36.魔族組織の策略
勇者アニア・ゴールドは固唾を飲んで、魔族達の様子を観察していた。
何処か一か所に固まってくれるのなら都合が良い。こっそりと逃げ出し易くなる。ただ、魔族達は反魔族派の人間達を警戒しているだろうから、その可能性は低いだろうと彼女は考えていた。
ところが、魔族達は特に周囲を警戒する様子も見せず、アニアが潜んでいる崩壊したホールに集まって来たのだった。
敵を呼び出したのなら、普通は仮に姿が見えなくても罠を仕掛けられている可能性を考えて慎重に進むだろう。
“おかしい”
そう考えた彼女は、直ぐには逃げ出さず、魔族達の会話を盗聴してみる事にしたのだった。
透明化の魔法を一度解いて、魔族達の傍にまで寄る。すると、高い声で可笑しそうに笑う声が聞こえて来た。
「ハハハハ! 人間達がいつ来るのかだって? 悪かったな。連中は来ないぜ」
笑っていたのは、平均よりも少し低い程度の身長の男で、いかにも悪賢そうに見えた。雰囲気からその男がリーダーか、或いはそれに準ずる発言力の高い地位にいるのだと分かる。観察しながら、アニアはもう一度透明化の魔法を使った。これで簡単にはバレないはずだ。
「どういう事だ? イーリー」
魔族の一人がそう尋ねた。どうやら彼の名前はイーリーというらしい。
「そもそも人間達なんか呼んでねぇからな。まぁ、何故かってぇと、こっちはつまるところを言えば陽動なんだよ」
「陽動だぁ?」
「ああ」
イーリーはにやりと笑う。
アニアはその言葉に取り敢えずは安心をした。
“陽動? なら、人間と魔族との間で争いなんて起こらないのね……”
もっとも、それは別の何かしらの計画がある事を意味しているのだが。
「俺らを騙していたのか?」
という魔族の疑問に彼は不敵な様子で返した。
「騙していたとは人聞きが悪いな。でも、まぁ、そうなのかもな。“敵を騙すには、まず味方から”って言うだろう? 悪気があった訳じゃない。作戦上必要だったんだよ。許してくれ」
「どんな作戦だよ?」
「ゼン・グッドナイトが、俺らに日常会話の中でも“グッドナイト機械工業の名を口にするな”って命令して来たのは覚えているよな?
ギニー・ヌーの件からも明らかだが、どんなヤツがどこにいて、俺らの話を聞いているか分からない。ゼン・グッドナイトはむかつく奴だが戦略は正しいよ。今はマスコミにも手を回しているらしいから、リークされても大丈夫って話だが、それでも念には念を入れておいた方が良い」
ギニー・ヌーというのは、殺されていたトレンチコートの男の名だ。彼は魔族ハーフの立場を利用して魔族組織に近付き、恐らくは魔族組織とグッドナイト機械工業の繋がりを知ったのだろう。そして、マスコミにそのネタを売ろうとして殺されてしまった。そう考えるのが最も可能性が高そうだ。
その説明を聞くと、魔族の一人が不機嫌そうな顔を見せた。
「つまり、俺らを信頼していなかったって事か?」
「怒るなって」と、それにイーリー。
「お前らの事は信頼しているよ。しかし、情報ってのはよほど慎重にやらないと漏れちまうもんだからさ。特にお前らは、魔法のカモフラージュを見抜けるほどの能力がない。特に今回はあのグッドナイト機械工業を騙すんだぜ? どこにスパイがいるか分かったもんじゃない。だから、本当の計画は極少数の精鋭メンバーだけで進めたんだよ。お前にらには、グッドナイト機械工業が“反魔族団体を叩く”って計画を信じているかどうかだけ確認してもらってな。
実際、雑用係で使っていたグイイとかいう男の正体は、魔族ハーフに化けた人間だったんだろう? お前らはそれに気が付いていなかった。俺の判断は正しかったじゃねぇか」
その説明に身体の大きな男が反応した。
「だったら、俺らはもう用なしじゃねーか。折角ここまで来たのによ」
イーリーは肩を竦める。
「悪かったな、ゴースノース。まさかお前らまで呼ぶとは思っていなかったんだ。ただお陰でグッドナイト機械工業を騙せていると分かった。随分と助かったぜ」
クリンからの報告では、魔族が呼んだ戦闘要員は、巨漢と短身の女性だという。名前はゴースノースとアイン。恐らくは彼がその一人なのだろう。しかし、どうして戦闘要員のお陰で“グッドナイト機械工業を騙せている”事が分かったのかは、アニアには分からなかった。
「人間達を呼ぶのが嘘だったんなら、わざわざここまで来る必要はなかったのじゃないのか?」
「陽動だって言ったろう? グッドナイト機械工業は絶対に俺らを監視している。実際に移動しないと騙せねーよ。それに……」
