第44話 策略#2
―――ルミア 視点―――
ウィンベルトさんの演奏により、楽団の曲調が変わりました。
それによってもたらされたのが、刺客の凶暴化と言うべき変化。
命を代償にして凶暴な力を振るう存在へと変えられてしまいました。
目の前の光景、それに私は腹が立ちます。その人が覚悟を持って行ったものとはわけが違う。
無理やり命を消費させられるやり方......もはや命への冒涜に等しい。それはその人が決めた人生の歩み方ではないのだから。
「......落ち着きなさい、ルミア」
「メルトさん......」
その時、すぐそばにいるメルトさんが私の様子をチラッと見て声をかけてくれました。
どうやら怒りで視野が狭くなっていた私に注意してくれたようです。そして彼女はそのまま言葉を続けます。
「あなたの言いたいことはわかるわ。でも、今のあなたにどうしようもない以上、現状を認めて腹を括りなさい」
「メルトさんにも救えないとわかるんですね.....」
「あの姿を見ればさすがにね。ともかく、今は生き延びることを優先しなさい」
「......わかり、ました」
「やれ、お前ら!」
ハムド会長さんがサッと手を伸ばして指示を出します。それと同時に刺客が一斉に動き出し、そばにいたメルトさんもすぐに消えました。
なので、私もすぐさま結界への攻撃を中断して迎撃を――、
「あなたは結界を破ることにだけ注力しなさい! コイツらはワタシがなんとかするわ!」
「ですが、さすがに......!」
「この程度、問題ないわ!」
そう言って気丈を振る舞うメルトさんですが、明らかに先程と動きが変わっています。
先程一撃で吹き飛ばしていたものが、明らかに複数回殴って吹き飛ばしているのです。
つまり、一人の刺客を相手にする時間が増えたという意味であり、私に出来る限り近づけないように多少の被弾を覚悟しながら殴っているみたいで......いえ、私もメルトさんに言われた通り自分のことに集中しましょう。
メルトさんを信じるんです。そしてここであの時助けられた恩を返す!
「くっ、この固さ......異常ね。何か仕込んでるわね!」
「当然、なにせ相手は竜人族だからな。
生半可な効果じゃ焼石に水だ。なら、目には目を――竜には竜を!
コイツらには竜人族の血を任意で発動できるように仕込んであるのだ!
そして今、コイツらは竜人族を殺せる力を得た! それがこの結果だ!」
「なんて無茶なことを! 竜人族の血はその辺の人間の血とは違うのよ!
確かに取り込めば一時的に強大な力が得られるけれど、その血は自身を壊す猛毒でもあるの!
ましてや、私の前で同族の血を取り込ませた人間を向かわせるなんて......どこまでもクズのようね、ハムド!」
「なんぼでも言ってみろ! 結局は立っていた方が勝者なのだ!
ついでにお前達を手に入れられれば良かったが、国を得るのに比べたら取るに足らない!
王族と繋がることが出来れば、女など無限に集められるのだからな!」
「加えて、女を飾りのようにしか思っていないような言動。
もはやクズを通り越して死んだ方が良いと思うわ――いえ、殺す。
あなたによって被害を受ける人達を少なくするためにもね!」
「やってみせろ、木っ端竜人族風情が!」
その瞬間、ウィンベルトさんが指揮する楽団がサビに入りました。
同時に、刺客の皆さんの圧力がさらに増し、メルトさんが苦戦し始めます。
一対一なら未だしも、複数の相手の時には完全に足を止められています。
このままではメルトさんが先に潰れてしまうかも.....でも、私にはやるべきことが――、
「人命救助が最優先です!」
一瞬の逡巡、しかしそれすらも時間が惜しいと思い、私は信念に従いました。
つまり、人助け――窮地に陥ってるメルトさんを助けることです。
結界に向けていた光剣による射撃を、そのままメルトさんの方へ向けました。
するとそれに気づいたメルトさんがサッと躱し、彼女に密集していた数人の刺客に剣が突き刺さっていきます。ごめんなさい!
