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第48話 顕現せし怪物#1

 派手な演出も何もないただのアッパーカット。加えて、猫の体重では大した威力はない。ダメージはほとんどステータス依存だ。

 しかしそれでも、俺の最高の一撃は確かにラパンの顎を打ち抜いた。


 大きく右手を伸ばす俺の拳の数センチ先。竜人族の血を飲んで肉だるまと化したラパンの顔がある。

 そして俺が着地するよりも先に、床にドスンと重量感ある音が響いた。


「ハァハァ......よく勝てたな、俺」


 ラパンが動く気配はない。もっと言えば、動くことも難しいだろう。

 竜人族の血のせいか、どんどん呼吸が弱くなっているのがわかる。

 俺がここでトドメを刺さなくても、たぶんコイツは持たない。


「これまで散々強い奴の命を奪って来たんだ。今回、お前の番が来た。それだけのこと」


 床に寝そべるラパンを放置し、俺は四足歩行で移動する。

 この姿勢が非常に楽なのだ。まぁ、本来の猫の体の動かし方であるわけだしな。

 そんなことを考え痛みをごまかしつつ、俺は階段を上っていく。

 するとスー子と目が合い、そのまま飛び込んで――、


「っと、危ない危ない! 今のボスは怪我してるんだから」


 と、直前で急ブレーキをかけて止まった。

 その気遣いが染みて涙が出そうだ。それはそれとして、若干の寂しさもあるが。

 ともあれ、スー子も見た感じこれといって何もなさそうだ。


「スー子も大丈夫そうで何よりだ。誰も通さなかったみたいだな」


「通さなかったというよりは、誰も来なかったよ!

 ずっとボスの戦いをハラハラしながら見てたって感じ!

 それにしても凄いね、あんな敵をやっつけちゃうなんて!」


「ギリギリって感じだけどな。もう全身ボロボロで......普通に歩くだけも痛いよ」


「でも、痛みがあるってことは生きてるって証よ」


 スー子と話していれば、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 すぐに振り返れば、少し煤けたベルニカがゆっくりと歩いてくる。


「ベルニカ......お前も無事だったんだな」


「当然、そんな簡単に殺されるほどヤワじゃないわ。

 裏口付近から侵入する刺客の数が少なかったからとも言えるけど。

 ともあれ、これで無事に防衛作戦は成功ってところかしら?」


「恐らくな。あのラパンがこの部隊の長だろうし、俺が奴と戦っている最中も二階に上がった刺客はいないってのはスー子から聞いてる」


「それじゃ、終わりってことで良さそうね。ハァ、これでゆっくり出来るわ。

 とはいえ、この屋敷の惨状はご主人様にどう説明したものか――」


―――ドゥゥゥゥゥゥン!!


「「「ッ!?!?」」」


 その瞬間、この場の空気が一変するような音が鳴り響く。

 同時に、まるで溺れるように呼吸が苦しくなり、重たい空気に体が押し付けられた。

 俺もベルニカも全身の毛が恐ろしいほど逆立ち、生物として危険感知が警報を鳴らす。


 何が起こったかわからない。しかし、確かにヤバい存在がいることだけがわかる。

 地面が揺れているのか、自分が揺れているのかわからない。それほどまでにこの空気に恐怖している。


 今すぐ、今すぐ逃げ出したい。だけど逃げられない。

 体が震えているのもそうだが、本能がその事実を受け入れてしまっている。

 これがもし人間の姿であれば、今頃きっと滝のような冷や汗とともに歯をカタカタ鳴らしているだろう。


 それほどまでの異常事態。その威圧感に誰もしゃべれず、ただ過ぎ去ることを願っている。

 しかし、それは叶わない。なぜなら、その発生源が執務室の方から感じるのだ。


「......なっ!?」


 ラパンとの戦闘でぶち破られたドアの先。

 長く続く廊下の最奥付近にある執務室――そのドアが開いている。

 その瞬間、まるで雷光の如く速度で今の状況を理解した。そしてこの気配の正体にも。


「まさか!」


「ちょ、トール!?」


「ボス!」


 俺がすぐに走り出すと、その後ろから二人の声が聞こえた。

 同時に、俺を追いかけるような足音が聞こえるが、今はそれどころじゃない。

 

