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第13話 受け入れる覚悟

―――ルミア 視点―――


「ケホッケホッ.......ハァハァ......」


 ビチャッと濡れた腕を川岸に引っかけ、私はそのまま上半身を乗せます。

 水を飲んでしまったのか、息苦しく、吐くように咳をしました。

 加えて、体力もかなり消耗しているようで、荒い呼吸が止まりません。


 びしょびしょになった体が冷えるのを感じ、すぐに陸に上がろとした時に気付きました――右腕の重みに。

 川に沈んだその腕を上げてみれば、人の手を模した触手で私の右腕を掴むスー子ちゃんがいました。

 さらにこの子の手には抱えているトールちゃんの姿があります。


 トールちゃんの胴体には大きく切り裂かれた跡があり、そこから血が滲んでいました。

 その瞬間、私の脳裏にこれまでのことが蘇り、


「そうでした、私......魔物の集団に襲われて。私を助けようとしたトールちゃんが庇って.......それで――うぷっ」


 私が見殺しにしたリーダーの姿を思い返し、気持ち悪さで胃液が喉まで上がってきます。

 喉が焼けるような不快感を感じ、今にも吐き出したい衝動に駆られました。


 咄嗟に口を抑えたかったですが、左腕は岸に引っかけているせいで、口を押えることも叶わず。

 なんとか飲み込みましたが、それでも胸の不快感が消えることはありませんでした。


「また、まただ......また私のせいで......トールちゃんが死んじゃ――」


「プギュ!」


「え......あ、そうですね。まだ、まだ諦めちゃいけません。

 とにかく、陸に上がりましょう。トールちゃんは絶対に死なせません!」


 右腕を引っ張り上げ、そのまま下半身も岸に引っかけると、転がるようにして上がりました。

 すぐに体を温めたかったですが、こんな開けた場所じゃ治療も出来ません。

 立ち上がるとトールちゃんを抱え、私はすぐに周囲を見渡しました。


 今いる場所は少し開けていますが、周囲はどこもそこも森ばかり。

 ここに来る冒険者が通りそうな道を探しましたが、そんな都合よくあるわけもなく。

 とにかく、今はどこか安全な場所を見つけないと。いや、その前に――、


「応急処置をしないと」


 びしょびしょになったバッグから小瓶を取り出しました。応急処置用として買っておいた回復薬です。

 その小瓶の蓋を開け、トールちゃんの口に当てるとゆっくり流し込みました。


「全然飲んでくれない......」


 流し入れても液体が口の端から零れていくばかり。

 回復薬は飲んで初めて効果が発揮されるものなので、これでは意味がありません。加えて、呼びかけてもトールちゃんの反応もない。

 胸は上下しているから呼吸はある。でも、弱々しい。とにかく、今の内になんとかしないと!


