第32話 ルミア、助けて! 俺、この家の猫になっちまう!
メルトに軟禁されてから初めての夜。
強制的に寝室へと運ばれた俺は、そこで衝撃的な光景を目の当たりにする。
「え......これがベッド?」
それは俺が目覚めた時に初めて見たかまくらみたいな半球状のドーム。
内部は人が入れるように空洞になっており、その中にはクッションが一つだけ。
最初はベルニカ専用のベッドだと思っていたんだが――、
「えぇ、そうよ。まぁ普通は驚きよね」
「そりゃまぁ。横になって寝たりしないのか?」
「寝ればいんんだけれどね。私の場合、仰向けになれば尻尾で腰が浮いちゃうし、それに越しに尻尾の圧迫感を感じて辛い。
かといって横向きになっても、こめかみから生える角が邪魔になるし、うつ伏せでも角が前に突き出しているからロクに寝れやしない。
辛うじて慣れたとしても、結局呼吸するためには顔を横に向ける必要があるしね。
というわけで、人の姿のまま眠るとすれば結論座ったままになる」
「難儀し過ぎだろ......」
確かに、メルトの角も尻尾も立派なもので、立派過ぎる故に邪魔だ。加えて、決して削れるものではないため、寝方を変えるしか対処法がないのだろう。
とはいえ、三大欲求の一つである睡眠欲がまともに取れないのは大問題だろ。
そんな表情が出てたのか、メルトは当たり前のようにベッドに入ると、
「心配しなくても大丈夫よ。もうこの状態で随分と長いこと睡眠を取っているし。
羨ましいという気持ちも無くはないけれど、無理なのだから仕方ないわ」
「お前のその長生きによって培われた知恵で解消しようと思わなかったのか?」
「初めの頃は思ったわ。でも、そこまでそっち方面に興味が沸かなかったのよ。
慣れてしまえば問題なかったし、別に他の人に迷惑をかける感じでもないからね」
そんなことを言うメルトの今の姿は、三角座りで足元に尻尾をぐるりと巻いてる感じだ。
三角座りなんて体育の授業や全校集会の時にやらされたが、座ってるだけでお尻が痛くなるんだぞ?
加えて、めっちゃ腰に負担がかかってるのかすぐに腰辺りが辛くなってくるし。
そのちょこんと小さくなった姿は可愛らしいけど、その状態で寝るとか考えられない。
ましてや、その寝方で何十年、下手すれば何百年ってことだろ? ......うわぁ。
そしてベルニカもそれを当たり前に受け入れているように、メルトの尻尾に寄りかかる。
「変に気にする必要は無いわよ。今更だし。ベルちゃんのようにあなたも寄りかかってくれていいわ」
とメルトは言うが、スー子というベッドを知ってる俺からすればそれは耐え難い。
そもそも俺のベッドは基本床ではなく、スー子のあのモチモチボディの上である。
ベッドにおける生活水準が上がってる自覚はあるが......いや、あるからこそできる限りベッドにはこだわりたい。
「......ちょっと待ってろ」
そこで俺は考えた。今まではスー子がいたから利用させてもらっていたが、今はいない。
であれば、いないなら作ってしまえばいいと。そう、これから俺はベッドを作る。
目指すはスー子のモチモチボディだ。大丈夫、感触は俺の全身が覚えている。
というわけで、俺は早速目の前に<水球>を作り出す。
「あなた、何してるの......?」
「俺の大事な睡眠に関わる問題を解決しようとしている」
本を読み始めようとしていたメルトの言葉を適当に返答し、その水球に魔力を込める。
大きさはスー子ぐらいをイメージし、その周囲に<魔力操作>で魔力をコーティング。
破裂して水をぶちまけないように、入念に何層にも分けて繰り返す。
しかし、コーティングのし過ぎで若干ベッドが固くなってしまったらダメだ。そこの微調整は必要。
だがこのままだと、魔力は勝手に空気中に漂う魔素に還元されていく。
物体をそのまま維持する肯定が必要だ。平たく言えば、結界系の魔法だな。
「メルト、俺は魔法の知識にあまり詳しくないから教えて欲しい。
魔法を長時間維持する方法ってないか? できるなら、硬度も変わらないと助かるんだが」
「そうね......魔法をそのまま閉じ込めるというなら、”結界術<結>”ってのが一番かもね。
結界魔法の中でも魔法の維持に一番長けているもので、術式によって生成された魔法は本来勝手に少しずつ魔力の源である魔素に還元されていくのだけど、その結びつきを維持して還元を塞いでくれるの。
これは主に魔法研究によって生み出された構成術式を調べるためのもので――」
「あー、その辺の専門的な話はまたいづれ教えてくれ。
んで、それは俺にでも出来るものなのか? もしくは、メルトなら出来るか?」
「そうね、正直術式は相当複雑だからあなたがいますぐにってのは難しいでしょうね。
でも、ワタシに出来るかどうかを問うのなら――当然出来るわ」
「その頼もしい言葉を聞けて安心したぜ。試しに、今俺が維持してる魔法に付与してくれ」
「わかったわ」
そうお願いすると、メルトはさっと俺に向かって白い手を伸ばす。
