第55話 メルトリスの追憶#1
――メルトリス視点――
視界に広がるのは、どこにでもある平原の街道。
見渡す限り緑の芝生で覆われていて、魔物すら来なさそうな光景が広がる。
そこを見てワタシはすぐに理解した。
「これは.....昔の記憶?」
今のワタシがいるのは、平原のちょっとした丘にポツンと生える木の陰。
幹に手を付けながらもう片方の手を見てみれば、自分の手が確認できる。
どうやらこの夢を見ているという自意識があるみたいね。
「あれは.....」
その時、街道に一人の少女が歩いていることに気付いた。
相変わらずのゴスロリ衣装を着た短い銀髪の少女――そう、”自分”だ。
まだ子供だった頃の姿で、本を読みながら歩いている。
「昔の”ワタシ”を見るなんてなんだか恥ずかしいわね。
でも、せっかくだし久々に見に行ってみましょうか」
丘を歩いていき、”ワタシ”が歩くそばまで近づいてみる。
試しに横に並んで歩いてみたけれど、当然ながら気付く気配はないようね。
にしても、客観的に見ても可愛いわね......昔の”ワタシ”。
『ハァ、お父様もお母様もなーんにもわかってない。
あんな場所にずっといたんじゃ、自由が無いのと一緒じゃない。
ワタシはもっとこの本のような色んなものが見たいし知りたいというのに』
「......そういえば、当時のワタシは家出したばかりだったかしら。
で、色々な場所に移動しながら、こうして本を読んで移動していたのよね」
随分と懐かしい記憶ね。だからこそ、今では一か所で定住しているワタシを見たらどう思うかしら。
知りたくもあるし、なんだか躊躇われる感じもあるわ。
「で、そろそろかしら......タイミング的には」
そう呟きながら、ワタシはとある方向を見る。
それは晴天が広がる空で、そこからは一匹の巨大な魔物が迫っていた。名前は確か.....「ワイバーン」だったわね。
この世界的には一般的に竜種で捉えられているけど、本物の竜からすれば所詮トカゲ。
人になる知恵も力もなければ、ただデカいだけで傲慢な哀れな存在。
そして半端に自力がある分、相手との実力差も測れない愚か者でもある。
そんなトカゲが地上を歩く”ワタシ”に目を付け、餌として狙ってきた。
しかし、”ワタシ”は気づく素振りも見せない。いや、気にしてないのよね。
だって、例え先制攻撃を食らったところで、あのトカゲじゃ”ワタシ”を殺せないもの。
けど、考えてみれば大事な本が傷つく可能性もあったわけだから、「愚か」という点では当時の”ワタシ”も同じだったかもしれないわね。
「そして同時に、それが彼女との出会いだった」
『危ない!』
明らかに強大な気配が迫っているのに、一切振り向かない。
そんなを助けようと後方から一人の女性が走って来た。
その女性こそがワタシの友人となる勇者パーティの一人――シトラス=アルダリア。
『せい!』
シトラスは空中で抜剣し、いとも容易くワイバーンの首を切断する。そしてそのまま”ワタシ”を通り過ぎ、着地した。
クリーム色でカールしたボブ、凛とした立ち姿。エルフを表す尖った耳.....あぁ、またあなたの姿を鮮明に思い出せるなんてね。なんだかもう既に胸がいっぱいになってきたわ。
『危ないところだったね......って、おーい? 聞いてるー?』
声をかけるシトラスに対し、”ワタシ”は気にする素振りもない。
ただ本を読みながら歩き続け、彼女の横を素通りしていく。
そんな”ワタシ”に、シトラスが横を歩きながら絶えず声をかけてくるがそれらを一切無視。
そういえば、当時の”ワタシ”は興味でしか動かなかったのよね。
『こーんーにーちーはー!』
最終的にシトラスが目の前に立ち、本を下げて覗き込むような形で声をかけた。
それでようやく”ワタシ”は彼女の姿をその視界に収める。
『......誰?』
『お、ようやくこっちを見てくれたね。
私はシトラス=アルダリア。まだまだ現役でピッチピチの百八十二歳だよ!』
『......』
『ワイバーンに襲われてたってのに全く気にする様子もなければ、私に気付く様子もない。
もはやそこまで無視されちゃうと逆に燃えるタイプでね。
お姉さん、興味持っちゃった......名前を教えてくれる?』
『.....知らない人にはついていくなって言われたので』
『おっふ、そう言われると辛いな~。
というか、竜人族のあなたなら、むしろ知らない人の方が危ないと思うけど。
それはともかく、こんな所で何してるの?』
