第56話 メルトリスの追憶#2
―――メルトリス視点―――
「仲間の一人が急死した」――その言葉を聞いた時、確かに空気の温度が下がった。
いつも太陽のように明るいシトラスが、その言葉の時には表情に陰りを見せたから。
しかし、その時の”ワタシ”はその機微に気づけず、そのまま質問したのよね。
『誰が死んだの?』
『ヘルダン=ヴォルモート......重戦士だった男。
元は傭兵団の団長をしていたらしくて、ワタシが参加する前に勇者からスカウトされた人間。
そして大楯を駆使した鉄壁な守りでパーティの前線を支えてくれた気のいいおじさんよ』
仲間のことを語るシトラスの顔は、先程と打って変わって温かった。
ぼんやり皿を見つめる瞳は懐かしさを帯びていて......こんな表情してたのね。
『魔王を倒した後、ヘルダンをどうやって倒すかって話で盛り上がったわ。
だって、ただでさえ固いのに毒を受けても何事もなかったように平然としてるんだもの。
そんなんだから死ぬのが想像できなくて......残りの仲間全員の同時攻撃でやっと倒せるかって、そんな結論に落ち着くほどの人物だった』
そう仲間の紹介を終えた後、再びシトラスの声質が暗く変わる。
『とある日、ヘルダンが城に呼ばれることがあったの。
その時には既に、私達は王国や教会に対して不信感を抱いていて、『何かを企んでるかもしれないからそれを調べてくる』と言って彼は一人城に向かった。
そして届いた連絡が、ヘルダンの急死という意味不明な通達だった』
フォークを動かす手を止め、シトラスがそれを強く握る。当時の感情を思い出しているのだろう。
そして表情に出やすい人間だからこそ、余計にやるせなさが伝わってくる。
『死因はわからなかったの?』
『わからない。死体を見せてもらえなかったから。
教会の連中が『勇者の仲間の死体であれば神聖なものだ。丁重に扱う必要がある』と言って、私達の要求を一方的に突っぱねたの。
教会がダメなら王様にって直談判したけれど、受け入れて貰えなかった』
『でも、それでおずおずと引き下がると思えないわ。
何かしらは聞いたんでしょ? 例えば、死ぬ直前の様子とか』
辛そうにするシトラスに対して、”ワタシ”はズケズケと質問する。
その時の”ワタシ”の顔は、なんとも代わり映えしないものだわ。
今より顔に表情が出ずらかったとでも言うのかしら。
けれど、その瞳には確かに「謎を追求したい」という好奇心が見える.....悪趣味な子。
『うん、聞いたね。教会が言うには、封具を見せてもらった時に様子がおかしくなったと言ってた。
突然苦しそうに胸を押さえ出して、そしてそのまま床に倒れて動かなくなったって』
『封具は危ないものなんでしょ? その影響とか?』
『それは教会の見解だね。でも、私達の見解は違う。
封具が危険な代物で、触れようとすれば肉体に影響を及ぼすは同じ。
でもだからこそ、勇者が厳重に結界を張って管理していたの』
『ということは、結界に守られた状態で触れる分には影響がなかったと』
『うん、そうなる。だって、結界に閉じ込められた状態でも外界に影響を与えるなら、そもそも私達が真っ先におかしくなっているはずだしね』
『確かに......となると、教会は何かを隠している?』
『それも王国とグルでね。全員とはさすがに思いたくないけど、重要人物が関わっているのは確か』
『もしくは、教会が操ってるって線も考えられるんじゃない?
