第31話 気になること
結局、今日は色々な情報収集で一日が終わってしまった。
収穫がないわけではないが、これといって脱出の糸口も見つかっていない。
今日中に帰れないどころかもう何日かかかる可能性を思うと、ルミアとスー子に申し訳なくなる。
もうこの際二人(一人と一匹だが)からの叱責はとことん受け入れよう。
不可抗力とはいえ、俺が招いたことで二人を心配させてることは確かだし。
今の俺が考えることは早く脱出方法を見つけるか、外部との連絡方法を見つけること。
前者はこれまで通りだが、後者はメルトが料理を始めた僅かな間にベルニカが助言してくれたことだ。
曰く、「自力で脱出できないなら、誰かに助け出してもらえばいい」と。
正直、その助言を聞いた時、俺からすれば目からうろこだった。そんな方法があったのかと。
でも確かに、この屋敷を脱出する方法は何も自力じゃないといけないわけじゃない。
ルミア達がここに来て俺を連れ出してもらうのも全然アリだ。
というわけで、どうにかして外部と連絡が出来ないか目下思考中である。
もっとも、何か案を思いついてもそれを試すのは明日以降だな。
今日は朝から色々あってちょっと疲れた......精神的に。
「にしても、メルトって料理も出来るんだな」
そんなこんなの夕食時。まだメルトが調理中で完成まで八割と言った所で、俺はダイニングのテーブルに乗りながら呟く。
すると、同じくその隣にちょこんと座るベルニカが答えた。
「ご主人様は苦手なことの方が少ないタイプよ。料理も家事もやろうと思えばできる。
だけど、面倒だから基本的にゴーレムに押し付けてるって感じね。
料理なんて相当機嫌が良い日にしか作らないわ。ま、あんたの歓迎の意味もあるだろうけど」
「これが純粋な客人に対するもてなしだったら素直に喜べたのになぁ」
俺を軟禁しての強制ホームパーティはさすがに乗り切れん。
俺が猫だからアレだけど、これが元の状態なら普通に誘拐で犯罪だからな。
まぁ、根が悪い奴じゃないってのはわかるから、どうにか話し合いで決着をつけれればベストだが。
「言っておくけど、話し合いでどうにかは難しいわよ。
相手の意見を変えるってことほど難しいことはないんだから。それこそ、こだわりが強い相手にはね」
「わかってるよ。だから、脱出方法を優先的に探ってんだろ」
話し合いで解決出来ているなら、恐らく最初からこうなってないだろう。
逆に言えば、こうなってしまった時点で、相手には既に「話し合い」の選択肢はない。
全く、とんだ猫狂いのご主人様だぜ。捉え方を変えれば、それ普通にヤンデレだからな?
「よし、完成。ベルちゃん、トールちゃんお待たせしたわ」
そう言ってメルトは自身が作った料理をテーブルに並べていく。
俺とベルニカの前に置いたのは、飲める程度に程よく冷えたスープと薄くスライスされたささみらしき肉が乗せられたカリカリの上だ。
カリカリというのは、よくある猫用ドッグフードと思ってくれればいい。あくまで俺の家で使われていた名称だしな。
ともかく、まさか俺がカリカリを食う日が来ようとは。ニオイからして美味しそうは美味しそうなんだけどなぁ。
「それではワタシ達の血肉になる本日の食残に感謝と祈りを込めて」
食事の前の挨拶なのだろう。メルトが両手を握り合わせ、目を閉じ祈りを捧げる。
時間にして一、二秒で目を開けると、「さ、食事にしましょう」」と改めて告げた。
その合図にベルニカは慣れた様子で食べていくが、俺はすぐに動けなかった。
スープを飲むのは未だしも、やはりこのカリカリが原因だ。
「どうしたの? 食べないの? ちゃんと猫ちゃん用に食材にはこだわっているし、変なものもいれてないわよ」
「いや、別にそこの心配はしてないんだけど......なんつーかな。
元が人間だからこのザ・餌って感じにメンタルが来てて。
せっかく作ってくれたものだからちゃんと食べはするが......ごめん、なかなか口が進まない。
ちなみに、このカリカリ......茶色の固形物は?」
「その固形フーズはワタシ自らがブレンドして作ったものよ。
人が誤って食べても美味しいと言わせるぐらいには味には拘ってるわ。
でも、あなたへの配慮を忘れていたのは申し訳ない。普段はどういった食事を取っているの?」
「普段は別にいつも通りの人用の料理だけど。元が人間だったし、いけるかなって。
実際、今のところはなんともないし、そっちの方が慣れてるから」
そう言った瞬間、メルトがものすごい渋い顔をした。
自分用の料理であるステーキ肉を一口サイズに切り分け、それを口に運びながらも悩ましい眉の形は一向に変わる様子がない。どうやら俺はメルトのなんらかの地雷を踏んだらしい。
