第52話 最終ラウンド#2
――殺せ
意識が、なんだか妙にフワフワする。
内側から溢れる力と猛烈な殺意が、妙に脳を甘く痺れさせる。
――壊せ
今ならなんでも出来そうだ。そう思えるほどの力がある。ここにある。
そういや猫ですらなくなったんだったな。どうなってんだ俺の体?
――滅ぼせ
先程から妙に頭の中に響く声がうるさい。全力で悪意を唆してくる。
これが竜人族の血の作用か? いや、なんか違う気がするな。
だって、メルトは猫狂いだが、良い奴だったし。
――守って
そんな中で違う声が聞こえた気がした。
さっきのが如何にも悪者っぽい声だとすれば、今のは女の人の声。
てか、今の俺ってどうなって――、
『守って』
意識が少しだけ戻る。周りを見渡せば、真っ白い空間だ。
どこもそこも白で境界線が無く、上か下かもわからない。
ふと手元を見れば、人間の手だった。俺の手だ、見間違えるはずがない。
「どうして俺の手が......いや、手だけじゃない。足も体も顔も人間のそれだ。
ということは、俺は人間に戻れたのか......って、さすがにそれは都合が良すぎるよな」
『守って』
三度に聞こえた言葉。その声に振り返ると一人の女性がいた。
凛とした立ち姿であるが、笑った顔が可愛らしいだろうと思わせる幼さのある顔立ち。
角や尻尾がない所からして、メルトと同じ竜人族ではない。耳は長いのでエルフだろう。
クリーム色のボブで髪先が外はねしている。瞳は青と緑が混じったような色で、容姿も相まってとても美しい。さすがエルフだ。
また、服装は一般的な軽戦士の格好であり、腰に剣を下げているようだった。
そんな女性が俺に向かって口を開き、
『どうか私の大切な友達を、そして愛したこの世界を......もちろん、あなたの大切な人もね』
その人物に思い当たる節はない。しかし、知っているような気がした。
そして同時に、直観で信用できる人物とも思えた。
「あなたは一体......」
『よろしくね』
「――ッ!?」
瞬間、足を滑らせたかのように立っていた足場が無くなる。
いや、そもそも足場があったかもわからないが、ともかく異様な浮遊感を感じた。
女性の姿も遠ざかっていく。落ちている.....この現実も、意識も。
*****
「ガアアアアアアァァァァァ!........あ?」
あれ? なんで俺ってばこんな思いっきり吠えてんだ?
何があったんだっけ? えーっと、確かヤベェと思ってメルトの血を飲んで――、
「.....ってなんじゃぁこりゃぁっ!?」
自分の両手を見て、俺は思わずたじろいだ。だって、真っ黒なんだもの。
猫の手じゃなく、ちゃんとした人間の五本指なんだけど......黒いガントレットっていうの?
そんな感じだし、しかも指先が丸くなく鋭利に尖っている。
さらにそんな金属的要素が手どころか腕、足、胴体に至るまで覆われている。
「加えて、尻尾もやたらメタルチックだし、頭もバイクのヘルメットを被ったみたいな感じだ。
目も無ければ鼻もない。あ、でも口はあるわ。それにちゃんと自分の肌に触れたような感触がある」
何と表現すべきか。成人男性並みの二足歩行のトカゲを黒い装甲で纏った感じだろうか。
ともかくそんな感じで、竜人族の血を飲んだ結果、猫ですらなくなった......なにこれ?
