第29話 住人(猫)のオススメスポット
メルトがルンルンになって出かけてから数分後、俺は一人腕を組んで考えていた。
考えることは一つ――どうやってここから脱出するかだ。
というのも、どうやら俺はこの家に軟禁されてしまったらしい。
最初はその言葉の意味が分からず、メルトが出て行った後、隙を見て脱出しようと試みた。
例えば、窓を開けようとしたり、裏庭を出入りするゴーレムの後ろをこっそりついていったり。
だがまぁ、結果はご覧の通り。俺が未だここにいることが全てだ。
俺が外へ出ようとした瞬間、まるでそこに透明な壁があるかのように進めない。
進行上余計な寄り道をさせないゲーム上の演出を受けたみたいな感じで、若干の虚しさを感じた。
「最悪、ぶっ壊して......いや、たぶん無理だろうな」
最初に目覚めた部屋にて、俺は腕を組んで悩み続ける。
先程の呟き、もちろん出来る限りしたくないが、それを抜きにしてもたぶん出れない。
というのも、その透明の壁が恐らく結界類のものだからだ。
加えて、その結界が外に通ずる道だけを塞ぐように張られているならまだしも、この家を囲うように設置されているなら破壊した所で俺は囚われたままだ。そして恐らく竜人族のメルトならそのような対策を行っている可能性は高い。
「加えて、契約魔法と来た。仮に外に出れてもすぐに連れ戻されるのがオチだ」
俺の首にある首輪......メルトが唱えた魔法によって出来たものだ。
契約魔法に関しては詳しくないが、少なくとも冒険者ギルドでルミアと交わした魔獣契約と同じ類のものであろう。もっと言えば、その上位互換。
ルミアとの契約は、これから自由に街を出入りするための形式上の契約みたいな感じだったが、こっちの首輪はたぶん相手の位置座標を特定できる効果とか付与されてるんじゃないか?
もちろん、俺のただの推測に過ぎないが......可能性は高い。
「それに――」
チリンという音を耳に捉え、俺はドアの方へ視線を向ける。
すると、そこからリボンと鈴を組み合わせた首輪をつけたベルニカが現れた。
そんな彼女は無言でこちらに近づいてくると、人の背中に寄りかかるように寝そべる。
「何か用か?」
「丁度良い寄りかかり場所が欲しかっただけよ。ほら、あんたも寝そべりなさい。顎乗せて寝たいから」
「俺はお前のクッションじゃねぇ」
手をペロペロと舐めるベルニカからサッと離れると、俺はドアの方へ歩き出した。
すると、ベルニカがこちらの方へ顔を向け、
「どこへ行くの?」
「探索だ、探索。なんせこんな豪邸に来るのは初めてだからな」
「ふ~ん。なら、あたしも行くわ。案内猫は必要でしょ」
そう言ってベルニカが立ち上がると、俺に近寄ってくる。そう、これだ。これが問題なのだ。
メルトから監視を頼まれてるのか知らないが、ベルニカが割とベッタリついてくる。
俺が人間であれば愛でて終わりだが、今の俺からすれば厄介極まりない。
探索といっても、俺の場合は仮に家から出れるようになった時の脱出経路の探索だ。それがバレるのは非常に困る。
いくらメルトとベルニカの間で言葉を交わせないとはいえ、意思疎通が出来ないわけじゃない。
あの猫狂いのことだ、きっとベルニカの伝えたいことを読み取るはず。
「いや、いい一人で見たい気分なんだ」
「.......そう。せっかくご主人様も知らないオススメスポットを教えてあげようと思ったのに」
本当のことを言っているのか、それとも嘘を言ってるのか......どっち?
確かに、猫のサイズだから入れる場所というのもあるだろう。しかし、それを屋敷の主であるメルトが把握していないとは思えない。
加えて、猫だから表情も読みづらい。おかしいだろ、スー子の方がまだ表情豊かだぞ!
