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第27話 多勢に無勢

―――ルミア 視点―――


 袋小路となった道を背にしながら、ジャックさんが不気味に口角を上げました。

 視線は私を下から上へ舐めるように動かし、その度に私の不快感が増していきます。

 しかし、こういう時に冷静にならなければいけません。心にトールちゃんを宿して。


「......騙したんですか?」


「騙した......まぁ、そうなるな。とはいえ、悪く思わないでくれ。

 世の中にはこういう仕事もあるんだよ。嬢ちゃんにはちーっと刺激が強い仕事がな。

 そんでそれを知っちまった嬢ちゃんには、知った対価を払う必要がある」


 その対価は一体何か......なんて今更聞く必要はないですね。

 もはや視線だけでよくわかりますし、下卑た笑みが欲望を隠しきれていません。

 にしても、どうしてこの人は先程から袋小路を背にしているのでしょうか。


 人を追い詰めた場合、どう考えても立ち位置が逆です。私が逃げられないように逃げ道を一本にした方がいい。

 にもかかわらず、あの余裕たっぷりな態度......この状況でも問題ない理由がある。


(スー子ちゃん、周囲の警戒を)


(プギュ)


 小声でスー子ちゃんにお願いすれば、快く引き受けてくれました。

 なので、私は現状を利用して情報を引き出すことにします。


「先程、お仕事と言いましたが......一体誰の依頼でしょうか?」


「おいおい、依頼人の素性を明かせってか? そいつは出来ねぇ相談だぜ。

 だがまぁ、俺はこれでも”親切”で通ってるからな。

 この先の前払いですこーしだけ教えてやるよ――この街で一番力を持っている人間だ」


「力......?」


「依頼人は嬢ちゃんを見かけた瞬間から手に入れたくて仕方なかったらしい。

 あの人は欲しいものはどんな手段を使っても必ず手に入れる人間だからな。

 つまり、もうターゲットになった以上、嬢ちゃんは絶対に逃げられない」


 「力を持った人」......このキーワードから思いつくのはいくつかあります。

 まず一つ目、単純に一番腕っぷしがいい人。暴力で従わせるのは常套手段です。

 二つ目に、この街の領主。領主のことはあまり知りませんが、”権力”という意味では正しく力です。


 三つ目は、領主すら従わざるを得ない商人。商人は時として国家と戦えるほどの財力を蓄えると聞きます。

 もちろん、そんな人は稀ですが、仮にこの街を掌握しているなら.....一応、筋は通ります。


「......ということは、”最初”から仕組んでいたんですね。私達をこの人気のない路地裏に誘い込むために」


「人気がない方が都合がいいからな。にしても、『最初から』ってのはどういう意味だ?」


「言葉のままですよ――最初から私に信用できる人はいなかった」


「プギュ!」


「ぐあっ!?」


 瞬間、肩に乗っているスー子ちゃんが何か魔法を発動させた瞬間、男の人の大きな声が響きました。

 同時に、そのまま地面にドサッと倒れ込む音も聞こえてきます。


 そっと背後を振り返れば、そこには顔面を水に濡らし、両手で覆うパクズさんの姿がありました。

 恐らく、スー子ちゃん<水弾>を顔面から直撃したのでしょう。

 つまり、この人は背後から何かをしようとした。たぶん口を塞いで羽交い絞めにでもしようとしたのでしょうね。


「......いつから気付いていた?」


 その時、初めて目の前のジャックさんから笑みが消えました。

 代わりに、強烈な気配が溢れ出し、この場一帯の空気がさらに冷えたように感じます。

 私が依頼人の納品対象である以上殺しはしないでしょうが.......油断は禁物ですね。


「いつからと問われれば、最初から......というべきでしょうか。

 私もそれなりに人間関係で痛い目に遭っているので、人の邪気には敏感なんです。

 パクズさんは気の良い人を演じていましたが、それでも微妙なうさん臭さは抜けていませんでしたよ」


「......」


「それに、随分と遠回りさせられているのも不自然でした。行き先もどんどん人気の少ない方に誘導されている感じでしたし。

 恐らく、パクズさんは信用できる人物と印象付けたかったのでしょうね。

 騙されているのは自分だけではないという安心感......それが一定値に達したら、今のように路地裏に引きずり込む」


 そう言って説明する私は「加えて」と言葉を続け、


「ジャックさん、あなたの立ち位置も不自然ですよ。普通、人を追い詰めるなら私が袋小路で背になった方がいい。

 にもかかわらず、それをしなかったのはなぜか......簡単です。する必要がなかったからです。

 なぜなら、敵は既に相手の内側に入り込んでいるのですから」


 説明後、私はジャックさんの視線を促すように背後のパクズさんをチラッと見る。

 この手際の良さ的に、やったのは一度や二度ではないでしょう。

 きっと想像よりも多くの女性が私と同じような被害に遭っているかもしれない。


「見事だ。いや~、見事見事」


 瞬間、ジャックさんはゆっくりと大きく拍手し始めました。

 全く褒める気のない賞賛の言葉に耳を傾けながら、私は視線をジャックさんに戻します。


「まさかここまで俺達の作戦が看破される日が来ようとはな。

 となれば、この作戦もそろそろ潮時ってわけだ。面倒くさいが、また新たな方法を探さないとな~」


 そう言ってジャックさんは頭をガシガシと掻き始めます。

 しかし、その動きもすぐに止めると、私にギリッと視線を向け、


「で、それを知った所でどうするってんだ?

 別に俺の仲間は、スライムに小便引っかけられたバカだけじゃねぇ」


 その直後、多くの足音に振り返ると、入り口を塞ぐように大勢の人が集まりました。

 その中には一番最初に訪れた果実屋の店主や「西の止まり木」にいた男の人の姿もあります。


「嬢ちゃん、世の中には知った所でどうしようもないことはたくさんある。それがこの一つだ。

 そして今から嬢ちゃんはここで捕まり依頼人に引き渡される......予定だったんだが、ここまで面の良い女ってのは久しぶりでな。その気弱そうな下がり眉をした面は実に嗜虐心を刺激してたまらねぇ」