『......』
『えー無視~......仕方ない。ならば、お姉さんがお姉さんのことを話すので、まずは知らない人から知り合いになろうじゃないか!』
そう言って無視して歩き続ける”ワタシ”の横で、シトラスが一人でにしゃべり続ける。
そうだった、確か彼女はこんな感じだったのよね。
”ワタシ”の様子を一切気にすることなく、一方的に声をかけ続ける。
それでいて常に笑顔を絶やすことなく、本当に楽しそうにしゃべっては勝手に思い出し笑いして。
黙っていれば美人なのに、一切黙らないから「残念美人」という印象が強かったのよね。
『ぐうぅぅぅ~~~』
『お、お腹へったかい?』
歩き続けてからしばらくして、突然”ワタシ”のお腹が鳴った。
そのことに”ワタシ”が顔を赤らめていれば、シトラスは「お、新たな一面はっけ~ん」と言いながら魔法バッグからクッキーを取り出す。
『はい、これどーぞ。実はこれ、自作なんだ。食べてみて』
『......』
『遠慮しなくていいから、ほら......あ、食べてくれた。
なんだか餌付けしてるみたいで可愛い~。
ねぇ、うちの子にならない? 今ならめっちゃ養えるよ?』
『突然何を言ってるの.....?』「突然何を言っているのかしら.....?」
おっと、思わず昔の思い出とシンクロしてしまったわ。
とはいえ、これは仕方ないと思うわ。誰だってそう思うはずだもの。
そしてそれからというもの、シトラスはなぜか”ワタシ”と同行し続けた。
初めて会った日から三日間。ひたすら本を読み続ける”ワタシ”の横でシトラスはしゃべり続ける。
移動中も食事中も寝る直前も.....もはや寝る時以外ずっとしゃべていた。
今のワタシから見てもしゃべり過ぎだと思うわ。
そして何をそんなに話すことがあるのかと耳を傾けてみれば、実に大したことないばかり。
道端に咲く花の色から連想して花言葉を話し始めたり、遠くに見える雲が食べ物に見えたから好物の話を話をし始めたり、仕舞には鳥の鳴き声に勝手に声を付け始めたり。
それが全部、”ワタシ”と会話するためや”ワタシ”の方から話しかけるキッカケを作っているのだったら、そこまでおしゃべりなのも理解できる。
けれど彼女の場合、ただ話したいから話してる感じなのよね。だからこそ、さすがのワタシも聞いたのだっけ。
『ねぇ、なんでそこまでしゃべっていられるの?』
その日は彼女と出会ってから三日目の夜。
すっかりも夜も更け、焚火を明かりに読書中の時だった。
若干の煩わしさも感じて質問すれば、シトラスはサラッと答える。
『楽しいを共有したいからだよ。一緒に楽しくなれば、もっと楽しくなれるじゃん』
『......』
『それに会話は相手のことを知るための第一歩であり、相手と仲良くなるための第二歩である。
何事も歩むからこそ見えてくる景色が変わるものだよ。
ってことで、お姉さんと一緒にまだ見ぬ世界を見てみる気はない?』
その頃の”ワタシ”は、その言葉を受けてどう思ったのかしら?
ちょっと強引と思ったのか、鬱陶しいと思ったのか、はたまた何も思わなかったのか。
だけど、その言葉と共に差し出された手を、”ワタシ”は確かに手に取った。
『――で、あの黄色の花がミスティアっていうの。
花言葉は『親愛』や『感謝』、それから『旅立ち』って意味もあるんだよ』
『......』
『で、あの隣の青い花がアルマルと言って――』
それから少しだけ”ワタシ”の行動が変わった。
彼女と手を繋いで歩いたため、歩きながら本を読まなくなったのよね。
依然として口数は少なかったけれど、彼女が話す内容には耳を傾けていた。
それが端から見るワタシにもわかるほど、彼女が指さす方をちゃんと目で追っている。
そんなちょっとした旅を経て、”ワタシ”達は今の屋敷に辿りつく。
『じゃじゃーん、ここが私の家! どう? 立派でしょ?』
『......ワタシの家の方が凄い』
『何をー! それじゃ、今度見に行かなきゃだね。どっちが凄いか確かめなきゃ』
『.......』
『......ま、きっとそのうち一緒に行けるようになるよ。
なんたって私達は長命種コンビだからね。なが~い付き合いになるよー?』
『なにそのダサいコンビ名』
『だ、ダサい!? なら、これを超えるコンビ名をつけてみろ!』
『......』
『無視すなー!』
そして結果として、”ワタシ”は彼女の家に連れ込まれたのよね。
そう思うと何気彼女は目的を達成していたことになるのかしら?
