第62話 運が悪い奴ら
メルトとの修行を始めてから一週間後。
一朝一夕に強くなった実感はさすがにないもの、多少は動きにキレが増したと思う。
それは俺だけではなく、ルミアとスー子に至ってもそうだ。
「ここしばらく修行に多くの時間を費やして全然進んでいなかったからね。
たまにはこうしてのんびりするのもいいわね」
そんな俺達は現在、街道を走るとある鈍行馬車に乗せてもらっていた。
目の前では、ベルニカを膝に乗せて読書するメルトの姿がある。
「そうですね。こうして親睦を深めるのもいいですね」
まぁ、そういう俺もルミアの膝の上に乗るスー子の上に乗っているが。
ルミアはこれで重くないのだろうか? すっごい良い笑顔してるから聞きづらいけど。
「トールちゃん、カリカリあげますから撫でさせてくださいね」
「なぁ、メルト......最近お前のせいでルミアの俺に対する扱い方がその.....アレなんだが」
「上手くなったでしょ? 好きな人とはあの手この手でそばにいたいものよ。
むしろ、それぐらい強かな女の子の方が可愛いわ。あなたも役得でしょ?」
「役得......は一概に否定できないが、むにゃっ......ガリッ、ゴクン。
いや、好きな人っていうか好きな猫じゃないか、これ?」
「どちらも同じことよ。撫でられて美味しい食べ物も貰えて倍でお得ね」
「食べてる時点で説得力無いわよ」
メルトに文句を言ってみたがすげなく躱され、挙句ベルニカから正論パンチが飛んできた。
し、仕方ないだろ......くれるってんだから。食べ物には罪はねぇよ。
んで、受け取ってしまった以上、俺は仕方なくルミアの需要を満たし......あれ、これただの猫じゃね?
「ぬあああああぁぁぁぁッ!!!
自認人間なのに、完全に猫に生活スタイルが奪われ始めているぅッ!
このままじゃ人間に戻っても猫の動きをしそうだああああぁぁぁ!」
「その時は諦めなさい」
「猫の動きをするキモイ成人男性の出来上がりね」
「もうちょっとフォローする言葉はねぇのかよ!」
どうしてコイツらはこうも他人事なのか......他人だからか。
いや、だとしても今は仲間である以上、もうちっと心配してくれてもいいのに!
「ボスが気持ちよさそうに寝転がってる! スー子も嬉しい!」
寝転がってる違う! 悶えてるだけ!
「大丈夫ですよ、その時も私が変わらず甘えさせてあげますから。
普段真面目な年上男性が、私の前では情けなく甘える......ふふっ、悪くないかもです」
女の子があまりしてはいけない類の笑みをしつつ、ルミアは撫でる手を止めない。
やめろ、ルミア! それ以上はいけない!戻れなくなるぞ!
そんなことを思った矢先、突然馬車が緊急停車する。それに伴い、俺達は積み荷と一緒に大きく体を揺さぶられた。
すぐさまメルトが御者台を繋ぐ窓を尻尾で開け、そこからルミアが声をかける。
「何があったんですか?」
「野盗だ! 囲まれた!」
「オラ、ジジイ! さっさと積んでるもん全て寄越せ!
そうすりゃ、苦しまずに殺してやるからよ! 来世で頑張りな!」
御者台に座る爺さんの言葉の後、輩の低い声が聞こえてくる。
なるほど、どうやら運悪く鉢合わせてしまったらしい。もっともこの場合、運が悪いのはあちらさんの方だが。
「丁度良い機会ね」
その時、メルトが読んでいた本に栞を挟み、パタンと閉じる。
それから俺達に視線を向け――、
「修業はあくまで修行。そして修行は本番に備えての準備に過ぎない。本番に勝る経験値取得は無いわ」
立ち上がったメルトが荷台の出入り口の方へ移動する。
それから荷台の入り口の幕を捲りながら、
「というわけで、ここはあなた達で収めてきなさい。
代わりに、ワタシとベルちゃんはここで積み荷の番をしているから。
あなた達の様子は荷台の上から見させてもらうわ」
とのことらしい。メルトに修行の成果を見せつけるというなら是非もない。
俺はすぐさま床に飛び降り、スー子も同じく膝から降りて、ルミアは立ち上がる。
「あなた達の修行の一時成果を見せてもらうわ。ワタシを満足させなさい」
「任せろ!」「頑張る!」「わかりました!」
それぞれがメルトに返答し、俺達は一斉に飛び出す。
同時に、<魔力探知>を発動させ、俺は馬車を囲む野盗の人数を確認した。
人数はザッと六人......数はそこまで多くないな。一人で二人倒せば終わりか。
「お、誰か出てきたぞ?」「うひゃーっ! こいつぁ、ツイてるぜ!」
「見ろよ、かなりの上玉だぞ!」「もう一人もいるぞ? あの種族は......なんだったか」
「そんなことはどうでもいい! それよもわかってるよな?」
「あぁ、女は殺すなだろ? なら、ジジイとあの雑魚二匹はいらねぇな!」
俺達の姿を見るやすぐに下卑た表情と笑い声をあげる野盗達。
こんにゃろ、うちのリーダーとメルトをいやらしい目つきで見やがって!