 ジャックさんの発言の直後、私の周囲にいる全員の顔が飢えた獣のようになりました。

 全身を舐られるような視線に背筋がゾワッとして実に不快です。

 これなら、バレてないと思いながらチラチラと見るトールちゃんの方がよっぽど可愛いです。


 ここから先の展開は、捕まれば死ぬより酷い目をに遭わされる未来でしかない。

 トールちゃんがいない今、自分を守れるのは自分自身。

 怖い、ここまで男の人に囲まれたのは初めてですから。ですが――、


「あの熊ちゃんよりはマシですね」


 蛇の時といい本当の強者という存在を目の当たりにしたからか、感覚が少しズレているのでしょう。

 目の前の人も強者の風格ですが、所詮は風格。体が強張って動けなくなるほどじゃありません。

 それに例え何が相手であろうと、もう何もできない自分は嫌ですから。


「ほぅ、抵抗するつもりか? まぁいい。

 下手に従順になるよりも、そうやって抵抗してくれた方が犯し甲斐があるってもんだ」


 杖を構える私に対し、ジャックさんは腰から短剣を引き抜きました。

 その動きに合わせて背後も音がしたのでチラッと見れば、全員が武装しています。

 絶対にここから逃がさないという意思を感じる姿勢ですね。


「いいか、テメェら。絶対に殺すんじゃねぇぞ。

 早々お目にかかれねぇ上玉だ。殺したらテメェも死ぬと思え――かかれ!」


 ジャックさんの発言と同時に、背後から一斉に足音がしてきました。

 なので、私は素早く振り返ると、すぐさま杖先を頭上に向け、


「<閃光(フラッシュ)>」


「「「「「ぐああ!」」」」」


 掲げた杖の先端にある水晶が激しく光を放ちました。その強さはこの路地裏を一瞬白く染め上げるような光量で。

 その光はこの場にいた男の人の目を焼き、一瞬動きを封じました。とはいえ、未だ逃げれない事実は変わりません。


 ジャックさんの後ろに壁があり、走って登れるかは微妙な高さ。

 私はあまり運動が得意な方ではないですので、そこで時間をかければ今の状況も意味がない。なら、より確実に来た道を戻るしかありませんね。

 とはいえ、そこには全部で六人もの男の人が道を塞いでいます。その人達を全員倒してこの場を抜けられるでしょうか。


「プギュ!」


「......そうですね。協力お願いします!」


 スー子ちゃんの力強い主張を受け、私は杖先を正面に向けました。

 そこから素早く数発の<光弾>を放ち、正面にいたパクズさん以下数名を弾き飛ばします。

 威力を下げたので死にはしないでしょうが、それでもだいぶ痛いはず。


「クソアマが!」


「プギュ」


「ぐっ!」


 その時、背後から声がしたと同時にカランと甲高い音が響きました。

 咄嗟に顔だけ振り返れば地面にナイフが落ちており、加えてジャックさんが<水弾>で弾き飛ばされています。さすがスー子ちゃん、やりますね。


「すぐに立て! 絶対に道を開けるな!」


 <光弾>で弾き飛ばした先、転んだ男の人達がすぐさま起き上がりました。

 そして正面からは体格のいい男の人が、両手を広げながらタックルしてきます。

 この感じ......トールちゃんが教えてくれた簡単な護身術が活かせますね。


「ぬわっ!」


 少し横に逸れると、私は片足だけちょこんと残しました。

 すると、盲目状態のままタックルしてきた男はその足に引っかかって盛大に転んでいきます。


「舐めんな――っつぁ!?」


「舐めてませんよ。全力で身を守ってるだけです」


 さらに続いて向かって来た男の人に対しては、杖先で太ももの内側を叩きました。

 それからその男の人に近づけば、胸倉を掴んで引っ張り地面に転ばせていきます。


 そのまま唯一の逃げ道へ戻ろうとしますが、そこは未だ四人の男の人が厳重に守っています。

