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第53話 一難去ってまた一難

 最後の一撃、メルトの協力もあって無事に怪物を倒すことが出来た。

 結局、アイツが何者かわからないままだったが、まぁいいだろう。強いて分かるのは、自称神である事だけである。


「疲れた......痛っ」


 緊張感から解放され、一気に気が抜ける。俺のアドレナリンの痛み止めも緩和されたのだろう。

 全身に激痛が巡り、もはや立っていることも出来ない。


「大丈夫、ワタシが支えているわ」


 そう言って肩を貸してくれるメルトのおかげで、前のめりにぶっ倒れることは無かった。

 そのままゆっくり腰を下ろし、地面に座ると俺の体に変化が訪れる。


「体が縮んでいく......」


 メルトの呟きを聞きながら、俺は自身の変化を実感していた。

 シューッとガス漏れするように力が抜けていき、段々と目線が下がっていく。

 先程まで鎧を纏っていた体が気化するように小さくなり、次第に内側から猫の体が現れ、やがて完全に元の姿に戻った。


 とはいえ、受けた傷はそのままのようである。

 クロスの傷を受けた胸に、怪物の一撃を受け止めた両腕は相変わらず血だらけだ。

 加えて、先程の竜人化の反動だろうか。内側から何かがせり上がり、吐けば血であった。


「ルミア、早く!」


「はい、すぐに!」


 メルトの呼び声を受け、ルミアが走って近づいてくる。

 そのまま俺のそばでしゃがみ込むとすぐさま回復魔法で治療を始めた。

 ぬるま湯に浸かるような気持ち良さに包まれ、急激に眠たくなってくる。


「ボス、死んじゃダメ! 目、開けてー!」


「あ、いや、単純に眠いだけだから。無理やり目をこじ開けようとしないで」


 勘違いしたスー子に目を無理やり開けられるが、それに対する抵抗が出来ない。

 どうやらそこまで体を酷使したようだ。もはや指一本動かせる気がしない。

 そんな俺を、メルトとベルニカが上から覗き込む。


「全く......竜の血を飲むなんてどうかしてるわ。

 けれど、あなたのおかげでワタシ達は助かったわ。ありがとう」


「あんたはもう既に十分な程罰を受けたし、ツケも払った。

 だからもう頑張らなくていい。後はアタシ達に任せなさい」


「......」


 こういう時、なんと返せば良かったのだろうか。これまでの俺は、特に主役級で活躍したことはない。

 パーティでも縁の下の力持ちポジションだったし、自らその道を選んだ。

 だから、面と向かって感謝されたことはほとんどないわけで。


 感謝されるのは、いつだって最大の脅威を倒した存在。俺の場合、それが元リーダーのデュースであった。

 というか、俺は守りの戦士である以上、当たり前のことをしただけで――、


「トールちゃん......『どういたしまして』でいいんですよ。

 好意は素直に受け取ってもいいんです。もうあなたを害する人はいないのですから」


「――!......そっか」


 ルミアからの優しい眼差し。恐らく俺の過去のこと想って言ってくれたのだろう。

 確かに俺は仲間に追放されて以降、自ら感謝を述べる抵抗感はないが、それを誰かから受けることに対する抵抗というのはどこか持っていたかもしれない。


 優しくて信頼していた仲間に追放されて傷ついた心。スー子やルミアとの出会いを通して癒えていたと思っていたが、案外深かったらしい。

 だけど、今ならルミアの後押しのおかげで言えそうだ。


「どういたしまして」


 そう言った瞬間、俺の視界に映る全員の顔が優しくなった。

 口元が自然と緩み、柔らかい笑みを浮かべている。それが何よりの癒しで、もっと言えば力が漲ってくるような......ん?


