第58話 メルトリスの推測
メルトの加入式も無事終わり、引き続きのまったりタイム。
ベルニカをブラッシングしているメルトに合わせ、俺もルミアのブラッシングされる。
猫扱いされているようでどうにも心は落ち着かないが、それと同時に凄く気持ちいい。
それこそ丁寧なマッサージを受けているようで、この落ち着かなさも時間経過で溶かされていく。
「ふふっ、ここが気持ちいいですか?」
「ルミア、ダメだ......これ以上は......」
「猫のブラッシングは、自分であまり毛繕い出来ない場所をやってあげるといいわよ。
まぁ、トール君の場合は自認が人間だから普段あまり毛繕いしないし、全体的にやってあげた方が良いけれど」
「元から人間じゃい~......」
メルトの失礼な言葉に、俺はすぐさま返答する。
すると、俺の発言を聞いたベルニカが彼女の代わりに反応した。
「だいぶ声が溶けてるわよ」
「仕方ないだろ......もはや不可抗力だ」
「あまり毛繕い出来ない場所......確か頭や顎下がいいんでしたっけ。
トールちゃん、ここは私に身も心も委ねていっぱい癒されてくださいね」
「ぬわぁ~......人間に戻れなくなるぅ~」
「スー子もやる! スー子もボスをブラッシングする!」
ルミア達の行動に好奇心を刺激されたスー子が、同じく真似し始める。
つまり、今の俺は二人にまさぐられているということであり、抵抗できない。否、抵抗できるがそれを体が拒絶しているのだ。これが猫の生活か。
にしても、最近のスー子は前よりも増して色んなことに興味津々だな。
俺が屋敷に軟禁状態の時も、ルミアが心を落ち着かせる気分転換としてやっていた手芸を真似して練習していたようだし。
もやはこの度でスー子がどこまで化けるのかというのも旅の楽しみになっちまった。
まさか猫になった後の方が色々と楽しみが起きるなんて.....人生何があるかわかんないな。
「人生何があるかわからない、か.......」
そう噛みしめるように呟いたのと同時に、先程の話が蘇る。
それはメルトが話してくれたシトラスとの思い出で、気になったのはその後だ。
確かにシトラスというの人生はそこで幕を閉じた。
しかしそれは、この世界に生きる一人の物語が終わりを告げただけ。
世界中に住む何百人の物語は同時進行し、またどこかで新たな物語が生まれる。
また、それは人だけに限らない。人が生み出した物語だって該当する。
そしてシトラスが死んだ原因となった物語も、今尚続いているのだ。
「メルト、先程の話を蒸し返すような質問をしていいか?」
「シトラスとワタシの思い出のこと? えぇ、いいわよ。何が聞きたいの?」
「その後の話だ。世界の脅威である魔王を勇者達が倒した。
だが、真の黒幕であろう国や教会によってシトラスは犠牲になった。
そして彼女の言葉により、黒幕が封具で何かを作り出そうとしていた.....そこまではわかる」
寝転がっていた俺は香箱座りの姿勢に変え、メルトを見る。
相変わらず背中や頭には気持ちいいブラッシングの感触が伝わってるが、一旦それらを無視して、
「だが、そっから先がどうなったかわからない。そもそもシトラスはどうして呪いを受けたんだ?