「全く、いい加減自分の姿を顧みるべきね。
元のあなたが人間であろうと、今は猫ちゃんなのだから体に合わせた食事を取らないと。
人間の料理はただでさえ脂質も油分も塩分も多いんだから、今が無事でも後々不調が出るの」
「ぅ.......」
「猫ちゃんである以上、これからはワタシがあなたの体調管理をするわ。
あなただって元の姿に戻る前に体調不良で病気になって死にたくないでしょ?」
「それは......はい」
ダメだ、ド正論過ぎてぐうの音も出ねぇ。
確かに、これまでの俺は猫になってからあまりにも自身の体に無頓着すぎた。
ルミアもあまり気にするタイプではなかったし、俺もそこの人間感覚が抜けて無かった。
それに目覚めた場所が森だったのもある。そこではあるもので食事を取らなきゃならなかったし。
さすがにこればっかりは感覚が麻痺してたな。
猫の体になって人間ならセーフでも猫ではアウトの食材があるかもしれねぇ。
それに気づかずポックリ逝くようなら、さすがに未練が残り過ぎて化けて出そうだ。
その可能性がある以上、俺の目的のためにもここは受け入れるしかない。
「安心しなさい。この固形フーズはとても美味しいから。
それにこうしたカリッとしたやつは触感が楽しいわよ」
そんな俺に気を遣ってか、ベルニカがフォローを入れてくる。
その優しさがなんだか心に染みつつ、俺は覚悟してそのカリカリに食らいつく。当然手なんか使えないので、器に口を突っ込む形だ。
そして口の中にゴロゴロとカリカリが入ってきて、それを牙でかみつぶした瞬間――、
「うっまぁ」
悲しいほど美味かった。なんというか、肉汁たっぷりのハンバーグに匹敵するレベル。
ニオイからしても若干魚介系で美味そうだったが、噛んだ瞬間に香りが弾けた。
口の中で合唱するように色々な魚の味が混ざり合い、めちゃくちゃ癖になる。
加えて、それと一緒に食べるささみ肉もまたいい。やっぱり肉が食いたいという欲求はあるので、それを食せて口が喜んでいる。
そして一度口の中をスッキリさせるようにクリーミーなスープを飲めば、それだけで気分は呼吸レストランに来たみたいな感じだ。
「ふふっ、喜んでくれて良かったわ」
「見た目には若干不満だが、さすがにこの美味さの前にはどうでもよくなる。
くっ、た〇ごボーロみたいに触感が良いし、小腹が空いたときに摘まみたい......!」
「携帯用の食事ね......ふむ、確かに今はワタシが常にいるからいいけど、何らかの事情でここを数日離れる場合には必要ね。何か考えておこうかしら」
「あんた、よく言ってくれたわ。これで永久就職確定ね!」
「あぁ、そうだな――ってちゃうわ! あっぶな、危うく履歴書書いて送るところだった。
つーか、お前は一体どっちの味方だよ!」
「今は美味しい方の味方よ。食の前には無力ね」
そう言いながらベルニカは口元を汚しながら食べていく。
それほどまでに夢中になって食べるほどには美味しいということだ。実際、美味いし。
不味いなぁ。胃袋を掴まれるってこんな感じか。持ってくれ、俺の理性!
そんなこんなで俺はただ食欲に振り回されないように堪えていれば食事が終わる。
食事時というある種油断したタイミングで色々話そうと思っていたが、すっかりそんな余裕は無かった。
恐るべしメルトの手料理。なんでこやつはこれで独り身なんだ。いや、そういえば、竜人族って力量主義なんだっけ。自分より強い奴じゃないとダメみたいな......うむ、難儀だな。
食事が終わり、俺達はメルトに連れられて彼女が普段使う読書ルームにやってきた。
普段はここでベルニカものんびりしているらしいが、俺は違うぞ。
さっきはロクに話せなかったからな。ここで話そうではないか......とはいえ、何から聞くべきか。
「......」
昼間は日差しが差し込んだ窓際のテーブルに、今度は月光が優しく照らす。
そんな光を浴びながらまるで月の化身のようになった寝間着のメルトが読書を始めた。
そんな彼女の姿に若干見惚れつつも、俺は本来の目的のために行動する。
「なぁ、今って話しかけてもいいか?」
「えぇ、大丈夫よ。ふふっ、読書中に話しかけられるなんてなんだか懐かしいわ」
「なら、聞くけどよ。メルトってこの家に住み始めてどのくらいになるんだ?」
そう聞いた瞬間、メルトのページをめくる手が一瞬止まる。
しかし、何事も無かったように動かし始めると、そのまま口を開いた。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「まぁ、単純に気になっただけだ。だって、ここにメルトとベルニカが住むには明らかに広すぎるだろ?