「でも、内側からめっちゃ力は感じるし、全く効果が変わったって感じでもなさそうなんだよな」
「と、トールちゃん.....?」
「ん?」
自分の手を握ったり開いたりして繰り返していると後ろから声をかけられる。
声の主はルミアであり、中央に寄った眉とともに困惑した声色を浮かべていた。まぁ、そりゃその反応になるよな。
「その......大丈夫なんですか?」
「あぁ、なんか思ったより大丈夫っぽい。なんでかわかんないけど。
でもまぁ、これで戦えるし、今なら勝てる気がする。
ってことで、ルミアはメルトの治療を頼む。もちろん、離れた位置でな。
スー子とベルニカはルミアの護衛を頼む」
「なんかボス、カッコいい☆ 任せて!」
「何がどうなったら猫からそうなるのよ.....まぁ、理性があるならいいわ。
言われた通り、ここを死守してあげるから――ご主人様の仇を取って」
「あぁ、任せろ」
そう言ってサムズアップすると俺は歩き出す。
歩くたびにガチッガチッと関節辺りの金属が音を鳴らしてうるさい。
まるでアニメに出てくるようなバトルスーツを着た気分だ。
「というわけで、いい加減終わらそうぜ。見飽きたわ、お前の面」
「雑魚ほどよく吠えるというものだ。所詮は群れるだけの下等生物が」
「そんな下等生物に随分とガチモードじゃん。追い詰められた状態で言っても説得力無いぞ」
「さえずるな、強くなった気でいる雑魚が!」
怪物が右手をかざし、空中にたくさんの魔法陣を生み出した。
その直後、魔法陣から一斉に茨のツルが伸び、俺に向かってくる。
加えて、攻撃はそれだけではないようで――、
「図星だからって怒るなよっと」
走り出した俺の真上からブンッと音が聞こえた。
咄嗟に横にズレて回避すれば、俺がいた位置にズドンと円形の凹みが出来る。
なるほど、微かに音が聞こえて.....それでメルトは避けていたわけね。
「てか、久々の二足歩行ダッシュ最高だな!」
目の前から強烈な悪意と殺意が籠った攻撃が来ている。
だというのに、俺はビビるどころか、むしろテンションが上がっていた。
見えるし、聞こえるし、感じるし、わかるのだ。相手の攻撃の動きよりも明らかに俺の方が速い!
「おらよ!」
「がっ!」
的確に攻撃の隙間を縫って移動し、怪物の眼前に近づく。そして顔面に思いっきり拳を叩きつければ、普通に怯んだ。
なので、さらに三発ほど入れて思いっきり森の方へ蹴り飛ばす。
これだけ距離を取れば、ルミア達の方へ被害が及ぶこともないだろう。
「舐めるな小僧が!」
「いつ、俺がお前を舐めたよ? 舐めたくもねぇわ!」
すぐさま体勢を立て直した怪物が砲弾を撃ちながら接近してくる。
咄嗟に右手から炎の剣を作り出すと砲弾を撃ち払い、さらに斬りかかってきた攻撃を受け止めた。
どうやらこの姿になってもちゃんとバングルの効果は使えるらしいな。そいつはいい。
そんで力も申し分なし。となりゃ、後は気合いだ!
「――しっ!」
素早く剣を振り抜けば受け止められ、逆に斬り返してくる。
その攻撃を俺は腕で上手く弾けば、そこからはメルトが行っていた剣戟だ。
相手の動きを見切り、捌き、逆に反撃をする。
とはいえ、そんな攻防も出来たのはせいぜい数秒程度。とてもじゃないが判断が追い付かない。
こんな難行をメルトはさも平然と行っていたのか。
「ぐっ」
思いっきり胴蹴りされて森の中を跳ねるように吹き飛ばされる。
咄嗟に地面に剣を突き立て着地すれば、頭上からブンッと音が聞こえた。
すぐさま後ろに跳べば、超重圧が地面に降り注ぐ。
そんな俺を追い詰めんばかりに、怪物が接近しながら砲弾、茨のツタ、重力と連続で繰り出してくる。
一方で、俺は背後に跳ぶのを繰り返しながら、時に木を障害物にしたり、尻尾で木を掴んで移動の起点にしたりと回避し続けた。
「先程までの威勢はどうした? 我に敵わんと知って怖気づいたか?」
「まさか! 言っとくが、俺はどっちかっていうと魔法主体だぜ?」
依然後ろに跳んで距離を取りながら、俺は空中に大量の<雷槍>を展開。
それを木々の隙間から一斉掃射する。まぁ、当然ながら茨のツタに阻まれるけど。
「だったら、これでどうよ!」
そのまま後ろに向かって大きく跳ぶと背後にある木に着地する。
そこを足場として蹴り出し、近くの木に飛び移った。
