第12話 深層、そこは魔の巣窟
「ここから深層ですか。確かに、周りの木々がより色が濃くて鬱蒼としてますね」
そう言ってルミアが杖を両手に握りながら、周囲をぐるりと見まわした。
その姿勢には僅かな強張りが見え、ただでさえ沈んでいる表情が不安でより感情が濃く見える。
今までなんだかんだ元気だったスー子も、周囲を見回しては少し大人しかった。
恐らく、魔物としての生存本能がここの空気を敏感に感じ取っているのだろう。かくいう俺も似たような感じだ。
「ついにここまで来たな......」
目の前には足場の悪い地面が続き、もはや人が通れそうな道はあまりない。
空気こそ澄んでいるが、どこからともなく魔物の声らしきものが聞こえてくる。
ルミアの言う通り、俺達はついに目的地である森の深層に足を踏み入れた。
といっても、本当の目的地ではないが。なんだったら、ここからが本番だ。
そしてここから先はより慎重に行動しないといけない。
そのためにも――、
「『それじゃ、進む前に改めて俺達の目的と行動指針を確認しておくぞ。
ルミア、地面に広げた地図を置いてくれるか?』」
「わかりました」
俺の指示を受けたルミアが、この場一帯を示した地図を取り出した。
その地図を見て、俺が猫になる前までにいた街であるスクルトの位置を確認すると、
「『恐らくだが、俺達は現在この辺りにいるはずだ。多少の誤差はあると思うが、基本的に真っ直ぐ山に向かって歩いて立ったはずだからな』」
「そうですね。よく通る森の入り口からほぼ真っ直ぐ歩いたらトールちゃん達に出会ったので」
俺が手を置いた位置を見て、ルミアも同意するように頷いた。
それを確認するとこれから探しに行くミダモフルーツの位置についての検討をつける。
「プギュ」
「あぁ、ミダモフルーツは日光と月光が良く当たる場所に自生する。よく覚えてたな。
それで考えると――『まずもって森の中に自生するのは考えづらい。生い茂る木々が日光も月光も遮断してしまうはずだし』」
「となると、地図から見ても開けた場所になるって感じですかね。
う~ん、開けた場所......あ、ここの遺跡跡地って所はどうですか?」
「『あぁ、俺も同じ意見だ。遺跡跡地であれば、周囲に木が生えないように整地されてるはずだしな。
深層で闇雲に探すよりは、そこにあると踏んで移動した方がいい』」
「プギュギュ」
「あぁ、その通りだ。見つからなかったら、その時考えればいい」
「場所でいうと......ここから北西方向ですね」
「『一先ずこの先にあるとされる川を目指そう。川があれば水も確保できるし、最悪襲われても川に入れば逃げることもできる』」
「わかりました」
「『それから、ここから先は出来る限り戦闘はしない方針で行くぞ。
一体なら場合に寄るが、二体以上は現状俺達に勝ち目はない。そうなったら、とにかく逃げるが勝ちだ。
もちろん、遭遇しないように進むのが一番だけどな。それだけは心に留めておいてくれ』」
「はい!」「プギュ!」
俺達は行動指針を決め、早速移動を開始した。
といっても、基本的には川を目指して真っ直ぐ進むだけだ。
ただ、周囲は若干樹海のようになっているので、迷う可能性は否めない。
「<魔力探知>」
猫になった影響で手に入れたスキル<魔力探知>を用いて、周囲の索敵をする。
猫の耳でも索敵は十分に行えるが、浮遊してる相手の場合にはそもそも音が発生しないしな。やはりあるに越したことはない。
そんなことを思ったそばから、右前方の方から不規則な茂みをかき分ける音が聞こえてくる。
「.......」
俺を乗せるスー子に一旦ストップをかけ、二人に右前方から何かが近づいて来てるのを伝えた。
その反応にルミアがコクリと頷き、そのまま距離を取るように左前方へと進んでいく。
下手したら川から遠ざかるが、それよりも魔物に遭わないことの方が重要だからな。
そんな緊張感を帯びながら数時間、時刻は昼時になり、一旦休憩を挟むことにした。
「ふぅー......さすがに疲れました」
そう言ってルミアがペタンと地面に座ると大きく息を吐く。
その顔からは疲労の色が見えた。当然か、ずっと警戒しっぱなしだったしな。
さしものスー子であっても、この空気には耐えかねるようだ。元気がない。
となると、一応ここから生還実績のある俺が頑張らないとな。
「『水分は多めに取っておけ。あまり汗をかいてないと思っても、思ったより体の水分は抜けてるもんだしな。
それから、休めるうちに休んでおいた方がいい。周囲の警戒は引き続き、俺がしておくから』」
「ですが......」
「『この森のことは俺の方がよく知ってる。だから、ここは先輩の俺に任せろ。
その代わり、ルミアにはルミアにしか出来ないことがある。それはお願いする』」
「私にしか出来ないこと......そうですね。はい、わかりました」
「スー子もだぞ。お前には、ルミアの護衛という大事な役割があるからな」
「プギュ!」
俺の言葉に、スー子が空元気ながらも力強く返事した。
どうやらスー子も自分なりに自分の役割を理解しているようだ。
とはいえ、魔物と遭遇していない状態でこの疲労感。一度に進む距離を減らしてでも休憩を増やした方がいいか――音っ!?
