幕間(第60話) ハイネの後悔
―――魔術師ハイネ 視点―――
どうしてこうなった......そう思うのはアタシだけなのか。
目の前の光景を疑いたくなるほどに、現実は残酷で容赦がない。
「クソッ......スレア! リンデの怪我はまだ治らないのか!?」
「思ったよりも深いようです! 今しばらく時を要するかと」
「アタシの支援だけじゃもう持たないわよ! もとよりアタシも火力担当だし、明らかに手数が少なすぎる!」
「ウゴオオオオォォォォ!」
視界に映る殺意の権化が人の形を為したかのようなミノタウロスが、猛々しく咆哮する。
ただ大声を出しているだけというのに、その声は空気を震わせ、アタシ達の恐怖心を煽った。
前線にはリーダーのディースとタンク役のバルド。
バルドはこのマノラーゼ迷宮で必要になったから臨時で募集した仲間の一人。
なので、次の転移ポータルまで行ければおさらばの希薄な関係と言える。
そして中衛にアタシがいて、その後ろにリンデを回復させるスレアがいる。
そんなアタシ達のパーティでメインアタッカーは、ディースとアタシだ。
「おい、下手くそ! しっかりと攻撃の隙を作れ!
いつまでも避けてんじゃねぇ! 盾で受け止めろ!それがお前の仕事だろ!?」
しかし、そのアタシが今はサポート役に回り、ディースは巨体の割に素早いミノタウロスに苦戦を強いられている。
その不満が度々爆発し、バルドに怒鳴り散らしているのが現状。それでも躱すことを止めないバルドはがすかさず言い返す。
「あんなヤバイ奴の攻撃をまともに受けられるかよ!
俺の盾じゃ一発でおしまいだ! こんな奴と戦うなんて聞いてねぇぞ!?」
「前にいた奴は普通に盾で防いでたぞ! お前はそいつよりよっぽど良いステータスでスキルも持ってるのに日寄ってんじゃねぇ!」
「日寄ってる? ふざけんな! これは正当な判断だ!
つーか、もともとこのパーティには『トール』って冒険者がいただろ? なんでその人がいねぇんだよ?」
「あんな使えねぇタダ飯ぐらいを置いておく余裕なんてない。
俺達はもっと前に行けるパーティだ。足手まといを切ったまでだ」
そう言った途端、急にバルドのディースを見る目つきが変わった気がした。
戸惑い、怒り、そして呆れといった様々な感情が横顔からもわかる。
そしてミノタウロスの攻撃から大きく後退すれば、アタシ達の認識を改めるように口を開き、
「言っておくがな、普通ミノタウロスの攻撃を盾で受けるなんて正気の沙汰じゃねぇ。
生半可な盾じゃ盾ごと体を裂かれ、そうでなくともそのまま圧し潰される。
それをやってのけるとすれば、Aランク以上の冒険者だけだ。
でも、あんた達はBランク。その差は山ぐらいあんだよ」
「何が言いたい?」
「Bランクでそれをやってるあの人は、凄いってことだよ!
加えて、それほどまでに仲間を救うためなら死んでもいいって覚悟でやってる証拠だ!
ましてや、お前達は簡単に言うが、盾の受け流しは超高等技術なんだよ!
