第33話 外部との連絡手段
翌朝、寝れないかと思っていた俺の目はパチッと覚める。
どうやら俺が思っていたよりも、体内構造は猫にになっているらしい。
おかげで昨日の気まずさが嘘のように睡眠がしっかりと取れている。さすが「寝子」とも呼ばれる存在だ。
もっとも、俺の普段の活動から考えると睡眠時間は短い方と言えるだろうが。
そこら辺は元人間から猫になった故のサイクルだろう......たぶん。
ともあれ、今日のやることは決まっている。
「ベルちゃん、トール君、朝食が出来たわよ」
朝のストレッチを済ませ、早速動き出そうとした矢先にメルトがドアから現れる。
同時に、彼女が放った一言は俺の思考を一瞬にして食欲へ変えた。
昨日胃袋を掴まれてからすっかり奴のペースだ......不味いな。
「どうしたの?食べに行かないの?」
「......食べ物に罪は無いよな」
「......?」
ベルニカから声をかけられ、俺は一人そう自己完結を決める。それに朝食を食べなければ、ロクに活動も出来ないもんだ。
というわけで、これは俺が生きるために必要な行為である!
「美味かったぁ~」
朝食後、元の場所に戻ってくる頃には俺はご満悦だ。
なんたってあのカリカリが美味すぎて、無心で食いたくなっちまうのだ。
何か変な混ぜ物でもしてんのかと疑いたくなるほどだが、メルトに限ってそれはないだろう。
あの猫狂いだぞ? 猫に対してそこまでの酷い仕打ちをするわけない。
どっちかっていうとたぶん猫になった影響で若干俺の味覚が変化した......という可能性の方が高い。
ハァ、これ以上猫化は勘弁して欲しいものだ。このままでは最終的に精神まで猫になってしまうかもしれないし。
「ともあれ、これで朝食は済んだ。なら次は、この血糖値スパイクに従ってもうひと眠り......ってちがーーーう!!」
「ちょ、何よ? 急に大声だして」
今にも横になって寝ようとした瞬間、俺は体を飛び跳ねさせる。それと同時に、ドアから侵入してきたベルニカが俺の反応に目を白黒させた。
そんな彼女に申し訳なさを感じつつも、今はそれどころではない。
今、俺......このまま寝ようとしてなかったか? 気持ちよく猫の性を満喫しようとしていなかったか?
どう考えても寝る気満々だった。ここで家猫になる気満々だった! その事実に、俺の体が小刻みに震える!
「ベルニカ......どうしよう。このままだと俺――猫になっちまう!」
「安心しなさい、あんたはもう既に猫よ」
「そうだった、チクショウ! 畜生は俺だ!」
「何変なギャグ言ってんの?」
ベルニカからは妙に冷たい視線が送られるが、俺にとっては重要な問題だ。
俺の体が猫なのはもうこの際仕方ない。どう足搔いたって猫だしな。
だが、精神は違う。未だって元の人間であるトールそのものだ。
にもかかわらず、先ほどの俺の思考は完全に惰眠を貪る猫そのものだ。
これは俺の精神が肉体に影響を受け始めてるのか、はたまた猫扱いしてくるメルトのせいなのか。
どちらにせよ、これ以上ここに居れば本格的に家猫になってしまう。
そうなる前に――、
「ベルニカ、これから俺はこの屋敷で検証したいことがある。
場所は例の屋根裏部屋だが、それまで俺の存在を適当にごまかしておいてくれ」
「いいわよ。ご主人様から聞かれた際には適当に答えておく。
せいぜいこの屋敷から脱出する方法をどうにか思いつく事ね」
「なんだか他人事みたいだな。お前だって協力者なのに」
「確かにあんたに協力はしてるけど、アタシがこの屋敷が出るわけじゃないしね。
それにアタシは、ご主人様にもだいぶお世話になってるの。だから、アタシが出来る協力はどちらにも加担しすぎないことよ。
それでもあんたの嘘には協力してやろうって言うんだから、この優しさに感謝してよね」
「ありがたや~ありがたや~。それじゃ俺は屋根裏部屋に向かうから」
「はいはい。さっさと行きなさい」
ベルニカからの雑な反応を背中で受け止めつつ、俺は書斎室に向かう。
一階の方から水洗いの音が聞こえるので、メルトは恐らくまだ一階にいるだろう。
そのうちに俺は書斎室に侵入し、そこで教えてもらった隠し部屋のカギを開く。
特定の本を手前に引くと本棚が音を立てて動き出し、その目に空間が現れた。
その中に入り、階段の周囲にある壁を見渡していく。