「二人とも警戒!」
咄嗟に声を張り上げ、俺が一点を見つめる。
その声にどう反応したかわからないが、背後でも動く気配がした。
チラッと後ろを見てみれば、俺の声と態度に二人とも警戒態勢であるようだ。実に冒険者らしいいい動き。この先もそれで頼む。
「クゥ~ン......」
「あれは......」
見つめる視線の先、その茂みから現れたのは一匹の狼だ。
体長2メートルほどとホーンボアより一回り大きい体格でありながら、その俊敏性はそいつを超える。
額に特徴的な菱形の魔石が埋ったワーウルフの上位互換――ダイアウルフ。
返り血一つ浴びないその白い毛並みは王者の風格とされ、獣系の魔物の代表格であるが、そんな魔物が傷だらけで弱々しい声を出しながら現れた。
片足は怪我したように引きずっており、もはや虫の息といった感じである。
普通に会ったなら一匹でも厄介な相手だが、問題はその魔物が傷だらけということ。
全身の至る所に赤く染まった部分があり、恐らく全部自身の血であろう。
「あの魔物......怪我してます。可哀そう......私に力があれば」
そんな後悔したような声が後ろから聞こえてくる。
確かに、ダイアウルフは頭が良い魔物である以上、受けた恩はキッチリ返すだろう。
しかし、今のルミアには恩を売る手段がない以上仕方ない。
回復薬はあるが、それは俺達の生命線だ。数も限られている以上、そう易々と使えない。
可哀そうだが、ここは見捨てるしかない。それに今やるべきは相手への同情じゃない。
どうしてダイアウルフがあんな状態になったかという状況の分析だ。
「グゥ」
短く声を漏らし、ダイアウルフが力尽きたように倒れた。ドスンと言う地響きが起き、そこからピクリとも動かない。
そんな相手に、俺はゆっくり近づくと傷の痕跡を確認し、
「ひっかき傷に、打撲痕......こっちには石の破片が刺さっている」
検死の結果、この魔物の死因は失血死だ。ひっかきによる裂傷、打撲による内出血、石の破片による刺傷......それが積もりに積もった感じだろう。
そしてその傷が至る所に見られるという点。
それから考えるに、はぐれたか単独行動してる所を集団で襲われた。
となると、相手は群れを成して戦う魔物ということがわかる。
その時点で俺達の天敵だ。すぐにこの場から距離を取った方がいい。
「他に何か......せめて何の魔物か特定できるような.......ん?」
ぐるりと一周した時、ふと口元に毛が付着してるのに気づいた。
ダイアウルフとは違う、橙色と紺色が混じったような毛並み......おいおい、マジか!
