第28話 奇妙な邂逅
―――ルミア 視点―――
突然現れた女の子に、誰もが目を奪われていきます。
その女の子は私と同じか少し幼いぐらいで、白銀の髪に黒いゴスロリの格好をしていました。
また、頭部からは角を生やしており、長くて太い白色の尻尾も見えます。種族的には竜人族......でしょうか。
そんなことを思うと同時に、私の視線が向かったのは彼女の胸に抱えているもの。
見覚えしかない水色の球体――スー子ちゃんです。どうやら無事だったようですね。良かった、大きな怪我がなくて。
「それにしても驚いたわ。まさか目の前にスライムが飛んでくることもさることながら、まさか助けを求めてくるなんて。
自分の体を使って字や矢印を作ったりして......随分と賢い子のよね」
「プギュ」
その女の子はそう呟き、そっと優しい手つきでスー子ちゃんを撫でました。
スー子ちゃんが警戒している様子はありません。人柄的にも信用できるのでしょう。
そんな彼女に対し、ジャックさんがベルトから手を放し、口を開きました。
「ハハッ、今日は随分とついてるな。これまた面の良いガキが来たもんだ」
「ガキ? 随分と若く見てくれるじゃない。
そう見られることは嫌いではないけれど、これでもれっきとした大人よ。
それに安易に女性を年齢で判断するのは失礼だわ」
「こりゃ失敬。なら嬢ちゃん、今から俺達と遊ぼうじゃねぇか。
これでも相手を満足させる術は豊富なんだ。退屈はさせないぜ」
「まぁ、なんて下卑た誘い文句なんでしょう。耳が腐り落ちそうだわ。
これならうちの愛しい愛しい猫ちゃんのツンケンとした言葉の方がよっぽど嬉しいわ」
そう言いながら女の子はスタッと地面に降りると、そっとスー子ちゃんを下ろしました。
それからゆっくりと目の前の集団に近づいていきます。
すると、そこにパクズさんが近づいていき――、
「おい、誰に舐めた口を聞いてると思ってんだ。
この人は闇ギルドでも名の知れた『疾走のジャック』さんだぞ。
今謝るならその身を捧げるだけで許して――ぐふっ」
「少し黙ってくれるかしら。あなたのせいで気分が最悪になりそうだから」
一瞬、何が起こったかわかりませんでした。
オラオラと近づいたパクズさんが消えたと思ったら、近くの壁に頭からめり込んでいます。
女の子の軽く上げた拳からして、裏拳で攻撃したのでしょうか......まるで見えませんでした。
その瞬間、パクズさんの末路を見て全員が女の子に注意を向けました。それこそ、私の拘束を解くほどの警戒心でもって。
なので、私は一瞬の隙をついて立ち上がると、女の子の後ろ側に回り込みます。
「あ、あの、ありがとうございます」
「お礼ならそっちのスライムにお礼を言う事ね。
あの子がワタシに伝えてくれなければ、こうやって助けることも叶わなかったでしょうから」
「ですが、あなたも今まさに私を助けようとしてくれています。
そのことにお礼を言ったとしても罰は当たりませんから」
「ふふっ、あなた良い子ね。そういう子は好きよ。
ここま任せて自分の治療に専念でもしておきなさい。膝、擦りむいてるわよ」
そう言われて自分の膝を見ると、右膝から血が出ていました。
恐らく縄で転ばされた時の怪我でしょう.....気付かなかった。
そんな私の一方で、女の子はずんずんと相手側に距離を詰め、
「さて、かかってこないのかしら。まさか先程まで女の子一人を集団で襲っておきながら、ワタシ一人に臆しているわけではないでしょうね?」
「ハッ、まさか。テメェらやっちまうぞ! 行け!」
ジャックさんが突撃命令を出すと、男の人達が女の子に襲い掛かりました。
その一斉攻撃に対し、女の子は一切歩行スピードを変えることなく一撃。
まさに鎧袖一触といった感じで、あっという間に蹴散らします。
襲った男の人達はそれぞれ壁や地面に突き刺さったり、めり込んだりと芸術的なやられ方を見せており、先ほどの私の苦戦が嘘のように残りはジャックさんのみになりました。
「チッ、役に立たねぇ野郎どもだ。だがまぁ、ここで捕えれば、俺は二倍楽しめるってわけだ」
「あなた、まさかこの状況で勝機があるというの?」
「あぁ、あるぜ......俺は諦めが悪い男だからな。
それにそうやって勝ち誇ったような顔をする奴を潰すのが楽しいんだよ!」
瞬間、ジャックさんは咄嗟に左手を腰に回すと、筒状の棒を取り出しました。
それをすぐさま口に当てれば、息を吹き込んで射出させます。
放たれた吹き矢に対し、女の子は素手で掴んで見せました。
「まさかこれがあなたの言っていた”勝機”なのかしら?」
「あぁ、そうだ。今にも効いてくるだろ」
「何を言って――っ!?」
その瞬間、女の子は突然地面に膝をつきました。
その様子のおかしさに「大丈夫ですか!?」と声をかけるも、反応はありません。
彼女の体は僅かに小刻みに震えていて......まさか!
