第23話 猫スキーとの交渉
「ん.......陽の光......ここは?」
網膜を焼く眩しさに俺はそっと目を開ける。
最初に見えたのは、豪華なカーペットを鮮やかに照らす光だ。窓枠の形に合わせ光が差し込み、そこだけがやたら輝いている。
体を起こし、大きく伸びをすると、改めて周囲を眺めた。その場所はどこかの室内だった。
貴族風の内装で、壁際に様々な調度品が置いてある。
また、陽の光が差し込む位置には机があり、そのすぐそばには妙な繭みたいなのもあった。
一見すればペット用の高貴な寝室にも見えるが、人が入れそうなほどの大きさだ。
人一人分の小さなかまくらとでも言うのか。その中を覗いて見れば、クッションが一つあるだけ。
な、なんだこの異様なインテリアは?
「つーか、本当にここどこだよ.......」
思い出せるのは、昨日の夜に屋根の上でベルニカと話したこと。それから突然背後に何者かが現れたということ。
その何者かは琥珀色の瞳をしていた。加えて、縦長の瞳孔も。
となると、相手の種族はだいぶ絞られるが――、
「ようやくお目覚めかしら? 随分と寝坊助ね」
その声に目線を向けると、少し開いたドアからベルニカがするりと抜けてきた。
そして前足の毛繕いを始める彼女を見ながら、俺は質問する。
「俺を攫ってなんのつもりだ?」
「さぁ、それは私にもわからないわ。聞こうにも意思疎通出来ないし。
だけど、あんたが求める物知りの人物であることは確かだわ」
「なら、そいつは今どこにいる?」
「今頃優雅に読書&ティータイムって感じじゃないかしら? 会いたいなら案内してあげる。ついてきて」
そう言ってベルニカは一人先にドアを抜ける。なので、俺は彼女の後を追ってベルニカの主に会いに行くことにした。
廊下に出て、改めて周囲を見てみるが、随分と豪勢な廊下だ。なんか如何にも高そうな壺があるし、金の額縁に彩られた絵画が壁に飾られている。
廊下の床のカーペットの素材とかもそうだし、さぞかし有名な貴族なのだろう。
そう思ったのだが......それにしてあまりにも他の人の気配がしない。
それこそ、屋敷ならいて当たり前のはずであるメイドや執事の姿が全くないのだ。
まさかこのバカでかい屋敷に主一人で住んでるのか? いやいやいや、そんなまさか。
「ここにはメイドはいないのか?」
「いないわ。その代わりに何台かのゴーレムがその代わりをしているの。
ほら、ここから下の階層を見て見なさい。あれがメイドゴーレム」
一つの両開きのドアを抜けると、そこは屋敷のエントランスの二階部分だった。
そこにある中央階段から見下ろすと、確かにメイド服を着たゴーレムが掃除してる。
ゴーレムの姿はマネキンみたいな感じであり、夜に出くわしたら絶対にビビる自信があるな。
「なんたって一人でこんな場所に......」
「さぁね。アタシが拾われた時にはこんな感じだったし。
アタシも別に興味がなかったから事情は知らない。別に知らなくても暮らす分には十分だしね」
そう言って「こっち」と首を振って誘導してくるベルニカについていく。
俺が起きた部屋から反対側、そのドアを抜けて廊下を少し歩くと、彼女が一つの部屋で止まった。
「ここね――入るわよ!」
そう一声かけると、ベルニカは器用にドアノブに跳躍しノブを捻った。そして隙間が出来ると、そこに頭を押し込んで中に入っていく。
その行動に続いて中に入ると、窓際に座る少女が目に入った。
「あら、よく眠れた?」
そう言って琥珀色の瞳がキランのこちらを見る。
その少女の容姿を簡単に表すなら――ツインテゴスロリ美少女だ。
太陽光すら反射する白銀を髪をリボンで結び、全体的に黒いゴスロリ衣装を着ている。
瞳は縦長であり、その種族的特徴を示すようにこめかみあたりから前に向かって角がある。
また、特徴はそれだけではなく、彼女の腰からはワニのような白い尻尾が伸びていた。
もちろん、この世界にワニに似た生き物はいてもワニはいないので、角の特徴も含めると――、
「竜人族か」
「......へぇ、あなたしゃべれるのね」
どこまでも余裕を感じさせるゆったりとした口調の少女......いや、女性か。
竜人族は長命種と聞く。見かけよりはるかに年齢がいってることなんてザラだ。
そんな彼女は俺がしゃべったことに興味を示し、パタンと本を閉じて視線をこちらに向けながら頬杖をついた。また、反応したのは彼女だけではなく、
「え、あんたご主人様と......ってか、人の言葉しゃべれるの?」
「たまたまそういう力を持っててな」
それだけ返答すると、俺はゆっくりとその女性の前まで向かった。
それから二本足で立ち上がると、そっと胸に手を当てる。
「俺の名前はトールだ。そっちの名前は?」
「メルトリス=ドラゴ=アグニシュカ。メルトでいいわ。
そしてこの屋敷の主でもある。それで......随分と色々聞きたい顔してるわね」
「そりゃあな。なら、メルトさんよぉ、俺を攫った理由はなんだ?」
「可愛かったから」
「.......はい?」
そのあまりの即答に、俺は一瞬反応が遅れた。
確かに、「猫が可愛い」←これはわかる。しかし、だからといってこんな形で攫ったりするか普通?