というか、これって今思えば誘か......いえ、思い出は美化したままにしておきましょう。
それから”ワタシ”は彼女の家で何十年と過ごすになる。
一緒に近くの街に行って買い物したり、彼女の思い付きで旅行に連れて行かれたり。
仕舞には、彼女に着せ替え人形のように遊ばれたりと色々あったわね。
『どうしてこんな所に住んでるの?』
そんな時、”ワタシ”はそんなことをふと聞いたのだったっけ。
彼女と出会ったのが、勇者が魔王によって倒された十数年後ぐらいで、魔王が倒されたとはいえまだまだ勇者という威光は眩く輝いていた。
彼女は勇者ではないけれど、それでも一緒に魔王を倒した仲間の一人。
事実、彼女が街へ訪れた時は必ずお祭り騒ぎのような賑やかさをしていた。
加えて、彼女は存外目立ちたがり屋だったため、そのせいで一体どれだけ時間を浪費したことか。
住民に囲まれて話す彼女を放置して先に買い物を済ませ、それからしばらく本屋で暇を潰してから戻ってみれば、話し続ける彼女に対して住民の方が困っていた光景は今でも思い出せるわ。
老人の話が長すぎていつ逃げるか様子を伺っている若者のような顔を全員にさせるなんて......ある意味、それぐらいの特異性がないと勇者の仲間は務まらないのかもとすら思ったほどよ。
そんな彼女の迷惑エピソードはさておき、彼女が有名人であることは確か。
であれば、普通はもっといい場所に住んでもおかしくないのに、彼女は今の場所に居続けた。
その問いかけに対し、食事中だった彼女は食べる手を止めて、
『そうだね、王国の喧騒はちょっと肌に合わなかったんだ.....って何その意外そうな顔?』
『当然の反応よ。だって、無意識威光振りまくりイカれおしゃべり女であるあなたが、今では話が長すぎて街の住民から遠くから眺められるだけになったあなたが、今『王国の喧騒が肌に合わない』って言ったのよ?
むしろ、そこに人がいれば全力でダイブするような人間があなたじゃない』
『おっと、なんだかとんでもない言葉をいくつも聞いた気がするよ?
これは私に対する認識を改めてもらう必要があるだろうね。
でもまぁ、先にそのわけを話すとすると......別に、最初から苦手だったわけじゃないんだ』
そう答えるとシトラスはそっと食べかけの皿を眺める。
それから少しして顔を上げると”ワタシ”のことを語り始めた。
『勇者の一人だったから、王国や教会とは関わる機会が多かった。たくさん助けられたし、たくさん支援されたよ。
今でも魔王が倒せたのは、そういったバックアップがあったおかげ。それは間違いないことだし、今だって感謝してる』
『なら、何がそんなに気にしているの?』
『上手くは言えないけどさ。ちょっと変なんだ――王国や教会の動きが。
もちろん、全部がってわけじゃないよ? それでも不審な動きが目立つというか。
特に、魔王戦の戦利品を持ち帰った時は特に顕著だったかな』
『どんな風に?』
『やたら戦利品を見せて欲しがったり、危ないと何度も伝えたのに触ろうとするし。
それに魔王戦の状況や魔王の様子に関しても事細かく聞かれたかな。
まぁ、世界を救う偉業だし、根掘り葉掘り聞きたいのはわかるけどね?
でも、あの時の目はなんだか妙におかしかったんだよね』
『それはあなただけの意見なのかしら?』
『だったら良かったんだけどね。仲間全員が似たような反応で。
それでしばらくして――王宮で仲間の一人が急死したんだ』
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




