表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/46

7.勇者と魔王の探偵事務所

 くまさん、かえる、ねこいぬ座敷童。クローゼットの中には、たくさんの種類のかわいいぬいぐるみ達が収められている。

 そのクローゼットの前で、アニア・ゴールドは涙目で呟いた。

 「うう…… みんな、ごめんね。こんな暗い場所に閉じ込めて。パーティションかカーテンを買ったら、直ぐに出してあげるからね」

 彼女は本当ならば、それらぬいぐるみ達をベッドの上に並べてあげたいと思っていた。しかしベッドはドアを開ければ外から見える位置にある。ウールリ・リールラくらいになら見られても別に構わないが、魔王には絶対に見られたくない。

 だから彼女はお金に余裕ができたなら、パーティションやカーテンなどの何らかの遮蔽物を購入してベッドを隠し、ぬいぐるみをクローゼットの中から出してあげるつもりでいたのだった。

 ただ、今月は無理そうだった。

 引っ越したとはいえ、今月分のアパート代は払わないといけないし、引っ越しにもお金がかかってしまった。魔王は「引っ越し代くらい経費で払いますよ?」と提案して来たが、彼女はそれを断った。できる限り魔王の世話にはなりたくなかったのだ。

 「みんな、我慢してね」

 そう言うと、彼女はクローゼットの扉をそっと閉めた。

 

 勇者と魔王が一つ屋根の下で暮らすという前代未聞の状況であるにもかかわらず、アニアと魔王フルムス・クルブスの日常は極めて平穏に流れていた。

 初め、魔王は彼女の部屋を自分と同じ二階の隣にしようとしていたのだが、彼女が頑なに拒絶するので一階の部屋になった。

 (少々ややこしいが、探偵事務所内の一階、二階という意味で、探偵事務所自体はビルの五階にあるので勘違いしないように)

 アニアが居間に行くと、魔王が「おはようございます」と挨拶をして来た。「おはようございます」とアニアもそれに返す。魔王はカジュアルな部屋着で朝食を食べていた。彼女は少し前に朝食を済ましている。

 アニアが来たからという訳でもないだろうが、魔王は牛乳を美味しそうに飲み干した。魔王の気の抜けた服装は、イメージのギャップからか異様に間抜けに思える。それを見ながら彼女は“そろそろミルクが切れるかもしれない”などと思った。

 探偵事務所の食事のルールは少し変わっている。

 朝食はパンやミルク、果物などの食材を切らさないように管理しつつ、各自が勝手に用意して食べる。

 昼食は完全にフリー。食べなくても良いし食べても良い。ただ、作るにしろ買って来るにしろ自己責任で用意する。

 夕食だけは誰かが料理して一緒に食べる。

 料理当番は、当初はアニアとウールリが交互に行う予定だったのだが、魔王が「アニアさんが私の作る料理を食べてくれると思うと仕合せな気持ちになるので参加します」と言うので、三人で交代する事になった。ちょっと気持ち悪いと彼女は思ったが、一応口には出さなかった(顔には出ていたかもしれない)。

 「まだ買い足すような食材はありませんねぇ」

 冷蔵庫を開けて中を確認すると、アニアはやや残念そうに呟いた。

 食材は足らないと気付いた者が補充するルールになっていた。そんなアバウトなルールで上手く回るのか彼女は不安だったのだが、意外にも上手くいった。サボろうとする者がいなければ、そんな“怠けた者勝ち”のルールでも問題はないものらしい。

 彼女がこの探偵事務所に引っ越して来て、一番驚いたのは、この“冷蔵庫”だった。空気を冷やす原理は人間社会の科学で、動力は魔法の力で太陽光や風力などを変換して使っているらしい。もちろん一般にはまだ普及していない。研究途中のものを、魔王が無理を言って譲ってもらったのだそうだ。

 “まだ”と言うか、この冷蔵庫に安定してエネルギーを供給するには高度な魔法の技術が必要で、つまりは魔王ほどの術者がいなければ動かすのはそもそも不可能なのだが。

 因みに、勇者であるアニア・ゴールドでも四六時中安定してエネルギーを注ぐほどの術をかけるのは無理そうだった。魔王の“魔法の力”の実力は認めるしかない。

 食材の買い出しにでも行けば少しは暇が潰せると期待していた彼女は当てが外れて、辺りを見渡した。

 「では、掃除でもしますかね。んー…… でも、もうウールリちゃんがやってしまっているような気もしますが」

 彼女のその独り言を耳にしたのか、魔王が「まぁ、のんびりできる時はのんびり過ごしましょうよ」などと言って来た。

 「のんびりし過ぎなんです!」

 と、それにアニア。

 当初から、アニアは「探偵の依頼などそんなに来るものなのだろうか?」と訝しんでいたのだが、案の定、ほとんど訪ねて来る客はいなかったのだ。ニ三度、浮気調査依頼の客が来たが、「うちには不向きです」と言って魔王はそれを断ってしまった。商売をする気があるのかと疑いたくなる。