誰かを信用させて思い通りに動かすというのは容易なことじゃない。
もっと言えば、非効率だわ。そんな時間あったら別のことが出来そうだもの』
そう言ってしばらく止まっていた手を動かし、皿の食材を口に運ぶ。
その返答に対し、シトラスは『そうだね』と返事し、そのまま言葉を続けた。
『それに......これは王国側にもあまり言っていないけど、私の目ってちょっと特別なの』
『その青に少しだけ緑が混じったような瞳が? 何かの魔眼なのかしら?』
『特別強い魔眼じゃないけどね。現象の本質を見極めることが出来るんだ。
例えば、迷宮を進んでいたとして、その先で行き止まりに辿り着いた。
ほとんどの人からすればそれは紛れもない壁であり、来た道を戻ろうとする。
けれど、私の目にはその壁が映らなくて、変わらず道が続いているの』
『幻術の類を看破できるということかしら?』
『そういう認識でいいかもね。だから、私には幻術系の魔法は通用しない。
これを教会に話さなかったのは、単純に忘れてたってのが大きいかもね。
だって、無いはずのものを作り出されても、私にとっては変わらず無いものだから。
それに幻術類を巧みに使ってくる魔物や敵もほとんどいなかったしね』
『で、その瞳を持つあなたには何が見えたの?』
『城の上階辺りにあった不自然な穴かな。まるで強大な何かが城内で暴れたように、壁がすっぽりと抜け落ちてた。
一目で見てわかるようなそれを仲間の皆が平然とスルーしてたから、多分これは私だけに見えるやつなんだなって思って......そう聞くとヘルダンの死もムクムクと違和感が浮かび上がるでしょ?』
『幻術まで使って痕跡を隠蔽するのは、さすがに怪しすぎるわね。あなた達が不信感を抱くのも納得だわ』
『私達の場合は、それで確定的になった感じかな。
もちろん、その後は知らないフリをしたまま直談判が失敗した後に仲間達だけに伝えた』
その言葉を聞き、”ワタシ”は首を傾げた。
『それからどうやり過ごしているの? 聞く限りだと勇者に不信感を抱かれた程度で止まるとは思えない』
『そこは簡単だよ――無視しまくる。特に、王国招集関連はね。
私達も相手側に大胆な行動は取らせたくないから、完全に距離を開けるわけじゃない。
でも、やりとりは必要最低限で、城には絶対にいかなかった』
『あなた達は魔王を倒し、事実上の世界最強。
直接相手にするのは自殺行為だし、城内では世界最強を殺す術を持っていたとしても、そもそもそこに寄り付かなければ殺すことも出来ない』
『そゆこと。無理に攻め入って私達に徒党を組まれたら、それこそ最後だからね。
それで稼げた時間で、私達は王国や教会について調べてみるつもりでいる』
という話を受けてから、”ワタシ”も王国や教会に不信感を抱くようになったのよね。
それにシトラスと一緒に住む以上、”ワタシ”も封具を守る守護者の一人。
他人事とは思えなかったからこそ、その感情を今のワタシまで魂に刻み付けている。
とはいえ、その話を聞いたからといって特に何かが起きることはなかった。
季節が変わり、一年に一度のイベントが起き、時に悪天候でトラブルが舞い込んで来たけれど、それでも他愛ない生活が繰り返されるだけの毎日。
シトラスという太陽は一時も陰りを見せず、いつまでもそばに居続けた。
そんな彼女のそばにいれば、嫌でも”ワタシ”の心に影響を与えるというもので。
どちらかといえば暗くて冷笑系だった”ワタシ”は、人と仲良くする術を覚えた。
すぐそばに笑顔でゴリ押しする話術の達人がいるのだ。
話が長すぎて反応に困る住民達であっても、結局その明るい笑顔と声で絆されてしまう。
そんな見本を見続けて、”ワタシ”は今のワタシへと少しずつ変わっていった。
『ねぇ、見てみて! 猫ちゃん!』
『あなた、一体どこで拾ってきたの?』
『この子は街で一人ぼっちでね。それも元は誰かの飼い猫みたいだったけど、箱に入れられて捨てられてた。
そんなの可哀そうじゃん。だから、連れてきた』
『 ということは、家に入れるつもり?』
『もちろん、入れるつもりだよ。大事な家族になったんだから、ねー』
両手で猫を抱え、まるで同意を示すようにシトラスは呼びかける。
それからキスしようとすれば、猫の突っ張る手に止められていた。
『メルトって動物苦手だっけ?』
『苦手よ、誰かに縋るように生きて自立できない動物は。
ましてや、魔物のようにその命を誰かの命に消費させるわけでもない。
癒しのために存在していると聞くけれど、ワタシからすればタダ飯ぐらいよ』
『とかなんとか言って~......そういう人ほど案外沼るんだからね?』
『そんなわけないじゃない』
そんなわけあったのよね......実にシトラスの言う通りだったわ。
最初は冷たい接し方をしていたけれど、世話していくうちに愛着は湧くもので。
その猫が寿命を迎えた頃には、ボロボロと泣いたものだわ。
子供の頃ですらそんな泣くことすらなかったというのに。