「スー子ちゃん、どこか安全な場所ってありませんか!? 洞窟とか!」


「プギュ......」


「ごめんなさい、そうですよね......」


 スー子ちゃんだってここに来るのは初めてのはず、分かるわけがありませんでした。それに川に流されて現在の場所すらわからない。


「こんな時、トールちゃんなら――」


「ニャ......」


「――っ! トールちゃん!」


 まるで聞き逃してしまいそうなか細い声。それでも私は聞き逃しませんでした。

 すぐに目線を手元に向ければ、そこには目を薄く開けるトールちゃんの姿があります。

 口を小さく動かし再び「ニャ」と何かを伝えているようでした。


 内容こそわかりませんでしたが、今までのトールちゃんを思い浮かべれば「大丈夫」とでも言ってそうな気がします。


 そんなどこまでも私の心配をしてくれるお人好しの猫ちゃんでしたから。

 今にも死にかけているというのに、私を気にかけて.......それなのに私は――、


「違う。弱気になるな、私! 今やるべきを考えて!」


 不安な考えを拭い去るように頭を横に振り払いしながら、私は自身に言って聞かせました。

 そして意識を一本に集中させます。即ち――トールちゃんを死なせないこと。


「スー子ちゃん、安全な場所を探すの手伝ってください! 私、トールちゃんを死なせたくない!」


「プギュ!」


 その声に反応し、スー子ちゃんが大きく跳ねました。

 それから私達は森中を走り回り、とにかく安全な場所を探しました。

 といっても、森の中で安全な場所は限られていますので、お目当ては洞窟か大きな木のうろです。


 茂みをかき分け、蜘蛛の巣が顔にかかろうともとにかく周囲に気を配り、一分一秒も無駄にしないように安全な場所探しを続けました。


 そんな行動を続けて少しした時、スー子ちゃんが小さな洞窟を見つけてくれました。

 それは横倒しの木の下にある小さな穴で、周囲に茂みもあり隠れやすそうです。


 ただ、そういった天然の穴は他の魔物の巣になっていることも多いです。

 戦えない今、むやみに突っ込むのは自殺行為でしかありません。

 そんな理由で尻込みをしていると私の気持ちをスー子ちゃんが察したのでしょう。


「プギュ!」


 洞窟の入り口に近づいたスー子ちゃんが、「私に任せて」と言わんばかりに鳴きます。

 そんなこの子の覚悟に、私は胸が震えました。


「......そう、ですね」


 誰かを助けるために誰かが犠牲になる。そんな本末転倒な現実、到底受け入れたくありません。

 でも、今は一分一秒が惜しい。それが生存率に大きく関わるから。

 だからこそ、私は頭を下げ、スー子ちゃんを送り出します。


「......よろしくお願いします」


「プギュ」


 その言葉に「任された」とでも答えるように鳴き、スー子ちゃんは洞窟の中に入ります。

 そんな姿を、私はただ見守ることしか出来ませんでした。

 こういう時、本当に歯がゆいですが、私は私の仕事を果たさなければ。


「回復(ヒール)」


 トールちゃんの傷口に手をかざし、魔法を発動させます。

 ですが、相変わらず役立たずの力は、一向に私に振り向いてくれる気配がありません。

 それがさらに焦りと不安を募らせ、心臓がバクバクと慌ただしくなってきます。

 明らかに呼吸が弱ってきているというのに。もはや私しか助けられないのに!


「プギュ!」


「スー子ちゃん......無事で良かったです」


「プギュギュ」


「わかりました。すぐに入りましょう」


 スー子ちゃんに案内してもらい、私は穴の中に入りました。

 入り口はゴロゴロとした小石が多く、それで滑るように下りながら中へ。

 <光源(ライト)>で周囲を照らせば、二人分のスペースはありそうでした。

 私達であれば、十分なぐらいのスペースです。そこにトールちゃんを寝かせます。


「プギュ」


「......えーっと、わからないけど、わかりました! ここは任せてください!」


 そう返事をすれば、スー子ちゃんは外に出ていきました。

 スー子ちゃんは頭が良い。恐らくあの子なりに考えがあるのでしょう。

 なので、他のことは一旦あの子に一任して、私はトールちゃんの治療に専念します。


 すぐさまトールちゃんに手を当て、回復魔法を行使しました。

 しかし、相変わらず私の手から魔法が行使されている様子は見えません。

 トールちゃんが苦しそうに呼吸する姿が見えるばかりで焦りが募ります。


「なんで......なんで私が魔法が使えないの!

 ここでトールちゃんを助けられるのは私しかいないのに!

 私が魔法を使えれば......まだ、まだあの恐怖に襲われているっていうの!?