「......わかった。そういうことなら頼む」
「任せなさい。隅々まで教えてあげるから」
結局、俺はベルニカしか知らない場所という可能性を捨てきれず頼むことにした。
最悪今日中の脱出は出来ずとも、自分の目でその可能性を確認しておくのは大事だ。
もしかしたら、ベルニカはバレてないと思っていても、人間視点からすればわかってる場所というのもあるかもしれないしな。そういう意味じゃ、人間視点を持つ俺の目で直接見ておいた方がいい。
一緒に廊下を出ると、そのまま廊下の道を練り歩く。
俺の歩行ペースに合わせて足並みを揃える辺り、割と気遣いできる猫らしい。
まぁ、俺が入念に見すぎて遅くなっているのに気づいてるだけだろうけど。
「んで、ここが衣裳部屋でここが寝室......なら、最初に俺がメルトと顔を会わせた場所は?」
「あそこは図書室よ。ご主人様は読書家だからね。
というか、あの部屋の壁に結構な棚が置いてあったはずだけど気付かなかったの?」
「メルトに意識が向き過ぎて気が付かなかった」
なんたって俺を攫った張本人だしな。逸る気持ちで視野が狭くなってたか。
そんな俺の言葉に、ベルニカからは「それ、ご主人様に言わない方が良いわよ」と忠告された。
それはどういう意味だ? まさかそんな言葉でもあの猫狂いは喜ぶとでも?
まっさかー.......でもまぁ、こんな目に遭ったわけだし、一応発言には気を付けよう。
それから改めて浴室の場所を教えられたり、ほぼ使われない書斎室やダイニングを教えられたりと転々と色々な部屋を巡った。
その部屋の中にはメイドが寝泊まりするようの部屋もあったが、当然こちらも使われていない。
「ずっと思っていたが、あまりにも一人で使うには広すぎるよな。
メイド用の部屋もあるけど、今のメイドってゴーレムだからプライベートルームは必要ないし。
でも、普通は用途がなければ、そんな部屋は作らないよな?」
「私に聞かれても困るわよ。なんたって私が来た頃には既にこんな状態だったし。
ただ聞くところによると、ここは元々ご主人様の家じゃなかったみたいよ」
「メルトの家じゃない? となると、誰かから譲り受けたってことか?」
「さぁね。アタシはあんたと違って話せないし、そんな風なことをたまたま呟いていたのを聞いてしまっただけ。ただ、推測するにそういうことじゃない?」
ここが元々メルトの家じゃないとすれば、ベルニカしか知らない場所も信ぴょう性が出るか?
いや、それでもどのくらい住んでいたかによっては全然覆る信ぴょう性ではあるな。そこら辺はメルト本人に話を伺った方がいいか。
「んで、もう隅々まで見たわけだが、そのオススメスポットとやらは?」
「あぁ、それね。一通り全部の場所を教えてから、それを教えようと思ってたの。少し戻るわ。ついてきて」
そう言われて案内されたのは、先ほど訪れた書斎室だ。
中には使っていないことが丸わかりの執務用の机と壁際に設置された本棚ばかり。
唯一、不自然な点があるとすれば、机に置かれた花瓶と一凛の花だ。
最初に見た時は「まるで故人を手向けた花だな」と思っていたが、先のベルニカの話を踏まえるとたぶんそういうことだ。ここはもともとこの屋敷に住んでいた別の誰かが使っていた部屋なのだろう。
しっかし、ここにオススメスポットがあるようだが......それらしきものはどこにも見当たらない。
机の後ろにある窓から日差しが差し込み、それが机を照らしているが......まさかそこじゃないよな?
確かに、猫にとっては陽だまりで寝るのに丁度良い場所かもしれないが。
「よいしょっと......うんしょっ.......あぁもう、なかなか狙った通りには行かないわね」
そんなことを思っていると、ベルニカが一つの棚に向かってジャンプ。
棚に一瞬張り付いては床に戻り、もう一度ジャンプしては張り付いて床に戻るという動作を繰り返している。
突然の奇行に「何してんだ」と一瞬思ったが、多分意味があっての行動だろう。ましてや、オススメスポットと言って紹介したのがこの部屋だからな。
となると、もしかして――、
「ここに隠し扉みたいなのがあるのか?」
「よくわかったわね。えぇ、そうよ。
この本棚にある仕掛け用の本を手前に引けば、この本棚が動いて部屋が出来るの。
この部屋のドアの位置を見て、やたら端にあるって思わなかった?」
「お、おん.....不自然だと思ってた」
「......あんた、絶対気付いてなかったでしょ」
しょうもない見栄を張ったら一瞬にしてバレた。なんか恥ずかしい。
そうだよ、全然気づいてなかったよ! ドアの位置なんてそんな気にしてなかったし!