「攫ったなんて人聞きが悪いわ。私はあなたを保護しただけ。
ベルちゃんが随分と仲良く話している相手という点でも評価していたけど、なによりその見た目。
ワタシもたまにベルちゃんを着飾るのだけど、嫌がるのよ」
「はぁ......」
「だけど、あなたは既に自ら着飾っている。
そんな帽子にスカーフまで巻いちゃって......ふふっ、可愛いわぁ。なんだか食べちゃいたいぐらい」
「ひぃっ!?」
そう言ったメルトが頬を紅潮させ、恍惚な笑みを浮かべて両手で頬に触れる。今にも零れ落ちそうな頬を支えるようにして。
そんな獰猛な捕食者のような目に、俺の体が一歩後ろに引いてしまった。
すると、メルトは「あら、はしたなかったわ」と言い、
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの。でも、それぐらい愛おしく思ってるのは本当よ」
その言葉の後、メルトが姿勢を正し不意に視線を飛ばす。
それから自らの太ももを軽くタップすると、そこに誘われるかのようにベルニカが移動した。
ベルニカはその膝上に飛び乗ると、当たり前のように寝転がる。
そんな彼女を撫でながら、メルトは言葉を続けた。
「それで......これであなたの一つ目の質問は満足かしら?」
「そうだな。あんたがただの猫スキーなだけで少し安心した。
で、そこにいるベルニカから聞いたんだが、あんたは知識が豊富なんだってな?」
「知識が豊富.....というのは少し語弊があるわ。ワタシは長命種故に他の種族よりも長生きなだけ。
それが結果として多くの知識を蓄え、人より多少知識が多いという感じよ。
だから、図書館司書のようになんでも答えられるというわけじゃない」
「なるほどな。だが、俺からすれば欲しい情報が手に入るかもしれないという時点でありがたいんだ。
なぁ、単刀直入に聞くが――人間に戻る方法を知っているか?」
「人間に戻る方法? なんだか興味深い質問ね」
「一言で言えば、俺は本当は猫じゃねぇんだ。人間からこの姿になっただけで。
んで、元の姿に戻る方法を探してるってわけ」
「ふ~ん、今の方が可愛いのにどうして人間に戻る必要があるの?」
「俺にだって事情があるんだよ。そこまで言う義理はねぇ」
別に内容は言えるっちゃ言えるが、まだ相手が信用できるかはわからないし、ましてやその動機の一部に童貞を捨てる相手が猫になることを防ぎたいなんて口が裂けても言えねぇ。
自分が童貞とひけらかす恥ずかしさもそうだが、その理由はさすがに情けなさすぎるだろ。
そんな俺の言葉に対し、メルトは何かを考えるように「ふ~ん」と唸ると、
「心当たりがないわけじゃないわ。とはいえ、正確に内容を把握してるわけじゃないから、少し調べる必要があるけれど」
「おぉ、それでも十分だ。で、早くそれを教えてくれ! 俺も手伝うからさ!」
「どうしてワタシがあなたの言うことを聞かないといけないの?」
「ほぇ?」
あまりにバッサリとした否定に、俺の思考が一瞬止まる。うぇ、あれ......今断られた? なんで?
「いや、いやいやいや......あっ、なるほど、見返りがないな。
確かに、頼むからにはそれなりの誠意が必要だよな。
わかった、このお礼は必ずする。俺は約束は絶対に破らねぇ。だから――」
「別に見返りなんてどうでもいいわ。約束なんかもする必要はない」
遮るように発せられた言葉に、俺は二の句が継げなくなる。
なぜなら、それが出来ないとなると、今の俺に交渉手段がないことを意味するからだ。
そんな固まった俺に対し、メルトはニィと口角を上げると、
「あなたが元人間であろうがどうでもいいの。今のあなたは猫ちゃん......それが揺るぎない事実。
であるならば、猫好きのワタシがどうしてあなたを戻す必要があるのかしら?
