第59話 旅立ちと暗躍
旅立ちの日がやってきた。当然、俺が人間に戻るための旅だ。
あとはルミアが探しているという「トコハナの果玉」もそうか。
そういや、メルトに聞いてみるの忘れてたな。後で聞こう。
ちなみに、魔神関連に関しては一旦放置だ。優先順位が低いとも言う。
現状でハッキリとしたことがわからない以上、無理して動けばロクなことがない。
それこそ、現状でメルトしかまともに張り合える奴がいないしな。
「とはいえ、俺の行く手に悉く絡んできそうな気がプンプンするんだよなぁ」
サイバル森林で偶然出会った異形のドグラベア。それに引き続き、メルトの屋敷にあった封具で生まれた魔神も然り。
偶然にしてはあまりに引きが良すぎる。嫌な、引きだよ......ったく。
「まさかこの家からお別れする時が来るなんてね」
思い出して落ち込む俺にスー子が「大丈夫?」と背中を擦る中、メルトの声が聞こえた。
ふと沈んでいた顔を上げれば、彼女は哀愁漂う表情で屋敷を眺めている。
「寂しいか?」
「そんなことはない......と言ったら嘘になるわね。
彼女と出会い過ごしたこれまでは、確かにワタシを形作るものだった。
それにこの屋敷でもワタシはたくさんの家族を見送ったわ」
「長命種の宿命ってやつだな」
「......そうね」
俺の言葉に返事をすると、メルトは足元にいたベルニカを抱える。
それから「だから」と言葉を入れ、続きをしゃべりはじめた。
「ワタシはその短い命が満足して終えられるように愛情を注ぐの。
この世界で生きて、幸せでいっぱいだったと思えるように。
そして守るの。決して勝手な都合や理不尽なことで命を失わないように」
「そのお手伝い、微力ながら協力させていただきます。私も救うことが役目なので!」
「えぇ、ルミアのことは頼りにしてるわ。それで......出発する前に挨拶だけしていっていいかしら?」
そう言ってメルトが案内し始めたのは、進行方向と真逆の森の中。
何があるのかとついていけば、やがて見えてきたのは大きな木だ。
そしてその木の前にある――一つの墓。
「この墓って.......」
「えぇ、シトラスのよ。彼女は森の民だからね。エルフの文化に倣い、森の中にお墓を立てたの。
もっとも、彼女は街の生活に慣れ過ぎて、とてもエルフっぽくはなかったけれど」
ベルニカを地面に下ろすと、メルトは一人シトラスの墓に近づく。
それから彼女が肩にかけている魔法バッグから一つの花束を取り出した。なるほど、昨日花屋を寄ったのはそういう理由か。
「メルトさん、その黄色い花ってお花屋さんが教えてくれたミスティアというお花ですよね?」
「えぇ、そうよ。この花には意味があって『感謝』や『親愛』という意味があるの。
そしてそれとは別の意味もあって.......それが『旅立ち』」
墓の前で跪き、メルトが持っていた花束をそっと置く。
そして墓の縁にそっと手をかければ、
「シトラス、あなたとの約束を守るために......これから旅に出るわ。
だから、あなたはここで見守っていて。そしてワタシ達の無事を祈って」
「――私からも挨拶いいですか?」
その時、ルミアが歩き出し、メルトの横に立つ。
一度深呼吸をすると、柔らかい笑みでもって自己紹介を始めた。
「初めまして、私は『導きの猫騎士団』のリーダーを務めています。ルミアです。
この度は、私がメルトさんを勧誘し、晴れて仲間として一緒に旅に出ることになりました。
私はまだまだ冒険者としては新米で、リーダーとしての自覚も覚悟も足りませんが、それでもメルトさんとも一緒に幸せな未来を築くことを誓います!」
そう言い切ったルミアの表情は、彼女の後ろにいたからわからない。
しかし、その力強い言葉からおおよそどんな表情かは想像できる。きっとリーダーらしい良い表情をしているのだろう。
「ルミア、それだとプロポーズみたいよ」
「え......あ、すみません! そんなつもりじゃ......」
「いいわよ、別に。とっても素敵な誓いだと思うしね。
それに彼女も、きっと今の言葉であなたのことは気に入ったと思うわ。
それどころか直接話せなくて子供のようにジタバタしてるんじゃないかしら」
そんなことを言いながら立ち上がるメルトがそっと後ろを振り向く。
つまり、俺達を見たわけだが......なんだ? そんなジッと見て。
「ベルちゃんはともかく、あなた達も挨拶したら?