俺が探しているのは本棚の位置を元に戻すためのボタンである。
さすがにこれぐらいは戻さなければ、いくらベルニカがごまかそうともすぐにバレるからな。
もっと言えば、どうやって入ったのかというのも突き詰められかねない。
そうなれば、今後この部屋への出入り自体が難しくなる。
それを防ぐためにも、この本棚はキッチリ閉じておく必要がある。
「あったあった」
人間用に合わせた高い位置にそのボタンはあり、そこに向かって手を伸ばす。
当然腕だけは届かないので、バングルの魔力造形を使い長い土の棒を作り出して押した。
瞬間、本棚は何事も無かったように元の位置に収まり、境目が壁から消える。
「よし、これで準備完了。ここからは現状で出来ることを理解していこう。情報取集だ」
というわけで、階段を上ると、屋根裏部屋は相変わらず埃っぽい。
しかし、俺が用があるのは窓だけなので、そこら辺は無視&我慢だ。
それからぴょんと布がかかった木箱に乗り移れば、まず改めて現状を確認する。
「えーっと、まずわかっていることは、この屋敷に張り巡らされた結界。
それは俺を外に出さないための檻であり、魔法を使って恐らく意味がない」
試しに開けた窓から外に向かって小さな<水弾>を飛ばしてみるが、透明な壁に直撃した瞬間霧散する。
壁に当たって水しぶきが起きるわけじゃなく霧散したということは、術式そのものから無力化されたということだ。
それがどこまでの術式に対応しているかわからないが、それを試そうとすればこの屋敷自体が壊れてしまうので、それはさすがに止めた方が良いだろう。
ともかく、物理的にも魔法的にも脱出不可能ってことだ。う~ん、実に想定内。
「んで、ここからが重要だ。逆に何ならこの結界を通過できるか。
この結果次第によっては、俺の考え方は大きく変わる」
というわけで、俺はこの埃っぽい場所の壁に飾られている剣を拝借。
バングルに土の術式をセットし手を作るとそれで柄を持ち、鞘に収まったまま先端を窓に向ける。
そしてそれを外に飛び出るように突いてみた。結果は――、
「干渉したか。まるで壁に突き立てるようにそれ以上動かない。
これは俺のじゃなくメルトの屋敷のものなのだが、それでも干渉するとなると俺が触れているからとか? なら、触れずに試してみたらどうだ」
剣を一度床に下ろすと、今度はそれを風によって浮かせる。
そしてそのまま先端を同じように窓の外に向け、軽く突き出してみた。
すると、その先端は何も干渉されることなく外に飛び出す。
ビンゴ! ってことは、トリガーは俺が間接的にでも触れてることか。
そして逆に俺が触れてないものなら、この屋敷に張られている結界の干渉は受けない。
つまり、俺が外部と接触するには、俺が触れてない俺以外が外に出ればいいということ。
さすがのメルトもそこまでは想定してなかったのだろう。
まぁそもそもの話、現時点で十分に俺を閉じ込める檻としては立派なもんだしな。
それに俺が元人間とはいえ今は猫である以上、何も出来ることはないと思っているのだろう。
その油断が今のメルトに対して、俺が唯一持っているアドバンテージ。
このチャンスは使えて一度きりと考えるべきだろう。アイツはバカじゃないしな。
「となると、俺が次に考える方法は外部との連絡方法と手段か。
手段に関しては一つ思いついているんだよな」
俺がこれからやろうと考えているのは、至極シンプルな手紙でのやりとりだ。
それはメルトが俺が字を書けることを知らないから出来ることとも言える。普通、猫の体じゃ字は書けないしな。
「紙とペンはベルニカから貰うとして、肝心なのは伝え方だ。
仮に完成しても、ふとしたキッカケで手紙がバレて内容を読まれれば終わりだ」
メルトは読書家だ。仮に俺が古代文字を書いたとしても、それを読み解かれる可能性は十分にある。
故に、伝え方は必然とメルトが全く知らないものに限られる。
となれば、遊び半分で二人に教えた暗号が役に立ちそうだな。
「手段は決まった。後は肝心のルミア達に手紙を渡す方法だ。
メルトは論外として、その頼みが聞きそうな相手となれば、ベルニカかメイドゴーレムだよな」
ベルニカはこの屋敷で自由外出が許されている。
それこそ、俺との出会いが夜だったのだ。外に出かける分には怪しまれることはない。