 今ここにあの魔物はいないのに! お願い、早く......早く出来るようになって!」


 そんな願いを嘲笑うかのように、私のお願いは一向に叶うことはありません。

 一方で、濡れた体をそのままにしているためか、体が少しずつ震え始めました。

 手はかじかみ始め、集中力が自分の寒さの方へと削がれていく。


「不味い、このままじゃ――」


「プギュ」


 そんな私の横で、細い木の枝をたくさん持ってきたスー子ちゃんがそれを並べ始めました。

 私やトールちゃんが組み立てていた焚火台の真似をしているのでしょう。

 それを組み立てると、私に何かを要求してきました。


 その要求内容を察した私はバッグから火の魔石を取り出します。

 すると、それを使ってスー子ちゃんが焚火台に火を付けました。

 瞬間、これまで暗かった周囲がオレンジ色に染まり、狭い室内のおかげですぐに温まって来ました。


「プギュ!」


「はい、ありがとうございます。トールちゃんは必ず助けます」


 なんだか「次はあなたの番よ」と後押ししているように感じ、私は感謝と意気込みを告げました。

 しかし、意気込みだけ告げて出来なかったでは話になりません。

 集中できるような場はスー子ちゃんが整えてくれた。もう後には引けない。引く気もない。


「スーハー......」


 一度大きく深呼吸をして呼吸を整えます。

 体が温まり、思考が冴えてふと昔のことを思い出しました。

 そういえば、お父さんが言ってました――「魔法を行使する時は精神力が大きく左右する」と。


 つまり、今の焦っている私では話にならないということです。

 トールちゃんには申し訳ないですが、少し時間を使ってでも心を落ち着かせます。


 それから向き合うべきは、自分のトラウマでしょう。

 私が魔法を使えなくなった原因であり、呪い。

 おかしな話ですが、私は私を受け入れることが必要だと思いました。


 言わば、本来出来ていたことが出来ないという自分を。

 自分はこんなはずじゃなかったという現実から目を逸らし、いつまでも原因を呪う日々を。

 あの大蛇に恐怖し動けなくなっている自分自身と向き合うこと――それが今までの私に足りていませんでした。


 きっと今の私は震えた子供のように動けなくなっているでしょう。

 そんな私自身に私が出来ることは、「もう大丈夫」とそっと抱きしめること。

 確かに、私はあの恐怖で魔法が上手く使えなくなりました。

 そのせいでリーダーを死なせ、パーティの皆からは失望されました。


 そんな私ですが、それでも私のことを信じて待ってくれている子がいます。

 事情を聞いても見捨てず手伝ってくれて、そして私が再び回復魔法を使えることを期待している。


 そんな相手が人ではなく猫ちゃんなのは少しビックリですが、そんなことは些細な事です。

 誰かに必要とされている、期待されていることがただ嬉しい。

 そんな相手を死なせたくない。また一緒に冒険したいし、色々なことを教えて欲しい。


 もう既に一度、私の心はトールちゃんに救われている。

 悲しくて苦しくて辛くて......心が圧し潰されそうになりながら吐き出した過去に対し、トールちゃんはどこまでも真っ直ぐに私に答えてくれて――、


「一緒に幸せになるんですよね」


 こんな私にまだ幸せになっていい権利を教えてくれた。未来を示してくれた。

 なのに、トールちゃんだけがその幸せを求める未来を手放そうだなんてダメです。

 あの言葉で私の心に確かに火が灯ったんです。その責任は取ってもらいますからね。


「巡りある生命(いのち)は流転し、限りある時間(とき)は摩耗する。

 そして世界は何度も回転し、生と死が循環し、盛衰の日々が訪れる」


 気持ちを整えた私はそっと手を掲げ、魔法を詠唱し始めました。

 詠唱は魔法の効果を高める効果がありますが、戦闘では早さがものを言うので基本略式行使です。


 ですが、今は略式どころか使うこともままならない。

 ならば基本に立ち返り、魔法を授けたとされる女神イリアス様に祈りを捧げましょう。

 再び私に回復魔法という奇跡を授けてもらうために。


「有限の生命を消費し、豊かな未来へ導くのが人の性。

 その生命を無駄なく使うため、世界に奇跡を授け給え。

 創造神にして女神イリアス様に祈りを――回復(ヒール)」


 <回復>は女神イリアス様が最初に人々に授けた魔法とされています。

 故に、「他の魔法の詠唱とは違い、この魔法の詠唱は特別」とお母さんが言ってました。


「お願いします!」


 祈りを込めるように言葉を吐き出し、杖を握る手にも力が入ります。

 瞬間、掌から温かい光が集まり――、


「......出来た」


 優しく包み込む光が、トールちゃんの体を包み込みます。

 そして特に傷跡付近には、光が集中して傷口が塞がっていくのが目に見えてわかりました。

 つまり、成功したのです。私がついに......成功した.......。


「う......うぅ......ぐすん、良かったよぉ.......」


 自分の魔法が使えるようになったおかげか、トールちゃんが助かったおかげか。いや、きっと両方でしょう。

 色々の想いが詰まった涙が、頬を伝って零れ落ちていきます。

 その涙はなんだか温かく感じて......あぁ、本当に良かった。


「プギュ」


「うわああああああん!」


 近くにいたスー子ちゃんが私の肩に乗り、そっと頭を撫で始めます。

 瞬間、それが決壊のキッカケとなり、私は大声で泣き始めました。

 大量に涙が頬を濡らしますが、それでも拭うことはなく、魔法を行使し続けます。

 トールちゃんが一秒でも早く元気になって「おかえり」と言うために。

読んでくださりありがとうございます(*^_^*)

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