「執務室が開いてる.....!?」


「ちょっと誰も通ってないんじゃなかったの!?」


「誰も通ってないよ! スー子はボスの言いつけをちゃんと守ってた!」


 奥歯を噛み潰すようなベルニカの声と、スー子の動揺した声が聞こえてくる。

 その瞬間、俺の脳裏に僅かな記憶が蘇った。それはラパンとの戦闘中に起きた謎の風の揺らぎ。


 当初は戦闘中に奴が開けた壁の穴から流れ込んだ風かと思った。

 しかし、それが透明化もしくは極限まで気配を薄くした相手だったなら。

 俺がラパンへと意識を向けている最中に侵入した誰かであったなら。

 誰も侵入してないはずの執務室のドアが開いているのも納得できる。


「俺の.....せいだ。たぶん、俺が戦ってる時に侵入された......ごめん」


「!?......今謝っても事態は何も変わらないわ。見事にやらかしたわね」


「.......ッ」


「ボス......」


「......後でご主人様も含めてこってり説教だからね」


「あぁ、わかった。この戦犯を受け止める。でも、生き延びなきゃ謝罪も反省もできない。

 だから、二人とも俺達が生き延びるために協力してくれ」


「当然よ。連帯責任なんだから」


「ボスのためなら!」


「ありがとう、二人とも」


 廊下を駆け抜け、執務室に到着する。部屋に入れば、案の定隠し扉は開けられていた。

 そしてその奥から心臓を握られているような圧を感じる。

 咄嗟に<魔力探知>で原因を探ってみれば、そこから異様な魔力の高まりを感じた。


「この感じ......まさか! 全員、伏せろ!」


 すぐさま背後にいるベルニカとスー子に向かって飛び込む。

 同時に、俺達三人を包み込むような水の膜を作り、さらにその外側に風の膜を作った。

 その直後だった――屋敷が半壊するほどの爆発が起こったのは。


「ぐっ!」「んっ!」「ぬわ~!?」


 その爆発の衝撃波と爆風に飲まれ、俺達の体は壁に押し付けられた。

 すぐにその壁ごと思いっきり吹き飛んでいき、そのままどこまでも飛翔。

 衝撃を感じたのはそれから数秒後のことで、風の膜も水の膜も破け散り散りに投げ出された。


「くっ......ハァハァ、い、生きてる......ベルニカ! スー子!」


「私は大丈夫よ。あんたのおかげでね。

 それからスー子ちゃんのクッションボディでもね。ありがとう」


「スー子もボスのおかげで無事!」


「そっか......」


 とりあえず二人の生存が確認出来て俺は安堵する。そしてすぐに周囲を見渡せば、今いる場所は玄関前のちょっとした広場だ。

 辺りには崩れた木片や本、捲れ上がった地面や砂利で溢れおり、半壊した屋敷は一部が出火していて焦げ臭いニオイが立ち込めている。


「何が――!?」


 正体はすぐにわかった。なぜなら、砕け散った屋敷の一部に一人の人物がいるからだ。

 その存在は空中に数メートル浮いた状態で制止し、全身に禍々しい闇を纏っている。

 姿形は人型であるが、一目で異形の怪物と思う程度には禍々しい容姿をしていた。


「デカい......二メートル、いや、三メートルはありそうか?」


「それだけじゃないわ。空や空気、その場一帯があの禍々しい瘴気で変化しているわ」


 ベルニカの言う通り、空はどんよりとした曇天に覆われている。加えて、その怪物の真上で雷鳴と共に渦巻いていた。


 また、怪物から溢れ出す身も凍るような禍々しいオーラで周囲の植物を即座に枯れていく。

 まるでその場一帯のあらゆる生命体から命を吸い取っているみたいだ。

 そしてなにより――、


「あの気持ち悪い感覚......メルトに見せてもらった封具と同じ気配だ」


「封具と同じ? ボス、ってことはあの人が封具に触れたってことなの?」


「たぶんな。とはいえ、さすがにここまでの変貌は想定外すぎる」


 ここからどうすべきか。いや、どうにかしてアイツを倒すことは絶対だ。

 問題はその倒すビジョンが全くわかないということ。

 それほどまでの威圧感であり、存在感であり、死の圧を感じるということだ。

 しかし、これは自分の蒔いた種である以上、逃げることは許されない。


「――ッ!?」


 遠くに見える怪物がゆっくりと顔だけをこちらに向けた――目が合った。

 瞬間、瞬きもしていないのに奴の存在が目の前から消える。

 それとほぼ同じくして、俺の眼前にブンッと奴が現れた。

 僅かに地上から見下ろす怪物が、静かに俺を見つめているのだ。


 ぜ、全然、見えなかった。空気の振動で相手の居場所を探るとかの次元じゃない。

 まるで意識と意識の隙間、ほんの僅かな無意識に差し込むようにして近づいてきやがった。

 瞬間移動? 空間転移? ......いや、そんなことは今はどうでもいい。

 今考えるべきことは、ここがすでに奴の間合いであるということ!


