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第5話 人間に戻るための手がかり

 俺は今――試練に立たされている。

 目の前にいるのは、先ほど仕留めたばかりの角ウサギ。

 そう、言わば今の俺にとって大事な食料なのだが、問題はコイツの解体だ。


 血抜きに関してはスー子の協力により、何とかできる。

 まぁ、一応近くに川もあるし、そこでやる手段もある。

 だが問題なのは、血抜きした後の皮剥ぎや内臓を取ることが出来ないのだ。

 それさえできれば、炎で焼いて美味しく頂けると思うのだが。


「プギュ?」


「『食わないのか?』って......簡単に言ってくれるな。いや、実際簡単なのか。

 普通は解体して料理なんか手段を用いずに、そのまま食うもんな。

 この場合、おかしいのは俺の方......それはわかってるんだけど」


 だからといって、元人間である俺にそんなことが出来るか。

 小さい頃に食ったイナゴの佃煮ですら大分苦戦したのだ。

 それを今度は仕留めたばかりを生食って.....あぁ、目を見ちまった。やめてぇ。


「この爪で何とか剥いでみるか? 出来るかどうか怪しいし、出来たとしてもかなり時間がかかりそうだから避けてたんだが......ここまで来ると四の五の言ってられねぇよな」


「プギュ!」


「『早く食べようよ』って......う~む、やったらぁチクショウ! 畜生は俺だ!」


 というわけで、俺はスー子に角ウサギの頭を潰して貰いつつ、シャキンと手から爪を出してカリカリ。

 本来の猫ならやらないだろう繊細な動きで少しずつ皮を剥いでいき――約一時間後。


「終わったぁ.....」


 なんとか綺麗に剥ぎ終わり、無事可食部の摘出に成功した。

 ぶっちゃけ皮を剥ぐのは大変だったが、案外苦では無かった。なんかこう、綺麗に向けていく感じが少し楽しかったのだ。

 じゃあ何がそんなに手こずったのかと問われれば――内臓の摘出である。


 猫の手だから上手く掴めないのもあるが、あのぬるぬるした感触とそのせいで爪で切り裂けないのが一番厄介だった。

 とはいえ、そこまでやって諦めるわけにはいかない。


 なので、仕方ないから口を突っ込んで牙に挟んで引き千切ったよ。

 あそこまで強烈な血生臭さは無かったね。途中、ちょっと吐きそうになった。

 ちなみに、摘出した内臓は現在、スー子の体内で浮いている。


 ちょっと見た目がグロいが、あれがスライムの食事風景なのだから仕方ない。

 あのまま内臓を放置していれば、余計な魔物をおびき寄せることになるしな。

 ともあれ、そんなこんなで無事に下処理は終わった。


「やっと食える......」


 もはや肉塊と化した角ウサギもちゃんと洗い終わったし、後は焼くだけ。

 スー子に手伝ってもらい、簡単に組んだ焚火台で肉を焼く。

 いやー、スー子を仲間にしたのは英断だった。仲間がいるってすんごい楽。


「おぉ、良いニオイ......!」


「プギュー!」


「スー子も食ってみたいか。いいだろう、いいだろう!

 これが人間様の食い方ってもんだ。一度食ったらもう生食には戻れないぞ?」


 木の枝に刺さった肉が、こんがりと美味しそうな茶色に色を変えていく。

 角ウサギが持つ油分で肉が焼けている証拠だ。

 白い煙が立ち上り、辺りに香ばしいニオイが充満する。

 もうこれだけで白米が何杯でも食えそうだ。

 味付けも何もないが、ただ漠然と美味いことだけはわかる。


「よし、そろそろ焼けただろうし、早速頂こうか」


「プギュー!」


―――ガサガサッ


 その時、突然背後から聞こえた声に俺の体がビクッと跳ねる。

 しまった。食事タイミングだったから完全に油断していた。

 そう思いながら咄嗟に振り返れば、そこにいたのは――、


「お肉.......」


 そう呟きながら、木を支えに寄りかかる少女であった。

 黒髪が腰まで伸びており、目つきはキリッとした鋭いが下がり眉。

 白を基調にした神官っぽい帽子と服装、そして片手には杖を持っている。


「プギュ?」


「あ、あぁ、そうだな。とりあえず、様子を確かめてみるか」


 突然の来訪者に呆けていれば、隣からスー子が「どうした?」と声をかけてきた。

 ハッと我に返った俺は一旦気持ちを切り替え、親切心で声をかけにいく。

 見た感じ、どうにも顔色がいいように見えないからな。


「おい、大丈夫か?」


「え、猫ちゃん......? それとスライム?」


 話しかけるも少女は困惑しているみたいだ。

 もともと眉が下がっているだけに表情では判断つかない、声のトーンからわかる。


「どうした? 何があった?」


「二足歩行......というか、何かしゃべってる......?

