第16話 森の王との戦い#1
ドグラベア――このサイバル森林の頂点捕食者とされている魔物だ。
脅威度は当然Aランクであり、個体によればS級にも至るフィジカルモンスター。
特徴としては硬化した背中の毛が棘甲羅のようになっており、また腕にも似たような装甲がある。
今目の前に現れたのは、体長三メートルほどの個体であり、これでもまだ幼体の方だ。デカければ五メートルは優に超え、その大きさに比例して戦闘力も上がる。
故に、見つけ次第撤退が基本の魔物である。
もっとも、逃げられればの話だが――、
「幸いなのは、相手が怪我をしていることか......」
ドグラベアとて幼体であれば、他の魔物から襲われやすい。
自らも手負いであることを自覚しているのか、すぐに襲ってくる気配はない。
となれば、相手から目を逸らさず、ゆっくり後ずさりして距離を取るべきだ。
クソ、こういう時に言葉が通じないから、すぐに声をかけることができない。
加えて、地面に文章を書くことも、書いてもそれを読ませることが出来ない。
もはや、ルミアが自らの知識や経験で正しい撤退行動を取ってくれるのを祈るばかりだ。
「トールちゃん、あの魔物......怪我してませんか?」
その時、俺が気付いてから少し遅れてルミアがドグラベアの状態に気づく。
よし、良く気付いた。となれば、相手の心理状態を利用してそのまま後ずさりを――、
「あの、今から間違ったことを承知で言うのですが――治療していいですか?」
「は?」
ルミアの言葉に、俺は思わず彼女の方を向いた。
しかし、すぐにハッとして視線を戻す。幸い見逃されたようだ。助かった。
にしても、突然何を言い出すんだこの子は? 手負いの魔物が一番危ないんだぞ?
そう思うものの、口から彼女を止める言葉が出ない。もっと言えば、出せない。
隣から一つの息遣いが聞こえた。まるで深呼吸でもしているよう。
するとその時、俺の視界で彼女がドグラベアに向かって歩き出した。
「すみません、行ってきます」
「ちょ――」
両手で杖に縋るように握りしめ、ルミアがロボットのようなぎこちない足取りで進んでいく。
そんな彼女に俺はただ手を伸ばすことしか出来ず、その手はあまりにも遠すぎた。
「グウウウゥゥゥ......」
「大丈夫です。私はあなたを攻撃しません。ただ治癒師として怪我している人を見過ごせないだけです。
それは例え魔物であろうと変わりません。なので――私にあなたを助けさせてください」
ドグラベアに声をかけながら、ルミアはゆっくりと一歩ずつ歩みを進めていく。
その距離が縮まるたびに、ドグラベアが重低音で唸るが、それでも彼女は退かなかった。
そして丁度俺とドグラベアの中間距離ぐらいで立ち止まると、そっと杖先を伸ばす。
「回復」
魔法を発動させ、ルミアはドグラベアの治療を開始していく。
ちゃんと魔法は発動出来ているようで、ドグラベアの体が淡い光に包まれた。次第に、ドグラベアの声がすぼんでいき、仕舞には無くなる。
「はい、終わりです。もう大丈夫ですよ」
杖を手元に戻し、ルミアがそう告げる。すると、ドグラベアが近づき、そっと押し付けるように頭をルミアの腹部に当てた。
一瞬近づいてきた時にはヒヤッとしたものだが、どうやら敵意は完全になくなったらしい。
ルミアに感謝するように頭を撫でつけているのが良い証拠だ。
「はい、どういたしまして」
感謝に答えるように、ルミアもドグラベアの頭をそっと撫でた。その時間もやがて終わるとドグラベアは森の奥へ消えていく。
その姿を見届けて、俺はようやく重たい息を吐くことが出来た。隣にいるスー子も肝を冷やしたいたのか疲れた顔をしていたのは驚きだ。
「トールちゃん、スー子ちゃん、私のわがままを聞いてくれてありがとうございます」
そんな俺達に対し、ルミアは深々と頭を下げる。
正直、無茶な行動に怒りたいところだが、彼女の行動理由も分からなくはない。
恐らく、彼女は律儀に俺との約束を守ろうとしているのだろう。
「『言いたいことは色々あるが、とりあえず無事で良かった』」
「はい、心配かけてすみません。ですが、怪我してるとなると放っておけず......しかし、仲間であるトールちゃんとスー子ちゃんを危険に晒したのも事実です。なので、迷惑かけてごめんなさい」
「『自分で間違いを認識できていて反省出来てるなら言うことは無いよ。
それにルミアはただ少しでも多くの人や魔物を助けたかっただけだろ?