瞬間、水球の近くに幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり、同時に透明な箱らしきものが水球を覆った。
「出来たわ」
その合図に俺も水球への魔力供給を止めると、水球は自重で落下しぽよんと床をバウンドする。
それを手で押さえつけると、手のひらからは今や恋しく感じるスー子のモチモチボディと同じだ。
というわけで、今度はその上で香箱モードになって確かめてみれば、
「そうそう、これこれ......」
絶妙な柔らかさと反発感、たまらねぇ。このまま一度起き上がって丸くなっても......う~ん、素晴らしいフィット感だ。
やはりベッドの質にはこだわるべきだな。ベッドの質は睡眠の質になるし。
「それで結局何をしてるの?」
「もう少し待ってくれ。もう一人体験者の声が欲しいからな。
ベルニカ、ちょっとこっちに来てさっきの俺みたいに乗ってもらえるか」
「え~、アタシまで巻き込むの......?」
偽スー子型ベッドから降りると、俺はベルニカを呼び出す。
彼女はあからさまに嫌そうな声をだしていたが、なんだかんだでこっちに来てくれた。
そして彼女は言われた通りにベッドに乗って見せると、
「ふわぁぁぁ~~~~、なにこれ~......凄い♡」
「ふっ、だろ?」
一瞬にして陥落した。即落ち二コマみたいなスピード感だ。
それからベルニカは相当気に入ったのか様々な寝返りを打ちながら感触を確かめていく。その姿はさながらマタタビを嗅いだ猫のようだ。
あ、そういえば、この世界ってマタタビ的なものってあるのかな。あったら怖いな。
そんなことを頭の片隅に思いつつ、改めて視線をメルトに向けた。
「というわけで、俺が作ったのはベッドだ」
「いえ、何が『というわけで』なの.....まぁ、あなたが自分で居心地よく過ごせるように工夫するのは別に問題ないのだけど」
「いんや、ここからが本番だ。これはあくまで前座に過ぎねぇ。
俺がベッドを作るのたお前のためだ――メルト」
「ワタシのため?」
「あぁ、そんなみすぼらし......くはないが、正直元人間の俺からすれば、そんな体を悪くする寝方は見ていられねぇ。いくら竜人族の体が丈夫だとしてもな。
というわけで、メルトが俺の健康を管理するように、俺がメルトの睡眠を解決してやる。
これは美味い夕食を振る舞ってくれた例とでも思ってくれればいい」
そう言うと俺は改めて水球を作り出す。今度はメルトが横に慣れる程度には大きいサイズ感で、形は長方形。細かい所はサイズ調整は一旦後回しだ。
そこに先程と同じ感じで魔力コーティングを施すと――、
「メルト、一旦この......そうだな、ウォーターベッドに結界を施して寝そべってくれ。
あ、言っておくが仰向けの状態でだぞ。じゃないと意味ないからな」
「でも、ワタシは......」
「いいから。有無を言わさず俺を屋敷に閉じ込めたんだ。
これぐらい聞いてもらってもいいだろ? 別に悪いこと企んでるわけじゃないしな」
「......ハァ、わかったわよ」
説得が功を奏したのか、メルトは仕方なさそうにかまくらベッドから出てくる。
それから結界を施しウォーターベッドの端に座った瞬間、メルトの目の色が一瞬変わった。
「これは.....なんというか不思議な感覚ね。
体が沈みこむというか......まるで体に合わせてフィットする感じ」
「それなら丁度良い。そんじゃ次は寝そべってみてくれ。
気になる所はその都度言ってくれ。メルト用に調整するから」
そう伝えるとメルトはゆっくりとウォーターベッドに寝そべった。
その瞬間、彼女の目がパァッと開かれ、衝撃を受けたような顔になる。
どうやらその顔......極上のベッドの味を知っちまったようだな。
「なに......これ。まだ少し違和感はあるけれど、それもすぐに気にならないほどの圧迫感の無さ。
まるで雲をかき集めて作ったベッドのように全身を優しく包み込んでくれる。
凄い.....凄いわ。こんなベッド、今まで感じたことない」
「そいつは良かった。んじゃ、その次はその些細な違和感すら無くす作業だ。
ちゃんと伝えてくれよ? オーダーメイドの大事な作業だからな」
「えぇ!」
喜色を滲ませた声で、メルトが元気よく返事する。
そこからは彼女が仰向けになったり、横向きになったり、うつ伏せになったりと動かしながらつけてきた注文を聞き、水球もとい水方形にまとう魔力コーティングを調整していく。
もちろん、薄すぎても重さや尖った角の先端で破れてしまうので最低限の重ねがけは必要だ。
加えて、それらの影響を受けても十分な程の強度が必要であり、よりからだが沈みこむ感覚を目指すとすれば、コーティングを出来る限り薄くする必要がある。
その微調整がまぁ難しく、おかげでやっているうちに<魔力操作>の熟練度が上がった。
そしてその甲斐があってか、無事にメルトの全意見を詰め込んだ世界で一つだけのオーダーメイドが完成したのだった。
「凄い、凄い、凄いわ! どれだけ寝返りをうっても全然苦しくない!