「伏せなさい!」
その時、メルトさんが真っ直ぐ私の方へ走り込んで指示してきました。
なので、言われた通りにしゃがむと、彼女は私の肩に手をかけそのまま通り過ぎて飛び蹴り。
後方にいた刺客を吹き飛ばしてくれました。助ける意識に必死で気づいてなかった。
「ありがとうございます。すぐに回復を――」
「これぐらい問題ないわ。竜人族は自己治癒力も優れているから。
それから礼を言うのはこちらも同じよ。先程は助かったわ。
私も切り札である竜化は出来るだけ使いたくなかったのよ.....後々面倒だから」
「確かに、ここは街中ですしね......」
「それもあるけれど.......まぁいいわ。それよりも先程の言葉の手前、情けないけれどあなたの手を借りたい。少しでも攻撃を加えて相手の動きを遅らせて欲しいの」
「でも、私の目で追えるかどうか......」
「それなら問題ないわ。どうやらどの連中も竜の血を使うに値する肉体を有してなかったみたいだから。
体の重さに肉体がついていってないわ。力が増して速さを失った感じね。
でもまぁ、無理そうならとりあえず周囲にデタラメに剣をばらまくでもいいわよ」
「それぐらいなら......わかりました」
「何をチンタラしている! とっとと連中の息の根を止めろ!」
私とメルトさんが話し合っていると、ハムド会長さんの怒号が飛んできました。
どうやら奥の手を使っても時間がかかっていることに苛立っているようです。
自分の欲望のためだけに人の命を消耗品のように利用してこの態度......とても同じ人間とは思えません。
「メルトさん、来ます!」
「えぇ、わかってるわ!」
一斉に飛び掛かってくる刺客の皆さんに、私は頭上の光剣の輪を花を咲かせるように展開。
さらに、それを複製して三重の輪を作っていつでもバラまけるような体勢を作りました。
その隣では、メルトさんが迎撃の準備をするように拳を構え――、
「時間切れです」
その瞬間、ウィンベルトさんの声と共に楽団の曲がピタッと止まりました。
同時に、襲い掛かってきた刺客の全員が体に纏う威圧を消滅させ、そのまま地面に倒れます。
ピクリとも動きません。確かめるまでもなく、彼らは......もう。
「な、何をしている!? なぜ演奏を止めた!?」
「だから言ったでしょう? 時間切れであると。
竜人族の血の効果を発動させた以上、活動限界は彼らレベルの人間ならもって三分。
しかし、それでも本家竜人族の力には遠く及ばず、ましてや結界の維持で楽団まで潰れました。
この場で戦えるのは僕と会長、それから周囲の貴族の皆さんだけです」
「三分って短いですねぇ~」と呟きながらウィンベルトさんは振り向くと、檀上に続く階段で座りました。それから頬杖をついて周囲を眺めていきます。
「ですが、ここにいる貴族は私腹を肥やした自己防衛能力ゼロの愚か者ばかりです。
当然、竜人族の血は仕込んでいない......そんな連中が束になったって勝てる相手ではありませんよ。
ここが剣と魔法で、尚且つ見た目以上の能力が発揮される世界である限りはね」
「そ、そんな.....それじゃ、もう誰もあの女どもを止められない......」
ウィンベルトさんの言葉を聞き、ハムド会長さんが愕然とした表情で膝から崩れ落ちました。
その顔は放心しているといった状態で、一点を見つめたまま動きません。
そんな彼を見ながら、ウィンベルトさんはニヤリと不気味な笑みを浮かべると、
「ですが、それにはもう一つ意味があるんですよ。知ってました?」
「何.....? それはどういう意味――」
――ドゴオオオオオォォォォン
「キャッ!」
「な、何の音......!?」
その瞬間、今いる建物が大きく揺れるほどの振動とともに爆音が聞こえてきました。
音の大きさからしてこの近くではないようですが.......なら、この音と振動は一体?
「な、何をした......ウィンベルト?