それはルミアの美徳だ。だから、それに関しては堂々とすべきだ』」
「――っ! はい!」
「『ただし、それでもさっきのような無茶は禁物。さっきだって運が良かったから助かったようなものだ。
治癒師であるルミアが一番に安全を考えなきゃいけない。そこはいいね?』」
「はい、わかりました。気を付けます」
俺の言葉を、ルミアは真摯に受け止める。その光景は、まるで昔に俺が冒険者ギルドのバイトをしていた頃と重なった。
あの頃も新米冒険者に色々教えてたな.....懐かしい。まぁ、実際ルミアも冒険者歴1年ぐらいだから新米なことには変わりないけど。
「プギュ」
「『優しい』って......俺だって怒る時は怒るさ。
今回はたまたまそこまで至らなかったというだけの話であって。
まぁいい、無事に問題も解決出来たことだし、先に進むぞ」
それからの道中、俺達は周囲を警戒しながら進んだが、拍子抜けするほど何もない。
むしろ、ここまで魔物の気配を感じないとなると逆に不安になってくる。
まるで登校中に学生を一人も見かけなかった時のような妙な不安があったぞ。
「ここは遺跡跡地ですかね......」
茂みから顔を出し、ルミアの呟きを聞きつつ視線を巡らせる。そこは開けた場所であり、石造りであろう遺跡があった。
高くそびえるような階段があり、最上段から上がどうなってるかわからない。強いて見えるのは、ボロボロに崩れ落ちた柱ぐらいか。
「ボス戦みたいな場所だな」
「あの場所にあるんでしょうか.....?」
「プギュ」
「それは行ってみるしかわからなさそうだな」
率先して俺が茂みから出て、その後ろからルミアとスー子ついてくる。
ゆっくりと階段を上り、最上段まで顔を出して様子を伺った。
すると、同じ組ていたルミアが反応する。
「あ、ありました!」
「あったな。問題もあったが」
ボロボロの床に崩れ廃れた柱の数々、そして倒壊したであろう屋根の瓦礫。
そんな場所の奥にある祭壇のような階段で伸びったちょっと高い位置に生える植物がある。
頭が垂れ下がった百合のような見た目をしているそれ中心に果実、確かにミダモフルーツだ。
ただし、そこに辿り着く前にとんでもない争いが繰り広げられている。
それはクレイモンキーの群れと一匹の巨大ドグラベアが殺りあっているのだ。
加えて、そのドグラベアの背中からは紫色のヤバそうな五体の蛇の頭が生えている。
「あの熊ちゃん......さっきと同じ種類のようですが、なんというか.......酷く禍々しいです。
たぶん、あの魔物は倒さなきゃいけないかもしれません」
ルミアと同意見だ。あのドグラベアはヤバイ。発するオーラもさることながら、あの蛇でもってクレイモンキーを蹂躙している。
群れの数は二十はいそうなのに、そのどれもが千切れ、切り裂かれ、噛み砕かれと凄惨な死に方をしていた。
出来れば戦いたくないところだが......恐らく戦いは避けられないだろう。
気が立っている状態で盗みにいけないのもそうだが、あの蛇の頭が常に周囲を見渡してるのだ。
あの蛇は明らかに自然な状態じゃない。何かで意図的に生み出された類のものだ。
「トールちゃん、どうしますか?」
目の前の光景に囚われていれば、今後の行動をどうするかをルミアが聞いてきた。
正直、ここで撤退するのが一番無難だ。それが一番安全。
しかし、もう目と鼻の先にミダモフルーツがあるというのに撤退するのか。
それにルミアをこんな目に遭わせた連中の鼻を明かしてやりたい気持ちもある。
だから、俺は――、
「やろう。戦うのは俺がやる。二人とも全力で支援してくれ」
猫だからってこんな所で日寄ってちゃ、いつまで経っても俺は負け猫のままだ。
別に元仲間の連中に見返すつもりはないが、それでも猫でもやれると証明してやる。
そんなわがままを吐き出した俺の言葉と視線に対し、ルミアとスー子が大きく頷いた。
「その目でなんとなく伝えたいことはわかりました。
やりましょう。私は全力でトールちゃんを支えます」
「プギュギュ!」
まるで心が通じ合ったように返事が返ってくる。
その頼もしい返事に「ありがとう」と感謝しつつ、俺は注意をドグラベアへと向けた。
「なら、勝負と行こうか」
近づいていくと俺の少し後ろからルミアとスー子もついてくる。
そんな俺達の様子に相手も気づいたようで、狂乱とした瞳をこちらに向けた。
ただ見られたってのに、なんて威圧感だ。確実に、強者と分かる。
「やぁ、随分とお盛んなようじゃないか。
そんなに遊び足りねぇってんなら、俺と遊んでみるか――どわっ!」
