考えるポーズを解くと、
「まぁいいわ。あなた達のやる気を尊重してあげるわ。
それにリーダー直々のお願いとあれば、断るのも野暮ってものでしょうしね。
ただ、そうなると街に着くまでの日数が伸びるわよ?」
「いいよ、別に。早く元に戻りたいって気持ちは変わらないが、それで急いで行ったとして死んじまったら元も子もねぇしな。だったら、遅くとも着実に、だ」
「あなたがそう言うなら、ワタシはそれで構わないわ。
ともすれば、まずがあなた達の実力を見せてもらおうかしら」
というわけで、俺達は平原の脇にある木陰に移動する。
そこでルミア、スー子、ベルニカに見守られながら、俺はメルトと対峙した。
俺が構える一方で、彼女は依然として日傘をさしたままだ。
「いつでもかかってきなさい。ワタシに武器を使わせたら上出来だわ。
もちろん、あなたは武器を使っていいわよ?」
「そりゃ随分と舐めてくれる。ちなみに、魔法は?」
「そうね.....一先ず体術を見たいから、それは無しで。
というか、それで圧倒できるなら初めから魔法は要らないわ」
「左様で!」
四足歩行で走り出し、俺は一気にトップスピードまで加速する。
そのまま背後に回ると、右腕のバングルから土剣を作り、斬りかかった。
「――ッ!?」
「あら、あなたにも尻尾はあるじゃない。何をそんなに驚いてるの?」
振りかぶった俺の一撃は、メルトの尻尾によって容易く受け止められる。
仕切り直すように距離を取ると、再び動いてサイドから斬りかかった。
しかし、それもメルトの尻尾で受け止められる。
なんだったら、彼女はその場から微動だにせず、視線を寄越すだけ。
その後も彼女の周囲をグルグルと回りながら色々と攻撃を仕掛けるが、その一切合切が尻尾だけで防がれた。
「ゼェゼェ......まさかここまで差があるとは」
「ここまでの所感だけど、あなたは体格差に対して絶対的はハンデがあるわ。
まぁ、相手もそこまで小さい相手だと狙いずらいだろうけど、間合いの優位性は測り切れない。
その間合いを得られない以上、相手の虚を突く動きを身に着けた方が良いわね。特に人相手には」
「フェイントってことか?」
「それも一つの手段ね。でも、その前から仕込んでおくことも考えた方が良いわ」
「その前から......?」
そう聞き返すと、メルトは差していた日傘を閉じる。
今度はそれを両手に抱えると――、
「例えば、この傘だけれど......あなたならどう対処する?」
「そりゃ、剣のように振るってくると想定して動く......いや、剣が仕込んであるから、それだけだとダメか」
「それはあくまでこの傘が”仕込み傘”と知っているからでしょう?
けれど、初見の相手からすれば、ただ使っていた日傘を武器代わりにしただけに過ぎない。
この傘から剣が飛び出し、ましてや先端から砲撃も出来るなんて想像の埒外のはずよ」
「確かに......」
魔神戦の時、メルトはその傘の性質を利用して、顔面に砲撃を直撃させた。
相手が魔神だったからこそ倒れなかったが、並みの相手ならそれで決着だ。
「あなたの右腕にあるバングル.....それ自体だと違和感を与えるわ。
たたでさえしゃべる変な猫が右腕に妙なものをつけている.....となれば、あのバングルも何かあるかもってね」
「う~む、その先入観を与えてしまうのは仕方ない。なら、その上で何かを仕込んでおくってことか?」
「そういうことよ。それをどういう風に仕込むかは、あなた自身で考えなさい。
そこまでで倒しきれない相手となれば、辛いけれど地力での削り合いになるわ」
「ってことは、長丁場が嫌なら相手を騙す術を覚えろと」
「そういうことになるわ。とはいえ、長丁場でも戦えるようにしごいてあげるから安心して。
あなたもいつ人間に戻れるか分からない以上、その姿には慣れておくべきでしょ?
いえ、むしろ己の体を完璧に熟知して武器とするぐらいにならないと」
「俺を空手の達人にでもする気かよ......とはいえ、その考えには一理ある。
あぁ、是非ともこちらからお願いするぜ! お師匠様!」
「素敵な呼び名ね。なら、この修業期間はそう呼んでもらおうかしら。それじゃ続けるわよ、愛弟子」
そして俺は再びメルトにしごいてもらった。
その後、ルミアもスー子もそれぞれアドバイスを受け、修行に励む。
修行を続けてから一週間後、俺達の目の前に格好の練習相手がやって来た。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




