第39話 ハムドの狙い
ハムドから発せられた言葉に、一瞬にして空気が固まる。いや、正確にはそれに驚いているのは俺だけか。
ウィンベルトはいつも通り笑みを張り付けたままで、メルトは眉根を寄せている。
「あなたが国を.....何の冗談かしら? 今なら笑って済ませてあげることも可能だけど、本気なら頭がどうかしてるわね」
「どうかしてる? そうでもないさ。
封具が勇者一行に預けられているのは、それ自体が国からの信用の証。
逆に言えば、勇者でもない者がそれを管理しているのが異常なのだ。
つまり、お前は犯罪者ということだ――メルト殿?」
「あなたにファーストネームで呼ばせることを許可した覚えはないんだけど」
「未だ国に通報していないのは、私の懐が深いからだ。
しかし、それを渡さないというのであれば、いつでも正義を執行することが出来る」
......なるほど、メルトがハムドに強気に出れないのはそういう理由か。
つまり、この家は元々勇者一行の誰かの屋敷で、ここには封具が眠ってる。
そしてどういうわけか勇者の代わりにそれを管理しているのがメルトというわけだ。
しかし、ハムドの言い分では封具は本来勇者一行にしか管理が許されない。
仮に誰かの手によって管理されているのであれば、それは違法。
メルトが犯罪者になっていないのは、ハムドが私欲のためにあえて通報してないから。
んで、今は権利をチラつかせてメルトを脅してるってことか。随分と姑息な手段を使ってくるじゃねぇか、この小デブたぬき。
にしたって、野望があまりにもデカすぎる気がするが。
「国盗りね.....」
そうメルトが呟いた直後、彼女の尻尾の先がハムドへ飛んだ。え、ちょ、まさか――、
「ひぃっ!?」
「この程度の脅しで肝を冷やしているあなたには過ぎたる野望だと思うけれど。
小さな街を掌握して一国の主気取りするぐらいがせいぜいよ」
メルトの尻尾はハムドの眉間数センチ手前で止まる。
ホッ、さすがのメルトも「追い詰められたから殺っちゃえー!」という頭が最高にイカレハッピーじゃなかったか。
それはそれとして、雇用主が大変になってるのにウィンベルトはずっと笑ってるままかよ。
もはやその笑みが胡散臭すぎるんだけど。全く動じてないのもそうなんだけどさ。
俺でもさすがに肝を冷やしたんだから、もうちっとリアクションがあってもいいのに。
「この私を武力で脅すとは.....せっかくこっちが穏便に済ませようとしてやってるのに!」
「恩着せがましいセリフね。やるならさっさとやればよかったじゃない。
もっとも、その場合はここに封具があったとして、国の管理下に置かれるでしょうけど」
ソファから立ち上がり、怒りに顔を真っ赤にし、握りしめた拳を小刻みに震わせるハムド。
そんな彼の前で、メルトは容赦なく油を投下するように煽っていく。
彼女はそっと足を組むと、その組んだ足の上で頬杖を突き、
「というか、ワタシからあなたに渡った所でどうなるというの?
あなたはワタシに犯罪者と指さすけれど、もしかして庇ってくれるの?
それはとっても嬉しいわ! 渡った瞬間通報するけど♪」
わぁ、これ以上に愉快に言葉を並べるじゃん。随分と楽しそうだな。
つーか、言われてみれば、確かにメルトの言う通りだ。
国からの厚い信頼があるなら別だけど、渡った所でハムドが犯罪者になるだけ。
それで国が欲しいって.....まさか戦争でも仕掛けるつもりか?
「だからこそ、あなたの狙いがよくわからないわ。
国が欲しいと言ったけれど、それを持って何するつもりなのかしら?