気圧されるぬようにちょっとイキった感じで声をかけてみれば、速攻で蛇の一体が飛んでくる。
大きく口を広げたそれがまるで俺を丸呑みせんと迫り、咄嗟に避けた俺の足場に噛みついた。
固いはずの石床が豆腐に噛みついたようにゴリッと削れていく。
噛まれたら即死コースだな、これ。つーかよぉ――、
「俺がまだ話してる途中だろうが!」
一気に旋回するもいきなり攻撃することはせず、まずは様子を見ることに。
瓦礫を伝って俺が高速で走り回れば、その動きに対してドグラベアが動くことはない。
代わりに、奴の背中から生えてる闇を煮詰めたような色をした蛇が睨んでいる。
ということはだ、恐らくこの魔物に死角はないと見ていいだろう。
「よっと。リーチもかなりあるな」
俺とドグラベアとの距離はざっくり五メートル程度。その距離から飛んできた蛇の一撃を躱す。
背中から生えてる蛇の長さは一メートルぐらい。しかし、攻撃する時はその体を一気に伸ばし、噛みついてくるようだ。
となれば、俺はどうにか掻い潜って進まないといかないわけで。
「なら、新武器の実力を拝ませてもらおう」
旋回から一気に方向転換し、ドグラベアへと一直線へ迫る。すると、俺に反応して一体の蛇がこちらに向かって突撃してきた。
それに合わせて俺は右手のバングルから火の術式をセット。剣のような形状にすると蛇の噛みつきを紙一重で躱し、代わりに一撃をお見舞いする。
瞬間、炎の刀身がスッと蛇の首に入り、その頭を容易く切断した。
斬ったような確かな重みと十分なリーチ。そしてさらにこのバングルは――、
「射撃武器にもなる!」
火から切断性能が高い風の術式にセットし直し、同時にボウガンのような形状に変える。
それを迫ってきていた二体目に向けて放てば、射出された風が蛇の頭を貫通した。
それにより二体の蛇が倒され、余裕が出来た俺は再度突撃していく。
三メートルほど近づいたところで、ようやくドグラベアがこちらに意識を向けた。
よく見れば半開きの口から涎が漏れ出ていて、まるで洗脳でもされているような表情だ。
「グアアアァァァ!」
ドグラベアが巨体を動かし、突っ込んでくる。
俺のサイズからすれば、アイツの巨体でもまるで山が迫ってきているようだ。
単体のアリが像に戦いを挑んでいるようなものであり、普通なら勝ち目はない。
「だが、ここは残念ながら異世界だ。その常識は通じない!」
真っ直ぐ突っ込んでいくと同時に<火球>を放つ。
その一撃をドグラベアは生身で受け、されど意味がないかのように黒煙を振り払い、さらに距離を詰めた。
加えて、背中にある三体の蛇が一気に襲い掛かり、俺の逃げ場を潰しにかかる。
その攻撃を、俺は猫の動体視力と機動力で躱した。また、逆に地面に突っ込んだ蛇の胴を足場にしてドグラベアへと接近していく。
蛇の胴体を移動中、すかさず他の蛇が襲い掛かるが、それすらも躱して一気に背後と上を取った。
「火炎斬り」
右手を頭上に掲げ、俺はそこから一気に炎を噴出させる。炎が剣へと変化し、それを一気に背中に向かって斬りつけた。
直後、炎が硬質な毛を焼いていき、ザンッと袈裟斬りの傷をつける。
「グァ!」
「うしっ、手ごたえあり!」
「トールちゃん、危ない!――光鎖!」
「プギュ!」
空中という無防備の中、俺に向かって二体の蛇の頭が迫る。
先程三体の蛇は避けたはず。なのに、それは迫って来た。
ということは、最初に潰した二体が再生して襲い掛かって来たということだ。
そんな俺の後隙を狙った攻撃に対し、ルミアとスー子が反応する。
ルミアは光で構成された鎖でもって一体の動きを封じ、スー子は風の刃で頭を切断――、
「.....ってえぇぇ!? 」
なんかいつの間にか別の魔法使ってる!?
本当にいつの間に覚えてくるの? もしかして俺の見て覚えたのか!?
器用というかもはやそれとは違うベクトルで凄いんだけど!?
そんな驚きを抱えつつ、二人の支援のおかげで無事に無傷で距離を取ることが出来た。
とはいえ、相手はフィジカルお化けだ。さっきの攻撃もなんだかんだで分厚い脂肪で、命を脅かすまでには至ってないだろう。
「グオオオオォォォォ!」
ドグラベアが猛々しく吠える。その方向が衝撃波を伴い、振動した空気で体がピリッと痺れた。
さすがの王者の貫禄というわけか。だが、殺れない相手じゃないとわかっただけ儲けもんだぜ。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