 「やっぱり、立地が悪いのですかねぇ? 本来、探偵事務所があるような場所ではありませんし」

 まるで他人事のようなその魔王の言葉にアニアは呆れる。

 「それが分かっているのなら、そもそも探偵業など始めないでください!」

 彼女のツッコミを受けても、魔王は涼しい顔をしていた。そんな彼を彼女は少し憎らしく思う。

 実はどんな用事かは分からないが、魔王自身は時折外に出かける事があるのだ。散歩でもなければ買い物でもなさそうで、はっきり言って謎である。“自分だけやる事があってずるい”と彼女は少しそれを羨ましく思っていた。

 もしや悪だくみか? とも彼女は考えたのだが、そういう時には留守番を言い付けられるので尾行もできなかった。“雇主の命令”に背くのは彼女の性格上できなかったのだ。

 これでは“魔王の監視”などできるはずもないと彼女自身も思っていたのだが、なんとなくの勘で、魔王が出掛けるのは悪だくみの為ではないと彼女は思っていた。

 こういう時の彼女の勘はよく当たる。

 ――なんにしろ、暇である。

 ただ、探偵業がまったく忙しくないと分かってアニアは安心をしてもいたのだった。セニア魔法技術応用研究所の仕事はまだ続いている。中途半端な状態で放り出しては、彼らに迷惑がかかってしまう。彼女にはそれが嫌だったのだ。

 「収入があるのだから、辞めても構わないのではないですか?」

 などと魔王は言ったが、そういう問題ではない。

 

 「……少し散歩をしてきます」

 

 朝食を食べ終えようとしている魔王に向けて、アニアはそう言った。

 探偵事務所全体が怠惰な雰囲気なので彼女自身も忘れてしまいそうになるが、一応は今は探偵業の勤務中なのだ。だから外出するのならボスに許可を取らなくてはならない。来客があったら対応する為に、真面目な彼女はきちんとした身なりをしていて、いつでも応対可能な準備をしているのだが、探偵である当の魔王にはどうやらそんな意識はないらしく、

 「はい?」

 などと不思議そうな声を上げた。

 それにアニアは苛立ちを覚える。

 「行ってきます!」

 と、まるで彼を叱るように言った。

 “まったく、この人は!”と怒りながら彼女は外に出ようとする。が、そんなところで魔王から話しかけられた。

 「あ、そうだ。アニアさん」

 「なんでしょう?」

 「クローゼットの中のぬいぐるみですが、外に出してあげたいのなら、そろそろ外に出してあげてはどうです? あんな暗く狭い場所に閉じ込めるのは可哀想だと思っているのでしょう?」

 それを聞いて、アニアは顔を真っ赤にする。

 「なんで知っているのですか?! なんで知っているのですか?! 見たのですか、私の部屋を!?」

 魔王はそれに穏やかに笑って返す。

 「はっはっは。何を言っているのですか? 私があなたのぬいぐるみ集めの趣味を知っているのは、ナイを渡した時に伝えたではないですか。

 何もないベッドで眠るあなたもとても美しいですが、ぬいぐるみに埋もれて眠る可愛くて美しい姿も早く見てみたい」

 「やっぱり、見ているのじゃないですかぁー!」

 アニアの怒りの声が事務所内にこだました。

 

 “――まったく、あの魔王は!”

 

 怒りながら、アニアは外に出ようと探偵事務所の扉の所にまで来た。そこで彼女は扉の前の廊下に飾ってあるバラがいつの間にか一本増えて二本になっているのに気が付く。赤色とピンク色の可愛くて綺麗なバラだ。恐らく魔王がやっているのだろう。変なところがマメだ。

 それから扉を押そうとすると、足元から鳴き声が聞こえて来た。

 「ナー」

 ナイだ。

 「んー? 一緒に来たいの?」

 彼女は相好を崩してナイを抱え上げる。一気に上機嫌だ。

 アパート暮らしだった頃は、近くに出かけるくらいだったらナイは付いて来なかったのに最近は少し出かけるだけでも付いてくるようになった。

 どうしたのだろう? と彼女は不思議に思う。もっとも、彼女はそれを不快に思うどころか喜んでいたのだが。

 “そう言えば……、”と彼女は思った。

 この探偵事務所に引っ越して来てから、彼女は夜によく眠れるようになっていた。安アパートとは違って、ここでは何者か達に監視される恐れがないからかもしれない。例えそれ以上に危険かもしれない魔王が一緒に住んでいるとしても。

 

 ……まぁ、あの人に、少しは感謝しなければいけないのかもしれない。

 

 探偵事務所の扉を開けて外に出る時、彼女は心の中でそう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