相手が遥か格上で、さらにパワー型だったら尚更な!」
「で、でも、アイツはそんなこと一言も......」
バルドの熱の籠った言葉を聞き、ついアタシの口から漏れ出てしまった言葉。
それが聞こえたのか彼は鼻を鳴らして答える。
「そりゃ、慢心しないようにするための謙遜だろ。如何にタンク役として必要なスキルが無かろうと、実践の叩き上げだけでそこまでのし上がって来たあの人を尊敬こそすれど笑う同職業者はいない」
その瞬間、急にアタシの脳裏にこれまでのトールとの冒険の記憶が蘇る。
どこかなよなよした雰囲気があって、童貞丸出しのような視線をさせてた男性弱者。
けど、思い返せば――アイツはどんな魔物に対してもほぼ不動だった。
あらゆる魔物の攻撃を盾で防ぎ、その場に釘付けにする。
そのおかげで魔物は隙だらけになり、それ以外が一斉攻撃でトドメを刺していた。
ある日からディースが回避タンクをやり始めたけど、それで避けていたのは基本動きが分かり切った弱い魔物に対してだけ。
大きい魔物やボスクラスほどトールに意識を向けており、ちょろちょろと動き回るディースを追い払うような攻撃を彼は躱していただけに過ぎない。
それを考えると、どうしてアタシはディースの回避タンクを容認したのだろう。
前のアイアンゴーレムの時だってそう。トールがいなくなった途端、急に苦戦するようになった。
トールが盾で相手の攻撃を捌き続け、隙を作りそこにアタシ達が攻撃を叩きこむ。
もはやテンプレートされたような勝利パターン。それで良かった。
なのに、アタシ達はトールの影の活躍に気付かず、彼を捨てた。ましてや、人でない姿にして。
「そんな......それじゃ、アタシは......」
アタシはディースが好きってだけで、彼の考えや行動を全て肯定していたのか。
自分の力を信じて突き進む彼が、実は自分の力を過信しているという事実から目を背けて、その輝かしい姿だけを盲目に信じ続けていたのか。
愚かだ.....アタシは。恋に盲目になり、正しいことが何も見えてなかった。
例え好きな人も......いや、好きな人だからこそ、相手のダメなことは言わなきゃダメなんだ。
アタシはその人の後ろを追いかけたいのではなく、隣で手を取って歩きたいのだから。
だから、アタシがすべきだったのは、トールを追放していたがっていた彼を止めることだった。そして仲間としてトールの活躍を正当に評価すことだった。
しかし、それはもう遅い――彼と再会することはもうないのだから。
「謝りたい.......」
「第一、お前達は俺達タンク役のことを下に見すぎなんだよ。
いちいちいちいちスキルだなんだのと言いやがって。技術を見ろ、技術を。
一体誰が前線で仲間が戦いやすい戦況を整えていると思って――おい、危ないぞ!」
その時、考え込んで顔が地面へと下がってたアタシに怒号のような注意が飛ぶ。
咄嗟に顔を上げれば、視線の先からグルグルと回転する斧が飛んできていた。
自分の武器を捨ててまで、遠くで支援するアタシを狙い撃ちしてきたらしい。
不味い、反応が遅れた。防御魔法、ダメ、間に合わな――、
「うっらぁ!」
鈍重な鎧を着ているバルドが猛ダッシュしてきて、アタシと斧の間に割って入った。
すぐさま盾を構える彼に、斧がガンッと直撃する。
「―――ッ!?」
直後、アタシは確かに見た――盾を裂き、バルドの肩に僅かに食い込む斧を。
目の前でブシュッと鮮血が噴き出し、斧もろとも押し出された彼が吹き飛ばされる。
「バルド!」
吹き飛ばされた挙句、壁にめり込む勢いで衝突したバルド。
そんな彼にすぐさま駆け寄り、回復魔法をかけつつ意識があるか確かめた。
「ねぇ、大丈夫なの!? 意識ある!?」
「痛っ......クソ、だから言ったろ。盾でまともに受ける奴はいないって。
投げた斧の威力でこのザマなんだ。まともに受けてたら身が持たない」
「わかった。わかったから黙っていて。今止血するから」
「あぁ、受けて分かる......やっぱりあの魔物の攻撃を盾で受けるなんて正気じゃねぇ。
アイツの目の前にいるだけで怖くてたまらねぇってのに......今も震えが止まらない」
「黙ってろってば!」
アタシは神官ではないからまともな治療が出来ない。
出来てもせいぜい応急処置ぐらいだ。でも、死なせたくない。
この人はアタシ達が半ば強引に頼み込んで親切で来てくれた人。
そんな恩人に対し、せめてあの時のトールの償いとして。
「立つわよ」
バルトに肩を貸し、彼を強引に立たせる。そんなアタシの行動に、彼は目を丸くしながら言った。
「......お前はこの中じゃまともそうだな。過信バカに考えなしのバカ、そして腹黒バカよりは話が出来そうだ」
「あんたの言葉を聞いて考え方が変わっただけよ。自分の愚かさにもね」
「そいつは良かった。だが、アイツはAランクでも上位の魔物だ。
そんな相手に手負いの俺を抱えたままじゃ逃げるも逃げれねぇだろ。
俺はトールと違うんだ。だが、それでもタンクとしての誇りはある」
「あんたを見捨てろって言うの!? それこそお断りよ!