「この魔物をやったのは、クライモンキーかよ!」
その事実に気付くと俺はすぐさまダイアウルフから離れ、川の方向へ走り出す。
そんな俺の行動に困惑するルミアとスー子に対し、ジェスチャーで「ついてこい」と呼びかけると、追いかけてきているのを確認してそのまま走り続けた。
どこまで逃げ続けるか――それは相手がこっちの興味を無くしてくれるまでだ。
俺達の目の前に現れたダイアウルフ、アレはただの餌だ。それこそ、その新鮮な死肉を食いに来た魔物達を狩るための。
アイツらはそういうことをする魔物で、そして必ずどこかから呼び寄せられた魔物確認している。
つまり――、
「な、なんか凄い森がざわついてます!」
周囲をキョロキョロとしながら、ルミアがそんなことを言う。
そう反応するのも無理はない。現在進行形で木を伝って追いかけてきているのだ。
しかも、俺達が走っている速度に追いつくようなスピードで。
「――ッ!」
ふとルミアの方を振り返れば、彼女の背後から木の実が迫っていた。
大きさは大人の握りこぶしぐらいか一回り大きいオレンジ色をしたもの。
それが投手が投げたストレートのように飛んできていた。
だから、俺は咄嗟に反転し、ルミアに向かって跳ぶ。
「え?」
そのまま彼女の肩を足場にするともう一度跳躍して爪でもって木の実を切断。
すぐに着地して、ルミアを追いかけるように走り始めた。
その攻撃を皮切りに、姿を見せず木の奥から様々な物が飛んでくる。
先程の木の実であったり、木の枝であったり、石だったり、挙句握り潰した小鳥だったり。
まるで観衆から大ブーイングを受けているような状況の中、俺達は走り続ける。
立ち止まれば死ぬ。それがなんとなくわかっているから。
しかし、いつまでも走っていられるわけではない。
それは体力の限界もあるが、同時に俺達が目指してた場所だ。
そう、川である。しかも結構大きめの。そこに俺達は自分で自分を追い込んでしまった。
「クソッ.......」
「ウキッキー!」
ようやく一匹のクレイモンキーが姿を現した。
橙と紺と白のボーダーのような毛並みをした成人男性ぐらいのサル。
そこにいるのは立派な大人であり、それが一、二、三......全部で十五。
脅威度レベルで言えば、その一匹がダイアウルフと同じA級レベルである。
一匹相手に勝てるか怪しいのに、この人数で数を囲まれちゃな。
「ルミア、予定通り川へ......ルミア?」
「ダメ、ダメダメダメ......死ぬ、死んじゃう、いや......嫌、死にたくない......ゴホッゴホッ」
顔色を真っ青にし、その場に腰を抜かしたルミア。
その暗く淀んだ瞳に俺は映っておらず、見ているのは恐らくサルどもに重ねたトラウマだ。
この絶望的な状況が、トラウマをフラッシュバックさせ、ルミアの行動を阻害している。
クソ、さすがにルミアが動いてくれなきゃ川に飛び込めないぞ。
そんでもってそれを悠長に待ってくれる相手じゃない。ニヤケた面しおってー!
「スー子、なんとかルミアを川に突き落とせ! それまで俺が時間を稼ぐ!」
「プギュ......」
「いいから!」
それだけ告げて俺は真っ直ぐ走り出す。
相手はわざわざ木の上というアドバンテージを捨てて地上に現れた。つまり、舐めてるのだ。
それに対し、俺は地上であれば十分に小回りが利く。どれだけ時間を稼げるかは俺次第ってことだ。
「おら、こっち向けやサルども!」
俺は正面にいたクレイモンキーの股をくぐりながら、足を引っ掻く。
そのまま他の奴らの隙間を縫いながら、かく乱を始めた。
その動きにつられた奴らが、俺を捕まえようと躍起になる。
しかし、さすがの機動力と俊敏性、それから危険察知能力である。
奴らが両手を伸ばすが、それを紙一重で躱し続けられるのはこの姿のおかげだ。
地上ばっかりじゃ飽きるよな。もうちっと楽しませてやるよ!
というわけで、俺は一体のクレイモンキーに飛び込んだ。
反射的に頭を守る行動を取ったそいつの肩を借り、もう一度跳躍。
そいつの背後にいた別のクレイモンキーに飛び移り、そいつの肩も借りて着地した。
すると、俺を捕まえようとしたクレイモンキーが、俺が足場に利用した個体と衝突する。それは前方不注意ってやつだぜ、ざまねぇな。
だから、スー子、今のうちに――
「ウッキー!」
瞬間、甲高い音を捉え、その方向を見る。
そこには一匹の頭が湧いたサルが、未だ川に落ちていないルミアを狙って動き出していた。あんのクソ猿があああああぁぁぁ!
「させねぇ!」
急いで走り出し、邪魔なサルの手足を躱して突き進む。
それから振り下ろされた手よりも早く、ルミアとの間に割って入った。
「ぐっ!」
「――ッ!?」
振り下ろされた爪が、俺の体に袈裟斬りの傷を作る。
そこからブシャッと血が噴き出し、吹き飛ばされた肉体が背中から何かに当たった。
まぁ、十中八九ルミアだろうけど......そんなことよりも――、
「スー子!」
「プギュ!」
俺の掛け声に、スー子がルミアの体に向かって全力タックル。
俺がぶつかった衝撃とスー子のタックルにより、ルミアの体が少しずつ後ろに向かって傾き、そのままドボンと川の中に体が沈む。
「トールちゃん!」
入水の直前、そんな声が聞こえたような、気のせいのような。
すぐ水が流れる音だけが俺を包み込み、意識は途絶えた。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




