第25話 家猫にされました
メルトとベルニカが一足先に風呂から上がって数分後。
さすがの俺も茹だって来そうだったので浴槽を出る。
思いっきり体をブルブルと震わせて水を弾き飛ばし、浴室に移ればゴーレムがいた。
相変わらずマネキンの容姿にメイド姿というホラーゲームに出てきそうな姿をしている。
そんなゴーレムの手には大きめのタオルがあり、そしてそれで俺を包み込んだ。
次の瞬間、俺の体は優しくわしゃわしゃされる。どうやら体を拭いてくれているようだ。
それすらも終わり、猫毛による若干の乾きづらさは気になるもの一旦移動することに。
もちろん、帽子とスカーフも装着済みだ。これは死んでも失くせねぇ。
そんなこんなで向かった場所は先程メルトがいた場所だ。
「考えてみれば、まだ昼間なんだよなぁ......」
窓から差し込む陽光を見て、今の時間感覚が狂ってることに気付く。
あくまで個人的な感覚だが、風呂は夕方だったり夜に入るというイメージがある。
仕事で汗をかいたのを、仕事終わりのプライベートせ汗と共に疲労も流す的な。
だからこそ、昼間から風呂に入り、出た後も陽が差してるのなんだかおかしくなる。
ましてや、俺はルミアとスー子を待たせたまま、一人高級風呂に浸かっている。
それにプラスして他の女と一緒に......うげぇ、ゲボ吐きそうな罪悪感を感じる。
「とりあえず、早めに戻らないとな。だが、その前に――っと?」
部屋の前に辿り着く、扉の奥からドライヤーっぽい音が聞こえた。
この世界は中途半端に科学が進歩している部分があり、恐らくどこぞの異世界人が広めたのだろう。
なんせ俺がまだ人間だった頃に小型銃を見たぐらいだからな。
ま、さすがにそれらは貴族が手を出すような値段だったために変えなかったけど。
それに魔法がある以上、実用性は薄いみたいなんだよな。とはいえ、音速で弾丸が飛んでくるのは普通に怖いが。
それでもドライヤーは過ぎたるものだろう。しかし、メルトは貴族っぽい感じだし持っていてもおかしくない。
そんなことを思いながらわざと開けられただろうドアの隙間から入ると――、
「ようやく来たのね」
普通に魔法で手動ドライヤーをしていただけだった。恐らく温風なのだろう。
正座をするメルトの膝の上でベルニカが溶けるようにくつろぎながら風を浴びている。
そんな光景を見ていると、メルトがそっと手招きしてくる。
「あなたもしっかりと乾かすわよ。ワタシの家なんだからワタシのルールに従いなさい」
「へいへい」
というわけで、優しく下ろされたベルニカのポジションに、代わりに俺が乗せられる。
スベスベながらもモチモチとした太ももの感触......ほぉ、さすがにスー子には劣るが割と悪くない。
そしてこの温風の絶妙な風量。確かに、気持ちいいな。
「どうかしら? 加減の程は」
「結構なお手前で」
「男の人を膝に乗せて乾かすなんて初めてね」
「変なタイミングで俺を人間扱いするなよ......猫じゃなかったのかよ」
「ふふっ、どんな反応するかと思って」
この性悪女め。人間扱いされたと思った瞬間、若干変な気持ちになったじゃねぇか。
もういっそお前相手には猫扱いで貫き通された方が楽になってきたんだよ。
だから、お前もそれを突き通せ――ってハッキリ言えたら良かったのになぁ。
何ともその勇気が出ないのが情けない。
というか、もう今の状況で説得力ゼロか。なら、話題を変えよ。
「なぁ、少しだけさっきの話をしていいか?」
「さっきの話?」
「お前の足を色を見てどう思うかってやつ」
「......!」
その瞬間、俺が浴びる風量が少しだけ強くなった。
それもすぐに収まったものの、彼女の動揺がそれこそ体に浴びて理解した。
平静を装うメルトの反応を見つつ、俺は言葉を続ける。
「あの後な、少しだけ考えてみたんだ。自分がどう思ってるかってな。
メルトは答えなくていいと言ったが、それでもやっぱり何も反応ねぇのはそれはそれでモヤるだろ。
それに俺自身も聞かれた手前、何も言わないってのは気持ちが落ち着かねぇ。だから、言う」
そうハッキリ断言すると、風の流れが少しだけ揺れ始めた。
一瞬、また制御をミスったのかと思ったがそうではないらしい。
メルトの手が少しだけ震えてる。コイツでも怖いって思うことがあんだな。
ま、安心しろ。どうせここから話すのは――ただの俺の性癖の話だ。
「まず正直に言うが、お前の足は――普通に綺麗だと思った」
「綺麗......?」
「何初めて聞く単語みたいな反応してんだよ。それが俺の感想だ。
青空のようなスカイブルーで、そして夜空の星々のように少し輝いていた。
ましてや、メルトの努力によって磨かれた美に加えてそれだ。むしろ、お得でしかないね」
きっとこの感覚も、俺がこの世界とは別の出身だからの発想だとは理解している。
もともと俺が暮らしていた世界は、多くのサブカルチャーに溢れていた。
上手い下手に差はあれど、日々SNSにはたくさんの絵師による芸術がポストされている。
