第37話 せっかく良い奴だと思ってたのに!
翌日になった。朝は相変わらずであり、美味しい朝食をご馳走になる。
しかし、この最高のカリカリもこれで最後と思うと、なんだか寂しくなるな。
もちろん、それはルミア達が最短で来ればの話だけど......まぁ、あの子は優秀だし。
「で、結局昨日のご主人様のお願いはどうするの?」
いつも過ごす部屋に戻ってくると、ベルニカが尋ねてきた。それは昨日俺とメルトの話を聞いていたからだろう。
そしてその話について、俺は一度保留にしてもらってる。
「ルーベルト商会のトップが面会に来て、その間に部下が何かするかもしれないから見張れってことだったよな。なぁ、その商会とメルトには何の関係があるんだ?」
「さあね。アタシがここに来てからその人物の名前は初めて聞くし、さすがに知らないわ。
ましてや、直接面会しにくるなんて......すぐに突っぱねないご主人様もおかしいわ」
やはり昨日の俺の反応と同じく、ベルニカもメルトが受け身であることが気になるようだ。
ということは、やはり彼女とルーベルト商会には何かがある。もっと言えば、メルトにとって何か弱みを握られているとか。
「なぁ、メルトは俺に頼んだようだが、これはベルニカにも関わることだと思う。
だから、俺と同じようにそれとなく情報収集して欲しい。
幸い、俺達は猫だからな。まずもって家の中を移動しても不審がられまい」
「えぇ、あんたに頼まれなくても元よりそのつもりよ。
ご主人様がわざわざお願いしてまであんたに頼むことなんですもの。
よっぽど何か事情があるに違いないわ......って、それじゃ結局やるのね」
「まぁ、あそこまで真剣に頼まれちゃな。確かに速やかに帰れるのは嬉しいが、さすがに見て見ぬフリは寝覚めが悪し」
「あんたもすっかりツンデレね」
「なんでだよ。てか、男のツンデレって需要あんのかよ。無い無い、絶対無い」
「それはさすがに相手に寄るでしょ......」
女の子はデフォルトで「可愛い」という属性があり、それに「ツンデレ」という強属性が付与されることによってより魅力がパワーアップされるのだ。
対して、男に可愛いを求めるのは.......個人的になんか違う気がする。
確かに多様性が認められる時代であり、可愛いを求める男を否定するつもりはない。
しかし、やはり俺が求める男は「強い」「カッコいい」「男らしい」であるのだ。
決して今の俺のような「強い」......はステータス的にそうかもしれないが、残る二つの猫であるが故の「可愛い」と、同じく猫であるが故の「男らしさがない」という自分ではいられないのだ。
だから、早くステータスをそのままに人間の姿に戻りたい所だぜ。
そうすればワンチャン、ルミアにもモテるかも......とか前までは思ったんだが、年下はなぁ。
妹が居なかったせいか妹に幻想を抱き過ぎて、もはやルミアを妹のように見ている自分がいる。
ましてや、今のルミアは十六歳である。いつまで経っても抜けきらない元の世界の常識が邪魔をし、犯罪臭がして心苦しい。
というわけで、素敵なお姉さんに童貞を卒業させてもらうためにも、早く人間に戻らねば.....あれ、何の話してたっけ?
「なぁ、俺の中で一刻も早くお姉さんで童貞を卒業するために人間に戻るって結論に辿り着いたんだが、一体どうしてそんな思考回路になったんだ?」
「そんなこと知るわけないでしょ」
もはや混乱した思考回路を吐き出したら、当たり前のように一蹴された。
それから俺は、片付けから戻ってきていつもの読書を続けるメルトの近くで同じく読書タイムだ。
昨日散々嫌な顔してたのに、今や涼しい顔で読書しているが......それでいいのか?
