第10話 雨降って地固まる
なんだか頭を優しく撫でられてる気がする。その感覚が心地よく、俺は思わず寝返りを打った。
すると、今度は顎下を触られているのだが、これまた気持ちが良い。
あぁ、このままゆっくり眠り続けて......って眠り?
「ふふっ、可愛い......あ、起こしちゃいましたか?」
パチッと目を開けると、俺はゆっくり起き上がる。れから前足ののび~、後ろ足ののび~という目覚めのストレッチを終えると、ようやく状況を確認した。
「あれ、俺ってばいつの間に眠ってたんだ......?」
記憶を辿る限り、ルミアが先に寝た後、俺が夜番をするつもりだった。
スー子が話し相手になってくれたので、この子が出来そうな戦術や動きを教えていたら――いつの間にか朝になっていた。
となると、途中で俺は寝落ちしていたってことか。
「プギュ?」
「あぁ、おはようスー子。昨日の夜番はお前がやってくれたのか? ありがとな」
「プギュ!」
スー子も昨日は結構動いてたはずなのに、睡眠はいらんのか。
ともかくスー子のおかげで寝れたのは確かで、お礼を言えば嬉しそうに跳ねた。
それから改めてルミアの方へ目を向け、
「『おはよう。顔色が良くなってるな』」
「おはようございます。はい、トールちゃんのおかげで。
もう朝食の準備は出来ているので、一緒に食事にしましょう」
「おう――お?」
朝から漂っていた美味しそうなニオイに意識を奪われていれば、突然脇から持ち上げられた。
そしてそのままあっさりとルミアの膝の上へと運ばれていく。
後頭部に圧倒的に柔らかい弾力! やはりデカい!.......じゃなくて、これは一体?
「何してんの?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。食べれるぐらいには温度を冷ましてますから。一緒に食事にしましょうね」
「いや、そういう事じゃなくて......いや、頂くけど......」
ルミアは片手にお椀、片手にスプーンを持つと、スプーンでよそったものを俺の口に近づける。
つまり、食べさせてくれるということなのだが、なんだか随分と距離が縮まったな。
もしかしなくても、昨日のことがキッカケだろうか。だとすれば、悪い気はしない。
悪い気はしないんだが......この扱いは少々男としては複雑だ。
だってこの食べさせ方、まるで赤ちゃんに食べさせるみたいな感じじゃないか。
嬉しいは嬉しいんだけど、今俺の男としての尊厳がゴリゴリと削られている気がする。
「美味しいですか?」
「うん、美味いよ? 美味いけど、これは――」
「ふふっ、美味しいですか。なら、良かったです」
ダメだ、筆談が出来ないから一方的に都合よく言葉を解釈される。
飼い主に飼われている動物というのは、こういう気持ちだったりするのだろうか。飼い主バカというのも案外考えものかもしれない。
それから結局、もがいてもその拘束から抜け出せることはなく、俺が食べ終わるまでその状態だった。
「『それじゃ、早速今日も深層に向かって出発......と行きたいところだが』」
「何か別の予定があるんですか?」
「プギュ?」
「『あぁ、ある。それも大事な予定だ――ルミアの力を取り戻す』」
「――っ!」
その文章を見た瞬間、ルミアの目が大きく見開かれる。
恐らく、彼女自身でもその言葉の真意を理解したのだろう。その答えをするように、彼女は口を開いた。
「つまり、私が回復魔法を使えるようにするということですね?」
「『その通り!』」
言わずもがな、治癒師はパーティにとっては貴重な存在だ。
回復薬があるなら未だしも、あいにくそういったものはルミアの手持ち数本以外はない。
自生している薬草を食うことも手だが、手が加わっていないそれらの回復量は微量だ。
故に、俺達の命はルミアにかかっていると言っても過言ではない。
しかし、そんなルミアが現在不調で回復魔法が使えないと来た。
ここで無理に攻略を進めて回復薬を切らしたら、それこそ一気に詰みかねない。
というわけで、彼女には一刻も早く回復魔法を使えるようにしてもらわなければ。
「理由はなんとなく察しがつきました。
ですが、回復魔法は怪我をしていなけば――トールちゃん!?」
彼女の話を聞きながら、俺は自身の爪で素早く自分の腕を引っ掻いた。
その行動により、切り傷周辺の毛が途端に真っ赤に染まっていく。
そしてそんな行動に一番大きなリアクションをしたのは、当然ルミアだ。
「『怪我がなければ、怪我を作ればいい。さ、これで準備は整ったぞ』」
「トールちゃん、それ絶対に私以外の治癒師にやっちゃダメですからね?