それに相棒のことを雑魚と言ったな? 許さん!
「あなた達、人と対峙した時は殺すより生かす方が難しいの。
そして当然、難しい方をやってもらうわ。殺しはなしよ」
荷台の上から俯瞰するように眺めるメルト。その手には大事そうにベルニカを抱えている。
「お師匠様の命とあらば。ほら、かかって来いよクソども!
今に俺より目線低くしてやるからよぉ!」
「なんだこのしゃべる猫......? どうでもいい! とっ捕まえろ!」
一人の野盗が号令を出し、それと同時に全員が動き出す。なので俺達もすぐさま分かれ、向かってくる野盗を相手にした。
俺が相手にする野盗は剣を持っており、それをブンブンと振り回す。
ただの我流剣法ではあるが存外と速く、剣も斬り返しと動きにキレがあるようだ。どうやらただのあさましい野盗ってわけじゃなさそうだ。
「だがまぁ、敵じゃねぇな」
「死ね、畜生!」
振り下ろした剣に合わせ、俺は半身で躱しながら跳躍。柄を握る手を足場にすると大きく右手を振り被った。
その攻撃に合わせ、野盗が咄嗟に右手を顔の前に戻してガードする。
「ひっかくと思ったろ? 残念、猫パンチだ――武装した手だがな!」
瞬間、俺はバングルから生み出した土で右手を武装する。
ちょっとした砲筒のようになったそれで、ガードごとぶち破ってぶん殴った。
顎をしっかり撃ち抜いたので、こいつはもう動けまい。
「なっ、猫が魔法!? その足についてるものか! だが、ネタがわかれば怖くねぇ!」
俺の攻撃の後隙を狙うように別の野盗が走ってくる。そしてすぐさま突きの構えを作り、一気に突き出した。
そのあからさまな行動に、俺はほくそ笑む。
「知らなかったか? 今のトレンドは浮く猫だぜ?」
「なっ!?」
自身に反重力をかけ、同時に風で押し出して空中で向きを変える。
それで相手の突きを躱すと、再び右手で相手の顎をぶん殴った。
脳震盪で相手は昏倒。俺の戦いはさっくり終わったな。
「いやー、まんまと引っかかってくれて助かったぜ。
おかげで視界が広くて景色が良く見える。さて、ルミアとスー子の様子は......っと」
倒れた野盗の背中に着地すると、俺は周囲に視線を向ける。そこでは丁度一人を倒すスー子の姿を捉えた。
伸び盛りのあの子は、今や肉体の一部から触手を生み出して正しく「手」のように扱っている。
殴るよし、掴むよし、突然伸ばして奇襲するもよし。加えて、スライムという特定の形を持たない姿を活かして多彩な攻撃をしていく。
無形であることが武器であると示すようにその攻撃には隙が無い。
どんな角度からでも攻撃が飛んできて、その上リーチも予測不可能なら厄介よな。
それにスー子には死角がない(俺にはなぜか両目が見えるけど)ので不意打ちも不可能で、人体における心臓以外の急所もなければ、スタミナや睡眠の概念がないので無限に戦える。
「あれ? スライムって実は一番相手にしてはいけない魔物なのでは?
