第11話 さすがに猫の体にも慣れてきた頃合い
「ハァハァ、クッソー......あとちょっとで時間切れだぁ」
そう言いながら、俺は疲労で重たくなった体を地面に下ろす。
ふと周りを見れば、スー子もルミアも疲労困憊って感じだ。
それもそのはず、あと少しで深層領域といったタイミングで怒涛の魔物ラッシュ。
連戦に次ぐ連戦で時間は潰れ、気が付けば空は茜色だ。
まぁ、仮に時間があったとしても、この疲労度で深層は危険だから行かなかったけどな。
にしても、魔物の野郎......まるで恨みがあるのかってぐらい襲って来やがって。
おかげでレベルがいくつか上がったけど......さすがに疲れた。
「今日はここまでですかね。昨日仕留めたホーンボアの肉を使いましょう。
トールちゃん達もさすがに今から解体作業は酷でしょうし。
パパッと作ってしまうので待っててくださいね」
そう言ってルミアが魔法バッグから焚火台からまな板、包丁、そしてボタン肉など色々なものを取り出していく。
そんな質量保存の法則もびっくりな光景を見ながら、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
ドップリと夜になり、周囲の森から怪しげな雰囲気が漂う。
そんな中で光源となるのが焚火台で、燃える薪がパチパチと爆ぜる。
すると、少し涼しい風が吹き、調理中のルミアがくしゃみをした。
「『汗で体が冷えたみたいだな。夜の森は涼しい。風邪引かないようにな』」
「心配してくれてありがとうございます。ですが、大丈夫です。
焚火もあるので、体も温まるかと思いますので」
「『とはいえ、汗のべたつきは気になるんじゃないか?
一応、俺は水を出せるからそれで濡らして拭いた方が......って変な意味じゃねぇぞ!?』」
「ふふっ、わかってますよ。なら、料理が出来たらお願いします。トールちゃんは紳士ですね」
いえ、ムッツリスケベです。紳士のフリをした奥手な童貞なだけです。
実際、言い訳文を書いてる時にも、一瞬ルミアの裸を想像してしまったし。
こういう時、猫で良かったと思う。猫なら好感度落ちなさそうだし。
ともあれ、俺とスー子は料理が出来るまで待ちぼうけ.....というわけでもなく、どうやらスー子が俺と同じように字を書きたいというのでそれを教えることに。
俺の言葉を理解している節があるとはいえ、文章を理解するだけの知能があるが怪しかったが、それでもスー子のやる気と器用さに期待してみることにする。これが上手くいけば、意思疎通ができるスライムとしてスー子がちょっとした有名魔物になるかもしれない。
「出来ました。ただ、出来立てなのでアツアツですが」
「『自分の分は自分で冷ますから問題ないよ』」
ルミアの夕食も出来上がり、俺は宣言通り彼女のタオルを水で軽く濡らしてあげた。
それから俺がお椀に手を当てて微風を当てながら冷ましていると、突然ルミアが隣で脱ぎ出し、
「ちょ、何してん!?」
「ん? どうしたんですか? 何かいました?」
「いや、そうじゃなくて! あーもう、突発的な会話が出来ないな!」
俺が何かを見つけたと思ってそっぽを向くルミア。
その際も彼女は衣服を脱ぎかけであり、下着にたっぷりと乗ったバストが見える。
や、やはりデカい......! じゃない! 俺は見ていいのか!? いや、ダメだろ。
でも、猫だから許されるんじゃ......いや、それじゃ自認猫を認めたことになって......あークソ!
「『俺は男! 無防備に素肌を晒しちゃダメ!』」
最終的に、俺は泣く泣く注意喚起をすることにした。
見てぇ、見てぇよ。男だし。でも、俺の自認は人間であって、猫ではなくって。
ルミアだって俺が人間の姿だったら絶対こんなことしなかっただろうし。
だから、そう......仕方ない。仕方ないことだったんだ!