どこかの貴族かと思ったがそういう雰囲気はないし、メイドもゴーレムばかり。
メルトがとんでもない物好きだったら話は別だが、俺が思うにそんな感じはしない」
もちろん、メルトが元からの住人じゃないという情報のソースはベルニカだ......なんだが、余計な疑いが彼女に向くのを防ぐために嘘をついた。
ベルニカが猫だからと言う理由で、メルトが人には言えない秘密を零したこともあるだろう。
現に、メルトがこの家を譲り受けたってのもベルニカからの情報だし。
もしそれを勘づかれ、ベルニカに記憶消去の魔法でもかけられたらこっちが困る。
ベルニカは現状貴重なメルトを知る情報源だしな。
というわけで、半分ぐらい適当にそれっぽい理由を並べると、
「なるほど......あなた、案外周りを見てるのね。
確かに、この家はもともと私の友人が所持していた家だわ。
その友人から譲り受けて、今ワタシがこの家を守っているの」
なるほど、どうやらベルニカの情報は正しいらしい。
同時に、メルトは気になる言葉を残したな――「守っている」って言葉だ。
普通、屋敷を譲り受けたのなら「住んでいる」でいいはずだ。にもかかわらず、わざわざその言葉を使った。
これは思ったよりこの屋敷に秘密が隠されてるぞ......って違う違う。
確かに、いきなりあからさまな探りは避けようとこの話題にしたが、これじゃ全然俺が求めている情報は手に入らないじゃないか。
とはいえ、聞いちまった手前、あの勇者伝記のこともあるし気になるなぁ。
「その友人って貴族だったのか?」
「えぇ、肩書はね。それにしては随分と貴族らしくなかったけれど。
どちらかというと冒険者って立ち位置の方が近かったかもね」
そんなことを語るメルトの表情はどこか寂しそうだった。でも、ただ寂しいだけじゃなくて。
口元は笑っているので、たぶんふと脳裏に友人の顔を浮かべて懐かしさと哀愁を感じてる感じだろう。
まぁ、竜人族は長命種だし、寿命による死別は間逃れないだろうな。
もっと言えば、死ぬ原因が寿命だけとは限らないわけだし。
「そんな屋敷を譲り受けるぐらい仲良かったんだな」
「そうね、仲は良かったかもね。もっとも、あっちが一方的に話しかけてくる感じが多かったけれど」
「ふ~ん。それじゃ、なんでこの屋敷には手つかずの部屋が多いんだ?
確かに、広すぎる部屋を全部使うことはないだろうけど、別に物を残しておく理由もないはずだ。
メルト自身友人をよく家に招くって感じでもないし、自分の屋敷にしたならそこら辺整理してもおかしくないだろうに」
ベルニカに案内されながら各部屋を見回った時、なぜかそのほとんどが当時のままのような気がした。
それこそ家具や調度品の配置や乱れた掛布団、挙句にはクローゼットの中身まで残っていたのだ。
メイドゴーレムにほぼ常時掃除をさせてる割には、その点はあまりにも矛盾する。
そんな俺の疑問に対し、メルトは「そうね」と返事をすると、
「たぶん忘れたくないのよ――過去の思い出を。私がこの屋敷を譲渡された使命を」
「使命......?」
「なんでもないわ。さ、続きは寝室にしましょう。行くわよ」
「え、ちょ!?」
俺が疑問を口に出せば、会話を強制終了させるようにメルトがパタンと本を閉じる。
同時に、椅子から立ち上がると、尻尾で俺の胴体を巻き取って移動し始めた。
今、明らかに介入は拒んだな。ってことは、明らかに口を滑らした言葉ってわけだ。
これはこの屋敷に関わる重要な秘密を隠している感じが高いぞ。
もしかしたら、それを暴いて口外しないことを交換条件にしたら出れるか?
いやでも、これはさすがに怒らせるよな......でも、一応最終保険として取っておこう。
......ってちょっと待て。今寝室って言わんかったか? え、これから寝室に連れてかれる?
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




