39.蒸気機関爆破計画
駅前の広場。
そろそろ汽車が出発しようかという時刻。集まった人々は、汽車が動き出すのを今か今かと待ちわびていた。惜しくもチケットを手に入れられなかったのだろう者達の一部は恨めしそうに汽車に乗った乗客達を眺めていたが、ほとんどの人間は彼らを祝福していた。
広場にいる人々はもちろん往来を行き交う人々も汽車を見上げている。売店で料理を作っている人間の中にすら、手を停めている者がいた。
やがて汽笛が響くと、歓声が上がる。いよいよ汽車が出発するのだ。色々と不安や不満もあるが、これがこの街の新しい始まりになるのは明らかだった。
人々は貴重な歴史の1ページを目撃しているという実感から、ある種の感動を覚えてすらいた。
ざわめきが心地良い。
プレゼントを期待する子供のような気分。
――ゼン・グッドナイトは、そんな彼らをセレモニーの為に用意された特別席から不遜な顔で眺めていた。まるで観察しているようにも思える。わずかばかりではあるが緊張しているようでもあった。
そして汽車はゆっくりと動き出す。
人々は再び歓声を上げた。
「おー 動いたぞぉ!」
誰かが言ったその声に合わせて、拍手が起こる。
人間の技術力の偉大さを誇示するかのように、汽車は重量感たっぷりに前進していった。蒸気を噴出する音と共に、徐々に加速度を増していく。何者をも寄せ付けない圧倒的な存在感が、振動となって地面を伝わっていき、それが人々の興奮と結びつく。
汽車の最後尾が駅から離れた。
――その時、駅前の広場に集まった人々のうちの一人が不審な動きを見せた。うずくまって何かをやっている。地味な恰好をしているが、それが却って怪しかった。
「……あれかな?」
ゼン・グッドナイトは、目ざとくその不審人物を見つけると小さくそう呟いた。やがてその怪しい者は何かを放つような仕草をした。人込みで見えないが、その視線の先を追ってみるとネズミが出て来た。そのネズミは異様な速度で進んでいく。明らかに生物の限界を超えていて、しかも人込みから離れるとそれは飛翔した。
間違いなくマジックメールだ。しかも、超高速で移動する特別製。
「……あれだな」
ゼン・グッドナイトは小さくそう呟くとにやりと笑った。そして満足げに数回頷く。それから数分が経過した。汽車は既に遠く離れていたが、お祭りムードのお陰かまだ人々の多くはそこに留まっていた。或いは汽車が戻って来るまでいるつもりなのかもしれない。
しばらくは、駅前の広場には興奮の余韻を楽しむような和やかな雰囲気が流れていた。
が、突然、その雰囲気を打ち破るかのように、広場の真ん中に巨大な映像が現れたのだった。光の薄い膜といった態のそれは、明らかに魔法による創造物だった。
人間社会にはない。恐らくは、魔族達の映像を送る魔法だ。
映像の内容は鮮明には見えず、ぼんやりと人影が見え、爆発音や銃声が聞こえて来る。人々は驚いていたが、セレモニーのサプライズイベントだと勘違いしているのか、動揺する様子はなかった。
が、徐々に映像が鮮明になり、そこに性格の悪そうな魔族の男の姿が映し出されると、初めて恐怖の声が飛んだ。
「なんだぁ、あいつはぁ?!」
その声は向こうには届いていないはずだったが、まるでそれに応えるように魔族の男は言った。
「よぉ、人間ども! 見てるか?!」
背景では銃撃を結界で防ぐ魔族達の姿が映っている。それを見るとゼン・グッドナイトは呟くように言う。
「もうあっちに届いたのか。かなり速いな。あのマジックメールは使えそうだ。今度、部下に調べさせてみるか」
駅前にいる人々は何か不吉な事が起こっていると気付き始めたのか、ざわめきに混沌が見え始めた。
そんな中、魔族の男は演説を始めた。
「人間ども! 蒸気機関車が問題なく出発して嬉しいか? だが残念だな。その蒸気機関車は間もなく爆発する。俺ら、魔族の、魔法の力によってな!
お前らの機械工学最大の成果か何か知らないが、そんなものは、俺らの魔法の前では無意味だと知れ!
蒸気機関車が引く列車に乗っていた人間達はもう助からないぞ! 全員、死ぬんだ! 絶望しろ! お前らの無力さと俺ら魔族の魔法の力の偉大さに!」
演説が終わると、駅前の広場は怒号と悲鳴に埋め付くされていた。
「ふざけるな! なんだ、お前は!」
「卑怯者がぁ! こっちに来い!」
「いやー! あの汽車の中には私の子供が乗っているのよ?! 誰か助けてぇ!」
「駅員! 爆破予告だ! 汽車を停めてくれ。俺の恋人が乗っているんだ!」
そんな中で、映像の向こうの戦闘は激しくなっていく。どこの何者か達かは分からないが人間達が魔族と戦っているのだと察すると、人々はその人間達の応援をし始めた。
「お願いだ! 誰かは知らないが、その魔族どもをぶっ殺してくれ!」
「そいつらをやっつけて汽車の爆破を止めさせてぇ!」
「魔族を殺せ、殺せぇ!」
そんな人々の様相、魔族と反魔族団体との戦闘、この今の状況全てをゼン・グッドナイトは楽しそうに眺めていた。
「いやぁ、人間ってのはとっても醜いもんだねぇ、勇者様。あなたはこんなものを守ろうと必死になっている訳だ。虚しいねぇ」
冗談を言ってふざけている。彼は今の状況に満足しているようだった。どうやら彼の計画通りに事は進んでいるらしい。
しかし、そこに突然黒い影が空中から高速で降って来た。ほとんどの人間は気が付かなかったようだが、彼は表情を硬くする。
魔王フルムス・クルブスだ。
一瞬、緊張したようだったが、そのまま魔王が空中を強く蹴って汽車を追いかけて行ってしまうと、彼は「ふっ」と笑って弛緩した。
「そっちはもう意味がないよ、魔王様」
そして、そう可笑しそうに彼は言った。
何度も空中を蹴って魔王は加速し続ける。
駅から汽車はもう随分と離れてしまっていた。遠くに細く長い影になっている汽車が見える。通常の汽車の運行速度ではない。つまり、既に暴走しているのだ。
そう判断すると、魔王は風の魔法に火の魔法を追加し、噴射によって更に速度を上げた。ドンっ!という爆裂音が響く。線路が曲がりくねっているお陰で、直線距離を進める彼の方が有利だった。やがて彼は汽車に追いついて並走する事ができた。
横を走る汽車を見やりながら魔王は思う。
“魔界を使えば直ぐに止められますが、それではアニアさんの所に戻る力がなくなってしまう!”
