第45話 襲撃者#1
―――ルミアが迎えに来る数時間前
「さて、これよりワタシ達は相手の思惑にあえて乗るためにハムドの屋敷に向かうわ。
アイツは私の弱みを握ってると思っているから、それを逆に利用する。
下手に逆らって無茶苦茶な行動に出られても困るしね。だから――」
「だから、ここの防衛は任せるってこったろ? わかってるよ。
あの男は確かに小物臭がしたが、全くのバカってわけじゃない。
メルトがいなくなって手薄の屋敷を攻めることは十分に考えられる」
「話が早くて助かるわ。それで、そのためにも一応現物を見せておくわ。
今まで誰にも場所を明かしたことはないのだけど、あなたを信用してね」
そう言うと「ついてきて」と声をかけ、メルトが一人先を歩き始める。
その後ろを追いかけていくと辿り着くのは当然執務室だ。
そこの本の仕掛けを起動させ、メルトが隠し扉を開けていく。
「あら、男の子的には好きなシチューエーションかと思ったのだけど、随分と落ち着いているのね」
「......冒険者としてダンジョン潜った時にこういうシーンは何度も見たからな」
あっぶね.....屋根裏部屋に行くときに使うから忘れてたけど、普通は知らないはずなんだよな。
幸い、俺の反応にメルトはこれといって興味を示していないけど、ウィンベルトのような目敏い奴だとそれだけで疑われるキッカケになるから気を付けねぇと。
「こっちよ。階段の下にさらに地下へと続く道があるの。
そしてその先に......私がこの何百年と守り続けている封具がある」
メルトが床の一部をひっくり返すと、そこには階段が現れた。
その階段をメルトが指先に光源を作りながら先に下り、その後ろをついていく。
しばらく螺旋階段を降りていくと、最終段で両開きのドアが目の前に現れた。
「ふぅ......やっぱりここに来るとさすがに辛いわね」
「大丈夫か? ここにあることはわかったんだし、無理しなくても.....」
「いえ、少しなら問題ないわ。それよりもあなたはこの禍々しい雰囲気に対して何も思わないの?」
「禍々しい雰囲気.....?」
メルトの問いかけに対し、俺は首を傾げなら扉の方を見る。
確かに路地裏のようなちょっと近寄りがたい雰囲気はあるが、別に禍々しいってほどじゃ。
少なくとも、メルトのようにこの扉の前で尋常じゃない汗をかくほどじゃない。
「さすがに、この手の強烈な圧はどの生物にも通ずるものだと思うけれど......まぁいいわ」
扉の取っ手に両手をかけると、メルトがゆっくりとその扉を解放する。
瞬間、視界に入ったのは目の前数メートルと続く一本道と最奥にある水晶に閉じ込められた宝箱。
同時に、宝箱からの気配に、さすがにメルトの言っていることがわかった。
もはや対象者を選ばないように殺意が降り注いでいる感覚がある。ヒゲがピリピリする。
また、そのオーラは紫色の闇となって可視化され、封じられている宝箱から漏れ出ていた。
あれは間違いなく厄災の箱だ。誰も触れてはならない――たとえ魔王を倒した勇者であっても。
「私の友達――シトラス=アルダリアが私に管理を託したものよ。
あの封具には倒された魔王の怨念が宿っており、触れれば最後。人間としての自我はなくなるとされる。
もちろん、確かめた者はいないわ......まぁ、この雰囲気を感じて触れようと思うのはよっぽどの狂人か異常者ぐらいだろうけど......うっ」
「メルト! もういい、ここを離れよう!」
その場に片膝を突き、メルトの額から滝のように流れる汗が頬を伝って顎先から滴る。
ここまで彼女の苦しそうな表情を見るのは初めてだ。つまり、それだけ凄まじいのだろう。
だとすれば、なぜ俺はここまで平気なのだろう......この世界の生まれではないからか? まぁいい、そんな憶測は後回しにメルトを早く連れ出そう。
というわけで、俺はバングルを通して杖を作り、それを彼女に渡した。
肩を貸してやれれば早かったが、あいにく猫の姿じゃどうしようもないしな。
扉を抜けるとメルトの代わりに土の手でドアを閉め、階段に座る彼女に声をかける。
「扉を閉めればちったぁマシになったはずだ。まだ辛いか?」
「体の内側からかき回されるような不快感がまだ残ってるけれど......あなたのおかげでだいぶ楽になったわ。