特にトール君は今や彼女が守っていた封具を所持しているわけだし」
「うっ、確かに......不可抗力とはいえ、シトラスが死んでも守りたかった物を持ってるわけだしな」
そして俺はスー子と一緒にシトラスの墓まで近づく。姿勢を正し、一つ咳払いをしてから俺も自己紹介を始めた。
「俺はトールだ。こんななりだが、これでも一応人間で冒険者をしている。
んで、こっちが相棒のスー子だ。うちのマスコット兼エースだ」
「スー子だよ! 初めまして!」
俺の隣でスー子が触手をちょんと作って掲げる。まるで手を振ってるみたいな仕草が実に可愛い。
そんなことを思いつつ、俺は気を引絞め――、
「まずは封具に関して謝罪したい。
俺のミスで一時は封具が敵の手に渡り、そのせいで大切な家を壊しちまった。
封具によって生まれた怪物は倒せたが、封具は今やごらんのありさまだ」
「トールちゃん......」
「正直、俺としては人間を戻る方法を探していただけなのに、なんでこんな目に遭っているのか。
考えても全然わからないし、気が付けばもう避けては通れない所にいたって感じだ」
瞑目し、瞼の裏にシトラスの姿を思い浮かべる。
会ったこともないけど、知っている。なぜなら、彼女の記憶はメルトがしっかりと覚えていたのだから。
「だが、だからといってこの事態を放置するつもりはない。
俺もメルトと共に封具を守ると約束しよう......いや、違うな」
「トール君?」
「この封具を破壊する方法を見つける。
封具によって誰も人生を振り回されないように。
もう二度とメルトのような悲しい別れをさせないように。
メルトがずっと笑っていられる世界を、俺が必ず見つける」
「――ッ」
隣からメルトの僅かな息遣いが聞こえた。
しかし、俺の意識はそれどころではなく――今、目の前にシトラスがいる。
瞼に浮かべた彼女が姿をそのままに、墓に腰掛けているのだ。
そして彼女は太陽のような笑みを浮かべ、
『期待してる』
そう......言った気がした。
「え?」
瞬間、突然俺の体が持ち上げられ、お腹に何かが当たる。
あまりに急な事態に視線を彷徨させれば、すぐ目の前に銀色の頭髪があった。
「.......?」
「スウウウウゥゥゥゥ!」
「熱っっっ!! .......メルト!? なんで突然、人のお腹に顔を埋めて猫吸いしてんの!?」
突如腹部に感じる熱に俺が声を荒げれば、メルトはそっと顔から俺を離す。
「ごめんなさい。あなたの力強い言葉に思わず......ただの感謝よ」
「こんな感謝されたことねぇよ」
メルトの奇行に戸惑っていれば、流れるようにそのまま抱っこされた。
一方のメルトは、改めて墓の方へ視線を向けると、
「行ってきます」
墓に背を向けて、メルトが歩き出す。その時の彼女の表情はなんだか満足そうだった。
その後森を抜け、屋敷まで戻ってくると、突然メルトは「あ、そうそう」と俺に声をかけ、
「そういえば、約束の報酬がまだだったわね」
「報酬......?」
「あなたの体を治す方法。その可能性が迷宮都市にあるわ」
*****
―――エルロコ視点――
「皆ーッ! たっだいまーッ!」
切り裂かれた空間から一気に飛び出す。
大きく両手を広げながらアタシが着地した場所は、白を基調とした執務室だ。
周囲には本棚や調度品も置いてあり、それらも基本的に白が多い。
清廉潔白を示してるんだっけ? メッキの内側は真っ黒だってのに。
にしても――、
「あれれ~? だーれもいない」
「あなたが自分の仲間に指示を出してどっかやったんでしょう」
その時、部屋の中に入ってくる短髪の青年。これまた白を基調とした修道服を身に纏い、後ろ手を組みながら歩いてくる。
そんな彼を見て、アタシはすぐに明るく声をかけた。
「ヤッホー、パイプ君! 元気してた?」
「前から言ってますけど、パイプ君ってなんですか?
僕にはルヴィン=アンドルフという名前があります」
「でも、実際魔族と教会側を繋ぐ役割を果たしてるじゃん。
今もアタシと関わってる。ほら、パイプ君じゃん」
そう言いながら誰もいない執務用の机に腰掛ければ、パイプ君から深いため息が聞こえてくる。
どうやらアタシとの会話が大変楽しいようだ。何より何より。
「で、封具の回収はどうしたんですか? あなたがハムドを見限ってからもう三日経過してますが」
「あぁ、それ。失敗した。帰ってくるのが遅れたのはただの観光」
「......全然反省の色が見えないのですが」
「あ、わかる? 実は面白いおもちゃを見つけたんだよねぇ。
そのせいで反省する気にぜーんぜんなんない。
で、その子に封具預けちゃった。ごめーんちゃい☆」
両手を合わせ可愛く謝罪。すると、パイプ君は眉間を指で摘まんで再びため息を吐いた。
ちょいちょい、その反応は傷つくんだけど。
「ま、『預けた』と言っても、ただ預けたわけじゃないでしょう。
ということは、その渡した相手は適正者だったんですか?」
「恐らくね。ほら、いたじゃん。どっかの森に放った実験中のクマちゃん。
あれと同じ気配がした。たぶん、狩ったのはあの子だね」
蒸れた足を乾かすようにブーツを脱ぎ、机に脚を乗せる。あ、ペディキュア剥げてきてる。
「......そこ、一応教皇様の執務机なんですが」
「机は机だよ。細かいことは気にしな~い。あんまり根詰めすぎると禿るよ?