決心すると、やや危険だったが、彼は空中を大きく蹴って汽車の屋根の上に着地をした。バランスを少し崩したが、なんとか持ち堪える。それから直ぐに結界を張って風圧を遮断すると、彼は先頭の機関車を目指して前に進んだ。
汽車に乗っている客達は、速過ぎるスピードで進む汽車に不安を覚えているようだった。「ちょっと速過ぎないか?」、「誰か車掌に聞いて来てくれ」などといった声が聞こえて来る。ただ、大きな騒ぎにはなっていない。人間に化けた魔族達がこの状況を上手く誤魔化しているのだろう。
やがて魔王は先頭の蒸気機関車にまで辿り着く。屋根の上に円を描くと、彼はそこに魔法をかけた。溶けた闇のようになる。どうやら通り道を創る魔法のようだ。そこに身を滑りこませて彼は機関室の中へと入った。
中に入ると彼は素早く周囲の様子を観察して状況判断をする。魔族は二人。一人は加熱するボイラーに魔法をかけていた。爆破させる為だろう。もう一人の魔族は運転士に刃物を突きつけて、無理矢理に運転をさせているようだった。
操られているのか、人間が一人、石炭を火室に放り込み続けている。魔法による爆破を助ける為に違いない。操られているだろう人間はもう一人いて、機関室の出入り口で待機していた。恐らくは乗客の不安を受けて状況を聞きに来るだろう車掌に“問題ない”と嘘を言う役割だ。
利用価値があるからだろうが、幸い、少なくともここには殺された人間は一人もいないようだった。
魔族は蒸気機関を魔法で爆破する事に拘るだろうと魔王クルブスは考えていたのだが、その考えは正解だった。
“魔族を象徴する魔法の力で、人間を象徴する工学の力を打ち破る事に価値を見出す”
人間を嫌い、人間社会を敵視し、攻略する為に人間社会に潜伏している魔族達は、そのような者達なのだ。
魔王の姿を見るなり、魔族二人は驚愕の表情を浮かべた。「何故、ここに……」と爆破を試みている魔族がそう言いかけている間で、彼はその魔族の額を片手で掴んで気を失わせてしまう。もう一人の運転士を脅している魔族も、機関室内の影に魔力を与えて操り動きを封じるとやはり同じ様に気を失わせる。それで石炭を放り込んでいた人間も呪縛から解放されたのか動きを止めた。そのままその場に倒れてしまう。
彼が助けた運転士は歓喜しつつ「助かりました。ありがとうございます!」と礼を述べていたが、彼は相手にせず、機関車の暴走を停めようと冷却の魔法を使おうとした。
ところが、彼がそうするまでもなく、あっと言う間に蒸気機関の出力は弱まっていくのだった。
自然な現象ではない。
彼が戸惑っていると運転士が説明をしてくれた。
「その蒸気機関には魔法技術を応用した安全装置が施されてあるのですよ。だから、魔法による爆破はもちろんできませんし、石炭をどれだけくべても、スピードが上がるくらいで済みます。しかも、駅が近づけばそれも自動的に弱くなっていきます。
この汽車には他にも魔法耐性の仕組みが用意されていて……」
犯人の魔族達がどうして人間を操って石炭を加えさせていたのかをそれで魔王は理解した。彼らの魔法では、蒸気機関を爆破させる事はできなかったのだ。
「――つまり、放っておいても、この汽車は何の問題もなかったという事か?」
「いえ、流石に乗っ取られていましたから、問題がないって事はないでしょうが、少なくとも爆破はできませんよ」
駅に着いて魔族による乗っ取りがバレたなら、戦闘になって死傷者は出ていたかもしれないが、仮に魔王が助けに来なくても、少なくとも爆破によって乗客達が全員死ぬような事態にはなっていなかったのだ。
魔王は困惑した。
もちろん、これは良い事なのだろうが、それでも釈然としない。
「ゼン・グッドナイトか……」
そう呟いた。
あの男は全てを見抜き、先回りして計画を練っていたのだ。或いは、もう少し待てば、自分がやらなくとも警備の人間がここにいる魔族達を取り押さえる予定だったのかもしれない。
“だが、何の為に?”
直ぐには思い付かなかったが、彼には気にしている余裕はなかった。
彼の愛しいアニア・ゴールドの元へ直ぐに戻らなくてはならない。彼は彼女の事がとても心配だったのだ。