やはりあんなものは誰も手にしないのが一番よ」
「みたいだな」
「本当はさっさと捨てられれば良かったけれど、捨てた先で妙な人間に拾われたとなったらたまったものじゃないしね。
それにシトラスとの約束でもあるから......それよりもあなたの方は本当に問題ない?」
「あぁ、ビックリするほどなんともないな。
確かにメルトの言う圧はわかったけど、お前の状態になるほどじゃない。
だが、それはありえないんだろ? メルトからすればだけど」
「えぇ、あのオーラは人の根源的恐怖に訴えかけてくるもの。精神的に丈夫なら耐えられるとかそういう類のものではないの。
ましてや、動物の姿であるあなたなら、動物的危機感知はとっくに警報を鳴らし続けているはずなのに.....あなたは一体?」
「俺は紛れもなく人間だ。見た目は猫だけどな。
んで、現状のメルトとの反応の違いは俺が一番知りたいところだ」
この世界の種族的強者として生まれた竜人族のメルトが耐えられない死の圧。
そんな圧に耐えられる俺は一体何者かと言われれば......本当にただの人間としか答えられない。
まぁ強いて可能性を挙げるとすれば、俺が転移してきた存在だからだろうか。
ある日鳥居をくぐったら気が付けばこの世界に来ていて、覚えてるのはそれぐらい。
ただ転移ってのは普通”神”が関わってる(ラノベ知識だと)気がするので、神の加護が俺の状態に影響を与えているんじゃないかなー......というのが俺の推測。
「まぁそんなことはいいだろう。今はこれから迫る危機に対して備えよう。
メルトは俺を信用してくれているようだが、俺が相手に出来る人数もレベルにも限りがある。
というわけで、少しでも侵入者を減らすために屋敷中に罠を張るぞ。いいよな?」
「えぇ、どうせこの屋敷もだいぶガタが来ていたし、リフォームしたいと思っていたの。だから壊れても何も問題ないわ」
「俺が言った手前聞くのも変だが......友達の家なんだよな?」
「この屋敷は貰ってあるわ。つまり、どう扱おうが私の自由よ。
それにそれで封具が守れるなら、あの人も本望でしょうし」
「......際ですか。なら、早くこんな気持ち悪い空間から抜けるぞ」
―――現在(襲撃の少し前)
「メルトは無事として、ルミアの方は大丈夫かな......いや、メルトがいるから大丈夫だろうけど。
それでもなんとなーく無防備な感じがするし、変な男にナンパされてなきゃいいけど」
「そんなに気にしてちゃ禿るわよ。それにご主人様もいるんだから問題ないわ」
「ルミアもそんなに弱いお人間さんじゃないよ!
スー子はルミアは強いお人間さんって知ってるから!」
「ベルニカ、スー子......」
部屋で一人腕を組んで不安を募らせていれば、そこに二人がやってきた。
二人ともこれから襲撃が来るってのに随分と落ち着いている様子だ。
スー子は未だしも、ベルニカは随分と肝が据わってるなぁ....っと、そういえば。
「ベルニカ、そういやメルトからチラッと聞いたんだが......魔法を使えるのか?」
「ちょっとしたやつならね。だけど、火力はあんまり期待しないでよ?」
「いや、手数が増えてくれるだけで十分にありがたいが、何で言わなかったんだよ?」
「聞かれなかったから」
「そりゃ、俺と同じように魔法使える猫がいると思わねぇじゃん......」
魔物であれば魔法を使う種類も存在する。でも、猫は”動物”であり、魔法を使う猫なんてこれまで一度も見た事ない。
そんなことを封具のありかを教えてもらった後にメルトから聞いた時はさすがに冗談かと思ったが......まさか本当だったとは。
「実はメルトが作り出した魔法生命体とかじゃないよな?
普段は猫の姿をしてるけど、突然違う武器に変身したりとか......」
「あんたが何を考えてるか知らないけど、アタシはただの猫よ。
そんな魂が宿った古の宝具みたいな設定をアタシにつけないでくれる?」
「え、あるのか!? 元々剣だけど、変身したらロリっ娘みたいな!?」
「変身した姿でロリを求めてる時点であんたの性癖のヤバさが伺えるけど、アタシが聞いた限りじゃそういう存在もいたらしいわ.....って今はそんなことどうでもいいでしょ!
