第50話 顕現せし怪物#3
ルミアが作り出した魔法陣で回復していれば、メルトが一人怪物に向かって歩く。
そして彼女が先程吹き飛ばした怪物もまた起き上がり、ゆっくり近づいた。
それから二人は数メートルという距離で向かい合う。
「誰かと思えば、矮小なトカゲモドキか。
自分達が絶対的な強者と疑わず、傲慢に殺される哀れな存在」
「あら、あなたとは初対面のはずだけど、随分な物言いね。
加えて、誇り高き竜人族をトカゲモドキ扱いなんて......ここまで堂々とした侮辱は初めてよ」
「ならば、我が存在に評価された名誉と共に死ね」
そう言って怪物が右腕をゆっくり上げ、メルトに向かって袈裟斬りに振り下ろす。
それに対して、メルトは全く動く気配はない。
当たる――そう思えた評価は、その後の光景で一瞬にして覆った。
「遅すぎて眠そうよ」
その言葉と共に、一瞬にして怪物を殴り飛ばした。
メルトも女性的には小柄な部類に入るはずなのに、二倍ほどの存在を圧倒する膂力。
さすが竜人族としか思えない。生まれながらの強者である。
「あの動きだけでわかります......パーティーで暴れていた時より速い。
もしかしたら、あの時は周りに人がいたから制御していたのかも」
すぐ近くからそんな関心の声が聞こえてくる。
その言葉を耳に傾けながら、俺の視線は依然メルトの姿を追い続けた。
ゆっくり歩く彼女に対し、吹き飛ばされた怪物が立ち上がると左右の砲筒を構える。
そして彼女に向かっていくつもの闇色の弾丸を放った。
俺ですら避けるのに苦労したそれらを、まるでステップでも踏むようにメルトは回避。
そしてあっという間に怪物を自身の間合いに捉えれば、
「せっかくの美少女が近づいたのだから、もう少し反応があった方が面白いわよ?」
「トカゲモドキが」
「.....二回目よ」
左右から振り下ろされた怪物の二つの刃、それらをメルトはそれぞれ拳で刀身の腹を弾いて防ぐ。
同時に、尻尾を怪物の足元に忍ばせ、そのまま足首を掴むと尻尾の力だけで振り回した。
ダンッダンッと二回ほど地面に叩きつけ、その反動で浮き上がった怪物へ後ろ回し蹴り。
まるで格闘アニメでも見ているかのような肉弾戦に、俺は口をあんぐりとさせる。
あんなドレス姿のままで、俺が苦戦した怪物を圧倒している。
もうアイツだけでいいんじゃね? という俺の感想は間違ってないはず。
「さすがに動きずらいわね。やっぱり蹴り技を使う時は動きやすさ重視ね」
そんな言葉が風に流れて聞こえ、メルトがおもむろにドレスのスカートを裂いた。
腰の位置までパックリとスリットを作り、それが逆に淫靡な雰囲気を醸し出し始める。
「かつて忌まわしき女神の眷属と歯向かった子孫の半端者が。
どうやら曲がりなりにも戦士だった奴らと同じ血を引いているか」
メルトの攻撃を受けながらも、怪物は平然と起き上がる。
その姿にダメージはまるで見られない。コイツはコイツで無敵かよ。
「半端者、ね.....その半端者に圧倒されてれば世話ないわね」
「ぬかせ! ならば我が力の一端を見せてやろう――<超重力>」
そう言うと怪物はそっと左の刃をメルトに向けた。
直後、立っていたメルトが頭から突っ込むように、突如地面に叩きつけられる。
加えて、メルトを中心とした周囲五メートルの範囲が大きく凹んでいた。
クレーターのような凹み方ではない。まるで円柱を柔らかい素材に押し付けたみたいな跡だ。
つーか、さっきの怪物の魔法って――、
「重力魔法かよ!」
「重力魔法」――この世界における理を司る魔法の一つである。
人智を超えた強力な魔法であり、その魔法を使える人は誰もいないとされる魔法であるが、しかしここ数十年前で疑似的に重力魔法を生み出すことに成功したとも聞いた。
とはいえ、それでも扱えるのは魔法のエキスパートの中でもごく一部。そんな魔法を怪物はいとも容易く使ってみせた。
「しかも、完全に狙った対象に対して落とすことも出来るみたいですね。
もはや重力魔法の完全な使い方をしていると言ってもいいかもしれません」
「ルミアも知ってるのか?」
「小さい頃ですが、そう言った話をお父さんから聞いたことがあるんです。
重力魔法は原理が凄く難しく、座標指定まで設定するのは酷く困難であると。
だからそれが使えたなら、もはや重力を扱えていると言ってもいいとも」
「なら、助太刀に行かないと!」
「待ってください! トールちゃんは思っている以上にダメージを負っているんですよ?