しかし、確かにそう言われて見てみれば、なんか妙に端にある気もしなくもない。
「廊下側から見てドアが均等に並んでなきゃ、すぐにおかしいと思われるからね。
逆に言えば、この部屋の内側から見えるドアの位置がズレてるということは、この部屋だけ不自然な空間があるってこと」
「なるほど、変な部屋ってことか。間取りを見ずによく気付いたな」
ベルニカの奴、前から思っていたが思ったより頭が回るな。
普通、この部屋に訪れてそんなこと思わねぇよ。それとも俺が無頓着なだけか? まぁ、なんでもいいか。
「で、お前はどの本を引っ張ろうとしてんだ? それぐらいやってやるよ」
「あの赤い本だけど......え、やれんの?
ご主人様の大事な本もあるから、他の本をむやみに足場にも出来ないけど」
「それでぴょんぴょん跳ねてたのか。ま、安心しろ。
ちゃんとそこら辺も考慮出来てる方法だから」
そう言うと俺は二本足で立ち上がり、右腕を本棚に向かって伸ばす。
なんだかんだで四足歩行が楽になっていて二足歩行を忘れている気がする。
着実に猫生を歩み始めている気がしなくもないが......うぅ、一旦それを忘れよう。
腕輪にある黄金のバングルに魔力を流し、そこからひっかき棒を作り出す。
瞬間、その光景を見たベルニカが驚いたように声をあげた。
「あんたの右腕にあるそれ.....妙なものを付けてると思ってたけど、そんなこと出来たのね」
「もうちょい遊びの自由があるぞ。ま、ここではそんなお披露目する機会はないだろうけどな」
そんな回答をしつつ、俺は六列ある本棚の下から三段目にある赤い本の背表紙に、ひっかき棒の先端をひっかける。
それからそれを手前に引くと、ある程度したところでガコンと音がした。
直後、その本棚が手前にせり出し、そのまま横にスライドしていく。
わぁ、こういうカラクリ装置とかめっちゃ憧れる。ロマンがあるというか。
なんでこうもこういうのってこんなに心が躍るのか。ふっしぎ~!
そんな感動に打ちひしがれている俺の一方で、ベルニカは慣れた様子で「こっちよ」と案内する。
その隠し部屋の先には上に続く階段があり、どうやら目的地はその上らしい。
というわけで、その階段を駆け上がろうとしたその時、
「ん?」
真上ではなく真下から妙な魔力を感じた。
微弱ではあるが、確かにそこから魔力の反応がある。
でもなんで真下から? 周りを見渡しても何かあるようには見えない。
「どうしたの?」
「え......あ、いや、なんでもない。今行くよ」
そんな疑問を頭の片隅に入れつつ、ベルニカの後を追う。
辿り着いたのは丁度書斎室と同じぐらいの空間の屋根裏部屋だ。
そこは掃除されていないのかどこもそこも埃被っていて、逆に言えばほとんど人が入った形跡がない。
「ここがオススメスポットということか?」
「えぇ、ご主人様が使った場面を見た事ないから、恐らく知らないんじゃないかなって思ってね」
周りを見渡す限り、この屋根裏部屋は物置のような使われ方をしているみたいだな。
棚や木箱が適当に配置されており、中には布を被せられたものもあって、そんでもって壁には明らかに凄そうな盾やら剣が飾ってあるし。
しかし、屋根裏部屋か......ここまで埃っぽい場所なら、確かにメルトが気付いてないのも微レ存だ。
だってこの屋敷のメイドゴーレムはほぼ常に掃除のために稼働している。
この部屋に気付いているなら、綺麗好きなメルトが同じように指示しているはずだ。だけど、その様子がまるでない。
とはいえ、誰かから家を譲渡されたなら、この場所の存在は明かされないのか? ましてや、メルトは読書家であるという。
なら、この屋敷中の本を読み漁っていてもおかしくなく、その過程で偶然隠し部屋の存在に気付くという線もあり得る。
う~む、相変わらずどっちつかずだな。これだという確証がない。
辺りを見渡しながらそんなことを呟いていると、そんな俺を見てベルニカがこっちに視線を向けて、
「どう? これで少しはあんたの助けになったかしら?」
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




