38.アインとゴースノースの能力
ゴースノースは魔王が飛んでいった先を眺めながら不思議そうにしていた。
「――何を言っているんだ? 魔王様は?」
油断させ戻って来て、攻撃を仕掛けて来る作戦かとも考えたが、流石にそんなにせこくはないだろう。
アインはそれに何も返さない。魔王に言われた通りに女勇者を見ている。
少し待ったが動きがないので、ゴースノースは腕を振り回してほぐしながら、
「まぁ、何にせよ、取り敢えずあの勇者とやらをさっさと畳んじまおうぜ。あの程度なら殺すまでもないだろう。叩きのめしてとっ捕まえて連中に引き渡して、その後でどうするかは連中に任せれば良い」
そう言ってゆっくりとアニアに近付いて行こうとする。余裕の態度だ。ウールリ・リールラも問題にしていないようだった。
ところがそれを聞いてアインは「ちょっと待って」と彼を呼び止めるのだった。
「なんだよ?」
「いいから」
「面倒くさいよ。あんなのガタガタ言う程の相手でもないだろうがよ」
彼は構わず進もうとした。が、するとアインが彼の腕を掴む。「なんだよ……」と、ゴースノースは言いかける。その瞬間、地面の上から風が強く渦を巻いて吹き上げる。風の魔法だ。その力を利用して、彼女は彼を投げてしまった。
近くの壁に激突する。
「ぬがぁ!」
彼の倒れた姿も見ずに、アインは淡々と語る。
「“ちょっと待って”って言ってるでしょが。なんて短絡的なの? これだから直ぐに暴力で解決しようとする乱暴者は嫌い」
「お前が今俺にしたのは、暴力じゃないとでも言うつもりか?」
ツッコミを入れた後で彼は彼女の視線の先を見てみる。どうやらずっと女勇者を見続けているようだ。女勇者は逃げようともせずにこちらを見ている。傍らにはウールリがいて、何事かを喋っている。彼は頭に手をやりながら、「なんか、あの女勇者に気になる事でもあったのか?」と尋ねた。
「彼女の攻撃の意志を読んでいるのだけどさ。読めないのよ」
「読めないだぁ? なるほど、勇者ってのは魔力を集めて使うくらいしか役に立たないって聞いていたが違ったんだな」
魔力集約型人間決戦兵器“勇者”。
勇者とは集めた魔力を有効に活用する為の依代である。だから単体では脅威とならないと彼らは教わっていたのだ。
「お前の力をガードするとはやるじゃねーか。が、その程度じゃ屁でもねぇけどな」
しかし、それにアインは「違うわ」と返す。
「彼女にそんな技術はない。むしろ分かり易過ぎるくらいに分かり易いわ。
彼女の攻撃の意志が読めないのは、そもそも彼女に攻撃の意志が“ない”からよ」
そう言い終えると、彼女はふっと笑う。
「魔王様があの女勇者に惹かれた理由がよく分かったわ。確かにあれは殺しては駄目なものね」
しかし、ゴースノースはその言葉の意味を理解できなかったようだった。
「何言ってるんだ、お前は?」
そう愚痴るように言って立ち上がる。そこで遠くを見るような仕草をした。魔王を見て逃げ出していた魔族達が戻って来ていたからだ。
女勇者とウールリはそれに気付いたようだった。女勇者は銃を二丁取り出し、ウールリは結界を張る。臨戦態勢だ。
「あれを見ても、お前はあの勇者に攻撃の意志がないって言うのか?」
ゴースノースが問いかけるとアインは「そうよ」と返す。
「よく見てごらんなさい。あの銃、攻撃の為の銃じゃないわ」
襲って来た魔族達に、女勇者は銃弾を放っている。どうやら捕縛の呪が施されている銃弾らしく、二丁の銃から同時に放たれたそれらは間にいる魔族を捕縛した。
「なんだありゃ? あの程度の魔法が魔族に通じるか。時間稼ぎくらいにしかならねぇぞ」
彼の言葉に彼女は「それくらいあの女勇者も分かっているわ」と返す。
「でも、“できない”のよ。あの女勇者は相手を傷つけられない」
それから指をさす。
「ほら、あの表情をよく見てみなさい。彼女、銃を怖がりながら撃っている」
