第40話 同盟結成
密かに行われていた執務室での戦闘。
主に戦っていたのは俺と、もう一人の商人で、ウィンベルトは執務用の机に腰掛けて眺めていた。
アイツが加わってくると面倒だったので、一対一なのはありがたい。
にしても、この商人......動きがやたら武闘派だな。やはりというべきか、やっぱこいつ見た目を偽装した戦闘員のようだ。
幸い、俺のような猫相手に翻弄されてるレベルではあるみたいだが。
「ゼェゼェ......この、ちょこまかと......」
「頑張れ~」
「ちょ、ウィンベルトさんも手伝ってくださいよぉ......」
「いや~、実に滑稽な姿を見れていたいから無理☆
それに僕は疲れることはあまりしたくないし」
息を切らす偽商人に対し、ウィンベルトが手をひらひらとさせて応える。
先程からずっと思っていたことだが、やっぱりコイツ性格が終わってんな。
見た目で得してるってのがすっごくわかる。ズルいなぁ、イケメンやら美少年ってのは。
「にしても......ぷっ、顔も腕もすっかり傷だらけだね。
幸い血は出てないけど、どこもそこもミミズ腫れして......くふふ、ぶっす」
「くっ、このクソ猫ぉ! テメェのせいで俺が笑い者になってるじゃねぇか!」
なんでその怒りがこっちに向くのか。根本的な原因が俺とでも言いたいのだとしたら、まぁそれはそうだな。
とはいえ、その行動を取ったことに対して一切後悔していないぞ。
こちとらメルトに頼まれたのは監視だけだが、だからといって怪しい奴を見逃すほど不真面目じゃねぇ。
つーか、普通に知り合いの家をどこぞのおっさんが物色してたら嫌だろ。
つまりそういうこと。お前はギルティってことだ。
とはいえ、ここでの俺はあくまで猫......色々と動きが制限されてるのが厄介だな。
いくら肉体構造的に四つん這いの動きが楽だとしても、それはトップスピードを出す時に必要なぐらいで、やはり普通に戦うなら二足歩行スタイルが動きやすい。
しかし、突然ここで俺がその状態で動き出すのはおかしいだろ。
目撃者が目の前にいる偽商人だけなら未だしも、ウィンベルトが厄介だな。
ずっと不気味なほどニコニコしているが、その実力は侮れない。
覇気こそないが、魔力は優に目の前の男を超えている。
偽商人がウィンベルトに対して一切強気に出ていないのが良い証拠だ。
下手に動けば、俺がただの猫じゃないことが見抜かれる。
仮にそれがバレれば、芋づる式に俺の狙いもバレるかもしれない。
慎重に越したことはないが......それだといつまで経っても偽商人をノックアウトできないんだよな。
う~ん、実にムズムズする状況だ。不意打ちするにもリーチの差が顕著だしな。
「.....そろそろ時間かな」
この状況をどうしたもんかと考えていると、突然ウィンベルトが机から降りる。
そして偽商人に近寄ると、そっと肩を叩いた。
「タイムオーバー。どうやら話し合いが終わったようだ。
時間をかけすぎたようだね。これ以上の探索は、言葉通り命懸けになるよ。
さすがの僕でもアグニシュカ様を相手にしたくはない」
「で、ですが――」
「この場所にあるとわかっただけ儲けものじゃないか。
未知が既知となり、不確定要素が確定要素に変わった。
それだけで僕達が動くための作戦は無数に考えられる。
それとも一時の焦りからそのチャンスをふいにするのかい?」
「......チッ、ふざけやがってこのクソ猫」
そう言って偽商人はいち早く執務室から出ていく。<魔力探知>で確かめたが、向かったのは残り二人がいる場所だ。
一方で、部屋に残ったウィンベルトは、偽商人が散らかした本を仕方なさそうに片付け始めた。
そんな男の背中を見ながら、俺は一つの疑問を抱えていた――一体どうやって気付いたのかと。
部屋の位置的に、確かに応接室の隣が執務室である。しかし、部屋は防音機能がしっかりしており、俺の耳でもってしても声は聞こえない。
強いて聞こえるとすれば、応接室のドアの開閉だが......それすらもしていなかった。にもかかわらず、この男は偽商人に時間である事を告げて退避させた。
これが単なる嘘であれば良かったが、偽商人が出て行ってから少しして応接室の方からドアの開閉音が聞こえたので、ウィンベルトの予測は正しいということになる。
考えられるとすれば、何かの魔法で遠隔的に見ていた感じだが......さっきまでの様子で特に見てる感じはなかったんだよな。
それどころかずっと一緒にいたのだ。その素振りは一切見せていないのを知ってる。
「どうして僕が気付いたか.......気になる?」
「――ッ!?」
本を本棚に片付けながら、ウィンベルトが振り返った。
相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている。底が知れない。
つーか、まるで俺の心を読んだみたいなその声かけはなんだ?