「え、俺.....何吸収してんの?」


 その時、空から紫色の粒子が流れてきて、それが俺の内側に流れ込んいることに気付いた。

 怪物を倒したことでレベルアップしているが、それとは全く違う力が沸き上がる感覚。

 膨大な力の奔流が体内で暴れているかのようで......しかし、不思議と辛くない。


「これは一体......」


「危険な感じはしないけれど、随分と気味の悪い気配がするわね。

 そしてそれがトール君の中に流れ込んでいる......竜人化の影響? いえ、こんな現象は前例がないわ」


「ボス、苦しくない?」


「あんた、変に強がるところありそうだからね。ちゃんと言うのよ!」


「いや、苦しさとかは全然ない......むしろ、力が沸き上がってくる感じ」


 俺と同じように、その粒子に対して全員が怪訝な表情を浮かべる。

 結局答えがわからないまま、やがてその粒子は全て俺の体の中に入った。

 そんな現象に首を傾げていれば、俺の目が地上に落ちてくる何かを捉える。


「メルト、アレ......」


「封具ね......”重力の指輪”とも言うけれど」


 キランと鈍く光り、遥か空から落ちてきた銀色の指輪。先程倒した怪物が身に着けていたものだ。

 もっと言えば、人間をあのレベルの怪物に変えてしまう代物でもある。


「相変わらず嫌な気配が漂ってるな。当然だけど、触れたら不味いよな?」


「えぇ、もちろん。先程の怪物は、元はウィンベルトが放った刺客よ。

 回収でもしようとしたのでしょうけど、それが失敗したから呪いに飲まれた」


「あの、私は直接見たわけではないんですが、元々は宝箱に入っていたんですよね?

 危険とわかっておきながら、どうして宝箱のまま持ち帰らなかったのでしょうか?」


「さあね。今となっては触れた本人もいないわけだし、知る由もないわ。

 ましてや、例え宝箱を開けても封具は結界で固く閉ざされているはず。

 それを解く方法をどうして知っているのかも、そもそも私の結界を破った方法も謎だわ」


「ま、わからねぇならわからねぇでもいいさ。今はな。

 現状で言えることはただ一つ――この世界を壊せる力が世に解き放たれたという事実だけだ。

 メルトの力で再封印は出来るか?」


「どうかしらね......指輪一つであれほどの影響力なら、閉じることは難しいでしょうね。

 特別な結界魔法を使える魔術師か、あるいは別の勇者一行の一族に伝わる秘伝の封印術でないと無理かもしれないわ」


「であれば、国に預けてしまうのはどうでしょうか?

 あ、いやでも......そういえば、メルトさんは国にも封具を渡すのを躊躇ってましたよね」


「......そうね」


 ルミアからの言葉を受け、メルトがそっと視線を落とす。

 その時の彼女は、顔をしかめており、妙に負の感情を露わにしていた。

 直後、俺に帽子やスカーフを身に着けさせているスー子が「ボス!」と声をかける。


「見てアレ! なんか指輪が浮いた!」


「指輪が浮いた......? うわ、ホントだ」


 スー子の声に意識を取り戻し、視線を先程の指輪に向ける。

 すると、言葉通りに地上から三十センチほど浮いていた。加えて、なぜかそれはゆっくりと近づいてくる。


「わっ!?」


 瞬間、その指輪は加速して俺の目の前から消え――耳にぶつかった気がした。

 え、今指輪に触れた? ってことは、今度は俺があの怪物になるのか?

 いやでも......特に何の変化も無いな......。


「なぁ、何が起こって――」


「トールちゃん、大丈夫ですか!?」「トール君、大丈夫!?」

「ボス、大丈夫だよね!?」「無事じゃないとはったおすわよ!」


「どうどうどう......落ち着いてくれ、皆。一体どうしたってんだ?

 てか、皆の方が大丈夫なのかよ。ほら、さっき指輪飛んできてたし」


「......もしかして気付いてないんですか?」


 疑問の言葉を口にし、ルミアがそっとその他全員と目を合わせる。

 そしてメルトがそっと俺の目の前に薄く平たい水の膜を作り出した。

 それは鏡のように俺の姿を反射していて、そこを覗き込む。


「え......ええええぇぇぇぇっ!?」


 その瞬間、俺は驚きのあまり大声をあげてしまった。だって、俺の左耳にさっきの指輪がくっついているんだもの。

 形状も少し変わっていて、イヤーカフみたいになってる。なにこのチャラい猫!?


「なんで俺の耳に.....てか、あ、触れちゃダメなんだっけ。いや、もう触れてるか」


 思わず自分の耳に伸ばしかけた手を止めるが、すぐに手遅れである事に気付く。なるほど......そりゃ、皆あんな反応にもなるわ。


「それで......大丈夫なの?」


「え、あ、うん......別に体に何の影響も変化もない。ビックリするほど何も無くて......俺もわけわかんない。

 逆に、皆の方は大丈夫なのか? 特にメルトなんかオーラだけで気分悪くしてたし」


「そうね.....確かに、少し嫌な気配はするけれど、それでも気にしなければ今まで通りよ。

 少なくとも、あの封具を閉じ込めていた部屋のような気分の悪さはないわ」


「そっか、ならいいけど......」


 なら、この状態は一体何が起こったというのか。なんで俺に封具の指輪が? 本格的にどうなってんだってばよ!?