怪我を治すために治癒師がいるのに、その怪我を自分で増やされちゃたまったもんじゃありませんから」
なんか凄い口調強めに詰められた。ごめんて。もうやらないから。
「で、いけそうか?」
「え......あ、やってみろってことですね。わかりました」
俺の意図を解釈し、ルミアは両手を向ける。
持っている杖の先端にある水晶が光ってる感じ、杖の効果はちゃんと発動しているようだ。
しかし――、
「.......くっ!」
眉間にしわを寄せながら、同時に顔を若干背けながらルミアは魔法を行使する。
だが、俺の肉体にこれといった変化はない。魔力がかかっている感じも何も。
つまり、魔力は巡らせているのに、体が無意識に魔法行使を拒絶しているということだ。
「......ハァハァ、ダメです。出来ません」
「人間以外の相手にもか」
人間相手なら未だしも、今の俺は猫である。
故に、回復させる最初の相手として丁度良いと思ったが、どうやら事はそう簡単じゃないらしい。
「『ま、これはボチボチやってく感じだな。繰り返し練習はしていくぞ』」
「わかりました。頑張ります!」
トラウマである以上、克服はそう簡単じゃない。
しかし続けていれば、ふとしたキッカケで力を取り戻すかもしれない。
幸い、本人も一度の失敗でくよくよしてないみたいだしな。この調子で行くか。
「『なら、今は一先ずはこの先へ進もう。あんま長居したい場所じゃないからな』」
そう決めたは良いものの、ルミアと日常会話が難しい以上、このままじゃ旅がちと味気ない。
それこそ、昨日みたいな辛い沈黙の時間が流れてしまう気がする。
というわけで、俺は一つルミアに提案してみた。
「『ルミア、一つ気分が上がる歌を歌ってみないか?
失敗して落ち込んだって、歌いながら歩けば気分も上がるってものさ』」
「トールちゃんって歌も歌えるのですね。それとお気遣いありがとうございます。
なら、早速どんな歌か教えてもらってもいいですか?」
というわけで、俺は地面に歌詞を書いていく。
俺が書いた歌は、まだ俺が元の世界にいた頃に散歩の際に聞いてた曲だ。
なので、よくある童謡みたいな感じじゃなく、むしろJ-POP寄りである。
そして鳴き声ではあるが、メロディーをルミアに教えると、
「『歌えそうか?』」
「たぶん、少し練習は必要ですが......にしても、不思議なメロディですね。
私もあまり音楽の教養は無い方ですが、ここまで変わった曲調は一度も聞いたことありません」
だろうな。だって、これは俺が生きていた頃の近代の曲だもの。
ヨーロッパ感というか、そんな感じの雰囲気に近いこの世界じゃまずありえない。
それどころか、そのメロディーを完成させる楽器すらないだろう。
だからこそいいじゃないか。ある種未来の世界から来た人間の音楽チート。
こんな形で使うのは宝の持ち腐れかもしれないが、それで旅を楽しく出来るならいい。
それに俺が知ってる知識なんてたかが知れてるしな。
「『というわけで、いざ出発進行ー!』」
「おー!」「プギュー!」
文字を書いた後、その文章を読み上げて手を突き上げる。
すると、ルミアとスー子も同じように手を突き上げ、呼応してくれた。
それからというもの、俺達の味気ない旅の中に一つのメロディが響き渡る。
「~~~~♪」
見た目からして大人しい印象を持っていたルミアによる力強い美声が響き渡る。
もともと可愛らしく綺麗な声をしていたので、それが歌によってより化けた感じだ。
そして俺も懐かしの曲に少し目頭が熱くなり、曲に乗るように肩を揺らした。
俺を乗せて移動するスー子も心なしかいつもより高く跳ねてる気がする。
少し覗き込んでみれば、案の定楽しそうに笑顔を作っていた。ご機嫌で何より。
また、その歌声に魅せられたのは俺だけではない。
道中を歩けば、どこからともなくたくさんの鳥が木に止まってルミアの美声を聞きに来た。
そして合唱というべきか、その曲に合わせたように鳥達も鳴き始める。
まさかルミアに歌わせただけでここまでとは。歌手になった方がいいのでは?