アタシはクズで外道だけど、それでもこれ以上堕ちるつもりはないの。
ディース、ここは一旦引くわよ! 逃げるの!」
「クソッ、なんでこうも上手くいかないんだ......!」
そう愚痴を零しながら、ディースは背を向けて走り出す。
瞬間、その光景をアタシと一緒に見ていたバルドが叫んだ。
「バカ、ミノタウロスに背を向けんな! 常識だぞ!?」
逃げるディースをミノタウロスが追いかける。
両足で地面を蹴り、大地を掴むように両手を駆使した四足歩行でもって。
正しく闘牛のような突進がディースに襲い掛かる。
「不味っ――」
「ディース、横に跳んで!――<暗幕>!」
咄嗟に杖をかざすと、アタシは闇魔法の一種を放った。
それは相手の目に黒い雲を作り、一時的に視界を奪うものだ。加えて、それは手で触れても振り払えない。
「今のうち! ディースはスレア達の方を手伝ってあげて!」
「わ、わかった! スレア、手を貸してくれ!」
「はい、わかりましたわ!」
そしてアタシ達はミノタウロスが暴れている内にこの場を離れていく。
背後からはまるで誰かと激しく戦闘しているような爆発音が聞こえたけれど、振り返る余裕も無く一心不乱に走り続けた。
―――数十分後
「俺はもう抜けさせてもらう。割に合わねぇ」
「ここで断ったら報酬は無しだぞ?」
「構うもんか。命あっての物種だ。んで、俺は死にたくねぇ。死ぬなら一人で勝手に死ね」
転移ポータルに乗ることができ、無事に脱出してから翌日。
冒険者ギルドの一角の席にて、バルドがパーティを抜けることを伝えた。
そんな彼の言い分に、アタシはぐうの音も出なかった。
「クソッ、使えねぇな!」
バルドが去り、静かになったアタシ達の間にドンッと鈍い音が鳴る。ディースがテーブルに叩きつけた拳の音だ。
悔しそうに歯を食いしばる姿は、見ていて胸に来るものがあったけど......かける言葉が見つからない。
前までのアタシなら彼の言葉に賛同していただろう。しかし、今はもうどれだけアタシ達がトールにおんぶに抱っこであったか知ってしまった。
いつもなら同じく反応しているスレアやリンデすら反応しないということは、恐らくアタシと近しい気持ちを抱いているからなのだろう。
『Bランクでそれをやってるあの人は、凄いってことだよ!
加えて、それほどまでに仲間を救うためなら死んでもいいって覚悟でやってる証拠だ!』
バルドが言った言葉が、今も尚脳裏で反芻する。
特別なスキルも何もないトールが、その身一つでアタシ達を助けてくれていた。
そう言えば、彼.......酔った時に「命の恩人だから。その恩を返したい」と言ってたっけ。
そんな彼の頑張りに気付かず、アタシ達は彼を虐げ続けた。
挙句、横行していた追放者による復讐を怖れ、アタシはたまたま街にいた変な人から黒魔術を教えて貰い、それをトールに施した。
そのせいでトールがどんな姿かもわからなければ、今や生きているかもわからない。
ちょっとした出来心でやった行動が、今のアタシ達を死に導いている。
本当に酷いことをした。もし謝れるなら、チャンスが欲しい。
「.....よし、うだうだ落ち込んでいても仕方ない!
また挑むためにも、少しの間英気を養おう.....っていっても金欠なんだけどな」
瞬間、ディースが席を立ち上がり、明るい口調で言った。
そんな切り替えの早い彼のポジティブ思考は好きだ。
とはいえ――、
「また挑むの.......?」
ついそう聞いてしまった。挑むとなれば、またあのミノタウロスに出会うかもしれない。
バルドは「イレギュラーだ」と言っていたけど、未だ冒険者ギルドから討伐報告が上がっていない以上、また出会う可能性がある。
あの魔物によって刻み付けられた恐怖が、体を酷く震わせる。
そんなアタシに対し、ディースはそっとアタシの肩に手を置き、
「当然だろ。俺達は上に行くために頑張ってんだろ?
命があるってことはチャンスがあるってことだろ。挑むに決まってんじゃん」
「――ッ」
ディースの力強い眼差し――それを初めて怖いと感じた。
いつもなら心が温かくなる感じがして、ついて行こうと思うのに。
今はその目に妄執を感じて、アタシ達の命を概算に入れてない気がした。
「そ、そうだね。それじゃ、私はお肉食べたいなー!」
「なら、わたくしは良いお店を知ってますよ。少し値は張りますけど」
「いいねぇ、こういう時は美味しいものを食べるに限る。ほら、ハイネも行くぞ」
「え、えぇ......わかったわ」
アタシはは死にたくない。けれど、ここまで一緒にやってきた仲間を見捨てることも出来ない。
今のアタシに......選択肢はない。
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