第42話 宣戦布告
――ルミア視点――
ウィンベルさんの挨拶により、パーティーは本格的に開催しました。
具体的に言えば、彼が立つ背後の幕が上がり、そこには楽師の皆さんがいます。
そして彼が振り向くと、そのまま腕をサッと振って指揮棒を取り出しました。
同時に、その動きに合わせ、会場の中央には複数の男女のペアが集まります。
その誰もが美形で美麗であり、互いに手を取り合って開始の合図を待ち――、
「では、素敵な音楽と共に良い思い出を」
その一言共にウィンベルトさんが指揮棒を動かすと、音楽が鳴り響きました。
会場に広がる美しいメロディを聞き、音圧を肌で感じる。
こんな演奏......一体どれだけお金を払えば聞けるのでしょうか。
「凄い......」
「えぇ、この磨かれた技術によって奏でられた音色は聞く価値があるわね」
料理もニオイの時点で美味しそうであれば、もちろん食べても絶品。
耳では素敵な音楽を聴き、肌でその大迫力の演奏を感じることが出来る。
視界に広がる光景は言わずもがなで......五感全てでもってもてなされているのがわかります。
本当に、一介の新人冒険者がいるのは場違いな場所で、幸運な経験だと思います。
だからこそ、出来ればトールちゃんやスー子ちゃんとも一緒に見たいとも思いました。
せっかくの思い出なら、一緒の記憶に......一緒に幸せになるんですから。
「ルミアさんは踊った経験があるかしら?」
「いえ......あ、でも、昔に酔った両親が家で舞踏会のダンスをしたのを見た事があります。
なんでも両親の出会いが舞踏会だったようなので、楽しそうに踊っていたのを覚えているだけで......私が踊れるわけではないですね」
「そう、ならせっかくだしワタシと踊ってみる?」
「え、メルトさんとですか!? でも、普通は男女でペアを組むんじゃ......」
「別に同性で踊ったって問題ないわ。まぁ、踊る人はまずいないけど。
それにどうせ目立ってるだったらこれ以上目立っても何も問題ないわ。
楽しめるうちに楽しむものよ。リードしてあげるから――いらっしゃい」
「......はい!」
少し前に出て振り返ったメルトさんがそっと手を差し出します。そんな勇ましくも美しい彼女に誘われ、私もそっと手を取りました。
そのまま連れられ、ダンスホールに入ると当然周囲の視線が一斉にこちらに向きます。
好奇な目がほとんどいった感じで、少し気持ちが落ち着かない感じがしますね。
勇気をもって前に出て見たものの、やはりこうした場所はすぐに慣れることは出来ないようです。
ともかく、メルトさんに迷惑かけないように頑張らないと!
「ワタシに迷惑かけるなんて思わなくていいわ」
「え......」
「あなた、今そう思ったでしょ? 生真面目そうだから、なんとなくわかるわ。
でも、そんなことを思う必要はない。恥は私が思わない限り恥ではないわ」
「ですが......」
「さっきも言ったでしょ。楽しめるうちに楽しむべきだって。
真面目にやるのもいいけれど、私が望むものはそれではないわ。
周りが気になるのなら、ワタシだけを見ていなさい。ただ、じっとね」
そう言って琥珀色をした縦長の瞳を向けてきます。
宝石のように美しくも獰猛な目つきに当てられ、なんだかドキドキしてきました。なんというか逆にメルトさんを見るのが難しいというか。
確かに、周囲の視線は気にならなくなりましたが、逆に緊張してきました。
トールちゃんに感じる安心のドキドキとはまた違う.....あれ、私もしかしてそっちの素質が!?