 そろそろ<閃光>の効果も切れるてくる......舐めていなかったとはいえ、男の人達の執念を少し侮っていました。


「とはいえ、このまま<光弾>で押し込めば――っ!?」


「捕まえたぞ」


 その瞬間、動かそうとした足が何者かに引っ張られました。

 咄嗟に見てみれば、そこには先程転ばした人が足を掴んでいます。くっ、こんなタイミングで......!


「邪魔です!」


「プギュ!」


 咄嗟に杖を両手で握り、男の人の頭に振り下ろしました。

 前方への注意を欠いてしまいましたが、その人はスー子ちゃんが対処してくれたようです。

 大柄な男の人が立ち上がろうとしている。急いでこの場を離れなきゃ――っ!?


「ひゃっ!?」


 再び動き出そうとした足はまたしても何者かに引っ張られ、今度はそのまま地面に全身を打ち付けました。痛たたた......今度は一体何が.....って縄? 一体誰が――、


「邪魔だ!」


「プギュー!」


「スー子ちゃん!」


 一瞬の出来事でした。私を転ばせたのはジャックさんで姿を消すほどの速度で接近すれば、そのままスー子ちゃんを蹴り飛ばし、それから私の動きを封じるように杖を持つ手を足で踏みつけました。


 動き自体は熊ちゃん戦のレベルアップでギリギリ追えていましたが、どうやら複数人の対人戦の経験が浅かったのが致命的だったようです。

 私は攻撃手段を奪われ、体を封じるように大柄の男の人に両足も掴まれてしまいました。


 くっ、せっかくトールちゃんから護身術を習ったのにそれを全然活かせなかった。

 それどころか捕まり、スー子ちゃんも蹴り飛ばされて行方知れず。結局私はトールちゃんのように強くなれないのでしょうか。


 トールちゃんにいつまでも守られてばっかりでは隣に立てない。

 過保護なトールちゃんを安心させて、出来ることならもっと頼って欲しい。そう心の中で密かに誓って努力していたのに。


「はぁ、手こずらせやがって。だが、多勢に無勢ってやつだ。

 よく頑張った方だが、どうやら嬢ちゃんには戦闘経験が少ないようだな。

 特に、対人戦に関する戦闘技術ってやつが。想定が甘々だ」


 そう言ってジャックさんはしゃがみ込み、ナイフをペチペチと私の頬に当ててきます。

 その言葉に関しては、正直ぐうの音も出ませんでした。


 私はまだ冒険者歴は一年であり、パーティでは主に魔物を中心に戦っていましたし、途中、行商人の護衛依頼も引き受け盗賊と戦うこともありましたが、基本的には先頭に長けた仲間がメインで戦い、私自身は後方支援のみ。


 それがパーティとしての役割というならそれまででしょうが、それでももう少し戦える手段はあっても良かったとは思います。

 そしてそのツケがこのタイミングでもって回って来た......トールちゃんがいないタイミングで。

 って、私はまたトールちゃんに頼って......でも、今はそうするしか。


「よーし、お前らちーっと早いがここからパーティーとしゃれこもうじゃねぇか。

 この嬢ちゃんに大人を怒らせると怖いってのをその身に刻んでやらねぇとな。

 正直、あのデブ商人の言葉なんざしったこっちゃねぇ。一番槍はもらうぜ」


 そう言ってジャックさんは私をひっくり返そうとします。

 必死に抵抗を試みますが人数差で覆され、仰向けのまま四肢は男の人に捕まれたまま。

 その私に跨るようにしてジャックさんが立ち尽くし、ベルトに手をかけ――、


「あら、こんなに良い日に気分を害するおバカさん達が誰かしら」


 絶体絶命のその時、一つの大人びた凛とした声が響きます。

 その視線に誰しもが目線を向けると、行き止まりの壁の上にスライムを抱えた一人のゴスロリ服を着た少女がいました。

読んでくださりありがとうございます(*^_^*)

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