むしろ、動けているのが不思議なぐらいで.....せめてもう少し回復してからでないと」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!」
「――あまり舐めないでくれるかしら?」
動き出そうとする俺に対してなのか、はたまた重力魔法を行使した怪物に対してなのか。
どちらにせよ、地面に屈服させられている状態でメルトが言葉を発した。
そんな彼女に対し、怪物が愉悦を帯びた口で返答する。
「ほぅ、まだしゃべれる余裕があるか。
並みの人間なら即座に地面のシミとなっていただろうに、さすがは竜人族の固さだな」
「ちょっと形成が逆転したぐらいで......随分と嬉しそうじゃない。
ましてや、借り物の力をこれ見よがしに......自分の力のように振るって」
今のメルトにどれだけの重力が加えられているかわからない。
しかし、少なくとも地面が数センチは凹むほどの重力が、局所的に加えられているのは確か。
そんな空間の中でメルトはゆっくりと身体を起こし、ヒールの靴を脱いで立ち上がった。
そしてさも平然を装おうかのようにその場で腕を組み、余裕の笑みを浮かべる。
「知ってるわよ、封印されていた封具のことは......当然ね。
銀色の指輪で、その魔宝具の効果が重力を司るということも」
「魔宝具」とは、今より遥か昔に作られた魔道具のことだ。
一説によれば、神や賢者によって作られたとされ、それ一つで一騎当千の力を得るとも聞く。
つまり、魔宝具とはそれら古代遺物の総称であり、封具はそれらの一つで、カテゴリーとしてはほぼ一緒だ。
「それで自分は理の一旦を司るようになって、まるで神にでもなったつもりかしら?
だとすれば、あまりにも滑稽ね。ワタシを笑わせるなんて名誉よ、誇っていいわ」
「たかだかこの程度を耐えれた程度でいい気になるな。トカゲモドキでイキれるのもここまでだ」
「三回目.....さすがに語彙が貧弱すぎるわ」
「ほざけ!」
その瞬間、メルトは空間から飛び出す。同時に、彼女のいた位置は重圧が強くなったようで地面がさらに凹んだ。
「ご主人様!」
怪物に向かって走り出すメルト。そんな彼女に向かって、彼女に頼まれて何かを取りに戻っていたベルニカが風で浮かせたとある物を投げる。
「ありがとう、ベルちゃん。後でたくさんよしよししてあげるわ」
そう感謝を述べてメルトが空中でキャッチしたのは――傘だ。
それも真っ黒な日傘。まさかそれが武器なのか?
怪物が落とす重力を事前に位置が分かっているようにメルトが躱す。いや、よく見れば空間が僅かに歪んでいる。
アレだけの重圧だ。空間が変化してもおかしくないか。とはいえ、それを事前に察知して避けるのも相当だが。
「小癪な。だが、貴様は地べたを這うのがお似合いだ」
すると、怪物が重力攻撃に飽き足らず、背中の砲筒でもって射撃も始めた。
それはメルトが避けた位置を的確に狙っており、そのままで行けば直撃コース。
しかし、メルトは持っていた傘をバサッと開き、
「これ、特注で作ってもらったの」
そんなことを呟きながら、傘をクルッと回転させた。
直後、傘に直撃した砲撃が瞬く間に左右へ弾かれていく。
そしてそのまま直進すれば、閉じた傘を怪物に向かって叩きつけた。
あいにくその攻撃は刀で防がれてしまったが、メルトは構わず傘の先端を向ける。
「例えば、持ち手近くにある中棒。ここにはトリガーがあるの。
魔力を流しながらそこを引けば、仕込まれていた<光弾>の術式が発動するの......それこそ、こんな風にね」
――カチッ
「――ッ!?」
メルトが持ち手のトリガーを引いた瞬間、傘の先端から砲撃が放たれる。
それは怪物の頭部に直撃し、激しい爆発を起こした。威力的に爆弾並みと言っても過言ではない火力だ。
それによって発生した爆風を防ぐように、彼女はすぐさま傘を広げて距離を取る。
強烈な風圧を全て傘で受けきると、彼女は傘をパラシュート代わりに着地し、
「そして火を防ぐことも出来るわ。”ひ”違いだけれど」
そんなことを言って決めポーズ。実に様になっている。
しかし、直撃しても怪物は毛ほども倒れる様子がない。
黒煙の中を突き破り、怪物がメルトに向かって飛び出す。
「その程度で我を止められると思うな!」
「あら、これだけなんて一言も言ってないわよ?」
振り下ろされた刃に対し、メルトは一度傘を閉じる。それから左手で傘の軸を持つとそのまま持ち手部分を引き抜いた。