とはいえ、彼女はメルトのお気に入りである以上、違和感に気付く可能性がある。
それに先ほど、俺には加担し過ぎない的なことを釘刺してきたからな。
それを考えると、メイドゴーレムだが――、
「頼めるほどの理解力があるのかが問題だ」
昨日の屋敷探索の際、メイドゴーレムは決まった場所を繰り返し移動して動いてる節があった。
つまり、その行動があらかじめプログラムされていたとすれば、頼んだところで意味がない。
加えて、仮に命令を与えれば動くとしても、俺の言う事を聞いてくれるかという問題もある。
これが主たるメルトだけの指示で聞くのだとしたら、メイドゴーレムは使えない。
また、それを成功したとしてもメルトに気付かれれば、それでも終わりだ。
「これに関してはどっちも望み薄って感じか。
強いて言うなら、ベルニカだが.......聞くだけ聞いてみるか? ハァ、なんだか考えすぎて少し疲れてきたな」
「随分と辛気臭い顔をしてるなぁ、兄ちゃん」
「まぁ、こっちも色々訳ありでな.......ん?」
その時、気が抜けた俺の耳に、突然聞き覚えの無い声が響いた。
注意して聞いていたわけではないので、今の声は妙に男っぽかったような。
「兄ちゃん、聞こえてんのか? こっちやこっち」
「あ?」
声が聞こえた方向へ向いてみれば、窓際にポロがいた。異世界版鳩的な感じだ。
鳥特有の小刻みに頭を動かしながら、そのポロはしゃべり始める......似非関西弁で。
「にしても、兄ちゃんは随分とけったいな格好しとるな。
イマドキ猫でもそんなに着飾る奴はおらんで。
というか、初めて見たわ。ハッハッハ、おもろ」
「な、なんだコイツ......」
「なんだコイツってワイはポロやがな。つってもポロは種族名だからな。
本当の名前はありゃせんのやけど。仲間同士でもほぼフィーリングやしな。
やから、適当に呼びやすいように呼んでくれてええで」
「じゃ、じゃあ――ハトで」
「ハト? ええやんええやん、なんか親近感湧くわ。
ほな、これからはワイのことはハトと呼んでもらおうか」
というわけで、異世界版鳩のようなポロのハトと出会った。
そんなハトがなんかめっちゃ気安い感じで話しかけてくる。
話してる感覚が関西の親父みたいな......関西に知り合いいなかったけど。
「んで、あんたは俺に何の用だ? ちなみに、俺はトールだ。」
「用? 用なんてありまへんがな。
強いて言えば、妙な格好をした猫を見かけたから、興味本位で声をかけてみただけやで。
にしても、トールって”遠く”と響き似てるな。ハッハッハ、おもろ」
「そりゃ韻踏んでるからなぁ......」
「んで、兄ちゃんは何で悩んでんのや。内容と気分次第では相談に乗らんことも吝かではないで。
これでも兄貴肌のポロで弟妹達からは有名や。なんたって一番最初に孵化したのがワイやからな」
そんなことを言いながら鳩胸ならぬポロ胸を張って自慢するハト。
どこにも兄貴要素は感じないが、一人で悩むよりはマシか。
つっても、ハトにどこまで考える能力が備わってるか謎だけど。
ほら、同じ鳥類のダチョウってとんでもなくバカって聞くし。
「.......あれ?」
ハトに現状の相談をしようとした時、先ほどからずっと感じていた違和感が表層まで現れた。
そういや、俺ってばなんでハトと話せているんだ? って、そりゃ俺の固有スキルである<会話術>がレベルアップした影響で......あっ。
「あああああああっ!」
「なんやなんや、勝手に考え込んだと思ったら急に叫びおってからに。
ついに辛気臭さが頭まで回ったか? だとしたら、ハッハッハ、おもろ」
「いや、そうじゃねぇ、そうじゃねぇんだ。
普段聞こえすぎてうるせぇからって聞く声に制限かけてたの忘れてた。
んで、今は気が抜けて聞こえて......そうだ、俺は他の生き物とも話せるんだった」
つまり、俺の<会話術>は相手が意志ある存在であば種族・生物を問わない。
まぁ、さすがに会話できる程度の知性は必要かもしれないけれど。
ともかく、俺にはベルニカやメイドゴーレム以外にも使える手があるということだ。
「なぁ、兄貴肌のあんたのデケェポロ胸を借りて頼みがしたい。大事な頼みだ」
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