「ぬっ!?」
木へ飛び移るとさらに別の木へ飛び移り、さらに別の木へ。
それを怪物を中心としてグルグルと繰り返し、相手に動きを読ませない。
今が夜だから相手が見えずらいとかなら尚のこと助かるけど.....それは高望みかな。
「おらよ!」
背後から飛び掛かり、思いっきり拳をぶつけた。
しかし、その攻撃は怪物に見切られたので、すぐさま下がって再トライ。
もう一度行うが、さすがにそう簡単に攻撃を当てさせてくれないようだ。
それから何度も仕掛けて相手を崩そうと試すが――、
「ウザい!」
崩し切る前に、怪物が全身から一斉に茨のツタをばらまいた。
それは怪物を中心にドーム状に広がっていき、さながら茨の檻だ。
その前兆に気付いた俺はすぐさま上空に向かって大きく跳ぶ。
「読めておるわ!」
「――ぃっ!?」
そのまま真上から強襲しようと考えていれば、突然俺の体が真下に引っ張られた――いや、違う。真下にもの凄い勢いで落ちている。
そしてそのまま落下してきた俺に対し、怪物がクロスさせた両腕を振り抜く。
「ぐっ!」
俺は咄嗟に腕をクロスさせることでギリギリ直撃を防いだ。
全身が鎧のようになったとはいえ、斬られれば切断面から血は噴き出るようだ。
ちゃんとクッソ痛てぇ。だが、ここで近づけたチャンスを潰すわけにはいかない。
「なに!?」
吹き飛ばされる衝撃を、怪物の胴体に尻尾を巻き付けることで防ぐ。
すると当然、奴は次の一手として砲筒のある両腕を向けるだろう。
だからそれを掴み、さらに奴の胸部に思いっきりドロップキックしてぶち抜く!
「ぐあっ!」
怪物の砲筒の左右の腕が千切れ、ようやく奴の体は俺と対等になった。こうなればさっきよりもやりやすい!
「返すぜ――砲弾付きでな」
怪物の腕を投げ返すと、空中に作り出す炎の砲筒<火砲>でもって追加射撃。
それを奴はすぐさま茨のツタで防ぎ、辺り一帯に爆発と黒煙が広がった。
ただでさえ暗い森の中で、さらに視界を覆うような煙が舞う。
普通の人ならこの時点でだいぶ不利になるだろうが、猫の性質を引き継いでいる俺には関係ない。
俺の耳が、鼻が、今はないけどヒゲが奴の居場所を教えてくれる。
「おらあああああ!」
そのまま煙に飛び込み、全速力からの全力タックルをぶちかます。
怪物の胴体は捕えた。後は奴の露骨な弱点であろう胸の目を貫いて仕舞じゃあ!
「我は神なるぞ! 不完全な器に負けてたまるか!」
「ぬわっ!?」
その瞬間、怪物に両足でブレーキをかけられ、タックルが失速する。
それで勢いが弱まった俺の体を、奴は茨のツタで吹き飛ばした。だが、その程度で諦めるわけにはいかない。
すぐに立ち上がると奴に向かって走り出し――、
「<超重圧>!」
「ぐっ!」
その逸る気持ちに付け込まれた。発生した重力により地上に縛り付けられる。
猫の時よりも耐久力や力が上がっている分、潰れることはないようだ。
しかし、それでもその場から咄嗟に離れることが出来ない。
そんな状態の俺に、怪物が接近してきた。
その時、奴の右腕が妙な形状になっていることに気付く。
刃になっていない肘から肩の部分が妙に圧縮されているのだ。
「それか......」
その妙な形からの攻撃の前兆。俺は理解する――アレがメルトがやられた攻撃だと。
これまでのどの攻撃よりも濃厚な死を纏っており、まともに食らえば死ぬ。
そしてあの形、なんとなくだがわかる。アレは......パイルバンカーだ。
「滅べ、雑魚が――<闇刃圧貫空>」
「――ぃっ!?」
咄嗟に両腕をガードさせ、さらに両腕に魔力を集中且つ魔法障壁の多重展開。一瞬の行動としては上出来だった方だ。
ただし、それら障壁は射出された刃にあっという間に砕かれ、俺のガードした両腕に直撃する。
「ぐっ!」
俺の体は足で地面を削りながら押し飛ばされる。
もはや何本も木々を背中を受け止め、それでもなお勢いは止まらない。
なぜなら、今も俺の両腕に衝撃が残り続けているからだ。
この状態で一体どこまで吹き飛ばされるのか。下手すれば街まで行くのではなかろうか。いや、そもそもそこまで俺の体が持つのだろうか。
だとすれば、この衝撃をどうにかして外へ逃がすしかない。
力の流れを逸らす感覚は、重戦士やってた頃に散々やってたはずだ! 思い出せ!