「同一存在、新たな器、吸収、力を取り戻す......」


 そう言葉を並べ、怪物がゆっくり右手を振り上げる。

 そしてそれをまるで腕の先が無くなったような速度で振るってきた。


「――!?」


 地面が爆砕する一撃に対し、俺は気が付けば後ろに跳んでいた。

 その動きは俺自身ですら理解できなかった。例えるなら、「反射」であろうか。

 人が熱いものに触れた時、咄嗟に腕を引っ込めるあの現象。アレに近い。

 人間が本来神経を通して運動指示を伝える所を神経を介さず脊髄で行っていた。

 そのおかげで紙一重で助かったが、衝撃で体が遠くまで吹き飛ばされる。


「くっ......い、生きてる」


 あの一撃を見た時、走馬灯も見ずに死んだのかと思った。

 反射的に動いたとはいえ攻撃範囲にはいたので、直撃せずとも衝撃でやられたのかと。

 生きていたのはなによりだが、こんな動きが二度も出来るとは思えない。意識を変えろ。


「身体強化、防御強化、思考速度向上、俊敏性能向上、弾幕フル展開!」


 現状で使えるバフを全盛りし、さらに体の周囲に大量の火球をセットする。

 体勢は低く四足歩行で、相手の威圧に負けないように意思を滾らせた結果毛が逆立つ。

 もはや勝てる勝てないを考えてる場合ではない。生きるためには戦わねば。


「力......取り戻す。器、一つになりて、この地を蹂躙せん。

 器はこの世界に二つといらぬ。弱き器が散る定め」


「何言ってるかサッパリだが、俺を殺したいってのはバシバシ伝わってくるぜ」


 なぜこんなにも俺が敵視されているのかわからない。

 しかし、ベルニカとスー子に意識が向かないのであれば、それはありがたい。


「こんな猫一匹に随分と殺る気満々みたいじゃねぇか。

 いいぜ、どうせ逃げれねぇだろうしやってやるよ。

 言っておくけど、負けたらお前......猫以下な?」


「器、統一!」


 瞬間、怪物が両手を真っ直ぐ正面に突き出す。

 すると、その異形の腕からいくつもの触手が飛び出し、それが俺に向かって来た。

 まるで横殴りの雨のようだが、バフ盛り盛りのおかげで辛うじて見える。

 なので、その攻撃を躱しながら、奴の周囲を回り始めた。


「このままじゃ、防戦一方だ。もっと集中しろ!」


 もはや森のざわめき、荒れる風の音、自分の息遣いすら一切を排除するように意識。

 視線の先にいる怪物以外の情報をシャットアウトして、「集中」という世界に没入する。

 それで辛うじてほんの僅かな猶予を持って躱せるぐらいだ。


 走り出した俺を追うように漆黒の触手がドスドスドスドスと地面に刺さる。

 地面に刺さる音でもなければ、当たった直後に衝撃で爆発しているようだ。

 そんな音が聞こえる。当たれば一撃でも致命傷間違いなし。


「逃げばかりじゃ勝たねぇよな!」


 自分を鼓舞するように言葉を吐き捨てながら、周囲にある火球を放ちまくる。

 攻撃してる時の気分はまるで弾幕シューティングのようで、対して怪物は俺の攻撃を一切避けない。

 全ての攻撃が被弾し、姿を隠すように爆炎が広がっていく。


 その爆発と共に発生する黒煙で怪物の姿が消えた。そんな状況でも奴は俺の動きを認識しているとでも伝えるように、黒煙の奥から触手を伸ばして攻撃を繰り返してくる。


 とはいえ、それでも攻撃の手は先程に比べれば少し止んだ気がした。

 相手が俺をどう知覚しているかわからないが、少しでも攻撃が止んだ今がチャンスなのは変わりない。


「......?」


 その時、走る俺にベルニカが何かを叫んでいるような気がした。

 集中のためにその他一切の音をカットしているのですぐにはわからない。

 ただ、その訴えがあまりにも必死であり、だからその方向に意識を向ける。


「――え! トール、上えええぇぇぇ!」


「――ッ!」


 集中が切れたことにより、俺の耳に一斉にあらゆる音が流れ込んでくる。

 その音圧は体を僅かに震わせ、空港で飛行機のエンジン音を聞いているようにうるさかった。

 しかし、その中でもハッキリ聞こえたベルニカの注意喚起。

 その方向に目線を向ければ、そこには目を疑う巨大な黒塊があった。


「重潰!」


 その言葉と共に、俺を巻き込んでその場一帯の地面は黒く塗り潰された。

読んでくださりありがとうございます(*^_^*)

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