第51話 最終ラウンド#1
いい加減、この長い闘いにも決着を付けたいところだ。
こんな存在が野放しになってみろ。瞬く間に、地図が描き変わるぞ。
それに人間に戻りたいだけなのに、もうこんなの相手にしたくないし。
「雑魚どもがいくら群れても意味はない。我の力の前では全てが無力だ。
我に抗う力がありながら、未だに我を殺せていない時点でな」
「最初に顔合わせた時より随分とおしゃべりになったな?
どうした? 上機嫌みたいじゃないか」
「我とて時間が立てば器の扱い方も学ぼう。
生まれた赤子が成長につれて物を壊さぬよう丁重に扱うのと同じだ。
もっとも、我の場合は適応すべきは器の方であるがな」
ってことは、アイツは時間をかけない方が倒しやすかったってことか?
ハッ、自分の実力不足を呪いたくなるような言葉を吐きやがって。
とはいえ、そんな後悔を今したところで意味がない。思考を切り替えろ。
「ルミア、スー子、ベルニカ。お前らはサポートか遠距離からの攻撃に努めろ。
現状、あの動きをまともに見切れるのは俺とメルトだけだからな。
前線は俺達でやる.....メルトもそれでいいか?」
「えぇ、さすがに私でも手に余るみたいだしね。異論はないわ」
「んじゃ、ちゃっちゃと動こうか」
そして俺とメルトが同時に走り出す。
その動きに対し、怪物は背中から大量の黒い触手と砲撃でもって攻撃してきた。
まるで横殴りの雨のように降り注ぐそれらを、俺は右旋回、メルトはその逆と挟み込む。
「<火炎斬り>」
「<覇斬>」
そのまま一気に距離を詰めると同時に攻める。しかし、それらの攻撃は怪物の刃に阻まれた。
なので、一度距離を取って仕切り直し、再トライ。
メルトと共に半時計回りにグルグルと回転をしながら隙を伺っていく。
「ふっ、はっ、せいや!」
短く息を切りながら呼吸に合わせて剣を連続で振り抜く。
しかし、相手の手数のせいでまともに攻撃を当てられない。てか、届かない。
どっちかが強引にでも相手の動きに制限をかけねぇと押しきれねぇ!
「トール君、ワタシが無理にでも隙を作るわ。合わせなさい!」
その時、同じことを考えていたメルトが強引に怪物に突っ込んだ。
触手の攻撃や砲弾に多少被弾しながらも前進し、強制的に相手の間合いに入り込む。
そしてそのまま再び剣戟を始め、その合間に俺をチラッと見た。
まさかあの中に飛び込めって言ってんのか!? 俺を信用し過ぎだろ!
「だがまぁ、俺の猫の手ぐらいならなんぼでも貸してやるよ!」
怯みそうになった心を奮い立たせ、俺はその剣戟に飛び込んだ。
ルミアから貰ったバフ、俺自身のバフによる重ねがけ。そして猫となって自然と身に着いた驚異的な動体視力。
それらで両者の攻撃を掻い潜りながら、右手のバングルに土の術式をセットし大槌を作り出す。
「どっせい!」
俺が振り抜いた大槌は怪物の顔面にヒットし、砕け散る。
きっと今の俺の実力じゃ大した威力じゃないだろう。
だが、それでも怯ませることは出来る。そうすれば、そこをメルトが狙う。
「今だ、メルト!」
「上出来よ。ベルちゃんと一緒によしよししてあげるわ」
「ぐっ!」
怪物に出来た僅かな怯み、そこにメルトが仕込み剣を袈裟斬りに振るう。
それを食らった奴もすぐさま反撃に出ようとするが、当然俺がそんなことをさせない。
奴の咄嗟に突き出そうとした刃を炎の剣で防ぐと同時に、奴の足元の地面を隆起させ、後ろに距離取ろうとする奴をコケさせた。
「畳みかけるわよ!」
「おうよ!」
それから俺がメルトの動きをサポートし、それで生まれた隙をメルトが突く。
そんな戦法で相手に防御や反撃をさせる余地も与えず、一方的に攻撃を加えていく。
その結果、先程までほとんどダメージが無かった怪物であるが、ここまでの怒涛の攻撃で傷を負い始めた。
効いているなら戦える。戦えるなら勝つことだって出来る。俺達ならな!