 撫でて欲しいのでしょうか。よ、よしよーし」


「わぁ、柔らかい手つき......じゃなくて!」


「え、違いました? あ、もしかして顎下とか」


「あ~、ゴロゴロするんじゃ~......でもねぇ! 一旦、その猫可愛がりモードやめろ!」


 とりあえず撫でてくる少女に対し、俺は一旦距離を取って怒鳴る。

 そんな俺の反応に対し、少女は「ごめなさい。怖がらせるつもりは無かったんです!」と謝罪した。

 というかこの反応、もしかして――、


「俺の声って通じてない?」


「何か言ってる......でも、さすがにわからないですね」


 くっ、ハイネのアマ! とんでもねぇことしてくれやがって!

 魔物とならいざ知らず、元人間の俺が人間相手にまで会話出来ないようになってるなんて!

 しかし、嘆いている暇はない。どうにかしてこの子と意思疎通が図れる方法はないか。


「ぐぅ~~~~」


 そんな音を大きく鳴らしたのは、目の前にいる少女だった。

 彼女はお腹を必死に抑え、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 あらやだ、可愛い......じゃなかった。お腹空いてるのか、そうか。


「食ってくか......って言葉が通じないんだったな。仕方ない」


 少女に背を向けると、俺は焼いた肉の方へ歩いていく。

 それから、俺は構わず首だけ振り返ると顎をクイッと動かした。


「食いな」


「え、着いて行っていいんですか?」


 俺の伝えたいこととは若干ズレていたが、一先ず呼び寄せることに成功した。

 それから少女が焚火台の近くに座ると俺は肉を指さし、それを食べるようジェスチャーで伝える。


「わぁ、芸達者な猫ちゃんですね」


「違うわい! 食えって言ってんの! 腹減ってんだろ!」


「え、あ......え、食べていいんですか?」


「プギュ?」


「『お腹空いてたんじゃなかったの?』って、まぁそうなんだが......信用できるかわからないとはいえ、困ってる奴を見捨てて俺達だけで飯にありつくのもおかしいだろう。

 それに肉が捌けることが分かった以上、食おうと思えばいつでも食えるわけだしな。

 もっと言えば、ここで恩を売っておくのは悪いことじゃない」


「プギュー!」


「なんでスー子がそんなに嬉しそうなんだよ」


 俺が少女に親切にすれば、なぜかその行動にスー子が喜ぶ。よくわからん。

 ともあれ、俺の伝えたいことは伝わったのか、少女は焼けた肉を手に取る。


 もはや焼いただけの肉だから、正直多少のえぐみがあるかもしれないがそれは許してくれ。

 そんなことを思いながら、焚火を挟んで少女と向かい合うように腰を下ろす。さらにその隣にスー子が座った。


「い、いただきます......」


 そう言って少女が一口肉に噛り付いた瞬間、まるで堰を切るように食べ始めた。

 それこそ、口の中にまだ入っているのに、頬袋をパンパンにするように噛り付くほどで。

 おいおい、そんなに腹が減ってたのか? 携帯食料とか用意してなかったのかよ。


「美味しい......」


「お前、泣いて......」


 肉に噛り付きながら、泣き始める少女。しかし、それでも食べることを止めず、やがて全ての肉を平らげた。俺より少し下ぐらいの女の子が食うには結構な量だったはずだけど。

 そんな俺の感想をよそに、少女は涙を拭って、


「ありがとうございます。ごちそうしていただいて」


「まぁ、それはいいんだけど......って話は通じないんだったよな。何か会話する手段は......と、そうだ!」


 腕を組んで思案すると一つの方法を導き出す。

 つっても、至極単純。当たり前の話だが、俺は元人間だ。

 たとえ猫になって口による会話が失われようとも、文字による会話方法がある。

 というわけで、俺は近くから適当に枝を拾ってくるとそれを両手で掴んだ。

 それから慣れない手つきで地面に文字を書いていく。


「これは.....文字? 猫ちゃん、文字も書けるんですか?

 えーっと、『俺はトール。隣は仮名でスー子。どうしたんだ?』......心配してくれるんですね」


 そりゃまぁ、泣きながら肉食ってたらどうしたって気になるだろうし。

 その勢いで少女の名前を尋ねる。すると、彼女は「ルミア=フォルトル」と答えた。

 ちなみに、年齢は十六歳らしい。やはり俺より年下だったか。


「『で、どうして泣いてたんだ? 嫌なことでもあったのか?』」


「嫌なこと......はい、そうですね。でも、それは私が悪いんです。

 ですから、これは私がどうにかしなきゃいけない問題なんです。

 そして私が一人でとある依頼をクリアすれば、許してくれるって条件で......」


「『とある依頼?』」


「トールちゃんに言ってもわから.....あ、いや、ここまで意思疎通ができるなら、もしかして!