「怖がる? 何に?」
「銃弾が間違って誰かに当たってしまわないかと怖がっているのよ」
アインは嬉しそうに少し笑っている。否、感動をしているのかもしれない。
「あの女勇者、魔族と人間の区別をつけていないのね」
見ていると、徐々に女勇者達は魔族達に押され始めた。ウールリ・リールラが充分に力を発揮できていないように思える。ゴースノースの結界内にいる事だけが原因ではなさそうだった。或いは女勇者が、ウールリに相手を傷つけないようにと頼んだのかもしれない。
「仕方ないわねー ちょっと助けて来るわ」
その様子を見かねたのか、アインは消えるようにその場からいなくなった。「お、おい」とゴースノースは止めようとしたが、その時既に彼女は女勇者達を襲っている魔族達の所へかなりのスピードで向っている最中だった。
「お願い。誰も傷つけないで」
そうアニア・ゴールドから言われて、ウールリ・リールラは大いに困っていた。戦闘の素人達とはいえ、これだけの数が集まれば馬鹿にはできない。しかも扇形の陣形で囲まれてしまっていて、アニアを守り難い。手を抜いて勝てるほど生易しくはないだろう。
ならば、逃げるしかない。
そう考えた彼は、結界を張って魔法攻撃を防ぎながら、魔族が魔力を練るのを魔法で応戦して妨害しつつ、なんとか隙を見つけ出す作戦を執っていた。
アニアも捕縛の魔法で手伝ってくれているがそれは至難の業だった。
もし追い込まれたら、あの魔族達を傷つけるつもりでいくしかない。
そう思ったところで、戦況に変化があった。何故か、敵だとばかり思っていたアインが魔族達に向って行ったのだ。
魔王様が“手出しをさせない”と言っていて、実際にその通りに彼女とゴースノースは動かなかったのだが、まさか助勢してくれるとまでは思っていなかった。
アインは魔族を風の魔法で足払いをかけて転倒させると、腕を同じく風の魔法で縛っていく。鋭い風の渦がまるで縄のようになっていて、それで魔族は身動きが取れなくなってるのだ。初めは不意打ちだったが、ニ、三人の動きを封じると魔族達も彼女に応戦した。しかし、彼女にはまるで敵わなかった。
魔族が彼女を捕まえようとしても、それをあっさりと躱し、逆に腕を取って投げてしまうのだ。
彼女のお陰で魔族達の攻撃は止まっていた。その芸術的な神技に魅せられたのかアニアは呆気に取られている。呟くように言った。
「あれは…… 柔術かしら?」
柔術とはアニアが使う格闘技バリツの元となった和国の格闘技だ。相手の力を利用して投げ飛ばし、動きを封じる事もできる。ただし、アインはそれに風の魔法を合わせるというオリジナルアレンジを加えているようだったが。
アインの動きは異様に素早かった。ただし、それだけではない。
「アインは、相手の心が読めるのですよ」
ウールリが説明する。
「もちろん、何もかもが分かる訳ではなく、感情というか気持ちというか、そういったものを掴めるのだそうです。相棒のゴースノースの結界の中では特にそれが強化されるのだとか。
多分あれは、相手の動きを読んだ上で、捕縛していっているのでしょう」
気付くと、ほぼ全ての魔族がアインの手によって捕縛されていた。
「それで、どうしてそんな能力を持っている彼女が私達の味方をしてくれているの?」
アニアの質問に、ウールリは「さぁ?」と返した。彼自身も腑に落ちないといった顔をしている。
「裏切ったのか? アイン!」
と、捕縛された魔族の一人が叫ぶ。
それにアインは首を傾げた。
「裏切る? とんでもない。あなた達にとってもあの女勇者は殺さない方が良いから止めたまでよ。
あれは殺してしまって良いようなものじゃない」
もちろん、そんな説明で魔族達が納得するはずがなかった。
見ると、いつの間にかゴースノースも近くに来ていた。腕を組んでいる。どうも彼も納得していないようだ。