『シトラス、この子が今日から家族よ!』
そしてその後は、”ワタシ”が捨て猫や親に捨てられた子猫を積極的に拾ってきたのよね。
その度に「また拾って来たんだ。猫狂いめ」とシトラスから呆れられたものだったわ。
当時は否定していたけれど、今ではワタシ自身そう思う。
「クローナ......?」
そんな色んな猫の人生を見送って来たある日のことだった。
その日は太陽が姿を隠した雷雨であり、外はどしゃぶり。
当時飼っていた一匹の黒猫が、しきりに玄関ドアをガジガジと引っ掻いていることに気付いた。
普段あまり外に出るような子ではなかったから、随分と気になったのよね。
そして外に何かあると思ってドアを開いていれば――地面に伏せるシトラスの姿があった。
『シトラス!? 何があったの!?』
すぐさま駆け寄り、うつ伏せに倒れる彼女の体をひっくり返す。
瞬間、彼女の美しい肌にある黒紫色をした模様が目に入った。
それは腕や肩、首から顔半分にかけて広がっている。
『すぐに運ぶわ。手荒だけど我慢しなさい!』
ぐったりとしているシトラスを抱え、ワタシは彼女を寝室に運んだ。
濡れた服を脱がし、全身から水気を取ると新しい服を着せて、魔法で部屋を温かくして寝かせる。
『シトラス、大丈夫? 意識はある? 』
『......め、ると.......』
『良かったわ。とりあえず意識はありそうね』
そう安堵したものの、全ての感情がそれで満たされたわけじゃない。
意識が朦朧としているのか視線は合わず、そっと伸びた手は虚空を彷徨う。
一先ず彼女の手を握りはしたけれど、それで体調が良くなるわけではない。
『明らかに風邪とは違う。それにこの妙に嫌悪感を抱かせる気配.....呪術の類?』
そう思った瞬間、約百年前の記憶が呼び起こされる。
印象的に残っていたシトラスの仲間の謎の死。結局未解決のまま終わったその事件が、今度は彼女の身に降りかかった......そう思わされた。
『あ、アイツらは.....待っていた......この時を、ずっと』
『シトラス.....?』
『仲間が......皆が.....寿命でこの世界での役目を終える時を。
そしてただ一人残された......私を、殺すこの時を......』
うわごとのように、シトラスが”ワタシ”に言葉を残そうとする。
”ワタシ”の手を握る力が僅かに強くなった。まるで何かを託すように。
『殺すための準備? あなたは一体何を見たの!? 何を知ったの!?』
そう言ったものの、”ワタシ”はすぐに頭を横に振る。
『いえ、今はそんなことどうでもいいわ。とにかくこの呪いをなんとかしないと。
いい? 絶対に気を強く持つのよ? 死んだら許さないから!』
『メルトリス......』
久々に聞いたシトラスからの名前呼び。いつもなら彼女が付けた愛称である「メルト」と呼ぶはずなのに。
そしてわずかに顔を横に向け、小刻みに揺れた彼女の瞳が”ワタシ”の目を射抜き、
『王国を......教会を信じちゃダメ......奴らは何かを生み出そうとしている。
理由は、わからない......でも、そのためなら、私達を平気で手にかける』
『シトラス、ダメ......もうこれ以上はしゃべらないで!』
『守って......封具を、私が......愛したこの世界を.....そしてあなたが好きな日常を』
瞬間、”ワタシ”に想いを託すように握られていた手から力が抜ける。
するりと手から滑り落ち、シトラスは眠るように目を閉じた。
『う、うぅ......うわあああああぁぁぁぁ!』
シトラスの死を見届けた瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
眠る彼女の横で、顔をベッドに押し付けながら泣き叫ぶ。
それが”ワタシ”が見届けた太陽が消えた瞬間だった。
*****
「――懐かしい記憶」
意識の覚醒と共に、ワタシは頭の近くにすぐさま手を伸ばす。
その手の内側にガシッと何かを捕らえれば、起き上がりと同時に目の前に引き寄せた。
捕まえたのは、尾羽から数本の細い糸が伸びたお腹が黒い鳥。
「ハラクロ......別名『悪夢魔鳥』。寝ている人や魔物の頭に尾羽の糸を指し、悪夢を見せる魔物。
幸福からの転落によって生まれる感情を糧にする下世話な鳥』
『グェ』
瞬間、ワタシの鳥を握る力が僅かに強くなる。
『ワタシの記憶なのに、三人称視点で見れる時点でおかしいと思ったのよね。
けれど、あなたのおかげで久々にシトラスの姿や声を思い出せたし、重要な情報も思い出せた。
だから、今回は特別に見逃してあげるわ』
手をパッと離せば、ハラクロは一目散に逃げていく。
その姿を目で追い、少しして周りを見渡す。そこには未だ眠り続けている大切な友人達の姿があった。
「......必ず守るわ。あなたが愛した世界を」
視線の先、遠くに登る太陽を見ながら、ワタシは静かに決意した。