 あの、少し待っててください! 今、依頼書を取り出しますので」


 ショルダーバッグをガサゴソと漁り、ルミアはそこから一枚の紙を取り出す。

 それは冒険者ギルドの掲示板にある見慣れた依頼書だ。内容は採取依頼で「ミダモフルーツの納品」である。


 ミダモフルーツって、確かこの森の深層にあるとされる果実の名前だったような。

 俺も受けたことがあるが、だいぶ苦労した覚えがある。

 そしてその時の俺はシルバープレートでBランク。つまり、最低適性ランクはBランク以上となる。


 一方で、ルミアが首から下げているのはアイアンプレート。

 冒険者ランクの序列が「S(白金)、A(金)、B(銀)、C(銅)、D(鉄)、F以下(石)」だったはずなので、今の彼女のランクはDランクとなる。


 明らかな適正外ランクの依頼を受けている――それもたった一人で。

 一応、依頼は適正ランクより下回っていても受けることはできるが、その場合は基本的に自己責任。

 それこそ、あまりにかけ離れたランク差で受注しようとすれば、遺書を書かされるぐらいに。


 冒険も命あって物種なので、大抵の冒険者は適正ランクの依頼以外受けようとしない。

 仮に受けたとしても、それは一つ上のランクぐらいだ。

 二つ上の依頼を、それも一人で受けようだなんて自殺願望者としか思えない。

 それはそうと、ミダモフルーツの効果で何か仲間が言っていたような......なんだっけ?


「あ、ああああああ!」


「ど、どうしたんですか急に!?」


 そうだ、そうだった! その果実には「一部魔法を打ち消す効果がある」とかなんとかハイネが言ってた! となると、それについて行けば俺の体も元に戻る.....?

 なんだか不安そうな顔で見つめてくるルミアに「失礼」と言うと、一旦話を続けた。


「『正気か? 一人で取りに行くような場所じゃないぞ』」


 基本的に、森は中心に近づけば近づくほど、強い魔物が根城にしている場合が多い。

 そしてその魔物は大抵一人では手に余る。徒党を組まれたら厄介だしな。

 だから、冒険者はパーティを組み、集団で攻略する――それがセオリーだ。


 一人で挑めるとすれば、俺TUEEEしてるような人物に限るだろう。

 悪いが、先ほどまで肉を食って泣いていたルミアがとても実力者とは思えない。

 だから、ここは冒険者の先輩として止めるべきだ。その意味を込めた忠告を送ったのだが――、


「わかってます。でも、私はやらなきゃいけないんです。

 でないと、私はいつまでも役立たずのまま......それだけは嫌なんです。

 ですから、お気遣いありがとうございます。それでも私は行きます」


 ルミアの意思は固かった。笑みは儚いほど柔らかったが。

 しかし、なんとも嬉しくない笑みだ。今にも死にそうな人が見せるような笑みしやがって。

 っていうか、ギルドもギルドだ。


 普通、ギルドには適性ランク外の依頼を提出してきた時、注意喚起する義務がある。

 ルミアはプレートを見ても一年未満で、まだまだひよっこだ。

 明らかに実力的に足りないのはわかってるだろうに。


「心配してくれてありがとうございます。それから、食べ物も頂いて。

 大したお礼も出来ませんが......あ、これをどうぞ」


 そう言って渡してきたのは、小さなテンガロンハットだ。一部に長い羽がついてる。

 サイズ的に子供が被るのすら難しいように思えるんだが。


「これは私が昔持っていたお人形が被っていた帽子です。

 本体はダメになってしまったんですが、その帽子は捨てきれず持ってしまっていて。

 トールちゃんにはお似合いだと思いますので、差し上げます」


 とのことらしい。

 おいおい、これを被るとまるで長靴をはいた猫みたいになるじゃないか。

 まぁ、肝心の長靴がないのだが......ハァ、仕方ない。


 そういうや、その話も人助けの話だった気がするしな。だったら、なってやるか。長靴をはいた猫に!

 信用できるかどうかはともかく、困ってるやつを見捨てるほど薄情者でいたくない。

 それにそのゴールには俺が求めるものもある。となれば、行くしかない。


「『待たれよ、ルミア殿。貴女の冒険に私も同行して構わぬか?』」


 と、カッコよく言ってみせる――ことが出来れば最高だったのだが、筆談しか無理なのでチマチマと地面に書きながら伝えた。

読んでくださりありがとうございます(*^_^*)


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