「ふふっ、はーい」
そんな俺の切実な感情を知ってか知らずか、何にせよルミアは振り返って背を向ける。そして俺も悔しい気持ちをたっぷり抱えながら、そっと背を向けた。
時にギギギッと振り向きそうになる頭を両手でガシッと捕まえ元に戻したり、スー子に目の前に来てもらってジーっと眺めたり、またスルスルとよく聞こえる服が肌と擦れる音を両手で耳を塞いで出来る限り聞こえないようにしたりして、ルミアの汗拭きタイムが終わるのを待つ。
ちなみに、その時のスー子は嬉しそうを通り越して少し照れていた。
「終わりましたよ......って何してるんですか?」
「な、なんでもない.......」
妙な精神的疲労を抱えながら、一息つこうとお椀を手に持ち――そっと置いた。
まだ全然熱かった。そうだった、必死に意識しないようにして冷ますの忘れてた。
そのことに少し落ち込みつつ、冷まし作業を再開しようとすると、
「わっ!?」
「一緒に食べましょ?」
朝食の時と同様に抱えられ、彼女の正座した膝の上に乗せられる。
なんだったら、昼食の時もやたれたし、これが彼女なりの愛情表現なのだろう。
もちろん、猫可愛がりという意味だけど。
だから、こればっかりは仕方ない。俺は彼女の意思を尊重するだけだ。
なので、ルミアのおっぱいを枕にすることも許される.....はず!
程よく猫の特権を享受しつつ、ルミアに食べさせてもらいながら夕食を終える。
それからある程度の洗い物も終わると、突然ルミアは近くの茂みから植物を茎から千切った。
そしてそれを地面に置くと自身の杖を掲げ、それに魔力を流していく。その時の表情は妙に真剣だ。
「『何してんだ?』」
「......これは回復魔法の練習です。移動中にふと思い出しまして。
葉先が少し黄色くなって枯れかけている植物を相手に回復魔法をかけ、植物が持つ自然治癒能力を向上させて枯れていた部分を無くすんです。
昔、お母さんから教えてもらった方法で、私もそれでよく練習しました」
「『へぇ~、そんな方法が。その時は成功したのか?』」
「はい、ちゃんと成功体験はあります。なので、これが成功すれば、私も回復魔法が使えるようになった証明になるのですが......やはりそう簡単に上手くはいきませんね」
ルミアの奴、多分内心で不安を募らせてるんだろうな。
まぁ、そう思うのは仕方ない。だって、今日の連戦はだいぶキツかったし。
俺だってさすがに無傷とはいってない。大きな怪我がないのは、ルミアの支援と猫の動体視力のおかげなだけだ。
小さな傷も増えれば体力を奪う要因になり、普段なら避けれるはずの攻撃を避けれなくし、思わぬところで致命的な一撃を貰う原因にもなる。
治癒師がパーティの要であるのは、継続戦闘能力の維持という意味が大きいからな。
その役割が果たせない以上、ルミアが抱える不安が大きくなってしまうのも仕方ない。
とはいえ――、
「『頑張るのは良いことだが、あまり根を詰めすぎるなよ? それで倒られちゃ元も子もないからな』」
「そうですね。なら、後少しだけやらせてください」
「『安心しろ。案外ふとした時にポンと出来るもんだって。期待して待ってるからほどほどに頑張れ』」
「ありがとうございます」
俺の言葉に、ルミアは少しだけ嬉しそうに返事をした。
本来なら、焦っている相手に「期待」の言葉を使うのはNGだろう。逆に、相手を精神的に追い詰めてしまう可能性があるからな。
しかし、ルミアの場合は逆にそっちの方がいいと”会話”からなんとなくわかった。
彼女の場合、治癒師として活躍出来なかった期間があるのだ。その期間は治癒師として見限られたと同じで、もっと言えばお荷物だ。
そんな時間を経験した彼女にとって、期待されないことが一番キツい。だからこそ、俺は「期待して待つ」と伝えた。
それがまだ誰かの役に立ちたいと思っているルミアへの救いの言葉になるから。
とはいえ、現実はそう簡単に上手くは行かない。彼女のトラウマは激しく体を縛り付けているようだ。
結局、その日に回復魔法が成功することは無かった。
―――翌日
意識が覚醒に近づき、自分が寝ていることがなんとなくわかる。
相変わらず猫の体は限りなく睡眠を求めているようで、気が付けば夜はぐっすりだ。
張り切って夜番をしようとも、ロクすっぽ上手くいったためしがない。
そんな後悔をそこはかとなく抱えつつ、俺は四つの足をグッと前に伸ばした。
その瞬間、前足からふにっと柔らかい感触がし、少し押せば弾力がある。
加えて、その感触に合わせてフワッと甘いニオイが広がった。
「ん」
少し甘い鳴き声が聞こえた。当然、スー子はそんな甘美な声は出さない。
聞き慣れない声にゆっくり目を開けると目の前に迫力のある白い球体が映った。
そしてその球体に沈み込んでいる俺の前足......え、これってもしかして――、
「あ......おはようございます」
「お、おはよう!」
目を開けたルミアが、瞼をこすりながら挨拶をする。
その反応に俺は咄嗟に両手を挙げて反応しつつ、ゆっくり首を巡らせて状況を確認した。
どうやらルミアの両腕に抱かれて寝てたらしい。え、何がどうしてこうなった?