ほら、あんたもいい加減気持ちを切り替えてシャキッとしなさいよ!」
「あ、うす......」
「ふふっ、二人とも仲良しだね! それにこのメンバーでやるのもなんか不思議!」
「確かに、言われてみれば.....」
普通、こういう襲撃イベントってどんな展開でも人間の味方がいるはずだ。
しかし、今この屋敷にいるのは猫と猫とスライムである。
この面子だけで見れば、どう考えても襲撃に対する備えとしては間違ってるよな。
「どう考えても盗みに来てくださいと言っているようなものよね。
でも、こんなアタシ達だからこそ、初撃で不意打ちが打てる。
相手もまさか猫とスライムがこの屋敷の護衛を務めてるとは思わないだろうし。
あんたも今度は猫のフリやめてちゃんと戦うのよ」
「猫に猫のフリやめろって言われるの、なんだか妙な気分になってくるな。
だがまぁ、俺もこの屋敷......もっと言えば、封具の護衛を任された以上全力でやるさ。
だから、スー子も存分に俺との勉強成果を試していいぞ。相手は悪いお人間さんだからな」
「わかった! スー子、ボスとの特訓で試したいこといっぱいあったんだ!
だから、それで悪いお人間さん達をたっくさん懲らしめるね!」
「おう、その勢いだ。ただし、くれぐれも無茶はするなよ?
形成的に不利になったらさっさと逃げろ。生きてればチャンスは巡ってくる。
それにスー子がいなくなっちゃ、俺もルミアもメルトだって寂しがるしな」
「わかった!」
「ええ子や、たくさん撫でちゃる」
年齢的にはまだ二十歳手前だが、気分は親戚のおじさんである。そしてスー子は元気いっぱいの穢れをしならない純粋な小学生だ。
いや~、初めてスー子と出会った時に見放そうとした俺を殴ってやりたいね。お前は一体この子にどれだけの物理的も精神的にも助けを貰っているか。
これが終わったらスー子の好きなもの買ってやるからなぁ~。
「見事な溺愛っぷりね」
「そりゃ、スー子は可愛いからな。ちなみに、俺が考案したスライムベッドの元祖がこの子だぞ。ひれ伏せ、頭が高いぞ」
「あんたはどういう立場よ。っていうか、そろそろ時間だから私は配置に着くわ。
スー子ちゃんは機動力を生かして一階の玄関ホールに待機。
アタシは裏口からの侵入を警戒して一階の裏庭付近に潜んでおくわ」
「んで、ゴーレムが防衛モードで一階と二階を巡回しているんだろ?」
「そう。だけど、ゴーレムの力ばかりをアテには出来ない。
そのレベルならいいけど、相手も当然屋敷に護衛を雇ってることは想定してるでしょうし。
だから、封具の守りの要はやはりあなたよ。気張りなさい」
「あぁ、わかってる。あの部屋には絶対に誰も入れねぇ」
「ボス、今の話を聞いてて思ったんだけど、その秘密の入り口の侵入経路は一つじゃないよね?
執務室側と屋根裏部屋側と二つあるけど、ボスはどうやってそこを守るの?」
「安心しろ。それに対してもしっかり対策済みだ。
屋根裏部屋はそれこそ罠だらけにしてあるし、そもそも屋根の窓から侵入できないように結界を厳重にしてある。
それこそ、その結界を真面目に解いて罠をくぐり抜けようもののなら、その時には既にパーティーは終わってメルト達が帰ってきてるだろう。もしくは、俺達の撃退が片付いており、待ち構えているかのどちらかだ」
「つまり、それで抜けられたらあんたが戦犯ということね」
「嫌なこと言うなぁ。いやぁ、実際にそうなんだけど。
ともかく、俺は執務室に誰も入れないようにこの廊下で待ち構えることにする。
二人ともくれぐれも命を大事に、だ。無茶はすんなよ」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
「だね! ボスの方がよっぽど心配だし! でも、わかった! 行ってくる!」
そのスー子の言葉を最後に、二人はドアを抜け一階の方へ向かっていく。そして俺は二階の廊下に出ると執務室のドアの前に立った。
それからすぐに、屋敷中から巨大な爆発音が鳴り響く。屋敷の窓に接触したものを爆破するトラップだ。
「さて、いっちょ仕事しますか」
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