「別に大したことじゃないですよ。これでも割と付き合いは長いですからね、感覚でわかるんですよ。
ま、面白かったから一緒にいてあげたって感じですが」
「......」
「でも、今はそんな肥え太って動けなくなったブタよりも興味あることが出来たんです。
それはもちろん――あなたですよ、猫ちゃん」
「!?」
その瞬間、俺は突然背後から脇を通され、ウィンベルトに両手で持ち上げられる。
その状況に、俺は大きく目を開き、身じろぎも忘れていた。
な、なんだったんだ今のは......突然、目の前で陽炎のように揺れたかと思ったら消えて......その次には、俺の体が抱えられていた。
俺は偽商人とのいざこざの時からウィンベルトに対しても警戒を怠ってなかった。
それどころか、二人っきりの状況である今は特に。
にもかかわらず、正面から俺の目を欺いて背後を取りやがった!?
「そういえば、名前は何て言うんですか? いい加減、知りたいですね」
「......にやぁ~」
「ふふっ、相変わらず猫とは思えない下手な鳴き方ですねぇ」
そう言って笑いながら、ウィンベルトは俺を抱えて執務室を出る。
廊下にてメルトとハムドがこちらに視線を向けたが、二人とも特に何か言うことはない。
メルトに限っては普通言ってもいいはずなのだが、それでも一切口を開かなかった。
それから結局、俺は玄関まで運ばれ、そこでようやく下ろされた。
そんな別れ際、ウィンベルトが俺に向かって手を振りながら――、
「次はお互い本音で話しましょうね」
そう言葉を残し、ハムド一行はこの屋敷から去っていく。
その言葉に困惑していると、途端に隣から妙な圧のある空気が広がった。
「あなたも妙なのに目を付けられたようね。にしても、あなたは随分と人を口説く才能があるのかしら?」
「言っておくが、俺はアイツとは一言も話してねぇぞ。
ただのお前と同じヤベェ猫好き......だったら良かったんだが、あの反応......恐らく俺の中身に気付いてるよな?」
「恐らくね」
「なんでだぁ.....」
なんでバレてんだ。そんなバレるような大きなミスはしてないってのに。
まさか猫の鳴き声が下手だからバレたってか? いやいや、さすがにそれは。
仮にも、今の俺の姿は猫そのものぞ。鑑定しても恐らく種族は猫である。厳密には”子猫精霊”であるけれど、それはともかく。
「考えられるとすれば.......やはり」
「なんだ? 何か分かったのか?」
一人苦悩していれば、メルトが一つに可能性に気付いたように反応する。
そんな彼女にすぐさま問いかけてみれば、彼女は腕を組んで答えた。
「あなた......確かに姿形は猫だけど、ただの着飾った猫とは思えない魔力量してるわ。言うなれば、目の前で噴水が噴き出しているような感じ。
実力差の開きが大きすぎる、もしくは気配に気付けるような相手でなければ気づかないのだけど......どうやら彼は随分と察しがいいようね」
「えーっと......どういうこと?」
「簡単に言えば魔力が垂れ流しということ。
魔術師であれば『魔気』、武人であれば『闘気』と呼び方は違えど、要するに相手の実力を示すオーラが駄々洩れってこと。
そこそこに熟達した存在であれば、あなたの本当の実力に気づくでしょうね」
なるほど、要するに強者が出す覇気ってことね。んで、そのせいでバレたと。
確かに、普通の猫じゃありえない覇気を垂れ流しにしていれば、さすがに気づくか。
だが――、
「そういうメルトは気づいてなかったみたいだが?」
「それはあなたと私との間に大きな差があるからよ。
言い方が悪いけれど、普段あなたは歩く時に道端の虫に意識を向けてるかしら?