スライムにあるまじき学習能力をしているスー子だからな。あの子が味方で心底安心したぜ」
そうこう呟いているうちにスー子の戦闘が終わる。
最後は自身の触手を使ったダブルアッパーカットで勝負を決めたようだ。
その構図は様になっていて歴戦のスライムを思わせる。あ、手を振って来た。可愛い。
「最後はルミアだが......」
この中で唯一近接戦闘をイチから覚えたのがルミアだ。
まぁ、治癒師だし、魔法が使えるなら基本遠距離主体になるのは当然だけど。
そんな彼女が今は杖を武器にして戦っている。もっとも、今はただの杖じゃないが。
「光を変形圧縮させて槌の頭にしてるようだな。これもメルトの入れ知恵か?」
今のルミアが両手で握る杖の先には、光で構成された長方形の物体がくっついてる。
つまり、杖と光をトータルで見れば大きなハンマーということだ。
しかも、ただのハンマーではなく、光による熱ダメージ付き。
当たればただ打撃の衝撃を受けるだけではなく、火傷も負うことになるだろう。
「にしても、ハンマー......それがルミアの選択か」
杖の先端の光、アレが魔法であるなら任意で自由に形を決められるだろう。
形次第では刃にして剣にも鎌にもできるということだ。
しかし、それでも彼女は杖の先端を斬撃系ではなく打撃系にした。
彼女なりの「出来る限り人を殺さない」という意思表示なのだろう。
確かに、斬ったり刺したり出来ない分、相手が助かる確率は上がる気がするしな。
冒険者をやっている以上、俺達には常に死の危険が付きまとう。
時には相手を殺さなければ、自分が生きられない状況もあるだろう。
故に、人によってはルミアの行動を甘いと判断するかもしれない。
だが、俺は覚悟も甘さも両方持つ姿勢は嫌いじゃない。
世の中綺麗事ばかりじゃないが、綺麗事すら言えないのは嫌だしな。
「クソ、なんだこの女! かなり出来るぞ!?」
「二人がかりで攻め切れねぇってどういうことだよ!」
男二人を相手にしながら、ルミアは一歩も引くことなく戦い続ける。
むしろ相手の攻撃をいなし、それで生まれた隙に強烈な打撃を叩きつけてる分、相手よりも優位性を維持して戦えているようだ。
いや、それは当然か。なんたってお師匠様はメルトだしな。
彼女の通常攻撃をある程度捌けるようになったルミアなら、男ども攻撃など遅すぎるぐらいだ。
加えて、ルミアにはタンク役を担っていた俺の「いなし技術」も伝授している。
そのおかげで彼女はほぼダメージなく戦闘を続けられているのだ。
「いなしは何も盾に限った話じゃない。他の武器にも通ずる部分は多いしな。
いや、むしろその技術的側面を考えれば、”武器を選ばない技”と言っていいか」
相手の武器の形状、角度、速度、タイミング。それに対する自分の形状、角度、速度、タイミング。
それらを同時にして瞬時に判断するのは難しい。ましてや、それを完璧に習得するのはもっと難しい。俺だって完璧じゃない。
しかし、多少でもそれが出来るとこっちの継続戦闘能力が上がり、体力にも余裕が持てる。
さらに相手の攻撃次第では、スタミナを奪い、ガードを崩して隙を生み出せる。
まさに最強。覚えておいて損が無いどころか益しかない技と言える。
「スキルだ魔法だと強力な攻撃で軽視されやすい技術部分。
職業として重戦士を選んだのは思いつきみたいなもんだが、悪くない選択だったかもな。
あと冒険者ギルドにいた職業訓練所の教官にも感謝だ」
ルミアの姿を見て感慨深いものを感じていれば、いつの間にか彼女の戦闘は終了していた。
「三人ともお疲れ様、動きに関しては問題はなかったわ。良かったほどよ。
ただ相手が格下であったし、それで理想的な動きが出来ただけに過ぎない。
格上であれば、早々に隙を作ってくれないしね」
そう言ってメルトが下りてくる。浮かべる笑みは俺達を労うように優しい。
「ともあれ、勝利は勝利よ。個々のアドバイスは後、今はゆっくりしていればいいわ」
「「「ありがとうございました!」」」
メルトの総評を聞き、俺達は感謝の言葉を伝える。
すっかり道場の門下生みたいな感じだが、まぁ別にいっか。実際、メルトから教わってる事実は変わらないんだし。
その後、馬車の爺さんが馬を走らせ、もう目と鼻の先にある迷宮都市から兵士達を連れて来てくれた。
気絶している野盗達は全員しょっ引かれ、彼らが用意した馬車の荷台に乗せられていく。
「ハァ、またか......これで一体何人目だ」
野盗達を捉えたことで兵士から感謝されるルミアを眺めていれば、ふとそんな声が聞こえてきた。
視線を声の方向に向ければ、一人の兵士が野盗達を見て愚痴を零していたようだ。
「コイツらのせいで、ここ最近ほとんど休みがない。
一体俺達に何連勤させれば気が済むんだ。勘弁してくれ」
そう言って気絶している野盗を肩に担ぎ、馬車の方へ歩いていく。
何やら面倒事のニオイがプンプンするが、知らないよりはマシか。少し話を聞いてみるとしよう。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