加えて、PCや据え置きゲームからソシャゲ、漫画、ライトノベルの表紙絵・挿絵に至るまでたくさんのデザインのキャラクターがいて、そのどれもが目を惹く魅力を持っているのだ。
そんな世界を日常と思って摂取してきた俺の性癖は既に狂っているのだ。
メルトのような一部変色した肌であろうと美しく感じ、綺麗と思える。
例えそれがこの世界の人々からよく思われていなかろうと、俺は好きだ。
「加えて、ぶっちゃけ言えば、それはそれでエロいとすら思えるね。
こちとらもうすぐ童貞歴で二十歳だ。筋金入りの箱入り息子なんだよ。
容姿を磨いて美を主張するお前の足がエロくないわけなし、それこそ色なんて些事と言えるね」
「あんた......最低ね」
寝そべりながら会話を聞いていたベロニカがツッコんでくる。
そのぐうの音も出ない一言に、俺は「うっせ」としか返せなかった。
しかし、この気持ちこそが紛れもない事実なのだからしかたない。
「それぐらい俺は色は気にしてないんだよ。それにその色は、むしろメルトという個人を主張するわかりやすい特徴でもあるだろ。むしろ、その魅力に気づかない馬鹿野郎どもをそのご自慢の魅力でわからせてやれ。
それを理解できない奴なら尚のことそいつらを屈服させろ、跪かせろ、性癖の扉をこじ開けてそのまま二度と閉じれぬように捻じ曲げて破壊してやれ」
そう言ってメルトの膝から降り、俺は立ち上がる。いつの間にか乾かす作業も終わったようだしな。
いや、厳密に言えば、俺の言葉によって中断したか。どっちでもいい。
もう十分に乾き、おかげで今の俺の毛はフワッフワのモッフモフである。
「ともかくだ、皆が皆お前のその色を違いを嫌ってるわけじゃない。
少なくとも好きな奴もここにいる。それだけは覚えておけ。
それからこの世に万人受けするものはない。猫が好きな奴もいれば、嫌いな奴もいる。
あんま嫌いな奴の声ばっか真に受けんな。お前の美が濁るからな」
結局、俺の心はどこまで行ってもヲタクなのだろう。
漫画やゲームのようなキャラデザインが好きで、それに興奮し一喜一憂する。
そしてそれをただただ愛して、そのキャラからの見返りは何もないのに課金する。
それだけで心が幸せて満たされるってんだから、ヲタクってのはつくづく残念な生き物だ。
そういう意味では、この世界は俺のヲタク心を刺激して止まないな。
つーか、どう考えても白銀ツインテールのゴスロリ竜人族って時点で属性盛り過ぎだろ。最高かよ。
「長々と語り過ぎた。耳障り悪い言葉を並べて悪かったな。
それじゃ、俺も街で仲間が待ってるし、そろそろ帰らせてもらうぜ」
そう言って、無粋なヲタクが部屋のドアに向かってクールに去ろうとすると、
「ちょっとあんた......本当に帰れるつもり?」
そう言ってベルニカが声をかけてきた。俺は思わず首を傾げる。
「は? それはどういう意味だ?」
「そのままの意味よ」
具体的な内容を言わないため、その意味を察しかねる。だが、尻尾をペターンペターンと動かしながら、見つめる瞳はどこか呆れていたのは分かった。
まぁ、俺はただ自分の性癖語りしただけだしな。人によっては気分を害すだろう。
それこそヲタクの饒舌ウザってな。だが、悩んでる相手を見捨てるほど俺だって終わってねぇよ。
「勝手にしゃべり始めて気持ち悪い言葉を並べたなら謝る。人によっては怒るだろうし、それに関しては申し訳ない。
だが、俺にも待っている仲間がいて、ここで油を売ってるわけにはいかねぇ。
だから、一度帰らせてもらうぜ。もちろん、約束のことも忘れてねぇから安心しろ」
「そういう事じゃないわよ......ハァ、あんたって案外罪作りなのね」
「はい?」
「もう知らない」とでも言わんばかりに、ベルニカは毛づくろいを始めた。
その彼女の言葉の意味することが理解できず、俺は腕を組んで傾げる。
その時だった――背後から突然ドンッと大きな音が鳴り響いた。
「ぬわっ!?」
あまりに大きな音に俺の体がブルッと震えるどころか、そこから一瞬にして飛び跳ねた。
前に猫が驚いて飛び跳ねるみたいなアニマル動画を見た事があるが、それを忠実に再現した気分だ。
そしてその場から距離を取った俺がそっと音の発生源を見ると――、
「.......」
音を生み出していたのはメルトであった。
彼女の長い尻尾が左右に揺れて、それが床をビターンと往復するように何度も叩く。
そんな彼女の表情は何とも言えない感じだ。呆然とした感じで頬を赤く染めている。
その状態で尻尾だけがやたら元気に床を打ち付けるのだから、まるで感情が読めん。
「え、えーっと、お宅のご主人様.....一体どないされたんですの?」
「あんたが招いたことでしょ。自分で責任取りなさいよ。
けどまぁ、少なくともアタシがご主人様と一緒に暮らし始めてからは、初めて見る表情ね。
まさかあのご主人様がそんな反応できるとは思えなかったけど」
つまり、どういうことだってばよ。え、俺がなんかしたの?