それとも、案外その時間が精神統一になったりするのだろうか。俺だったら気になって読書どころじゃないんだが。
―――コンコンコン
ドアからノックする音が響いた。その音に一斉に視線を向けると、メルトがパタンと本を閉じる。
「誰か来たようね」
「誰かって......昨日言ってたルーベルト商会じゃないのか?」
「成金でも体裁は守るものよ。その商談は午後からだったはず。
つまり、午前中に尋ねてきたとなれば、それは別の訪問者ということよ......ってどうかしたの?」
「いや、なんでもない」
一瞬の機微をキャッチしたのか、メルトが俺を気にかけてきた。しかし、俺は平静を装うことでその場をしのぎ切る。
あっぶねぇ......たぶんメルトだって思った瞬間、喜びが溢れ過ぎてた。しかし、俺はあくまで何も知らないフリ。な~んも知りませ~ん。
それから、「出迎えに行ってくるわ」とメルトは部屋を出ていく。その際、チラッと見えたが、ドアをノックしたのはメイドゴーレムらしい。
ただ掃除するだけかと思いきや、案外そういった客人を知らせる機能もあるのか。思ったよりも複雑な命令を聞くゴーレムのようだな。
「ねぇ、今のって......」
「あぁ、たぶん俺の仲間が迎えに来てくれたんだと思う」
「となると、今日であんたともお別れのようね。
短い期間だったけど、あんたがいなくなると思うと案外寂しいものね」
「おいおい、可愛いこと言ってくれるじゃねぇか。
つっても、別に今生の別れってわけでもねぇんだから、そんな気にすんなって。
今度は俺が人間になった時にでも会いに来てやるよ。そん時はたくさん可愛がってやる」
「うわっ、なんて上から目線。けどまぁ、せいぜい達者でね.....って今言う必要もないか。
どうせルーベルト商会との話が終わるまではここにいるし」
そう一人で結論付けると、視線をドアに向けて「来るわよ」と告げた。
というのも、投下から二つの足音が聞こえてくるからだ。
そしてその音は――普通に俺のいる部屋を通り過ぎる。あれぇ?
「来た瞬間、これ以上ない喜びが爆発するつもりだったのに」
「そりゃ、ここはプライベートルームよ。客人に対応する時にここへ来るわけないじゃない。
向かった場所はたぶん執務室の隣にある応接室よ。ほら、呆けてないで会いに行ってきなさい」
「うす......」
若干の不完全燃焼を抱えながら、俺は今いる読書ルームを出る。それから話し声が聞こえてくる応接室の前に座り、一旦深呼吸。
それが済めば、今度はドアノブにジャンプして――、
「プギュー!」
「スー子――うがっ!?」
俺が行動するよりも早くに開けられた扉。瞬間、正面に見えた青色のスライムが瞳を輝かせて飛び込んで来た。
その衝撃で体が持っていかれ、廊下を転がり......ぐへぇ、壁が背中に当たった。
「トールちゃん......?」
スー子からの猛烈な愛情表現を受け止めていると、もう一つの声が聞こえてくる。
その瞬間、じわっと胸の奥から込み上げる熱があった。あぁ、思ったより嬉しい。
それにスー子からほのかに彼女のニオイがするのもあって、すごい実家に戻ってきた感がある。
「ルミア......よかった、無事そうだな」
色々とかける言葉に迷った挙句、咄嗟に出た言葉がそれだった。
なんでそれだったかわからないが......まぁ、ルミアは可愛いし心配だったのだろう。実際、冒険者ギルドで仲間を募った時にめっちゃ男に群がられたし。
「ルミアさん、あなたが探してた猫ちゃんって.......」
「はい、トールちゃんです。にしても、まさか本当にメルトさんが匿っていたなんて.....」
匿ってた.....ってのは、彼女なりの気遣いか。
にしても、随分と親し気に話しているな。いつの間に知り合ったんだ?
「二人は面識があるのか?」
「実は男の人達に襲われた所を助けてもらったことがありまして.......それを機に。
その時に私がトールちゃんを探していることも伝えてまして」
「厳密には名前までは聞いてなかったけれど......そうね。
ということは、あなたがここを尋ねてきたこともそういうことなのよね。
もしかして、あなたが話したい手紙の内容というのも――」
「はい、トールちゃんに関してです」
俺とルミアが再会してから、メルトのテンションが露骨に下がっていた。
時折、俺の方を見ては目尻を下げ、そっと視線を逸らし、それでも数秒後には後ろ髪を引かれたようにこちらを見てくる。
その姿がまるで帰る時間になったから親に友達と無理やり引き離される子供のような感じで、なんだか心が痛くなってきた。
どうやらメルトは想像以上に俺のことを好意的に思っていてくれたらしい。
さすがの俺でも、あの態度が「俺が猫だから」という理由だけじゃないのはわかる。
きっと俺がこの家に来てからもたらした刺激が純粋に楽しかったのだろう。
スー子を引き剥がすと、俺はスッと立ち上がる。
