40.魔王を打ち倒す運命を持っている勇者
駅前の広場には、相変わらず怒号と悲鳴が飛び交っていた。蒸気機関車の爆破予告に人々は混乱していたのだ。彼らは映し出された人間と魔族の争いに見入りながら、魔族を呪って侮蔑し、人間達を応援していた。
そんな喧噪の中、空から手紙が飛んでくる。それは悠然とその混乱を特別席から眺めていたゼン・グッドナイトの手元に落ちる。余裕たっぷりの落ち着いた様子で彼はそれを開くと一読し、軽く頷いてから席を立った。
本来はセレモニーの為に用意された壇上にまで軽快な足取りで彼は昇ると、大きな声で言った。
「皆さん。安心してください。朗報です」
声は魔法で拡張されていたのだろう。広い会場内によく通った。何事かと人々は期待した眼差しでゼン・グッドナイトを見上げる。
「蒸気機関の爆破を計画していた魔族達は捕らえられました。汽車も無事です。彼らの魔法は、我が社の蒸気機関の前ではまったくの無力だったのです!」
そのあまりの突然の報告を、人々は俄かには信じられなかったようで、互いに顔を見合わせていた。
そんな人々の反応に構わず、ゼン・グッドナイトは説明を続ける。
「石炭エネルギー会社“ノッカー”の会長、グロー・ニナイカナがテロの標的になった事件が以前あったのを覚えていますか?
あの時、蒸気機関が結界内に封じられたお陰で被害はほぼありませんでしたが、蒸気機関自体は爆破されてしまいました。しかし、今回魔族達は蒸気機関を爆発させる事すらそもそもできなかったのです」
人々はその説明に今度は怪訝そうな表情を浮かべた。何故、爆発を防げたのかと疑っているのだろう。ただでさえ、蒸気機関は爆発し易いのだ。
ゼン・グッドナイトは余裕たっぷりの表情でまるでショーの司会者のように一礼すると、
「実は、わたくしどもグッドナイト機械工業には、皆さんに謝らなくてはいけない事があります」
と、ゆったりとした口調で述べた。
多くの人は、彼の謝罪は魔族達のテロ行為を未然に防げず、乗客を危険にさらしてしまった過失へのものだと思っていたようだった。だが、違った。
「極秘裏に、今回のセレモニーで用いた蒸気機関には、魔法技術研究によって生み出された最新の安全装置を付けていたのです。世間の皆様にはこの件は隠していた。
ただ、これは魔族のテロリスト達に知られないようにする為です。どうかお許し頂きたい!」
ゼン・グッドナイトが言い終えるタイミングで、誰かが大声で「それは、魔法研究のお陰で、乗客達の命が助かったという事か?」と問いかけた。
彼は大きく頷く。
「そう思ってもらって構いません。
どうも、魔法技術の研究は魔法を得意とする魔族に有利になると思っている方が世間にはいるようですが、それはまったくの誤解だと今回の件で明らかになったと思います。
魔法技術研究とは、一部の術者にしか扱う事のできなかった魔法や魔術を、それ以外の人間でも利用できるようにする為の研究なのです。いえ、或いはその研究成果によっては、これまでの魔法を凌駕してしまうかもしれません。
ですから、開発を進めれば、むしろ魔族の優位性がなくなると考えるべきなのです。だからこそ我々はこれを積極的に活用しなくてはならないのではないしょうか? 今後の人間社会の発展の為に!」
彼の演説が終わると、何処からともなく拍手が鳴り始め、それを切っ掛けとして広場は拍手で埋め尽くされた。サクラが仕込まれていたのかもしれない。ただ、どうであるにせよ、その拍手によって汽車が無事に走っているという現実を実感できたらしく、人々に笑顔が戻り始めた。歓声も聞こえる。
が、その拍手と歓声を遮るように、突然大きな爆発音が響いたのだった。相変わらず、広場には人間と魔族の戦闘光景が映像として送られ続けていたのだ。それで人々は静まり返ってしまった。
先程まで映像の真ん中にいた性格の悪そうな魔族の姿は既になく、ほんの一部を四角く切り取られた戦闘の様子だけがただただそこには流れていた。