「ハハハ! 残念だったな! その矢には麻痺毒が塗ってある。亜竜すら一滴で動けなくさせるってしろものだ。
お前が種族的に肉体に優れている竜人族とわかってまともに相手するわけねぇだろ!」
そう言いながらジャックさんはゆっくり歩いてきます。そのまま女の子を素通りすると、私の前に立ちました。
なので、私もスー子ちゃんを肩に乗せて咄嗟に杖を構えました。
「ハッ、まさか俺ともう一度やりあおうってか? さっきロクに反応出来て無かったのに?
別に付き合ってやってもいいが、結果は同じだと思うがな。
それぐらいなら自分から大人しく股を開いてくれりゃ、俺も大事な体力を違う方に回せて助かる」
「あら、先ほどは情熱的に求愛してくれたのに.....もうよその女にいくつもり?」
「俺は一人の女で満足できるタイプじゃ.....って待て。お前なんで動け――ぐっ!?」
刹那、目の前でジャックさんの首に何かが巻き付きました。
それは女の子の白く輝く尻尾であり、それでジャックさんの首を絞めると、立ち上がりと同時にゆっくり持ち上げます。
最終的に、尻尾だけで成人男性を持ち上げてしまいました。さすが最強の肉体と言われる竜人族です......。
そんな一気に形勢逆転した状況に対し、ジャックさんがもがきながら女の子に問いかけました。
「ど、どうして......効いてねぇ」
「効いたわよ――少しだけね。でも、ワタシの肉体がそのやられた屈辱を覚えてすぐに抗体を作ってしまったのよ。
だからそうね.....あなたの敗因は対竜人族に対する爪の甘さという所かしら」
「ば、化け物が......」
「化け物はお嫌い? それは残念ね」
そう言った直後、一気に尻尾が強くしまったと思えば、ジャックさんの体がダランとなりました。
そんな彼を投げ捨てると、女の子はそっと手を差し出してきて、
「怪我はない?」
「はい、おかげさまで。その、殺してしまったんですか?」
起き上がらせてもらうと、すぐに地面に寝転ぶジャックさんを見ました。
仕方ない状況だったとはいえ、やはり人が死んだとなれば心が痛みます。
しかし、女の子はゆっくり首を横に振り、
「安心して生きてるわ。ワタシ、弱い者いじめする趣味はないもの。
ただまぁ、このまま放置というわけにもいかないから衛兵に突き出すわ。それで......あなたはどうする?」
―――数分後
路地裏を離れ、大通り付近にある上級区。所謂、富裕層が多く住む家々が立ち並ぶ一角に、私達はいました。
オシャレな喫茶店の外にあるテーブル席にて、私は竜人族の女の子――メルトさんの向き合います。その机にはスー子ちゃんもおり、現在食事中です。
「大変な目に遭っていたわね」
「そうですね。ですが、今こうしてお茶できるのもメルトさんのおかげです。
改めて、助けていただきありがとうございます」
そう言うと私はメルトさんに頭を下げました。
そんな私に「顔を上げなさい」というと、彼女は優雅に紅茶を飲みます。その飲む所作はどこかのお嬢様のようでした。
「もう一度言うけれど、ちゃんとした感謝はこの子にするべきだわ。
この子が案内してくれたから、今のあなたは無事でいる。
これ以上の私への感謝は不要よ。感謝されるために助けたわけじゃないしね」
「そうですね。スー子ちゃん、助けを呼んでくれてありがとうございます」
「プギュ!」
メルトさんに言われ、私はスー子ちゃんに感謝の言葉を送りました。
すると、スー子ちゃんは嬉しそうに返事し、それだけで安堵のが胸のうちに広がります。数分前の事態が嘘のように、今は穏やかな気持ちです。
「私があなたにオススメした紅茶.....香りだけでも心を落ち着かせる効果があるの。
どうかしら? もう十分に心も落ち着いたのではないかしら?」
「はい、おかげさまで。それにこの紅茶も美味しいです」
「当然ね。ワタシのオススメの一品なのだから」
紅茶を手に取り、一口飲みました。
瞬間、少し酸味があるものど越しのスッキリとした温かい紅茶が喉の奥に流れ、じんわりと身体が温まってきます。
あぁ、とても温かい。張っていた気が緩んでいき、リラックスしていく。
そんな紅茶の味に舌鼓を打っていると、メルトさんが改めて口を開きました。
「そういえばなのだけど......もしかしてあなたが飼い猫を探しているという子かしら?」