ただ、アインはそんな魔族達の視線をまったく気にしていないようだったが。
「これだけの事をやっておいて、その程度の説明でこいつらが納得するはずないだろうがよ」
と、呆れた様子でゴースノースが言った。アインが再び口を開こうとする。しかし、その前にこんな声が聞こえて来たのだった。
「おーい! やばいぞ! 人間どもが攻めて来やがった!」
声の主は結界の外にいたはずのイーリーだった。一緒にいた数人の部下と共に、結界内に逃げ込んで来ている。
しかもその後直ぐに爆発音が響いた。
ゴースノースの結界に阻まれたようだったが、かなりの火力だ。大砲か、バズーカのどちらか。そのイーリーの声と爆発音を受けて魔族の一人が言った。
「そうか! お前は能力で人間達の襲撃を察していたんだな。それで女勇者を人質に取る為には殺さない方が良いと判断したのか!」
アインは「いや、別にそんなんじゃないんだけど……」と言いかけたが、「めんどーだから、そういう事にしておけって」とゴースノースがそれを止めた。
その後も続けさまに爆発音が響く。ゴースノースが呟いた。
「まずいな。流石に結界がもたないぞ」
やがてイーリーが近くまで来る。人間達の急襲と聞いて、アインは魔族達の捕縛を解いていた。
「やっぱり人間どもは伏兵を用意していたんだ」
イーリーのその言葉を聞いて、ゴースノースは首を傾げた。
「おかしいな。伏兵の気配なんかしなかったんだが。それに伏兵だとすると、攻めて来るタイミングが遅すぎる。あの女勇者が既に殺されていてもおかしくはない時間だぞ?」
女勇者の内面を知っているアインが言う。
「まぁ、無関係でしょうね。あの女勇者は争いを止めに来ただけでしょうから」
「じゃ、どうしてこの場所が直ぐに分かったんだよ?」
「あんたの結界が目印になっちゃったんじゃないの?」
そう言っている間で、ひと際大きな爆発音が響いた。大型の爆弾が使われたのかもしれない。
ゴースノースが叫んだ。
「まずいな。こりゃ、結界が破られたぞ。人間どもが入って来る!」
周囲を見ると、確かに結界が消えていた。
イーリーがそれを聞いて言った。
「とにかく応戦するぞ! 陣形を整えろ! 連中、とんでもない火器で武装していやがった! まるで軍隊だ!」
それを聞いて魔族の一人が疑問を口にした。
「火器? 相手はいつも通りの反魔族団体なんだろう? どうしてそんな装備を持っているんだよ?」
「こっちが聞きてぇよ!」と、それにイーリー。
そんなタイミングで、虚をつくように羽の生えた手紙が飛んで来た。「なんだ?」と魔族達が首を傾げていると、それは真っすぐにイーリーの手の上に落ちる。
マジックメールだ。
あまりに唐突だった所為で、イーリーは思わず何の警戒もせずにそれを開けてしまった。文章を読み上げる。
“嘘はいけないと思って、本当にしておいたよ。約束通り、反魔族団体と争い合いたまえ”
そこにはそのように書かれてあった。
差出人の名前はない。が、こんな事ができるのも、こんなふざけた演出をする人間もただ一人しかいなかった。
「ゼン・グッドナイトの野郎だ! オレらの計画を見抜いて逆に嵌めてきやがったんだ!」
イーリーがそう叫ぶ。それを聞いて魔族の一人が不安を口にする。
「どうする? そろそろ汽車の発車時刻だぞ? 犯行声明を出す予定だったはずだ」
「チッ!」と舌打ちした後で彼は言った。
「防御を固めておいてくれ。ここに魔法陣を描こう。仕方ねぇ。こっから犯行声明だ。駅前の広場の人間どもに、今から汽車は爆発するって教えてやるんだ!」
「ちょっと待て。ゼン・グッドナイトは、この計画を見抜いているんだろう? このまま計画を続行して良いのか? 罠かもしれないぞ?」
「もうここまで来たら、やるしかないんだよ!」
そのやり取りに、ゴースノースは肩を竦めた。
「あーあ、楽な仕事のはずだったんだがなぁ……」