この遠くの爆発音.....まさか......いや、触れないように指示は徹底させたはずだ。
何百年とあれだけの時間、勇者一行の一族が厳重に管理していたんだぞ!?」
「いや~、その慌てふためく顔が見たかった。
困惑、動揺、恐怖、疑心、不信......小物なら小物らしくしょうもない虚勢を張り続けてれば良かったんですよ。そうすれば、僕ももう少し飽きずに済んだかもしれない」
「何を......何を言っているウィンベルトォォォォ!」
「あなたが屋敷に送り込んだ刺客の中に、一人僕の操り人形を送り込んだんです。
彼はもともと気配を隠すのには優れていましてね。
恐らく戦闘中ならあの子ですら気付くことは難しいでしょう」
「お、お前.......本当に.....」
「はい、パンドラの箱開けちゃいました☆」
そう言ってニッコリ笑うと、そのままウィンベルトさんは視線を私達に投げます。
その言わんとすることは、もはや説明されなくてもわかりました。
なぜなら、メルトさんが今にも悲痛な叫びをしそうな顔をしているのですから。
「ウィンベルト......開けたって.....あの箱を? シトラスが守っていた大事な箱を?
あそこは扉に強固な結界がされているはずだし、何より封具は開封出来ないはずよ!?」
「急いだ方がいいですよ~。たった一つとはいえ、それは紛れもなく魔王が持っていたもの。
ましてや、勇者一行が封じるしか策を講じれなかった魔宝具が装着されたら......その人物は今や勇者がいないこの世界で魔王.....否、それ以上の力の一端を振るえる唯一の世界の脅威となったのですから。
今頃お屋敷にいるであろうあなたのお気に入りも皆、どうなることやら」
「どこまで人をコケにすれば......!!」
「メルトさん!!」
先程の表情から一変して今にも殴りかかりそうな激情に駆られるメルトさん。
そんな彼女の腕を取り、耳元で叫ぶように名前を呼びかけました。
それによって振り向いた彼女に、私は努めて冷静に声をかけます。
「落ち着いてください、メルトさん。腹が立つのは私も同じです。
ですが、ここでウィンベルトさんに襲い掛かっても何も解決しません。
それよりも、私達は一刻も早く戻るべきだと思います」
その言葉に、メルトさんは下唇を噛み、さらに拳を強く握りしめました。
それから一度ウィンベルトさんを睨むように一瞥すると、
「そうね......今はあなたの意見が正しい。抱えて飛ぶ、そっちの方が早いわ」
「わかりました」
落ち着きを取り戻した.....いえ、なんとか怒りを飲み込んだ感じでしょうか。
それでも冷静な判断が出来るようになったメルトさんは、私をお姫様抱っこすると、もう一度ウィンベルトさんを見ました。
「ウィンベルト......あなたにはこの報いを必ず受けてもらうわ」
「わぁ、怖い。ですが、僕は面白おかしい展開の方が好きなので、期待せずに待ってますよ」
メルトさんの事実上の宣戦布告を目の前に、ウィンベルトさんは顔色一つ変えません。
むしろ、そうなることを望んでいるかのような余裕さえ感じられます。
そしてその言葉を最後に、メルトさんはバルコニーに向かって走り出しました。
飛び蹴りで窓ガラスを突き破ると、そのままバルコニーを通り過ぎさり――落ちぃ!?
「下を噛まないように口を閉じてなさい」
咄嗟に目を瞑った私でしたが、落下の衝撃はありませんでした。
なので、少しずつ目を開けると、そこには夜空が広がっていて、
「わぁ、空を飛んでる.......それにメルトさんの背中に白い翼が......」
「竜人族だから翼ぐらいあるわよ。それよりも見えてるかしら屋敷の方面にあるあの禍々しい雲が」
「はい、ハッキリ見えます......」
メルトさんが屋敷方面へ方向転換すると、そこの空だけ様子が変でした。
まるで何かが現れるかのように雲が渦巻いていて、さらに紫色に発光しています。
雷がバリバリと音を鳴らし、遠くからでも今日鉄な威圧感が伝わってきました。
「トールちゃんとスー子ちゃん、それにベルニカちゃんも......全員無事でいてください!」
「全力で飛ばすわよ!」
胸の前でそっと両手を握り合わせ、私は無事を祈ります。
そしてメルトさんは少しでも早く辿り着けるように、翼を大きく動かしました。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