それにそもそも、封具は魔族に再び渡らないようにという話もあるけれど、人の身には余るから封じられたって話でもあるの」
「それがなんだ?」
「小心者のあなたが人の身に過ぎたる物を所持した所でどうにもならないはずだけど。
もしかして怪物にでもなりたいの? 止めた方が良いわ。
この忠告は優しさからくるものよ。今の楽園を手放したくないでしょ?」
「それをお前に話す必要は無いな。お前に要求するのは一つ、封具を早く渡せということだけだ。
ここは元々勇者一行の一人――.剣士シトラス=アルダリアの屋敷。
ここに封具があることはもはや分かりきっている。いつまでもシラを切れると思うな」
シトラス=アルダリア......聞いたことがある名前だ。
確か、ベルニカと一緒に『勇者伝記』という本を読んだ時に出てきた名前である。
さっきの話でもそうだが、これまでのメルトの意味深な発言がようやく理解できた。
メルトは勇者パーティの一人であるシトラスと知り合いだったんだな。
いや、この屋敷ごと封具の管理を頼まれるぐらいだ。親友といった方が良いか。
それはともかく、何らかの事情でメルトは封具の管理を任された。
だから、以前メルトと話した時、彼女は「屋敷を守ってる」と言ったんだな。それから「使命」であるとも。なるほど、納得だ。
となると、彼女は今もその約束を守り続けてるわけか。何十年どころか、下手すれば何百年って感じだよな。すげぇ覚悟だ。
「あら、それは一体いつの話だと思っているの?
少なくとも今から二百年前の話よ。とっくに屋敷は無くなってたわ。
あなたがワタシよりも長生きなら聞く価値もあるけれど、言葉だけじゃ証明は薄いわよ」
「減らず口を......」
「勝手に探せば、さすがのワタシでも看過できないわ。
だから、ワタシの目が黒いうちに早々に尻尾巻いて逃げ帰ることをオススメするわ」
「このアマ......!」
「あのー」
ハムドが今にも激発しそうになったその時、今まで笑みを浮かべていたウィンベルトが動いた。
彼はそっと軽く手を挙げると、メルトに意見の主張を求める。
そんな彼に、メルトが「どうかしたかしら?」と尋ねると、
「すみません、お手洗いを借りたいのですが......席を外しても?」
「えぇ、問題ないわ。部屋を出て左に歩いて行けばわかると思うわ」
「ご親切にどうも。助かります」
ウィンベルトが軽く頭を下げる。それからなぜかゆっくり俺の前に近づき、なぜか俺を抱き上げた......へ?
「すみません、この子が気に入ったので少し連れて行っていいですか?」
「いいわよ。どうせここは息苦しいと思っていたし(訳:ちゃんと仕事しろ)」
なぜだろう、優しい言葉の裏に妙な本音が聞こえてくる気がする。
とはいえ、確かに俺のもともとの仕事は怪しい奴の監視だしな。
それにあの話はメルトが折れない限りどこまでも平行線だろう。
故に、あのままあの場所に居ても意味無かったし、好都合な展開ではあるのか。
そしてウィンベルトに連れてかれ、俺は廊下に出た。
そのまま便所までスマホ感覚で持ち運ばれるかと思ったが、意外とスッと下ろしてくれる。もしかしてあの空気感に気を遣ってくれたのか?
「いや~、それにしても器が小さいでしょ?――うちの会長って。
まぁ、結局は成金が過ぎた野望を抱いただけなので、それを端から見てる分は次はどんな突拍子もないことが待っているかと思いきや......そろそろ潮時なんですかね~。どう思います?」
便所方向に向かって歩きながら、ウィンベルトが独り言ちる。それから最後の問いかけの時にクルッと反転して尋ねてきた。
いや、なんで猫の俺にそんなこと聞くんだよ。つーか、仮にも雇用主のことをそんな悪く言っていいものなのか?
「僕は面白い方に転ぶのが見たいし、好きなんですよ。
ほら、見ての通りうちの会長はだいぶ頭お花畑ですから、国盗りなんて面白いこと言っちゃうんですよ。
小心者のくせに一丁前な嘘をついて自分の首を苦しめてる姿を見るのが......いや~。最高に面白かった」
コイツ、性格が終わり過ぎだろ。有能秘書らしいがその代償があまりにも悲しすぎる。
まぁ、それでも仕事はキッチリしてくれる分有用と考えるべきなのか?
「でも、最近はより傲慢になってきている。
僕は伸ばしに伸ばした鼻っ柱が折られた時の会長を見るのが好きだったんですよ。
あまりにもバカで、愚かで、そんで短慮.....だけど、欲深くなった今の会長はもはやただのブタ。う~ん、さすがにもう飽きてきたかもなぁ」
人差し指を顎に当てながら、考えるウィンベルトの姿は、気のせいか女性的に見えた。
まぁ、それはウィンベルト自体が割と体の線が細いからなのだろう。それはともかく、やっぱりコイツの独り言エグいな。
それからもぶつくさとしゃべるウィンベルトをよそに、俺は<魔力探知>で残りの商人メンバーを探る。
ハムドが連れてきたのはウィンベルトを除けば全部で三人......そのうち二人が別室にいて、その近くにベルニカの魔力を感じる。
つーか、なんか妙にベルニカから強い魔力を感じるんだけど気のせい?
