第36話 暗号の解読
メルトさん宛てに届いた暗号、それには特殊な文字が書かれていました。
言ってしまえば、この世界では絶対に伝わっていない文字。
だからこそ、その文字に私は見覚えがありました。
「これは......」
「この文字に何か見覚えがあるかしら?」
「あ、いえ......なんだか妙な文字だなと思いまして」
「そうよね。ワタシですら見た事ない文字ですもの。
そういった特殊な文字が使われる場合、秘密裏に連絡を取るための暗号としてよく用いられるけど、あいにくワタシにはそんな暗号でのやり取りをする相手がいないのよね」
「では、先ほどのポロは渡す相手をメルトさんと勘違いした?」
「その可能性はあるわね」
渡す相手を勘違いしたとなれば、恐らくこの手紙はメルトさん宛てではなく私宛て。
そしてこの街に来るまでの道中で、確かこのような文字を教えてもらったはずです。
仮に何かあった時に相手に悟られず連絡をするためにって。
となると、これは私とスー子ちゃんのみが知るべき情報ということになります。
咄嗟にメルトさんには嘘をついてしまいましたが、今はそれでいいのかもしれません。
でなければ、暗号の意味がありませんしね。とすれば――、
「あの、すみません。少し気になることがあるので、その手紙を借りてもいいですか?」
「えぇ、構わないわ。ワタシにはその手紙を送られる相手に心当たりがないしね」
「ありがとうございます。もしわかれば、その時はメルトさんにもお伝えします」
「そうね、そうしてくれるとありがたいわ」
それから私はメルトさんとお茶をし、彼女は「古本屋へ行く」と言って解散しました。
彼女の後ろ姿を見送っていると、右肩に乗るスー子ちゃんがそっと手紙に触手を伸ばし、
「プギュ!」
そう一言を発しました。恐らく、この子も私と同じ気持ちを抱いているのでしょう。
なので、私は「そうですね。一度宿屋に戻りましょう」と返事をすると、すぐに帰宅しました。
部屋に戻ると、すぐにその手紙を机に広げ、同時にバッグの中にある日記帳を取り出します。
その日記帳の一番最後のページ、そこには表があり行と列に「一」から「七」の文字が順番に割り振られていて、さらにその行と列で出来たマス目には「いろはに」と続く文字が羅列されてありました。
「あった、これですね」
「プギュ!」
「はい、これもトールちゃんから教えてもらった『ウエスギ暗号』というやつですね」
この暗号はトールちゃんに教えてもらったものです。
それこそ、今回のように自分や仲間の誰かが動けなくなった場合に使う方法で、敵に悟られずに自分の仲間のみに正確に情報を伝えることが出来ます。
本来は人攫いに狙われやすいだろう私のために考案してくださったはずなのですが......まさか最初に使うのがトールちゃんとは。
ともあれ、この時のためにちゃんとメモしておいて良かったです。
「えーっと、最初の文字は”五二”ですね。それで順番は列の次に行のはずですから.....列の文字は『やまけふこえて』。
それから行の”二は――『ま』ですね」
列の文字を指でなぞりながら、さらに行の列を指でなぞって文字を特定させます。
その調子で次の「二一」に関しても調べていくと、次の文字は「ち」でした。
そして最初の一行を全て解読し終えると、
「まちはすれ?」
「プギュ?」
解読した言葉が正しければ、確かにそのような文字になります。
しかし、「まちはすれ」と聞いてすぐにピンと来ることはありませんでした。
何か忘れているような気がしなくもありませんが、一旦解読を勧めましょう。
「次は”五一”ですね」
「プギュ!」
「お手伝いありがとうございます。えーっと、『や』ですね」
私が探し始めようとすると、スー子ちゃんがすぐに触手で場所を見つけてくれました。どうやらスー子ちゃんはこういったことが得意なようですね。
それからもスー子ちゃんの活躍により、解読が速やかに終わりました。
そして二行目の文字が示した言葉は――、
「やしき......屋敷?」
一行目の言葉と合わせてみれば、「まちはすれやしき」......なるほど、「街はずれ屋敷」。
そういえば濁音は省略されるとかなんとか言ってましたね。
ということは、この言葉はトールちゃんがいる場所を示していて、今彼は街はずれの屋敷にいるということになります。
「この調子でどんどん解読しましょう!」
「プギュ!」
こういった謎解きが少し楽しく感じつつ、再びスー子ちゃんと三行目の解読に挑みました。
これもスー子ちゃんのおかげですぐに文字の判別が終わると、書かれていた文字は――「なんきん」。
なんきん......軟禁!? あ、いや、まずは無事で良かったです。
酷い目に遭っているとすれば、元人間とはいえ今は猫ちゃんの姿ですから無事では済まなかったでしょう。
にしても、軟禁とは.....その相手はどうして軟禁なんかにしたのでしょうか。
猫だからと油断している? それとも単純にトールちゃんが気に入ったとか?