ワタシ自身が意識してなかったのもあるけれど、そういうことよ。
だからこそ、あなたの存在が相手に知られたのはワタシの落ち度でもあるわ」
「最強種族である竜人族故の盲点ってことか。
逆に、俺がメルトに対して初対面の時に全く脅威に感じて無かったのはそういうことか。オーラが大きすぎて逆に違和感に気付かなかったんだな。
一応、竜人族が強いことは知っていたが、特に何のオーラも感じなかったしな」
「違うわ、ワタシの場合は上手く気配を隠してるのよ。
実力差がありすぎて相手の強大さに気付かないことがあることは否定しない。
けれど、普通は相手がオーラを全開にすれば、どれだけ実力差が離れていようと気づくことは出来る。
でも、それは相手を縮こませるばかりで会話にならないじゃない」
「言われてみれば確かに......」
「人が相手に対して妙な圧や恐怖を感じるのは、無意識にオーラを感じ取ってるから。
そのオーラをむやみやたらに振り撒かないように、普段は誰に対しても接することが出来るようにオーラを抑えているの。
だから、あなたもその技術を覚えた方が良いわね。そういうのって自分だと中々気づけないものだし、今回気づけたのをラッキーとすることね」
「そうだな。気づかせてくれてありがとな。その技術があればもっと猫に擬態出来るってもんだ」
「擬態どころか猫そものもなんだけれどね」
いいんだよ、擬態で。俺の自認は人間なんだから。っと、ウィンベルトのせいで意識が逸れちまってたが、俺も仕事のせいかを話さねば。
ウィンベルトが俺の存在を疑っていようと、まさかしゃべれるとは思うまい。
「メルト、お前が話し合ってる間にあったことだが――」
それから俺は執務室で偽商人と戦闘したことを話した。厳密に言えば、嫌がらせだが。
また、まだ確認はとってないが、ベルニカが監視していたであろう二人の男に対しても、十中八九黒と言っていいだろう。
どんな動きをしていたかは定かじゃないが、対峙してた偽商人がなんだか魔道具で探ってたみたいなことを話していたからたぶんそれだろうな。
というわけで、憶測も交えたことをメルトに話すと――、
「......なるほど。わかっていたことだけど、随分と大胆な行動をするのね。
ともあれ、隠し扉の存在を隠したのはお手柄だったわ。ありがとう」
「そいつはどういたしまして。んで、敵にありかがバレた以上、その封具とやらはどこかに移さないのか?
この屋敷にある以上、見つかるのは時間の問題だぞ」
「残念ながらそれは出来ないわ。封具は勇者パーティの力によって封印されているとはいえ、触れるのも危険な呪物に変わりない。
触れることが出来るとすれば、それはかつての勇者パーティのみでしょうね。
ましてや、封印もだいぶ劣化して来ている以上、触れた瞬間封印が解けて封具が暴走なんてこともあり得ない話ではないわ」
「つまり、いずれにせよ封具を奪いに襲い来るアイツらを迎撃しなきゃいけないのか。
とはいえ、メルトがいるならこの屋敷の襲撃も無駄だろう」
「残念ながらそれは無理よ」
楽観的な意見を述べた瞬間、その言葉をメルトは即座に否定した。
その時の彼女は眉間にしわを寄せ、苦悩してるような表情だった。
そんな彼女の若干食い気味な反応に、俺は首を傾げる。
「なんでだ? メルトの本当の実力を知ってるわけじゃないが、それでも竜人族だ。
種族的アドバンテージがある以上、イカレドーピングした奴ですら大抵勝てると思うが」
「単純な話よ。襲撃がある時、私は屋敷にはいないから」
そのあまりにも断定的な発言に、俺は思わず閉口する。
まるで必ずそうなるみたいな言い方......一体どういう意味だ?
「あなた、ワタシとハムドが話していた時、最初の方を聞いてたわよね?
その時に、ワタシは封具を手放しても問題ないといった発言をした。
でも、アレは嘘。厳密には、絶対に誰にも渡せない――それが彼女との約束だから」
その言葉の真意は読み解けない。ただし、その言葉が並々ならぬ覚悟で言っていることはわかった。
今のメルトの顔は信念のためにどんな無茶でもしようとしている......そんな顔だ。
いつしかの精神的に追い詰められていたルミアと似てるかもな。彼女もまた、たった一人でずっと戦い続けた人間なのだろう。
だとすれば――、
「メルト......もはや乗りかかった船だ。用件を言ってくれ。俺も手伝う。
報酬はお前のお手製のカリカリで許してやろう......どうする? この取引に乗るか?」
「――! あなたって人は......えぇ、あなたに頼みたいことがあるの。
ワタシと一緒にハムドの謀略を阻止して」
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