シトラスはかつて仲間が死んだことを受け、城には立ち寄らなかったはずだ」
誰も殺せないとされていた勇者パーティの一人であるヘルダン=ヴォルモートは、城へ招かれた後に殺されたという話だった。
まぁそもそもそれも怪しい教会のセリフである以上、実際に死んだのかすら疑わしいが。
ともあれ、それは一先ず置いておこう。今は先の程の疑問に関してだ。
「シトラスは明るいお調子者って感じだったが、決してバカじゃなかったはず。
ともすれば、彼女が呪いを受けた場所は必然的に城の外だったと考えられる。
それに場所を選ばず呪い殺せるなら、どうしてお前は生きているんだ?」
直接戦うのではなく「呪い」を用いた時点で、相手は最初から勇者達に勝てないと見込んでいた。だから殺す手段としてそんな面倒な方法を取ったのだろう。
そしてこれまで誘い込んで行っていたその呪術が場所を選ばずして使えるようになったのなら、シトラスの素性を探る過程で知ったメルトだって呪殺対象になっていてもおかしくない。
「確かに......トールちゃんの疑問はもっともです。
私はお父さんから魔法に関して色んなことを教わりました。
知っていれば防げるかもしれないと呪術といった”黒魔術”のことまで幅広く」
俺の質問に便乗するように、ルミアが発言する。
それからブラッシングの手を止め、近くの魔法バッグから手帳を取り出すと何か書き始めた。
「それで知ったことですが、そもそも魔法には大きく分けて三つの区分があります。
一般的に使われる口頭で魔法を発動させる”詠唱魔術”、魔法陣や特定の魔術文字で魔法を発動させる”描画魔術”、それから歌や踊り、祈りなどで魔法を発動させる”儀式魔術”」
「儀式魔術......ウィンベルト、いえ、エルロコが楽師団を使って発動させていた魔法ね」
「はい。私も初めて見たのでメルトさんに指摘されるまで忘れていました。
ですが、そこから色々思い出したことがありまして」
ルミアが見せてくれたのは、先程紹介してくれた三つの魔術だ。
それを分かりやすいように絵に起こしてくれたらしい。絵、うまっ。
「その中でも呪術魔術は儀式魔術に該当し、特定の手順を踏まなければ発動しないはずです。
なので、そもそも場所を選ばずというのが疑問ですが、仮にそうだとしても呪殺対象に関しては注意深く調べる必要があるはずです」
「えぇ、ルミアの言う通りよ。ただ顔を見たから、ただ名前を見たからでは発動しない。それは魔法としてはあまりに異端で強力すぎるものだから。
呪殺するために必要なのは、相手の顔、名前、毛髪などの体の一部、対象者が身に着けていた服や道具と様々な物が必要で、そして何より必要なのが――場所よ」
俺の質問を否定するように、メルトはそう言い切った。そしてその後もベルニカのブラッシングをしながら言葉を続ける。
「呪術はそれをかけるに適した場所が必要なの。
例えば、戦争で多くの人が死んだ土地ならかかりやすく、逆に教会といった神聖な場所ならかかりにくい。
教会は女神イリアスの像がその威光で建物を浄化しているからね。だから、トール君の読みは半分正解で半分不正解」
「なら、シトラスは全く知らない土地で呪い殺されたってことか?」
「彼女の死後、ワタシ自身も彼女の呪いを調べたけれど、間違いなく儀式魔術の類。
封具のような触れただけで、相手を変異させるような異質なものではなかったわ。
だから、実際に現場を見たわけじゃないから断言はできないけれど、恐らくそうなるわ」
「なるほど......呪術に特定の場所が必要なら、メルトさんが対象にならなかったのも納得です。
相手がシトラスさんを探る過程でメルトさんを知ったとしても、メルトさんがその場所に行かなければいい呪われないですからね」
「だから、ワタシ自身も基本的に行動場所をこの家と街に絞った。
屋敷にはワタシがいるからそもそも難しく、街のような賑やかな場所もあまり適していないから。
それに呪いは基本土地に縛られるものだから、飛んで移動していたのも大きいわね」
なるほど、シトラスの死の謎とメルトの生存の理由はこれで納得だ。
てか、それを踏まえると城の中では発動出来たってことだよな?
ということは、城は呪いを発動させるに適した場所になる......なんとも恐ろしい話だ。
「その後といえば、他の勇者のその後も気になるな。
シトラスを呪い殺したとして、その狙いは確実に宝具だろう。
ともすれば、そのまま動きを止めるとは思えない」
「そうですね、他の方のメルトさん同様に誰かに封具の守護を任せたはずです。
その誰かが子孫であれば、確実に狙いそうなものですが」
「それに関しては問題ないわ。シトラス達もしっかりとそこら辺の対策をしていたから」
「というと?」
「呪術なんて用いるのは、自分はそういった手段でなければ殺せないと言っているものよ。
だから、寿命で殺すなんて長丁場な戦いを挑み、寿命で殺せないシトラスを呪殺した。
それにシトラス達ほどの強者を呪い殺すなら半端な呪いじゃダメでしょうからね。
どの道時間がかかっただろうし、その時間を使えるのはシトラス達だって同じ」
その時、一匹の虫が部屋に迷い込んで来た。
一応補修したとはいえ、あくまで応急処置だ。隙間から侵入したのだろう。
瞬間、メルトが尻尾でその虫を弾いた。というより、破砕させた。
「鍛えたのよ。簡単に殺せないように、徹底的にね」
「な、なるほど......」
「武力で殺せない相手と分かれば、相手はまた呪殺に頼る。
呪殺に頼れば儀式に膨大な時間を費やし、その間に勇者の子孫はまた子孫を作り、鍛える。
そういった繰り返しで何とか防いでいるといった感じよ。ワタシみたいな例外を除いてね」
「なんというか.....それで助かってる身からすりゃアレだが、なんとも悠長なことしてるな。
封具を求めるためにその儀式とやらに膨大な時間を費やしてんだろ?