「舐めるな!」
「「――ッ!?」」
その瞬間、空中に浮いていた俺が地面にビタンと叩きつけられた。
受け身も取れない重圧により、衝撃で内臓が口から飛び出そうだ。
なんとか目線を動かせば、メルトも同じように跪いているではないか。
まさかコイツ、自分ごと重力空間を作り出したってことか。
「我がこの程度で貴様らと同じように動けなくなると思うなよ!」
「<天剣乱舞>」「<爆円塵>」「<招雷>」
怪物が振り上げた剣を頭上に掲げたその時、怪物の周囲に数多の魔法が現れる。
一つ目は、ルミアが生み出した空中に浮かぶ数多の光の剣であり、それらの剣先が全て奴の方向を向いていた。
二つ目は、ベルニカが生み出した奴を囲む無数の火球である。ただの火球ではない。
恐ろしいほどの高エネルギーの魔力が内包した火球で怪物を囲んでいた。
三つ目は、スー子が生み出した奴の頭上数メートル上に浮かぶ雷の球体。
それ自体は何の変哲もないが、ただそれに空中で渦巻く雷雲が過剰に反応していた。
「貫け!」「爆ぜろ!」「落ちろ!」
三人の言葉が一斉に聞こえたかと思えば、怪物を囲う魔法が動き出す。
数多の剣が言葉通り奴の体に突き刺さり、同時に襲い来る火球が着弾後に一声爆発。
そして最後には、空から雷が降り注ぎ、奴の体に堕ちた。
「ぬわっ!?」「くっ!」
怪物が攻撃を受けた瞬間、重力魔法の効果が解ける。
それに伴って目の前で発生した爆風に飲まれ、俺もメルトも吹き飛ばされた。
三人とも助けようとしたのはわかるが、もうちっとこっちを心配して。
俺達なら大丈夫だとわかって放ったのだろうけど、それでもね?
「ぐへぇっ」
黒煙をその身に纏いながら、やがて地面に落ちて転がっていく。
あのドグラベアの時に大幅レベルアップしていなかったら、今ので死んでたかも。
それに咄嗟に魔力障壁を出せたのも大きいかもしれん。ともあれ――、
「アレだけ直撃すればちったぁ――!?」
そう思って顔を見上げる。その瞬間、目の前の砂煙の奥から赤く光る目が見えた気がした。
「離れなさい!」
それと同時に、俺はメルトから蹴り飛ばされる。
腹部から伝わる衝撃とともに視界に映ったのは――首根っこを怪物に捕まれるメルトの姿だ。
そしてその構図はまるで悪い妄想だったかのように、二人の姿が消える。
しかし、その後に遅れて吹いてきた風が、その光景が真実だと語っていた。
―――ガガガガ
その音は森の方から聞こえた。視線を向ければ、何かが通ったように森に穴が開いている。
そしてその数秒後に、森の奥から何かが弧を描くように飛んできて、地面に着弾。
大きくバウンドしながら俺の近くに転がった。
「め、メルト......おい、大丈夫か!?」
そこにいたのは瀕死のメルトだ。あの頑丈な彼女がまともに受け身も取れずに転がっている。
一体、何が......てか、あの怪物は?
「我は神なるぞ。このような矮小な存在に壊されてたまるか。壊すのは我だ!」
先程穴が開いた森の奥、そこからドスの効いた声が聞こえた。
その方向に目線を向ければ、みるみるうちに木々が枯れていく。
そして現れたのは、先程と姿の違う怪物だ。
形はそのままに、全身がひび割れたようになっており、そのひびから赤い脈動が見える。
両目は真っ赤に染まっており、何より特徴的なのは胸部の中心にある大きな目だ。
纏うオーラも先程よりもはるかに強大になっており、瞬く間に絶望で周囲を支配していく。
全身が総毛立ち、同時に身震いする。とてもじゃないが、メルトなしで勝てるとは思えない。
「第三形態はさすがに聞いてねぇぞ......」
「トールちゃん、メルトさん!」
「不用意に近づくな! 死にてぇのか!?」
俺達の姿を遠くで見ていただろうルミアが近づいてくる。
そんな心配していただけの彼女に対して、思わず強い言葉でもって遠ざけてしまった。
そのおかげで止まってくれたが......たぶん傷つけちまったかもな。
とはいえ、現状が酷く危険な状況なことは確かだ。
ましてや、先程までピンピンしていたあのメルトがたった一瞬でここまで追い込まれるほどには。
一体どんな攻撃を食らえば、重力にも耐えたコイツがこんなになるんだ。
「.....本格的にヤバイな」
猛烈なオーラをまき散らしながら立ち尽くす怪物を見つめながら、俺が苦笑いを浮かべる。
人間の姿であれば、今頃大量の冷や汗をかいていただろう。
絶望的な状況は前にもあった。ドグラベア戦の時なんかそうだ。
あの時も追い込まれたが、途中でルミアが助けたチビベアが来てくれたおかげで勝ったようなものだ。
しかし、今回はそのような援軍はない。それでも戦わなければ。
でなければ、このまま待っているのは死のみだ。加えて、死ぬのは俺だけじゃない。
俺もメルトもルミアもスー子もベルニカも、それから街の人間に、もっと言えばここら一帯のあらゆる生命が死ぬ。
ならば、誰が戦う?――俺しかいないだろ。だが、今の俺では勝てない。
共闘したいのは山々だが、奴の動きが見えてないのであれば話にならない。
せめて、メルトがいてくれれば。コイツが回復してくれれば戦える。
だけど、その時間をどうやって稼ぐ?