「俺はまだ死ぬわけにはいかねぇんだ!」
僅かに上半身を逸らし、腕の角度を数ミリ変える。
たったそれだけだが、それでも結果は大きく変わるのだ。
衝撃は斜め上に流れ、体勢を崩した俺は地面を跳ねた。
もう何度回転しただろうか。やがて回転する視界は森を抜け、地面に叩きつけられ、転がった。
「トールちゃん!?」「ボス!!」「トール!?」
地面しか見えない霞む視界の中で、ルミア達の声が聞こえた。
どうやらそこまで押し戻されてしまったようだ。
だったら、まだ.....膝を屈するわけにはいかないな。
「これで終わらせる」
小鹿のような震えた腕で立ち上がろうとする俺に、同じく森を出た怪物が告げる。
そいつが差し向ける左手の刃先には、禍々しい暗黒の球体が浮かんでいた。
どうやら俺達をまとめて吹き飛ばすらしい.....させるかよ。
「まだ、終わってねぇよ......」
やっとのことで立ち上がり、左手を向ける。右腕はまるで動かねぇ。
そっちの腕もボロボロだ。鎧が砕かれ、肉が見えていたし、血がたくさん出てた。
それでも下げることは許されない。守りたい仲間が後ろにいるから。
「.....やり方を教えてあげる」
「メルト......」
その時、意識が回復したメルトの声が聞こえた。
すると、そっと背中から抱き着くようにして、彼女は自身の左手を俺の左手に重ねる。
「今のあなたはワタシの血を飲み、ワタシと同じ存在になった。
一心同体ってことよ......なら、血を介してワタシのイメージが伝わるはず。
心を落ち着かせて、魔を祓う光の砲撃をイメージしなさい」
「魔を祓う光の砲撃......」
そっと目を閉じ、俺はイメージを浮かべる。するとなぜか、ドラゴンが口からブレスを放つイメージが浮かんだ。
体のほとんどが真っ白で後脚の先だけ少し青いドラゴン.....もしかしてメルトのドラゴン形態だろうか。
「トールちゃん、メルトさん.....私も支援します。戦う時は一緒です」
「スー子も!」
「アタシもよ!」
その三人の言葉とともに、力が溢れてくるのが分かった。
恐らく支援魔法をかけてくれているのだろう。ありがたい。
ここまでお膳立てされちゃ、勝たなきゃな!
「死して我が贄となれ――<漆黒滅壊砲>」
正面から極太の闇色レーザーが放たれる。当たれば死。なーに、今更分かり切ったことさ。
だから、そっちに意識を向ける必要はない。より深く、ブレスを放つイメージを――、
「いくわよ」
「おう」
「「<破滅の竜極光>」」
俺達の手から白く太い極光が放たれる。それが真っ向から怪物の黒い闇の砲撃と衝突した。
互いの砲撃が激しく押し合い、衝撃が大きな波のように周囲に広がる。
そしてその衝撃は最初こそ拮抗したが――、
「「うおおおおお!」」
俺とメルト、二人の竜の魔力がさらに上乗せし――押し返す。
俺達の放つ砲撃が奴が放つ砲撃よりも大きくなり、やがて怪物の全身を包み込んだ。
「ば、バカなああああああぁぁぁぁ!」
その断末魔を聞いた直後、放たれた光は天へと上り、空を覆う曇天すら穿った。
そして見えるのは、満点の星空と眩いほど綺麗な月だ。
「綺麗だ.....」
「そうね」
そんな言葉が口から零れたが、まぁいいだろう。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