「もうそんなに噂になっているんですね」
「朝から気合を入れて聞き込みをしているという声が聞こえてね。
加えて、ただ猫を探しているだけなら未だしも、あなたにはその容姿がある。
少なくとも、そこら辺のゴロツキが喉から手が出るほど欲しがるほどにはね」
「あはは.....それでその――」
「先に言っておくけれど、ワタシはこの街の事情には詳しくないわ」
メルトさんにトールちゃんの情報を聞こうとした矢先、遮るように言葉が返ってきました。
その毅然とした態度で言われた言葉に二の句が継げずにいると、彼女はさらに言葉を続け、
「私はこの街の近くに住んでいるのだけど、出かける日はせいぜい必要な買い物の時ぐらい。
あとは夜なのに帰りが遅い愛猫を迎えに行く時ぐらいかしら。
今こうして朝から出かけているのは、今日がワタシにとってとてもいい日だったから。
ワタシが誰かをこうしてお茶に誘ったのも、この幸せを分け合いたかったからよ」
「そうなんですか? てっきり私のことを気遣ってくれたのかと......」
「その気持ちもないわけではないけれど、比率としてはおすそ分けの方が大きいわ。
そしてその幸せを分け合える相手が同じ猫好きのあなたで良かったわ。
その幸せで無事に探している猫ちゃんがあなたの元へ帰ってくるかもしれないし」
「そうですね。無事に帰ってくることを祈るしかありません。
それはそうと、メルトさんは猫を飼っているんですね」
そんな質問に、メルトさんは頬を緩めながら「えぇ」と返事しました。
また、彼女は気づいてるかわかりませんが、尻尾がブンブンと揺れています。竜人族の方も尻尾に感情が漏れてしまうものなんですね。
「元々飼っていたのが一匹と、新しく迎えた猫ちゃんで二匹。
そしてその新しい猫ちゃんにとんだサプライズをされてしまってね。
それを思い出すだけでこうも心が舞い上がってしまう......なんて単純なのかしら」
「その気持ち、わかるかもしれません」
とはいえ、私の場合は元が人間の猫ちゃんなので違うかもしれませんが。
それでも、あのサイバル森林で私の心が塞ぎかけた時に言ってくれた言葉は、今でも思い返すたびに心を強く温かくしてくれます。
そんな表情が漏れていたのか、メルトさんは私を見て微笑み、
「あなた、相当その子のことが好きなのね。それもなんだかただの好きじゃないみたいに」
「そ、そんな顔をしてましたか!? なんだか恥ずかしいです」
「良いと思うわよ。恋した相手が人間だろうと猫だろうと、愛の形は人それぞれだもの。
なんだかあなたとは仲良くなれそうだわ。もちろん、同じ猫好きという意味でね」
「同感です。なら、私達はもうお友達ですね」
私がそう言うと、メルトさんは「お友達......ふふっ、良いわね」と笑いました。
それから席を立ち上がると、
「......それじゃ、ワタシはそろそろお暇するわ。
代金はワタシが持つからあなたはゆっくりしてなさい。
とはいえ、追加注文したものはちゃんとあなたが払うのよ?」
そっと机に金貨を一枚置いてきました。
瞬間、それを見て私は大きく目を開きました。
「め、メルトさん!? これじゃ相当なおつりが出てしまいますよ!?」
「あげるわ。金貨一枚減ろうと大した額ではないもの。あぁ、それと――」
何かを思い出したメルトさんは、肩にかけていたバッグへ右手を突っ込みました。
お目当てのものが見つかったのか、「これね」と言って紙とペンを取り出します。
「同じ猫好きのよしみよ。何かあったらここを頼りなさい」
ササッと書いたのはとても簡易的な地図で、言ってしまえば「街」という文字を囲った丸と、そのすぐそばに「ここ」と書かれた文字を囲った丸、後は方角を示す記号のみ。
それをそっと机に置くと――、
「ここが私が普段住んでいる場所。街のことはあまり詳しくないけれど、知恵なら貸してあげられると思うわ。それじゃ猫好きに幸あれ」
その言葉を最後に、メルトさんは右手の魔法陣から黒い日傘を取り出すと、それを差して立ち去りました。
そんな優雅な彼女の後ろ姿を、私は紅茶を頂きながら小さくなるまでボーっと眺めていました。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