その持ち手部分から先は鋭い刀身が煌めく。
「仕込み武器!?」
その光景には、少しばかり俺の心がトキめいてしまった。
男なら小学生の時に一度はしたことあるだろう――傘の武器化。傘を日本刀のように見立ててチャンバラごっこ的なアレだ。
まぁ、チャンバラはしたことないが、それでも何度刀に見立てて妄想したことか。ましてや仕込み武器とかロマンの塊である。
「ワタシ、素手より武器派なの」
傘の開く部分と仕込み剣による双剣でもって、メルトが怪物の攻撃を防ぐ。
それでもなお襲い掛かる怪物の攻撃を捌き続け、それで始まったのは壮絶な剣戟だ。
まるで互いの手がいくつにも見えるような壮絶な剣の結界。
とてもじゃないが、割り込んではいけない強者同士の世界であった。
しかし、それでも僅かばかりに差が出始める。
「くっ!」
「ハッ、手数の差が出始めたな」
怪物の言葉通り、そもそも互いの腕の数が「4:2」である。むしろ、メルトがよく捌いている感じだが、それでも限界が来ていた。
彼女の腕や頬、足といった箇所に少しずつ切り傷が増えている。
「それに加え、重力というのにはこういう使い方もある」
「――ぃ!?」
瞬間、怪物が二つの砲筒をメルトに向かって叩きつけた。
それをメルトは仕込み剣と傘を重ねて防ぐが、その直後に体が僅かに沈んだ。そして彼女は防御姿勢のまま動けない。
「危ない! 動かないと!」
「違う、動けないんだ!」
先程の怪物の攻撃、あれは重力を乗せた一撃だ。つまり、攻撃を振り下ろした瞬間に自分の腕に重力をかけた。
それにより怪物の攻撃は先程よりもはるかに重い一撃となり、メルトは硬直を余儀なくされたのだ。
そんな決定的な隙を怪物が逃すはずがない。だから、俺は即座に走り出した。もう回復は十分だ。
今はメルトの救援が間に合うかの瀬戸際! 急げよ、俺!
「トールちゃん、支援します!」
「ありがとう、ルミア!」
俺の飛び出しの意図を察して、ルミアがバフをかけてくれる。
そのおかげで加速力が上がり、さらに高速で大地を駆けた。
その視線の先では、今も刻一刻と怪物の追撃が迫っている。
「仕舞だ。愚かなトカゲモドキよ。我に勝てると思ったのが浅はかだったな」
メルトが砲筒の叩きつけで地面に押し付けられている間、怪物は残りの腕をクロスさせた。当然、その動きにはメルトも気づいている。
だからこそ、彼女はその場から離脱しようと尻尾の先を怪物の胴体に叩きつけた。
その反動によって背後へ跳ぼうとしたのだろう。そしてそれは半分成功した。
「――!?」
半分成功とは、メルトが砲筒の叩きつけから上手く逃れたことだ。
つまり、後ろに跳ぶことが出来て怪物から距離を取ることが出来た。
しかし、もう半分はその攻撃によって怪物が怯まなかったこと。
鳩尾直撃コースだった尻尾の攻撃。普通の相手ならば突き飛ばされていてもおかしくない。
しかし、怪物相手にはその攻撃は意味がなかった。
そして身長差ゆえのリーチがあり、メルトは依然怪物の射程範囲内だ。
「死ね!」
「させるか、バカ野郎!」
怪物がメルトを攻撃する刹那、飛び出した俺は空中で体勢を変える。
人間でも蹴られれば手を焼く猫様の自慢の後脚、それによるドロップキックをかました。
狙った位置は顎だ。そしてまともに受けたことによって引き起こされる脳震盪......のはず!
さすがに怪物となった相手に効くか分からないが、それでもその受肉体は人のはずだ。
であれば、効く! ワンチャン! というか、効いて! お願い!
「ぐっ」
「上出来よ」
その直後、中途半端に振るわれた怪物の刃を、メルトが両手に持つ武器で弾く。同時に、着地と共に一気に前に距離を詰めて怪物を蹴り飛ばした。おかげで俺も事なきを得る。
「今のはさすがに助かったわ。ありがとう」
「いや、むしろお礼を言うのはこっちの方だ。俺が十全に動けるぐらいに時間を稼いでくれてな。
つーわけで、いい加減終わらせようか。こっからは共闘でいいよな?」
「えぇ、こちらからお願いするわ」
「水臭いですよ、お二人とも。私も手伝います」
「スー子も!」
「当然、アタシもね」
メルトの言葉の直後に、ルミア、スー子、ベルニカも集まって来た。
なんだか最終決戦前の全員終結みたいな感じでテンション上がってきたな。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