後者がなんかあり得そうですね......だって、トールちゃんは口が達者ですし。
下手すれば、相手をその気にさせてしまってそのまま軟禁なんてことも考えられます。
「それから最後の言葉は『たすけて』ですか。
どの道、私達にこうした手紙を送ってくる以上、トールちゃんも望んだ状況じゃないはず。
それにどこかこのような話を直近で聞いたことがあるような......」
――これならうちの愛しい愛しい猫ちゃんのツンケンとした言葉の方がよっぽど嬉しいわ。
――元々飼っていたのが一匹と、新しく迎えた猫ちゃんで二匹。
――そしてその新しい猫ちゃんにとんだサプライズをされてしまってね。
脳裏に過った言葉は、どれもメルトさんが発した言葉でした。
こじつけかもしれませんが、メルトさんが新しく猫ちゃんを迎えた日。
それが仮にトールちゃんが失踪した日であるなら、一応辻褄は合います。
加えて、「ツンケンした言葉」と言っているのも重要ですね。
猫と会話するのはあるとしても、それがツンケンしてるかどうかは判断つかないはずです。
いえ、相当の猫好きであるならありえるのでしょうか......う~む。
最後の「サプライズをされてしまった」という言葉。
それがどういう意味かはわかりませんが、これはさすがに猫に向けて言う言葉ではない気がします。
まるで人のような......それこそ、猫なのに人間と接したような話の切り出し方をしている。
トールちゃんのような存在が早々いるとは思えないので、恐らく彼でしょう。
となると、トールちゃんを攫ったのはメルトさんということになってしまいますが......あのメルトさんがそんなことを?
「プギュ?」
「あ、すみません......一先ず『街はずれの屋敷』に関して情報を集めた方が良いですね。
もうすぐ夕方になりそうですが、ギルドで情報を聞くだけなら大丈夫でしょう。
スー子ちゃん、周囲の警戒をよろしくお願いします!」
「プギュギュ!」
そして私は素早く手紙や手帳をバッグに詰め込むと、冒険者ギルドに向かって部屋を飛び出しました。
*****
夕刻になり、俺のソワソワした気持ちが収まらない。
手紙は無事に届いたのだろうかとか、暗号のことは覚えているだろうかとか、そんな不安が胸中を襲ってじっとしていることが出来ない。
「鬱陶しい」
「へい......」
そのため、部屋の中でただウロウロろ歩き続けていると、それを鬱陶しく思ったのだろうベルニカが前足を舐めながら文句を言ったきた。
まぁ、確かに目の前でずっと動き続けられていると気が散るよな。
とはいえ、俺のこの不安を抱えているという状況もどうにか理解して欲しい!
「手紙は無事に出せたんでしょ? なら、いいじゃない」
「問題はあのハト野郎がちゃんと手紙を届けられているかだよ。もはや物忘れ激しいってレベルじゃなかったからな。
三歩歩いて忘れるどころかその場で会話の最中に普通に忘れてたからな。
それに後から思ったんだが......アイツの俺に対する反応、まさか俺のこと忘れてなかったか?」
「そんなことをアタシに言われても知らないわよ。
第一、あんたがそのハト? って鳥類と話せること自体ビックリだし。
元人間って話ならご主人様と話せるのも辛うじてわかるけど、さすがに鳥類は予想外よ」
「それはたぶん俺の固有スキルによるものだ。俺もまさかこんな多種多様に話せるとは思わなかったよ。
ただ意識するとあらゆる生物の会話が聞こえて頭がパンクしそうになるったから、普段はセーブしてる。
そこら辺のダニやノミの会話すら聞こえてくるからな。うるせぇったらありゃしねぇ」
「なるほどねぇ、誰とでも会話出来るのは便利そうって思ったけど、案外そういうデメリットもあるものなのね。ただ会話してるだけなのに」
「全くそれな。まぁ、今更このスキルに文句は言えねぇけど。だって、現在進行形で助けられてるわけだし。
助けられてると言えば、俺ってはちゃんと助けに来てくれるかなぁ。ちゃんと暗号の解き方を覚えていればいいんだけど......心配だなぁ」
「また始まった。はぁ、女々しい男ね」
女々しくて悪かったな! つーか、なんで猫に女々しいなんて言われなきゃいけねぇんだよ!