再びゼン・グッドナイトが口を開く。
「後は、あの魔族のテロリスト達を、あそこで戦っている人間達が倒してくれさえすれば、それで我々の完全勝利です!」
それを合図に、「おぉぉ!」という叫び声が反響する。
「魔族を殺せぇ!」
「やっつけろぉぉ!」
興奮した人々の声は、会場全体を震わせていた。全体の戦況がどうなっているのかも分からないまま、人々はその非常に限定された戦闘の映像を見守り続けた。
ゼン・グッドナイトはわずかに届くその情報から、まだ戦況は拮抗していると予想していた。
“あれだけの軍事兵器を反魔族団体に与えておいたのに、まだ戦闘は終わりそうにもないな……。魔族側に戦闘要員が加わっていると言っても、たった二人では大して変わらないと思っていたが、考えを改めるべきか……”
そして、しばらくが過ぎると、映像の片隅に見覚えのある姿がいるのを誰かが見つけた。
「おい? あそこにいるのは勇者様じゃないか?」
そう。戦地で歩きながら何かを叫んでいる者がいたのだが、それはどう見ても勇者のアニア・ゴールドだったのだ。
優秀な占術師の手によって“魔王を打ち倒す運命を持っている”と告げられた女の勇者。
この状況で彼女が現れた事に運命を感じない者はいなかった。
「おお! 勇者様! 魔族をやっつけてくださいぃぃ!」
そんな叫び声が上がる。
――ただ、当の勇者本人には、戦っているような素振りがまるでなかったのだが。
魔族が彼女に向って攻撃魔法を放っていて、それは結界で防がれているようだったので、彼女が攻撃を引き受ける囮になっているように見えなくもなかったが、それでも様子はおかしかった。
もっとも、それを気にする人間はその場にはほとんどいなかったのだが。多くの人々は熱狂的に勇者を応援していた。
だた一人、ゼン・グッドナイトだけは、気に食わなそうにそんな彼女をじっと見ていた。
「みんな、やめてぇぇ!」
アニア・ゴールドが叫んでいる。
しかし、そんな声は戦闘を繰り広げている人間と魔族達にはまったく届かなかった。彼女は時折魔法攻撃の標的にされていて、流れ弾や爆風も度々彼女を襲ったが、ウールリが結界を張って守っていた。
ウールリが「アニアさん、身を隠してください」と言っても、彼女は言う通りにしなかったのだ。
「どうにかして、争いをやめさせないと」
彼女はとても哀しそうな表情を浮かべていた。彼女は人間も魔族も説得して、戦闘を停めたかったのだ。もちろん、友好な手段は何もなかったのだが。
何故か反魔族団体の人間達は、軍隊並の装備を整えていた。戦闘訓練を受けていないとはいえ、それだけの装備があれば充分に脅威であるらしく、魔族達は圧されていた。ただし、アインとゴースノースだけは生き生きとしている。
「見たか魔族どもめ! これが人間の力だ! 兵器を使えば、人間の方が戦闘力は圧倒的に上だ!」
反魔族団体の一人が滅茶苦茶に銃を撃ち、爆弾を放り投げながらそんな事を叫んでいる。
それを見たアインが淡々と言った。
「別にその兵器を作ったのはあんたらじゃないでしょーが。技術者が威張るってのなら分かるけどさ」
「違ぇねぇ」とゴースノースが続ける。
そんなゴースノースに向けて、バズーカ砲が放たれた。彼は強力な結界を一部に集中させて創り出すと、その弾を受ける。圧力に押されながらも、なんとか足を踏ん張ってそれに彼は耐え切る。
「くあぁぁ 流石にきっついねぇ」
ボトリと大きな弾が落ちた。
踏ん張った足元の地面が抉られていた。
「確り耐え切っているじゃないの」
アインはそう言うと、武器を構える人間達に向って突進をした。それを見て、反魔族団体から悲鳴にも似た声が上がる。
「そのチビを近づけるな! 接近戦じゃ勝ち目がないぞ!」
その声を受けて、反魔族団体は銃口を向けて爆弾を放り投げようとしたが、それを魔族達は魔法攻撃で妨害する。
