第14話 これは助けたご褒美ですか?
凍えるような寒さで、段々薄れていた意識が一変する。
もはや身震いすることも出来ず、ただ死を待つだけの冷たい体に熱が宿った。
最初は小さな熱だった。でも、それがとても......とても暖かい。
動かない体にじんわりと熱が広がっていき、それが酷く心地よい。
まるで母親に抱かれている赤ん坊になった気分だ。慈愛が流れ込んでくる。
もはやさっきとは違う意味で眠くなってきた。いつまでもこの温かさに浸っていたい。
しかし、俺の体は生きていることを示すように活動を再開する。
熱によって温められた血が全身を巡り、それが様々な臓器の躍動を促す。
小さな熱が次第に大きくなり、やがて周囲の環境がわかるようになってきた。
今の俺は――横になっているのだろうか。背中や頭に固い地面を感じる。
加えて、一方からはじんわりと熱が伝わってきて、パチパチと音が聞こえた。
網膜には貫通した光がちらつき、俺に本格的な覚醒を促してくる。
美味しそうなニオイも漂ってきた。
それが体力を消耗させた体をより呼び覚ませ、急激にお腹がすくのを感じる。
あぁ、もういい加減起きなきゃダメか。もうちっと浸りたかったな。
「ん.......あれ? ここは?」
ゆっくり目を開けるとそこは知らない天井だった。白くはなくオレンジ色。
恐らく近くの火の明かりが反射して色が染まっている感じだろう。
......っていうか、俺生きてね? あれ、助かった? あの状況で?
確か俺はルミアを庇って攻撃を食らって、そのままスー子に指示して川にドボン。
この体では十分な致命傷に相当し、川の中という血が際限なく流れ出る場所にいたはずなのに。
一瞬温かくなって光を浴びたのを感じて.......そんで誰かが居たような気がして。
何かを言った気がするが全然思い出せん。まぁ、死にかけだったしな。
しかし、この状況で生きているってことは、もしかして――、
「あ、起きましたか? おかえりなさい」
「た、ただいま? ......ってそうか、やっぱりルミアが治......し、て......」
俺が放った第一声に反応して、ルミアの声が聞こえてくる。
咄嗟に体を起こし目線を声のする方向に飛ばせば――ルミアが裸だった。
下着は辛うじてつけているとかじゃない。マジで真っ裸だった。
ぶっちゃけ幼少期の頃の母親の裸以来、初めて見る女性の裸体である。そのせいか俺の視線は胸や尻、足へと釘付けだ。
これは仕方ないといって欲しい。体は猫であろうと、心は人間なのだから。ましてや、思春期ボーイである。不可抗力だ。
そんな体は、年下の少女の発育のいい体を見て咄嗟に両手で目を隠す。
まるで顔を洗っているみたいな仕草になっているが、これでも隠しているのだ。あぁ、反応が明らかに童貞丸出しである。
「ふふっ、まだ眠たいんですか? でも、元気になって良かったです」
違うんです。童貞的思春期メンタルが見ていいか判断を決めあぐねいてるだけです。
もういっそ堂々とエロ猫らしく見ればいいという思考の一方で、安易にそんな行動を取ってルミアに嫌われたくないという考えもある。
ましてや、ルミアは命の恩人だ。そんな相手に対して不埒は真似は出来ないだろう。
となれば、俺が取るスタンスは一つしかあるまい――チキンプレイだ!
焚火から持てそうな炭を回収するとそれで文字を書く。
「『ルミア......服は? 女の子が安易に裸になるのは良くないと思う』」
「え? あぁ、ずぶ濡れになってしまったので乾かしてるんです。
それにここはこじんまりしていて熱も籠りやすいので、早く乾くかなと。
それはそれとして、心配してくださりありがとうございます。
ですが、ここには私以外に人間はいないので大丈夫ですよ」
いるんだよ、ここに! つっても、猫だから説得力ないけど!
結局、ルミアが俺を猫と疑わない以上、この状況をどうにもすることは出来ない。
一度文章で伝えて話そうとも思ったが、長くなるしどこから話したものかと考えているうちに言うタイミングを無くした。
話せるのだったら違っただろうけど、未だ話せる目途は立たないしな。
せっかく<会話術>という固有スキルがあるのなら、是非とも実力を発揮して欲しいものだ。
なんだったら、お前の活躍場面ここぐらいしかないだろ!