 そう思っていた矢先、ルミアがそっと俺の耳に手を伸ばしていることに気付いた。

 そしてその手を、俺よりも早くメルトが掴んで止める。


「ルミア、何をしてるの!?」


「安全かどうか確かめる必要があるかと思いまして。

 だって、このままじゃ誰もトールちゃんに触れれなくなるじゃないですか!

 命懸けで私達を救ってくれたのに......そんなのあんまりです!」


「けれど、何もあなたがしなくたって......」


「悔しいですけど、この中では私が一番足手まといです。

 治癒師という立場からすれば、皆より後方にいるのは当たり前なのでしょう。

 ですが、それでは嫌なんです。いつまでも守られているばかりでは......前回も、今回も」


「ルミア.....」


 そんな悲しい言葉を聞き、俺の口から彼女を呼ぶ声が漏れる。

 この場にいる誰もそんなことは思っていない。今回も前回も彼女は十分に役割を果たしてくれた。

 しかし、彼女はそれでは満足できないのだろう。

 恐らく彼女が目指す仲間の在り方というのが、「後ろ」ではなく「隣」である以上。


「加えて、この中では私が適任だと思うんです。

 誰が触れても呪いが起こるなら、強いメルトさんも成長株のスー子ちゃんにも任せられません。

 だからといって、ベルニカちゃんに任せるわけにもいきませんからね」


「.....本気なの?」


「はい、本気です。それに......これはあくまで勘ですが、大丈夫な気がするんですよね。

 トールちゃんの耳に装着された瞬間、先程の怪物と違って安定している.....とでも言いましょうか。

 先程のメルトさんの意見のように、そこまで悪い感じはしないんです」


 そう言ってルミアは俺の耳にそっと指先を伸ばす。どうやら彼女の覚悟は既に決まっているらしい。

 となれば、もはや誰も彼女を止める言葉を持ち合わせない。いや、言葉は不適格だな。

 ここで俺が言うべきは――、


「ルミア、信じてるぞ」


「はい。任せてください」


 ゴクリと生唾を飲み、ルミアはちょんと指先を指輪もといイヤーカフに触れさせた。

 その光景が水鏡越しに見え、その結果を俺がしっかりと目に焼き付ける。

 それから一秒、二秒、三秒と経過し――変化は起こらず。


「やった.....成功です!」


「うわっ!?」


 その瞬間、望む結果が訪れたことにルミアが喜びを爆発させる。

 具体的には、俺の両脇を抱えて持ち上げ、そのまま顔に頬ずりしたのだ。

 あまりにも急なゼロ距離接近に俺の心臓がドキリと跳ねる。


 童貞的思春期部分がなんやかんやして嬉しいのやら恥ずかしいのやら。

 しかし、今の俺はまともに動けないので抵抗が出来ない。為されるがままだ。

 なら、この状況を思う存分味わっとけという話もあるが.....悲しいかな、痛い。


 嬉しいより痛いが勝つ。恥ずかしいより痛いが勝つ。ラッキーより痛いが勝つ。

 彼女が喜びのあまり俺を抱きしめるほど、俺の思い出は痛みが刻まれていく。


「ルミア......ごめん、痛い」


「わぁっ!? ご、ごめんなさい!! またトールちゃんに触れられると思って嬉しくてつい......うぅ、思い返したら自分の行動が恥ずかしい。

 わあああああああ! 穴、穴が欲しい......穴にうずくまりたい」


「ふふっ、わかるわ......その気持ち。猫ちゃんには触れたくなるものね。

 ほら、ベルちゃん、こっちおいで。約束通りのよしよしよ」


「ここで?......ハァ、仕方ないわね」


「ルミア、とっても顔赤いね! スー子も赤くなれたらその気持ちがわかるのかな?」


「......はよぉ、治療を再開して」


 なんだか途端に緊張の糸が切れ、わちゃわちゃとした空気に変わった。

 地面は焦土と化し、屋敷は半壊、森の一部も穴が開いているというのに......。

 けどまぁ、不思議と悪くはない気分だ。一仕事を終えて風呂でサッパリした気分。


「団らん中、失礼するよ」


 そんな空気に水を差す一つの声。

 瞬間、鶴の一声のように声が一気に静まり、俺と同様に声の主を探る。

 すると、そいつ――ウィンベルト=ギルバートが屋敷を囲む塀に腰をかけており、


「こんばんわ、皆さん。今日は素敵な夜ですね」


 そう言ってニコッと笑った。

読んでくださりありがとございます(*^_^*)

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