時間の浪費というかなんというか。もっと他にやることあるだろうに」
「実際、それだけじゃないと思うわ」
ブラシを終え、メルトから解放されたベルニカがのっそのっそと移動する。
その移動先はスー子のボディの上である。あ、俺の特等席取るな!
「他にも何かやっていたんですか?」
「封具を集めることも目的でしょうけど、それはあくまで二の次。
シトラスが伝えてくれた通り、やつらの目的は封具を集めて何かを作ること。
その何かはわからないけれど、教会に魔族の間者がいるなら恐らく目的は一つ――魔神を作ること」
「おいおい、マジか! ってことは、なにか? 神を信仰する人間......ましてや、勇者を輩出する女神信仰の総本山で行われているのが、神を作るという神の領域に触れる禁忌の行為をするだなんて......世も末だな」
「加えて、作り出そうとしているのが古来より対立しているとされる女神イリアスの敵である魔神であるからね。もはや笑い話にもならないわ」
「となると、魔神は魔族が崇める神であるからして......勇者が魔王を倒したのに帰ってみれば自国がいつの間にか魔族に取られてるってことじゃないですか!?」
「えぇ、国は大混乱でしょうね。もっとも、そのトップも人族に化けた魔族だったり、魔族に与した人族であるならば、その混乱も起こらないけど」
「「......」」
聞かされた国の現状を一体どう飲み込めばいいのか。
勇者を輩出するスラクト聖法国には、言った事もないので思い入れはない。
だからといって、とんでもなくヤバイ状況になってるのは理解できる。
RPGなら終盤で聞かされるようなとんでも展開だ。
なんで猫になった後にこんなことを聞かされるのか......ん? 待てよ?
「あれ? 魔神信者に狙われるとか言っていたけど、それどころじゃ無くね?
俺、がっつり関係者じゃん!? いつの間にか追放されて猫になっただけなのに!?」
「加えて、あなたはなぜか”重力の指輪”の呪いを受けず適応している。
エルロコの反応といい、関係者どころかもはや渦中の人物と言っても過言ではないかもしれないわね」
「なんでそうなるんだよぉ~~~~~!?!?」
その場に立ち上がれば、猫ミームよろしくの勢いで頭を抱えた。いや、こんなの抱えたくもなるって。
人間に戻ろうとするだけで、なんでんなもん背負わにゃならんのだ!
「例えトール君が人間に戻れたとしても、その問題は全く持って別ってことね。
いや、下手すれば、あなたが封具に適応した時点で状況が変わったかもしれないわ」
「というと......?」
「魔神の手がかりを探すことで、あなたが人間に戻れるヒントが得られるかもしれないってことよ」
「嫌ああああああぁぁぁぁ!! もうあんなおっかねぇ奴と関わりたくねぇよー!!!」
「よしよーし、落ち着いてください。ギューッとしてあげますから。
お母さん曰く、抱きしめると段々落ち着いてくるらしいので」
現実逃避したくなって半狂乱になった俺を、ルミアが優しく抱きしめる。
その際、動けないように両腕を固定され、顔が彼女の胸に完全に埋まった。
デカくて柔らかくて良いニオイで......呼吸できなくて別の意味で落ち着いてきた。
「落ち着きました?」
「......むっ、ぷはっ.......あぁ、うん、なんとか」
なんとか顔を出せば、慈愛の笑みが返ってくる。い、言えねぇ、呼吸できなくて逆にパニックになりそうだったとか。
「とはいえ、あくまでそれは憶測の域を出ない話よ。
どちらにせよ、ワタシ達は何もかもが情報不足。これから地道に集めていくしかないわね」
「......ですね」「......だな」
そして俺達はそのまま部屋で夜を過ごし、翌日は旅の準備。
その次の日には、出発の日を迎えた。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