それからあと一人の姿がない。便所でも行ってるのか? もう少し探索範囲を広げてみるか......って応接室の隣側?
おいおい、そこって書斎室で隠し扉がある場所じゃねぇか!? つーか、何勝手に出歩いてんだよ!
「おや、どうしたんだい?」
咄嗟に書斎室に向かって走り出した俺に気付き、なぜかウィンベルトまでついてくる。
いや、お前はトイレ行けよ! それともあれか、実はトイレはサボるための口実か?
いやいや、そんなことは今はどうでもいい。変に漁られてないといいが。
「ふむ、ここを開ければいいのかい?」
俺がドアの前で止まると、即座に糸を理解したウィンベルトがドアを開ける。
すると、そこには今にも青い本棚を取り出そうとしている商人の男がいるではないか。
こんにゃろ、勝手に人の本を漁るたぁいい度胸じゃねぇか! これでも食らえ――爪とぎ殺法!
「ぎゃああああああ!」
すぐさま俺が商人の顔に飛び掛かると、顔面を一気に引っ掻いた。
血は出ないように抑えたけど、それでも十分に痛いはずだ。
その証拠に、商人は泣きながら顔を抑えている。
「おやおや、突然この子が動き出したかと思えば、どうやらご主人様から大事なものを盗もうとするネズミの駆除係りだったようだ。
君達随分と勝手に動いているようじゃない。動くなら慎重に動かないと」
「ウィンベルトさん聞いてください。先程別室にいる二人と特製の探知機で調べたら、間違いなくこの屋敷からとても強い魔力を感じます。
つまり、封具はこの屋敷の中に確実に隠されてるってことですよ」
「へぇ、封具......本当にこんな所にあるんだ。いいね、面白そうだ」
「もっとも、恐らく存在するであろう隠しドアを開けるための仕掛けを調べていたのですが、あいにくこのクソ猫に阻まれ、まだ全部は調べ終ってはいません」
よかったぁ、俺が猫だからって油断してボロボロと情報を落としてくれるじゃん。
ハムドの野郎、やっぱりコソコソと何かやるつもりだったんだな。メルトの読み通りだ。
とはいえ、俺が猫の範囲で出来るとすればこれぐらいだな。つーか、やっぱりウィンベルトもあっち側だよなぁ。
「ウィンベルトさん、その猫どけてくれません?
なんか絶対に邪魔してやるぞって意思がビンビン伝わってくるのですが」
「えー、それでせっかく仲良くなれたこの子と不仲になるのは嫌だなぁ」
「そう言わず、これも仕事なんですから。封具がハムド会長の手に渡れば、国との交渉の余地が生まれる。
会長が国お抱えの商人となれば、それ即ち俺達も貴族のような好待遇が受けられるかもしれないんですよ!」
なるほど、ハムドが意地でも封具を欲しているのは、国との交渉材料のためか。
何を交渉するつもりか知らないが、国が欲しいと言ってた男のことだ。きっとロクなことじゃないのは確かだろう。
そんな奴に渡すぐらいなら、このままメルトが預かってもらった方がはるかにいい。
ましてや、封具は勇者パーティが封印するほどの代物。絶対ヤバイ物に決まってる。
そんなものをハムドの野郎に増々渡せるもんかってんだ。
「ハァ、わかったよ。さ、こっちにおいで.....っと」
ウィンベルトがすかさず捕まえてこようとしたので、俺はするりと避ける。
それから作業を再開しようとする男の顔面に跳躍して、両手両足の四点ドロップキックを決めた後、そのまま後ろ脚の力を使って蹴り出した。
「んがっ!」
その勢いで俺は後方宙返りをして着地。一方、男は体勢を崩して床に寝そべった。
「わぁお、すごいね」
「褒めてる場合ですか!? このクソ猫.....叩き出してやる!」
叩き出してやるって......もともとそこはお前の場所じゃねぇんだよ。
つーか、ウィンベルトは早くトイレ行けよ。ボコボコにしづれぇだろ。
それからというもの、俺は二人の男から華麗に躱しつつ、本棚に近づいたら容赦なく制裁を加える.....というのをかなりの時間費やした。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