このまま猫ちゃんとして過ごせばいいじゃない。不自由はさせないわよ?」
な、なるほどな......メルトの言い分がやっと理解できた。
メルトからすれば、今の俺の状態は実に都合がいいというわけだ。
例えるなら、俺は金のなる木で、俺を人間に戻すことはその木を切り倒すこと。
そんな自分に得しかない状況で、どうして手放すようなことをしなければいけないのか。
加えて、俺はメルトとは何の接点もないただの猫。それこそ、助けてやる義理がない。
クソ、そうなると俺はどうにかして説得しなきゃいけないわけか。
もちろん、メルトを放棄して他の頼めそうな相手を探すのも一つの手だ。
しかし、それでもしこの状態がメルトにしか治せない類なら大問題だ。
それに、俺としては一刻も早く猫に戻りたい。さすがにここで蹴る理由はないな。
そんなことを考えていると、メルトは両手の平をパチッとくっつけ、
「それに猫ちゃんがしゃべるなんて夢みたいだわ。ずっと本当の猫ちゃんとしゃべってみたいと思っていたの。
この際、あなたが元人間であろうと構わないわ。そうね......私が満足したなら、考えてあげないこともないわ」
「――ッ! なら――いや、待て......考えるだけじゃダメだ。
ここで治せるかどうかはともかく、やれることはやってもらうことは確約してもらう。そんな言葉遊びに俺は騙されないぞ」
「全く小賢しい猫ちゃんね。でも、猫ちゃんと思うだけで許せるのはどうしてかしら。
いいわ、そういうことなら訂正してあげる。私を満足させてくれたなら――あなたが人間に戻れるように協力してあげる」
「言ったからな。しっかり言質は取ったぞ」
なんか棚ぼたで相手から言質を取れた。どうやって説得しようか悩んでたのに。
まぁいい。そうと決まれば、今度は奴を満足させることに思考を集中させればいい。
しかし、こっちは余裕だろう。なんたって相手は猫スキーなんだしな。
「ねぇ、あんた。アタシの言葉を届けられるんでしょ?
だったら、ご主人様に伝えて。お風呂入りたい気分になってきたって」
その時、メルトの膝の上で丸くなるベルニカがそんなことを言ってきた。
すると、彼女のしゃべった内容がメルトも気になったようで、
「そういえば、あなたはベルちゃんとも話してたってことは、ベルちゃんの言っていることもわかるのよね? 何て言ってるの?」
「別にわざわざ中継しなくても大体わかるんじゃないのか? 猫好きのご主人様ならよ」
「もちろん、わかるわよ。でも、それはこちらの推測で補ってる部分が大きいの。
本当にベルちゃんが求めている物が提供できているかはわからないじゃない。
それでもしベルちゃんにストレスを与えてたら嫌なのよ」
「まぁ、言いたいことはわかるが.......」
実際、俺もルミアとの会話は、彼女が俺の考えを推測してくれたから成り立ったものだ。
特に、戦闘が始まった時となると俺も地面に文字を書いている暇はなかったしな。
とはいえ、それでも時折ルミアと意思疎通が出来ていないことはあった。
例えば、夕食の時とかな。あの時のルミアは全然止まらなくて困ったものだった。
いやまぁ、一応被害に遭った分のお返しみたいのはあったがな。あの巨乳だし。
ともあれ、実際経験した身だからこそメルトの言い分が理解できちまう。
「ハァ、そういうことなら間違って伝わってる場合の時だけ口出してやるよ。
今回は初回サービスとして特別に答えてやる。ベルニカは風呂に入りたいんだとよ」
「お風呂......こんな朝から?」
ベルニカの言伝を聞き、メルトは一瞬窓を見る。
それから首を傾げるも、俺の姿を見るとハッと息を呑み、
「なるほど、そういうことね。さすが愛しのベルちゃんだわ」
そう言うとメルトはベルニカを両手で抱え込み、椅子から立ち上がる。
それから歩き出した方向は、ドアの方だった。本当に風呂に入るつもりか? だとすれば、さすがに甘すぎないか......ん?
「え......?」
そんなことを思った瞬間、メルトの尾てい骨辺りから伸びる雪のように白い尻尾がスルリと動く。
それは俺の体の前を通過すると、そのまま俺に絡みつき、体を持ち上げ、
「え、おい、何して――」
「私、汚いのは好きじゃないの」
俺に顔を少しだけ向けると、ニコッと笑う。
その瞬間、俺はこの先で待ち受けている未来を想像してしまった。
あ、ちょ、それは――下手すれば、ルミアにドチャククソ怒られるやつ!
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