実際、アリかナシか問われると......イケそうな気がしてしまうのがなんとも。
「なんで余計に顔を赤くしているの?」
「メルトさんも大概罪作りなせいですよ」
「.......?」
私の言葉の意味がわからないのか、首を傾げられました。ですがまぁ、それでいいです。私も伝えようとして言ったわけではないので。
それよりも今はダンスに集中しましょう。せっかく夢の舞台にいるのですから。
「身を委ねなさい。ワタシのリードに合わせて動けば、そうミスすることないわ。
足を踏んでしまっても気にする必要はない。ただ気持ちよく踊りなさい」
「はい」
それから言われた通り、男性役のメルトさんのリードに合わせて動きました。
足元には気を付けていたつもりでしたが、何回か踏んでしまい......それでも楽しかったです。
昔見た両親の動きを再現しているようで、しかもこの小さい頃に見た場所で踊れるのが。
そんなこと思っていると、周囲に視線を巡らせるメルトさんが呟きました。
「ふふっ、目立ってるわね。誰しもがワタシ達のダンスに注目している。
にもかかわらず、反応が怪しいのが複数......ホールスタッフ数人と一部の貴族ね。
人相は把握したわ。これである程度の奇襲にも対応できる」
「え、もしかしてこれが狙いだったんですか?」
「あくまで含まれるだけよ。踊りたかったのは本当。
というか、せっかくワタシの都合で呼んだのなら、ワタシにもあなたをもてなす責務があるわ。ましてや、こういった場所が昔から憧れていたのなら尚更ね」
「なんだかメルトさんには敵う気がしません.....」
「ふふっ、そう言ってもらえると自分が強者である実感が持てて嬉しいわね」
その後もメルトさんにリードされつつ、最初の曲が終わりダンスも終わりました。
リードされていたはずなのに、思ったよりも汗をかいた気がします。
まさかこんな運動量だったなんて.....憧れていたダンスも経験してみると存外違うんですね。
「おやおや、どうやら今宵のダンスでは不思議なペアがご参加してくださったようだ。
いや~、素晴らしい! 最初のダンスを見せてくださった方々に盛大な拍手を!」
振り返ったウィンベルトさんがこちらを見ると、観客に向かってそう言葉を投げかけました。
すると、その言葉に合わせて一斉に拍手が鳴り響き、心臓にも響く様な音圧が包みます。
その瞬間、なんだか非常に報われた感じがして「やって良かった」と思えました。
「いや~、実に見事だ。まさかこんなにも周囲の目を集めてしまうのだから。
やはりあなたは実に恐ろしい人だ――そうは思いませんか、アグニシュカ殿?」
鳴り響く拍手の中、ただ一つの声がその音の中を割って入ります。
ゆっくりとした拍手をしながら壇上の横から現れたのは、一人の小太りの男性。
見た瞬間分かりました――彼がハムド=ルーベルト会長なのだと。
「どうも皆さん、改めてこのパーティーにご参加していただきありがとうございます。
この度、このような会を主催させていただきました、ルーベルト商会の会長――ハムド=ルーベルトです」
そう言ってハムド会長さんは恭しく頭を下げました。
その姿勢にはトップに相応しい品性を感じさせるもので、思ったよりしっかりした印象です。
少なくとも、一見では何か裏を感じさせるような雰囲気はありません。
しかし、ハムド会長さんが現れてからメルトさんの表情が露骨に変わりました。
腕を組んだまましかめっ面といいますか......なんだか汚物を見るような目にも感じます。なるほど、こうして上手くを演じられる人がいるんですね。
確かに、昔お父さんが「一見紳士そうな相手ややたら礼儀正しい奴には気を付けろ。見た目に惑わされるな」と言っていましたし、恐らくハムド会長さんはそう言った外面を演じるのが上手なんでしょう。
「時に皆さん、我がルーベルト商会の創立の歴史について知っていますでしょうか?
時は遥か昔、勇者によって平和な世が作られ、そして彼らが未だ顕在の時代。
我が先祖ロックムル=ルーベルトによって我が商会は立ち上がりました」
突如として語られ始めたルーベルト商会の歴史。どうしてこんな風に......と思いましたが、そう言えばウィンベルトさんが「日頃の感謝を込めて」と言っていましたし、その過程で商会のことを自慢したかったのでしょうか。
しかし、メルトさんから「パーティー自体が罠」とあらかじめ助言を貰っていたので、なんというか......今はとても不思議な状況でサッパリです。
「当時の我が商会は世間の荒波に揉まれ、食らいつくのがやっとの弱小商会。
それでも必死に頑張ってはいたそうですが、やはり大手商会との壁は大きかったようです。
しかし、そんな時に彼に転機が訪れました――勇者一行との邂逅です」
その瞬間、会場にいた誰しもがハムド会長さんに意識を傾けました。「勇者」その言葉の強さが、彼らの興味を一気に興味を引きつけたのでしょう。