こういう時は気楽に流されるままが一番♪」
「......まぁ、仮に文句言われるのはあなたでしょうし、僕は関係ありませんけど」
「そういや、思ったんだけどさ。前にとある勇者パーティの女剣士を呪い殺した話してくれたじゃん?
あの時は興味半分で聞いてたから聞き流して部分もあったけど、どうしてそのまま封具集めなかったの?」
「どうして急にそんな話を?」
「あの封具の持ち主って誰だっけって思ったら思い出した」
パイプ君の話からある程度の教会の暗躍は聞いている。
教会側が呪殺するための儀式魔法を半永久的に構築する装置を作ったというのも。
聞いた当初は「物騒なもんあるな~」と思っただけだったけど、よくよく思えばそれで残りの勇者達の子孫を呪い殺せば良かったのだ。
「さっさとその呪いで勇者達の子孫を殺せば、今頃宝探しをやる必要なかったじゃん」
「しなかったのではなく、出来なかったんですよ。
勇者パーティの剣士シトラス=アルダリアが殺されてから少しして、教会に一匹の白い竜が現れた。その竜がブレスでもって装置を壊してしまったんです」
「わっ、不運.......」
「それも一度ではなく五十年やそこらの周期に定期的に。
なので、呪殺という行為が物理的に難しくなりました。また、当時ほど優れた魔術師も少なくなったようですしね」
「なるほど......」
話を聞きながら、アタシは腰ポーチからマニキュアを取り出す。
特別に作らせた特注品だ。やっぱり女は着飾ってなんぼだよね。そしてそれで足の爪に塗り足していく。
「また、それよりももっと時間かける事柄が出来たそうですよ」
「え、何それ?」
「適正者探しです。魔神が受肉した際に器が耐えられるほどの。
現に、最高逸材とされた魔王でさえ魔神の呪いに耐え切れなかったんですから」
「あれ、勇者達が倒したんじゃなかったの?」
「魔神の魔宝具を全て宿した存在が、勇者達如きに負けるとは思えません。
なにせ勇者達にすら危険視されていた呪いなのですから。なので、教会側では”自壊した”という見解のようです」
「つまり、適正者はアタシのような人間だね」
そう言ってバキューンと指鉄砲を向ければ、肩を竦められた。何その反応、ちょっとムカつくんだけど。
「稀有な例ですが、あなたは耐えれているだけで適正者ではありません。
現に定期診断では、あなたの肉体には呪いの侵食が見える。
つまり、寿命を消費しているということです。それを”適正”とは呼びません」
「ガーン......ショック」
「だからこそ、我々にとって適正者を見つけることが急務。
ですが、魔神の器となるものなど早々見つかるはずもなく」
「だから、各地の魔獣で実験して蟲毒の真っ最中というわけだね?
魔神を身に宿せる適正者は、最低でも蟲毒の王でなければならない。
最初は人間に拘っていたみたいだけど、無理だったみたいだしね。
なんだっけ、勇者達の中で絶対に死なないおっちゃんって言われてたの」
「ヘルダン=ヴォルモートですね」
「そうそう、それ!」
となると、場外参戦して重力の指輪に触れながらピンピンしてるあの猫ちゃんは、やっぱり面白い。
あ~あ、やっぱり名前聞いておくんだったな~。いや、どうせあの調子ならすぐに目立って知れるか。
なら、今度話す機会があったらちゃんとラブリーアピールしなきゃ。
「なら、そのためにも準備しなきゃね」
机から降りると、アタシは正面に立つパイプ君を見つめる。
「アタシの新たな推しがもっと面白くなることを期待して――そろそろ地下に閉じ込めてるあの子.....解放しちゃおっか」
「マノラーゼ迷宮にいるあの魔物ですか......勝手に行動してよろしいのですか?」
「大丈夫大丈夫、そこら辺一任されてるのがアタシだし。
ついでに、運良く生き残ったあの汚デブちゃんも処理しようと思ってたし。
さぁ、教会の執念が勝つのか、勇者達の意思が勝つのか......これは見物だね」
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