とはいえ、結局このスキルが上がるのも熟練度で一定回数スキルを繰り返さないとだし。
せめて熟練度が見えればモチベももうちっと変わってくるんだけどな。
ハァ、結局俺は現状でどうにかこうにかやっていかないとならないってわけか。
「にしても......裸エプロンってこんな感じだろうか。ま、エプロンすらねぇんだけど」
裸で料理しているルミアの姿は、客観的に見ればなんともシュールである。
確かに、ファーストインパクトは凄いが、それで料理をされると興奮よりも心配が勝つ。ましてや今はエプロンすらしていないのだ。
あの綺麗な肌に火傷の痕はもったいないだろう。そう思ってしまうのは、俺が童貞だからなのか。
「プギュ!」
「スー子......お前も無事でよかった」
「プギュー」
ルミアの方へ意識が囚われていると隣からスー子が声をかけてきた。
そんなスー子に無事で安心したことを伝えれば、どこかドヤ顔したように反応する。
しかしすぐに表情を暗くして、甘えるようにスリスリと身体をこすりつけてきた。
なんだかんだで俺もだいぶコイツには愛着を湧いちまったな。
それこそ、あの場面でスー子がいなければ、ルミアも無事じゃすまなかっただろう。
そう考えると、最初のお前との出会いにどこか運命的なものを感じるな。
仕方ない、今は存分に甘えることを許してやろう。俺も久々にお前のモチモチボディを堪能したかった所だしな。
ただ少し言わせてもらえば、ちょっと圧が強い。傷も無くなって痛みがないとはいえ、その圧による息苦しさはあるから。
「料理が完成しました。もちろん、トールちゃん用の冷ましたものもありますよ」
そんなこんなしていると、ルミアが笑顔で食事が出来たことを告げた。
その笑顔はとても綺麗で可愛い。だが、それでも視線が自然とそれ以外に吸い寄せられる。
明らかに目のやり場に困るんだが。一体俺は何と戦っているんだ?
「それじゃ一緒に食べましょ!」
「え?」
突然ルミアが俺の体をひょいっと持ち上げると、そのまま膝上に乗せる。
おかげで目のやり場には困らなくなったが、代わりに別の意味で困る。
言ってしまえば、後頭部だったり、背中だったり、お尻だったり、尻尾だったりから柔らかい感触を感じるのだ。
「ふふっ、尻尾がくすがったいですね」
特に、胸はヤバイ。もう何がヤバイって、言葉にするのも難しいぐらいヤバイ。
現状の俺でも脳破壊を食らってるみたいな感じだ。
ここに小学生男子がいたとすれば、性癖がねじ曲がってしまうこと間違いなし。
もちろん、それは服を着ている状態の話である。
だから、着ていない今はもっと攻撃力が高い状態であるからして。
俺がこの場に居たら、確実に理性の糸が切れていた自信がある。
もっとも、この状況は俺が猫だから成り立つ展開であって。
それを考えると喜ぶべきか悔やむべきか非常に悩みどころだ。
だって、今のルミアに猫に向ける以上の親愛はないわけだし。
「はい、トールちゃん......あーん」
「あ、いや、俺は普通に食える――んぐっ」
俺の言葉は届いていないのか、ルミアがやや強引に食べさせてくる。
そして腹ペコの俺の体はその誘惑に抗えず、結局食べてしまうのだ。
あぁ、このお肉美味い。スープがよく沁み込んでいて、体に熱が発生する。
そんな食事も終わり、ルミアの食器洗いを手伝えば、ようやく一段落だ。
改めて周囲を見るとここの洞窟......というか、巣穴は岩盤に囲まれた天然の地下室である。
依然使っていた魔物が掘ったのだろうが、その魔物には感謝しかないな。
斜めっている入り口から外を見ると木々に隙間から夜空の星々が確認できた。
クレイモンキーに襲われたのが昼頃だったはずだから、気が付けば四分の一の時間が過ぎてたのか。
加えて、あの傷の深さを考えれば、迅速な治療がなければ間違いなく死んでいただろう。
「『改めて助けてくれてありがとう。ルミアがいなければ死んでた』」
焚火の薪から燃えてない枝を手に取り、俺は再び文字を書いた。
すると、三角州割りをしながら火に温まるルミアがその文章に気付く。
「いいえ、お礼を言うのはむしろこちらの方です。