そんな調子で俺達は、鬱蒼とした森の中を練り歩いていく。
例えば、歌に合わせて川にある足場になりそうな石を渡って移動したり、大きなキノコの頭がトランポリンのように跳ねるのでそれを利用して移動したり、木から長いツタが伸びていたのでターザンロープにして移動したりといった感じで。
その道中のどこまでも歌があり、その時の俺の気分はプ〇バァとティ〇ンと一緒に生活しながら成長するシ〇バの気分だ。
いや~、歌って偉大だね。会話出来なくてもそれだけで気分が上がるってんだから。
とはいえ、もちろん現実はそんな簡単に時間経過はしない。
普通に魔物とエンカウントするし、その都度戦闘になる。
現状、俺達は逃げ切れるほど足速くないし、後退する理由もないしな。
目の前に現れたのは、三匹の翼を生やした蛇――フェザースネークだ。
蛇のくせに制空権と言うアドバンテージを活かし、多元的に攻撃を仕掛けてくる厄介な魔物。加えて、ルミアのトラウマと同じ蛇だ。
なので、ルミアがまた精神的ダメージを負ってないか心配したが――、
「<光弾>!」
僅かに顔色を悪くしながらも、ルミアが杖をかざして光の球体を放つ。
どうやらこのサイズ感なら彼女も大丈夫なようだ。
そんな彼女に合わせ、俺も二つ以上の属性を合わせて放つ合成魔法というのを行使する。
「右手に紫電、左手に旋風。足し合わせて――雷電風」
実はこれ、前々からやってみたかったことだったりする。
というのも、この世界でスキル――攻撃手段を得る方法はレベルアップによる解放の他にも、習得による獲得というのがあったりするのだ。
つまり、剣技がからっきしの魔術師でも、剣を振るモーションさえ何度かこなせば最低限の剣術スキルは身につけられる。
強くなる方法は単にレベルを上げるだけに限らないということだ。
その延長線として、魔法に限らずだけど組み合わせによって得られるスキルもある。
それが俺が放った<雷電風>であり、効果としては紫電を纏った横向きの竜巻って感じだ。
威力は当然単一魔法より高く、その分魔力コストも高い。
だが、あいにく今の俺は魔術師寄りだ。魔力は潤沢にある以上、魔法は撃ってなんぼである。
それにこういったスキル開発は男としてワクワクするな。
「グシャアア!」「グギャ!」
ルミアの光弾がフェザースネークの片翼に直撃し、一体を撃ち落とす。
そのすぐ近くで俺の荒れ狂う雷の乱風に捕まったもう一体が斬り刻まれた。
ルミア、たぶん無意識に直撃を避けたな。これも今後の課題だな。
「プギュ!」
そして残りの一体には、我らが期待の成長株であるスー子が飛び出す。
フェザースネークが翼をはためかせ、そこから羽を飛ばして攻撃した。
しかし、器用なスー子は覚えたての風魔法<突風>で自身を打ち上げ、その攻撃を躱す。
同時に、体内で保管していたルミアの解体用ナイフを取り出してすれ違いざまに首を斬った。
「プギュギュ!」
直後、空中に浮いたまま、ルミアが倒しきれなかったもう一体に向けて<火球>を放つ。
その火球はフェザースネークが地面に激突する前に直撃し、爆発。
爆風にもまれて焼き焦げたフェザースネークが出てきた。
「よくやった、スー子!」
「プギュ!」
「『ルミアもナイスファイト』」
「はい、ありがとうございます。スー子ちゃんもありがとね!」
「プギュー!」
「さて、もうちょいで森の深層だ。気合入れて進むぞー!」
「おー!」「プギュー!」
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