俺にメルトと同じことが出来るのか?
しかも、あんな状態の怪物に対して?
せめて、メルトほどの力があれば......あれ、ば――、
「あ、そうか......そうだった」
その時、俺の脳内に稲妻が走った。
怪物と戦う前の.....ラパンとの戦いを思い出したのだ。
あの時、アイツは竜人族の血を飲み、強大な力を得た。
紙一重で勝つことができたが、もしアレをやったなら?
でも、どうやって.....いや、いるじゃないか――すぐ近くに。
「メルト......」
竜人族の血を飲んだメリットは知っている。デメリットも知っている。
それを取り込めば竜人族並みの驚異的な力と防御力を得ることが出来るだろう。
ただし、その代償として命を消費していく。それほどまでの劇薬。
人間に戻りたかっただけなのに、下手すればそのまま死ぬかもしれない。
「.....」
思考を巡らしながら、俺はルミアの方を見た。彼女だけじゃない。スー子も、ベルニカもだ。
俺の目的は未だ変わっていない――人間に戻ることだ。
その目的だけを望むのであれば、きっとここで逃げ出したって構わないのだろう。
だって、下手すれば.....いや、下手しなくても死ぬかもしれないのだから。
それだったら、目的も果たせず死ぬぐらいなら、せめて目的ぐらいは果たすべきだろう。
でも、俺は出会っちまった。スー子に、ルミアに、メルトに、ベルニカに.....そして知っちまった。
「......どうせ欲張るならとことんだな」
俺は死にたくない。
もう一生出来ない親孝行の代わりとして、この世界で幸せに生きると決めたから。
俺は諦めたくない。
猫にされて追放され、一勝このままなんてのは我慢ならないから。
仲間を殺されたくない。
助けてくれた仲間に捨てられたってのに、それでも信頼できる仲間が出来たから。
「そして俺は生きたい。生きて人間に戻るんだ。それまで死ねねぇ。だから、お前をぶっ倒す!」
そう怪物に対して宣言し、俺は寝転がるメルトにそっと近づいた。微かにだが息がある。
俺が戦っている間にルミアに治療してもらえれば助かるだろう。
「メルト、これからお前の血を貰う。
どうなるかは.....もう既に知ってて正直めっちゃ怖い。
だけど、俺は皆のことが好きだからさ。守りたいんだ」
「......トール、くん......だ、め......」
「ならさ、ちゃっちゃと倒してくるから。その後、助けてな?」
竜人族の血も取り込んですぐに死に至るわけじゃない。
俺がさっさとあの怪物を倒し、その上で復活してくれたメルトが助けてくれれば、案外どうにかなるかもしれない。その可能性に、俺は魂をかけるぜ。
「いただきます」
なんとなくそんな言葉を零し、俺はメルトの腕から流れる血を舌で舐めとる。
どのくらい飲めばいいかわからないが、とりあえず何かしら変化が起こるまで――!?
「がっ!?」
瞬間、ドクンと心臓が大きく跳ねた。
意識が遠のくような衝撃が来たかと思えば、内側から膨大な力が溢れてくる。
全身を炙られているかのような熱に包まれ、体が変容していくのがわかる。
「あ、が.......ぐぎっ......」
そういやラパンが飲んだ時、随分と体が膨張していたが......俺の時はどうなるのか。
猫の姿のまま同じように体が膨張するのか? それとも案外人間みたいになったりして。
「ぐぎ、ぎギぎ.......がああアア」
視線がゆっくりと高くなっていく。体が大きくなるのが分かる。
地面に手を付ける両手が変化した――そもそも猫の手じゃなくなっていた。
まるで黒く禍々しい爪が伸びたような硬質な手。生き物ですらない。
「あ、グ、っぐギャ.......が」
変化は手だけじゃない。腕も足も胴体も全てが装甲を纏ったように変化する。
あまりにもおかしな体の変貌に、先程から肉体が張り裂けそうなほど痛い。
頑張って意識を逸らそうとしていたが、もうそろそろ限界かも。
あぁ、俺の意識が......妙に戦いたいという気持ちに溢れていく。
これが竜人族としての、強者の血としての作用なのだろうか。
膨大な力の奔流に、万能感が溢れてくる。
「ガアアアアアアァァァァァ!」
そして変化が終わり、立ち上がった俺は曇天に向かって猛々しく吠えた。