雷、炎、氷に風。
土煙がもうもうと舞い、それが煙幕の代わりとなったようだった。アインの小さな影が、その中から反魔族団体に突っ込む。
「来やがった! 逃げろ!」
一人がそう言ったが、その時既に彼の腕は彼女に取られていた。
「もう遅いわよ!」
“グルンッ”と風の魔法で加速して投げる。地面に打ち付けられた男はそのまま意識を失った。続けて彼女は近くにいたもう一人も風で投げ飛ばした。
ただ、投げ終えた瞬間、一呼吸の隙ができた。
それをチャンスと見たのか、他の反魔族団体が銃を放った。彼女は飛び退いてそれを躱す。圧せていると判断したのか、反魔族団体は更に銃弾を浴びせて追撃をする。彼女は更に引いた。反魔族団体はここで彼女を叩いておかないと厄介だと判断したらしく、銃を撃ちながら彼女を追おうとした。
が、途中で何故か銃弾が空中に止まっている事に気が付いた。
ゴースノースがいつの間にか近くにまで来ていて、結界を張っていたのだ。それを機に、引いていたはずのアインが一足飛びで長距離の間合いを一気に詰めた。異様に速い。恐らく移動の魔法だ。銃を撃つ暇もなく、彼女に追い打ちをしようとしていた面々は風の魔法で投げ飛ばされてしまう。
「その二人は後にしろ! 他の連中を片付けた後で皆で一斉にやるんだ!」
反魔族団体の誰かの声がすると、彼らは爆弾を放り投げた。ただ、その爆弾は直ぐには爆発しない。アインとゴースノースが身を隠している間で人間達は引いていった。その後、かなり経った後で爆発する。
どうやら退却時の時間稼ぎ専用の時間差で起爆する特殊な爆弾らしい。
「まずいな。人間どもが向こうに行きやがった。他の連中じゃ、あの兵器には対抗できないぞ」
ゴースノースの言葉に「ええ」とアインは返す。
「行きましょう」
反撃に警戒しながら、彼らは仲間達を護る為に反魔族団体を追った。
「――あなた達、いい加減にしなさい! どうしてこんな意味のない事をするの?」
アニア・ゴールドがそう叫ぶ。
その叫びを聞いて、近くにいた反魔族団体の一人が言った。
「あなたは“魔王を打ち倒す運命を持っている”勇者でしょう? 何故、魔を打ち破ろうとする我々を止めるのです?!」
彼女はそれに「そんなの知らないわよ!」と激しく返した。
“――どうして、愛している人を打ち倒さないといけないのよ? 本当に意味が分からない!”
彼女は今にも泣き出しそうだった。
ただ泣いても何にもならないのはよく分かっている。必死に思考を巡らせる。どうすれば彼らを停められるのか。
かつてセニア魔法技術応用研究所のヨシダ・セイイチが平和について述べていた。彼女はその言葉を思い出す。
単細胞生物が細胞群体となり、多細胞生物という一つの生物になるまでには長い長い時間が必要だった。
つまり、敵である生物同士が群れ、協力し合うのには凄まじい時間がかかるのだ。
しかしそれでも単細胞生物は連携し合って一つの生物になる事ができた。
思考を持たないと思われている単細胞生物ですら、協力し合う道を選んだ。ならば、“考え”、“思考できる”人間と魔族がどうしてその道を選ばないと言えるのだろう?
『子供の頃から互いの種族と協力し合う機会に多く恵まれたなら、きっと差別や偏見が原因となって起こる争いはなくなっていくだろうと思います……』
――駄目だ。
と、彼女は思う。
仮にそれが本当だったとしても、今直ぐこの場でできるような事ではない。
“やっぱり、説得できるかもしれない人間達と話をしおう。それしかない。なんとかもっと彼らリーダーの近くに……”
そう考え、反魔族団体の方に目をやった瞬間だった。
投げ損ねたのか、それとも彼女を狙ったのかは分からなかったが、近くに爆弾が転がって来たのだ。
――え?
彼女は真っ白な光に包まれ、爆風に吹き飛ばされる。ウールリの結界でもそれは完全には防ぎ切れなかった。