仕方ねぇだろ、現状の俺では一切何もできないんだからよ!
そんなことを内心でツッコんでいると、カランカランとドアベルが鳴った。
どうやらメルトが帰って来たらしい。となると、このウロウロも止めねぇと怪しまれるな。
「ただいま、今帰ったわ」
寝そべるベルニカのそばで座っていると、ドアを開けたメルトがそう一声かける。
それから流れるように俺達のそばで正座になると、両手でそれぞれ俺とベルニカを抱え、
「スゥーーーーッ!」
「ぎゃあああああ!」
吸引力の変わらない掃除機のように、メルトが猫吸いを始める。
その瞬間、俺の座れている胴体部分が一気に熱を帯び、俺の不快感がうなぎ登り。
隣にいるベルニカでさえ、表情を完全に殺した虚無顔だ。やはり嫌なのだろう。
逃れたいところだが、メルトの腕力をどうにかする術は俺には無い。
よって、この状況が終わるまで、俺はただひたすら待つしかないのである。
それから一分ぐらいした後、ようやく離れたメルトが大きく息を吐いた。
「ハァ.......ようやく少し落ち着いたわ」
「そいつは良かったな。いいから早く下ろせ」
「あぁ、ごめんなさいね。つい癒しを求めてしまって」
俺の言葉を素直に聞き入れ、メルトが俺達を下ろした。
ようやく高速から解放されると、俺はその場に座って尋ねた。
即ち、いつも余裕そうなメルトがどうしてそこまで疲れているのか。
余計なことに首を突っ込みたくはないが、だからといってほっとくのもなんか違う気がするし。
「んで、何があったんだ?」
「あら、聞いてくれるの?」
「むしろ、聞いてほしそうな行動とすら思ったけどな。
つーか、聞いて欲しいなら普通に言えよ。聞く分には時間割いてやるから」
「ふふっ、随分と優しいのね。であれば、お言葉に甘えて離させてもらうわ。
といっても単純な話なんだけどね――面倒な相手が明日訪ねてきそうなのよ」
「面倒な相手?」
あのメルトが面倒とは......それはまたどんな人物なのか。少なくとも、一介の冒険者そこらって感じじゃなさそうだが。
「あなた、”ルーベルト商会”って聞いたことあるかしら?」
「さすがに聞いたことあるな。確かこの街で一番デカい商会で、ここの商人ギルドを取り仕切ってんだろ?
詳しいことまではわからんが、そういった話なら冒険者ギルドですぐに入り込んで来たぜ。
つっても、商品の値段が高いとか、冒険者を下に見てるとか愚痴ばっかりだったが」
「まぁ、実際間違ってないと思うわ。
あそこのトップであるハムド=ルーベルトは成金で、高給取り相手にしか商売しないしね」
「んで、その相手がどうしたんだ?」
「その相手の部下が、明日ワタシの屋敷に来るアポを取りに来たの。
それが嫌で嫌で......だから、正直会話もしたくない相手なのよね」
「突っぱねればいい......と思ったんだが、それが出来ない事情でもあるのか?」
「そうね、面倒だけど。というわけで、お願いがあるの」
「お願い?」
突然のメルトからの言葉に、俺は首を傾げた。
そんなオウム返しの返答に、彼女は「えぇ」と返事をすると、
「明日の商談で、その男の周りに不審な動きをしてる相手がいないか探って欲しいの。
ワタシの予想が正しければ、このようなチャンスを相手が逃すはずがないから」
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