さすがの俺でも夜這いなんて真似はしないぞ? となると、ルミアから? 可能性はあるが、寝ている俺を邪魔する彼女だろうか?
残る可能性は俺の無意識であるが......だとすれば、俺とんでもねぇ奴では?
とりあえず起き上がり、朝食の準備を始めるルミアにとりあえず謝罪した。
「『その、なんか一緒に寝てたみたいだ。申し訳ない』」
「ん? あ、いえいえ、気にしなくていいですよ。というか、私からしたことですから」
ルミアから!? 意外と大胆なことするのね、あなた。いや待て、それは俺が猫だからか。その大前提を忘れてはいけないぞ、俺。
「『そうなのか。にしても、どうしてそんなことを?』」
「気付いてないんですか? トールちゃん、寝ている時にくしゃみしてたんですよ?
だから、てっきり寒いのかなと思って。実際、だいぶ涼しかったですし」
「『だから、俺を抱えて......汚かっただろうに』」
「それはお互い様ですよ。川が見つかれば一度は体を綺麗にしたいですね」
ということらしい、さすがに焚火の近くでもこの体じゃ寒さをしのぐに限界があったか。
ん? となると、俺とルミアは寝ていたわけで、その間夜の番をしてたのは――、
「プギュ」
「あぁ、おはよう。また夜番をしてくれたのか。ありがとな。おかげでぐっすり眠れてだいぶ疲れも取れたよ」
「プギュ!」
「おいおい、俺の感謝一つにはしゃぎすぎだって。にしても、スライムって寝なくても大丈夫なのか?」
「プギュ?」
「『寝るって何?』って......やはりと思っていたが、スライムには寝る概念がないのか。
一応、スライムも生物である以上、休息が必要かと思ったんだが.....そうじゃないんだな」
生物にとっても三大欲求は大事である以上、スライムも睡眠欲があって然るべきだと思ったんだが......こういう話を聞くとやっぱりここはファンタジーなんだと思わされるよな。
っていうか、スー子のような存在が当たり前のように動いている時点で今更か。
「となると、これからも夜番はスー子に任せることになりそうだ。
俺達が寝ている間に不審なことがあったらすぐに知らせてくれ。
一応、俺の耳もセンサーであるが、グッスリの時は反応が鈍くなるしな」
「プギュ!」
「このお礼は必ずするよ。何か希望があったらすぐに言ってくれ」
スー子に関しては、本当に思わぬ拾い物である。
ヒロインとの出会いを期待した俺との偶然の出会いであったが、あの時助けて良かった。
まさかここまで活躍してくれる人材になろうとは。そんでもって、今尚発展途上中というね。全く、我が期待のホープである。
「トールちゃん、スー子ちゃん、朝食の準備ができました!」
ルミアの合図により、俺達は彼女お手製のサンドイッチを食べる。
といっても、この世界のパンは元いた世界よりもかたいので、かなりの顎を使うが。
加えて、俺に至っては猫なので、サンドイッチというより細切れの何かだ。
それがお椀の中に入ってる状態で、それに口を突っ込んで食べている。
もう三日目ぐらいになるとさすがにこの食べ方も慣れたね。
尊厳云々言ってる場合じゃねぇ。こちとら腹減ってんだ。我慢せぇ。
そして朝食を終え、俺達は目的の場所である森の深層を目指す。
それから一時間ぐらいして、その領域へと突入した。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