あの時動けなかった私を助けてくれたのは、むしろトールちゃんじゃないですか。
だから、助けてくれてありがとうございます」
相変わらずルミアらしい律儀な返答だ。素直に感謝を受け取っておけばいいのに。
ともあれ、俺がこの場にいるってことはだ。それに体に感じた温かい感覚。
もしかしなくてもそれって――、
「『ルミアは回復魔法が使えるようになったのか?』」
「はい、おかげさまで。トールちゃんが私を信じてくれたからです。
もちろん、それが一回きりでないことは実証済みです。
えーっと......あ、ありがとうございます」
俺との会話中、横からスー子が「プギュッ」と少し枯れた草を渡した。
俺達の会話内容から必要であることを察して取って来たのだろう。ええ子や。
そしてルミアはそれを受け取ると左手に草、それに右手をかざし魔法を行使する。
「回復」
ルミアの無詠唱の直後、草の枯れかけていた部分がすぐに色を変えた。
黄色がかった箇所がなくなり、緑色に変化していく。
しかし、草は全体的に細くなり、しなしなっぽくなってしまった。
これは<回復>の効果が「外部からの干渉による治療」ではなく、「自身の自己治癒力を大幅向上させる」だからだろう。
つまり、俺のような肉体で完結してる動物と違い、植物は地面から自己治癒力を高めるための栄養を受け取る必要がある。
それが出来ないから植物は枯れてた部分が無くなった代わりに、全体的にしなしなになってしまったのだ。
起き抜けに俺が腹が減っていたのと同じ理由である。体を回復させるのにも意外と体力は使うわけで。
にしても、そっか......ルミアはトラウマを克服できたわけだな。
「『おめでとう、ルミア。ついに回復魔法が使えるようになったわけだな」
「はい、トールちゃんのおかげで。これでこれからの旅でも役に立てると思います!」
「『面目躍如を期待しているよ。とはいえ、無理するなよ?』」
「わかってますよ。でも、今はずっと私を助けてくれたトールちゃんやスー子ちゃんに恩返しできるのが嬉しいんです」
「『そっか。ともあれ、今日は色々あって疲れたし寝るぞ』」
「あ、トールちゃん!」
俺が入り口を土魔法と<魔力操作>を利用して塞ごうとすると背後からすぐに声をかけられた。
声の主であるとルミアは少し恥ずかしそうにしながらも、勇気を振り絞って口に出したようで、
「その.......あの、い、一緒に寝て貰っていいですか?」
......勘違いするな童貞野郎。確かにエッな方で一瞬想像してしまったが、これは猫に対するアレだ。
加えて、俺が会話可能な相手だから提案しただけなのであって、決してそれ以上の意味はない。
というか、あったら困る。俺にそんな特殊性癖はないからな。
ともあれ、この巨乳の妹分から添い寝を提案されるみたいな状況は悪くないな。
それに? そのまぁ、俺としても? ルミアからの提案を断るほど野暮じゃないし?
ルミアがそう言うなら仕方なく。それはもう仕方なく人間だけど猫として振る舞ってやろうじゃないか。
そのためにも、ルミアに実行してもらうことが一つ。
「『服は着てくれ。風邪引く可能性もあるから』」
「はーい♪」
入り口を塞いだ土壁に文章を刻み、俺はルミアが着替えるのを待つ。
それから横になるルミアの近くによるとスー子も「混ぜて」と近づいてきた。
なので、ルミアのそばにいるスー子の上に乗り、そこで丸くなる。
本当だったらルミアの体に背中を預けて寝ても良かったんだが、スー子が可哀そうだからな。
それに地面の上で丸くなるよりも、スー子のボディが最高なんじゃぁ。
というわけで、俺はそこで睡眠を取ることにする。
「ありがとうございます」
閉じていた目を少し開けると横向きに寝ながら微笑むルミアの顔がある。
その視線はどこか熱ぼったく、頬は少し赤かった。いや、これは焚火の影響か。
「どういたしまして」
ルミアにはきっと「ニャ」ぐらいにしか聞こえないだろう。
だけど、この返事だけがちゃんと伝わったような気がするのは、きっと気のせいじゃない。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