一方で、隣のメルトさんはイライラが募っていて......先程と打って変わって、正直怖いです。
「もちろん、ロックムルには彼らとの繋がりは一切ありませんでした。
しかし、とある街道で魔物に襲われていた所、丁度出くわした彼らに助けられたのです。
それを皮切りに彼らと交流を持ち、そして命の恩を返そうとロックムルは躍起になりました。
そんな時に、ロックムルは聞いたのです――勇者一行が持っている封具の存在を」
「「「「「.......」」」」」
「封具とは、勇者が魔王を討ち倒した際に持ち帰った戦利品。
ただし、その魔宝具は死後も強い呪いがかけられており、勇者一行によって封印されました。
故に、封印された魔宝具――”封具”と名付けられ、それは最強の番人である勇者一行が各々管理することで今日まで守られてきました」
「封具」の伝説については聞いたことありましたが、改めてその名付けの由来を聞くと凄いですね。
この世界を脅かす魔王を倒した勇者の皆さんですら、封印しか出来なかった代物なんですから。
ましてや、それが実在するという事実。それもメルトさんの屋敷に。
伝説が一気に現実味を帯びて、それに関わっている自分がまるで物語の人物のように思えてきます。
もっとも、その物語があったとすれば、実力的にも存在的にもモブでしょうけど。
「しかし、勇者一行のとある一人の人物は生涯において子を為さなかった。
結果、その一族の封具の管理という役割が絶たれてしまいました。
ですが、その人物は自身の死を悟って一つの願いを友人に託しました。
曰く『最も信頼のおける人物にその封具を預ける』と。
そう、その人物こそは我が先祖ロックムル=ルーズベルトなのです!」
「「「「「おぉ!」」」」」
「とはいえ、自ら一族の恥を晒すようですが、その封具は何者かに盗まれてしまったのです。
当時は、その力に魅入られた執事や護衛とされていましたが、詳細は分からず。
封具はこの世界を脅かした魔王が持っていたものであり、そこらの人物に渡るなどあってはならない。
そして探していくうちに所持者として一人の人物が該当しました」
その瞬間、ハムド会長さんが全体に向けていた視線を一気に一点へ移しました。
その方向とはメルトさんの方で、同時に邪悪に口元を歪めました。
「たった今この場で優雅な踊りを披露してくださった――メルトリス=ドラゴ=アグニシュカ殿です。
彼女が所有する屋敷に、我が先祖が託された大切な封具が眠っています」
「どういうことだ?」「それじゃ、アグニシュカさんが盗んだってこと?」
「確かに竜人族の力なら無理じゃない......のか?」「もしかしてあの体で誘惑したとか?」
「それに竜人族は長命種だしな。ずっと管理も出来る」「どうなんだ、何か言ってみせろ!」
ハムド会長さんの一言により、この場で私達に向けていた空気が一変しました。
最初は好奇な目で、踊りを披露すれば魅了されたような感じで、挙句ハムド会長さんに扇動されて敵意のような目線を送る始末。
そのあまりに掌をグルグルとさせた感じに、さすがの私も腹が立ちました。
ですが、この現状で一番腹を立てているのは間違いなくメルトさんでしょう。
叩きつけたい尻尾を足に巻きつかせて必死に堪えているのですから。
「耳障りな演説ね」
「え......?」
「先程のあの男の会話、ルーベルト商会がそれなりの歴史を持つのは正しいわ。
でも、その他の部分は全部嘘。それっぽく話を設定していただけに過ぎないわ」
「そうなんですか? でも、どうしてそれが嘘って......もしかして教会が使う<看破>の魔法とか――」
「いえ、そんな魔法を使うまでもないわ。
だって、先ほどのあの男の話は全部ワタシが経験したものだもの」
「――!?」
「どうしてワタシの記憶を知っているのか気になるけれど、今はどうでもいい。
ワタシが一番に腹が立つのは、その思い出をアイツは無遠慮に踏みにじったことよ。
そしてたった今、あの男はこのワタシに宣戦布告してきた......いいじゃない、全力で捻り潰してあげるわ!」
その時の彼女の表情は、完全に獰猛な獣のようでした。それこそ、トールちゃんとスー子ちゃんと一緒に攻略したサイバル森林の深層にいた魔物のように。
いや、きっとその魔物よりももっと鋭くに煮詰めた怒りでしょう。
しかし、メルトさんの怒りは最もです。
彼女にとって大切な思い出が、私利私欲のために利用されたとなれば、友達の私も黙ってはおけません。
「メルトさん、背中は任せてください。私もトールちゃんに教わって後衛としての動きは学んでいます。
それになにより、友達を助けたいですから」
「......! ありがとう。そう言ってもらえると心強いわ」
そして私達は二人で改めてハムド会長さんに視線を向けました。
しかし、彼の余裕の表情は一切崩れず、
「やはり竜人族とて所詮は獣だな」
そう言い放ちました。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