このベッドが全身を包み込んでくれて凄い体がゆっくりできる!
それに竜人族は種族的に基礎体温が高いのだけど、このベッドのヒンヤリした感じがとてもいいわ!
あぁ、なんだかこのままダメになってしまいそう......ずっとここに居たいわ」
「そこまで喜んでもらえるなら頑張った甲斐があるってもんだな。どうだ横になって寝るって感覚は?」
そう聞くと横向きになっていたメルトは仰向けになる。
その瞳はキラキラと感動したように輝いていて、動かす口からもその感情が漏れ出す。
「こうして横になったのは何百年ぶりかしら.....昔はまだ角も発達してなくて横向きにはなれたの。
でも、成長していくにつれてそういったことが難しくなって.....だから、もう二度と味わうものは無いと思っていた」
「その二度目が来ちまったな」
「えぇ、本当に......ワタシね、心のどこかではそんな風に自由に体勢が変えられる人達のことをずっと羨ましいと思ってたの。
でも、もう考えたって仕方ないことだと思って......そこから意識を遠ざけてた。
だから、気が付けば自分の大事な寝床に対して無頓着になってたのね」
「......つっても、俺がやったことは些細なことだ。言ってしまえば、やろうと思えば魔法操作に長けた奴なら誰でも出来る。
それこそ、メルト自身だって可能だしな。全く.....もう少し意識を向ければ、そんな何百年座って寝るなんてしなくてよかっただろうに」
「ほんとにね、実に過去のワタシは愚かだったと思うわ」
そう言いながら「でも」と逆接を挟むと、俺の方へ向いて横向きになる。
途中僅かに空けた窓から風が入り込み、それがカーテンを揺らした。
その揺れる向こう側から月光が差し込み、メルトの姿を妖しく照らす。
「そんな過去があるからこんなに感動したのだと思うわ」
「ものは言い様、捉え様ってことだな。とはいえ、メルトならたぶん俺よりももっと良いのを作れると思うぞ」
「いえ、これで大丈夫よ。むしろ、これがいい。
ここまで心が震えたものを手放すなんて絶対に嫌だわ。
だから......そうね、ちょっとこっちに来てくれない?」
そう手招きされ、俺は首を傾げながらゆっくり近づく。
その瞬間、俺の脇へ彼女の手が差し込まれ、ゆっくりと持ち上げられた。
それから彼女はそのまま体勢を仰向けに変えると、俺を体の上に乗せ.....うぇ!?
や、やべぇ、今手が胸に触れちまった......てかそれ以上に、女の上に乗ってるじゃん!?
え、いや、今は猫だから乗っても大丈夫だろうけど、俺の人間的倫理的にはアウトで! つーか、なんで急に乗せてきたんだ!?
「お、おい、何して......重くねぇのかよ?」
「これぐらいの重さなら心地よいぐらいだわ。
それよりも今はただこの感動をくれた愛おしい猫ちゃんにご褒美をあげないとね」
その言葉の直後、メルトはのっそり起き上がり、それに合わせて俺は膝上に移動。
瞬間、彼女は俺の額にチュッとしてきた.......え、あぇ、俺もしかしてキスされた?
え、されたのマジで? 今まで一度たりともされたことなく、おとぎ話のワンシーンだと思っていたあのキスを?
「さ、寝ましょ」
その瞬間、俺の体の向きが百八十度回転し、そのままメルトと一緒に仰向けになる。
後頭部からは大きすぎず小さ過ぎずの美乳が枕となり、それも合わせて俺の思考がショート。
その衝撃もあるけど、俺の体の向きが返られる瞬間、メルトの顔が赤かったような......あぇ?
「今日は良い夢が見れそうだわ」
そう言ってメルトは静かに寝息を立て始めた。
しかし、俺からすれば当然そんなことはなく、カフェインを決めたように目がガンギマリになる。
ど、どどどどうしよう......ルミア、スー子、助けてくれ......俺、メルトの家猫になっちまいそうだ!
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