どう振り返っても変な格好をした猫が己の性癖を語っただけなんだけど。
もっと簡潔に言えば、メルトの足のデザインは嫌いじゃないってだけで......え、それ?
「え、ちょ、なになになに!?」
瞬間、メルトが四つん這いの状態で俺に近づいてくる。
そして俺の近くで正座すると、そのまま両手で俺を持ち上げ――、
「スウウウゥゥゥーーー」
「ぎゃあああああぁぁぁぁ!」
頭上に掲げた俺の腹にメルトが顔を埋めたかと思えば、突然思いっきり吸い込み始めた。
その瞬間の何とも言えないこのゾワゾワ感。どっちかって言うと好ましくない感情だ。
まさか猫になって猫吸いされる日が来ようとは......猫ってこんな気持ちだったんだな。
「ちょ、離れ......あー、クソ、力強いなぁ!」
お腹というデリケートゾーンに突然顔を突っ込まれ、そこを思いっきり吸ってくる。
多少の気恥ずかしさというのもあるが、それ以上に怖い。怖いのだ。
「ぷはっ.......ふっ、スウウウゥゥゥゥーーー」
狂乱とした目で人の許可も得ず身勝手に吸い込んでくる。
しかも、鼻息やら吐息やらで腹がやたら熱くなるし、それでいて逃れることも出来ない。そりゃ、猫吸いを受けている猫は虚無顔にもなる。
「おめでとう、女性にここまで甘えられたなら童貞冥利に尽きるんじゃない?」
「これは絶対そういう類の愛情表現じゃない!」
ベルニカの言葉に必死にツッコんで気を紛らわしつつ、数分後。
ようやく落ち着いたのかメルトは顔を離す。当然、俺は虚無顔だ。
すると、俺を見つめたままメルトは愛おしそうに頬を赤らめ、
「あぁ、なんて罪深いのかしら。すっかりワタシはあなたの虜になってしまったわ。
こんな可愛い猫ちゃんを手放すなんてありえない。あなたはもうずっとワタシと暮らすのよ」
「はぁ.......え?」
とんでもない発言をした後、メルトが容赦なく人のお腹に頬ずりしてくる。
そんな彼女の言葉に対し、虚無ってた俺は一瞬反応に遅れた。しかし、言葉はしっかり聞いていたのでわかる。
「え、いや、いやいやいや......何を言うとりますの?
俺には待っている仲間がいるし、ここで骨を埋めるつもりはないが?」
もちろん、俺が今の姿でなければ、即OKを出していただろう。
これほどの据え膳は食わねば不作法というものだし。
しかし、たぶんこれはそういう事じゃない。だって、悲しいが俺猫だし。
「えーっと、それは”満足した”ってことでいいんだよな? なら、俺との約束を叶えてもらおうか」
「いえ、どうやらワタシは思っている以上に欲深な女だったみたいなの。
あなたという猫ちゃんに出会ってから、あなたのことが知りたくてたまらない。
ましてや、ワタシの夢だった猫ちゃんとのおしゃべり――どうして手放すというの?」
ようやく顔が離れたかと思えば、俺を見つめるメルトの瞳は獰猛であった。
「狙った獲物は絶対に逃さない」という絶対強者のみが出来る捕食者の目だ。
もちろん、俺を取って食いはしないだろうが、ここから逃すつもりはないように感じる。
「術者メルトリスはトール君を我が所有として認定――契約を開始する」
そう言葉を紡ぎ、メルトはそっと俺に手をかざした。そして――、
「施錠」
その言葉の直後、俺の首に何かが取りつけられた。
何か確かめることは出来ないが、位置や形状的に首輪と思われる。え.......は、え? なに、これ......?
「だから、言ったでしょ? 本当に帰れるつもりって。
おめでとう、これであんたは家猫確定よ。
ワタシでもこれほどの手厚い歓迎は無かったわ。妬けるわね」
「これからワタシがあなたのファミリーよ。うんと甘やかしてあげる」
「え、おい.....嘘だろ.......そんなのってありかよおおおおおぉぉぉ!」
本来なら嬉しいかもしれないシチュで全く喜べない無情な男の叫びは、屋敷中に響き渡るだけで誰の耳にも届かなかった。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