それからメルトのそばまで二足歩行で歩いていくと、自分の想いを伝えた。
「メルト......短い間だったが、色々と世話になったな。
だが、最初に伝えた通り、俺は人間に戻るためにここでじっとしているわけにはいかねぇんだ。だから、俺はこの屋敷から出ていく」
「......そう」
「正直、名残惜しいけどな。飯は上手いし、のんびりできるし、話し相手もいる。
まさに猫にとっては楽園みたいな場所で、最初に出会ったのがメルトだったら、また俺の生き方も変わってたかもなって思うぐらいには。
だが、そうはならなかった。それに今の俺だからメルトとも仲良くなれたってのもあると思うしな」
「ちなみに、どうやって外部との連絡手段を確保したの?」
「結界の条件と俺の固有魔法の組み合わせだな。
まず結界の条件で俺自身、そして俺が触れているものは結界に干渉することがわかった。
だが、俺が触れてない状態であれば、物自体は通過する。
それが分かった後、外にいたハト......ポロに声をかけ手紙を運んでもらったってことだ」
「なるほど、あの時のポロはそういうことだったのね......わかったわ」
そう言って仕方なさそうに一つ息を吐くメルト。
それから視線をルミアの方へ戻せば、ゆっくりと口を開いた。
「あなたは大切なお友達だからハッキリ言うわ。
ワタシはトール君が気に入っていた。だから、どこかへ行ってしまわないように閉じ込めた。
あいにく、ワタシの寿命はまだまだ長いから、ワタシとあの人の根競べと思ってね」
おいおい、そんなこと考えてたのかよ。それ、俺が絶対に負けるやつじゃん。
出るには物理的に勝つしかないのだろうけど、その前に猫としての寿命迎えそうだし。
え、思ったよりガチで危なかったな。結構、えげつないことしてくるじゃんか。
「でも、結界にそのような穴があったのは盲点だったわ。だから、ワタシの負け。
それにせっかく出来たお友達をこのような形で失いたくないもの。
だから、トール君はあなたに返すわ。そして勝手なことしてごめんなさい」
「いえいえ、確かにびっくりはしましたが、怒ってませんよ。
メルトさんは良い人だってわかってましたし、それにしっかり反省してる人には怒れません。
だから、これからも良いお友達でいましょう。私もこれでメルトさんとの縁が切れるのは嫌ですから」
そんな二人の会話を聞いて、なんだか胸がじんわりと熱くなった。
たぶん俺が仲間から裏切られた身であるからこそ、こういう友情がより心に染みるのだろう。
あぁ、ええ話や。そうそう、これでいいんだよ、これで。
「ハァ.......となると、これも言った方がいいのかしら」
「何がですか?」
「実はワタシ――一緒にトール君とお風呂に入ったの」
.......ん? 聞き間違いか? 今、一緒にお風呂に入ったって。
そんなことを思っていると、器用にメルトが頬を赤らめ、身を捩らせた。
「ワタシ、トール君が人間と知らない時だったから、しっかりと全身を見られてしまって。
気づいた時にはとても恥ずかしくて――」
「嘘つけー! 時系列が逆だろうが! 俺が人間と知った後に強制的に風呂場へ――」
「トールちゃん、それは本当ですか?」
俺の言葉を遮るように、ルミアの言葉が重なる。
直後、氷使いもビックリの冷たい空気をルミアが生み出し、それから”笑顔”を向けた。
明らかに作り笑いと分かる顔だ。だって目尻にしわが出来てないもの。
そしてそんな視線を向ける彼女の横では、メルトがチロッと舌を出していた。
あ、あんにゃろ~~~~っ! 最後の最後で俺にとんでもない爆弾投げつけてきやがった!
せっかく可愛げのある奴だと思ったのに~~~~っ!!
「ルミア、落ち着け。まずは俺の話を――」
「私は落ち着いています。落ち着いていますので聞きます。さっきの話は本当ですか?」
「それには、その......色々とわけがあって.......」
瞬間、ルミアがスッと俺の両脇に手を通し、持ち上げる。
「メルトさんと一緒にお風呂に入りましたか? ”はい”か”いいえ”で答えてください」
「......はい」
怖い、怖い怖い怖い.......そんな温かみの無い顔をゆっくり近づけないで。
もう俺の心臓が全力疾走したチーター並みにバクバク鳴ってるから。このままじゃ高血圧で血管破裂しちゃうから。
あぁ、それでもいいニオイがする......ダメだ、脳がバグって来てる。
「そうですか.......なら、今日はご飯はいらないですね」
「え、あっ、ちょ.......」
「ね?」
「.......はい、いりません」
「あなた、年下にすっかり尻に敷かれてるようね」
そんなメルトの言葉を聞きながら、俺はこの先の運命を受け入れた。
いや、むしろ飯抜きだけで済んだというべきなのかもしれない。
ともかく、そんなこんなで俺はルミアとスー子と再会を果たしたのだった。
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