そう言いながら、イーリーは魔法陣を描き始めた。
「犯行声明を出さなくちゃならない。ここは海に近い。計画が成功したら、船で逃げるのにも都合が良い」
そこで短身の女性が尋ねた。恐らく、もう一人の戦闘要員だ。名前はアイン。
「で、反魔族団体との戦闘が嘘なら、あなた達の本当の計画は何なの?」
イーリーは楽しそうに笑って答える。
「“汽車の爆破”だよ」
その返答にアニアは戦慄する。彼は続けた。
「知っての通り、今日、鉄道開通セレモニーが行われている。そのセレモニーで運転される乗客を乗せた汽車を爆破するんだ。
蒸気機関のボイラーは爆発し易い。だから、魔法で少し刺激してやれば簡単に爆発するんだそうだぜ。乗客に俺らの仲間の魔族を紛れ込ませてある。ゼン・グッドナイトは疑いもしなかったようだ。俺ら魔族にとっては楽な仕事だ。あいつらなら問題なくやり遂げるだろう」
そんな事をすれば何人が犠牲になるか分からない。極めて凶悪な犯罪だ。アニアは歯を食いしばった。
「汽車が出発したら、この魔法陣で駅前の広場に大きな映像を出力する。そこでここから犯行声明だ。
ゼン・グッドナイトがそれを聞いてどんな顔になるのか見られないのが残念だぜ!」
乗客を乗せた汽車の爆破が魔族の犯行と分かれば、ほぼ間違いなく人間と魔族の関係は悪化するだろう。魔族はこれまで以上に人間社会に居ずらくなる。もちろん、魔王フルムス・クルブスも……
アニアの脳裏に恐怖が過る。
そこで魔族の一人が疑問を口にした。
「ちょっと待てくれ。俺らの目的は女勇者の抹殺だったはずだろう? 魔王様の目を覚ます為には女勇者を殺す必要があるからって。汽車を爆破して逃げ帰るんじゃ、目的は果たせないじゃないか」
“なんですって?”と、それを聞いてアニアは思う。
勇者である自分が魔族に狙われるのは分かる。しかし、まさか、自分を殺す目的で人間社会に来ていただなんて……
――なら、魔王はもしかしたら。
そう思ったところでイーリーが返した。
「それは必ずしも必要ないだろう? 要は魔族と人間の対立関係を煽って、再び戦争を始められれば良いんだから。
汽車が出発したら汽車爆破の犯行声明を出す。爆破が目出度く成功してから、魔王様が人間に化けて探偵をやっているってバラすんだよ。当然、魔王様は人間社会にはいられなくなる。あの女勇者とも別れざるを得なくなるだろうよ」
“何、そのくだらない計画は?”
イーリーの話にアニアは怒りを覚えていた。どうしてそんな事がしたいのかも彼女には理解できなかったし、たくさんの犠牲を出すことをなんとも思っていない非情さも心の底から軽蔑した。
そして、
“クルブスと別れざるを得なくなる”
その言葉に、アニアは深い恐怖を感じていたのだった。そして、そう感じてしまっている自分に戸惑ってもいた。
ただ、今は自分の感情に動揺している場合ではないと頭をニ三度強く振り、
“とにかく、何とかして、汽車の爆破を防がないと”
と、気持ちを切り替えて方法を考え始める。
手紙を書いて飛ばせば、汽車の出発までに伝えられる。このままここで息を潜めながら手紙を書けば……
――が、しかし、そんなところでこんな声が聞こえて来たのだった。
「おい。ここは滅多に人が来ない廃工場だよな? どうして足跡があるんだ? しかもかなり新しいぞ」
ゴースノースだった。彼が指差す足跡は骨組みをさらしたホールの内部から外へと続いていて、辺りを探っているのだろうと分かる軌跡を描いている。
もちろん、それはアニアの足跡だ。
アインが言う。
「あなた、戦闘のプロよね? なんで、今更気が付くのよ」
「お前、自分を差し置いて、よく言えるな」
「あんたの方が背が高くて視界が広いじゃない」
「言い訳になってねーよ」
呑気に漫才をやっているが口調ほど甘くないのは明らかだった。二人とも素早く足跡を辿っているようだ。自分が身を潜めている場所くらい簡単に見つけてしまうだろう。
“まずい! 直ぐに逃げないと”
アニアは辺りを見渡すと、身を隠すのに都合が良さそうな建物が立ち並んでいる場所に目を付けた。
あそこがいい。
そう判断すると、彼女は駆け出す。
透明化の魔法は空間に作用する。移動すれば解けてしまう。一度見つかってしまうのは覚悟の上だった。建物群の中に逃げ込めれば、簡単には見つからないという算段だったのだ。やがて後方から「いたぞ! 人間だー!」という声が聞こえて来た。やはり見つかってしまった。ただ幸い直ぐに建物群の中に逃げ込む事ができた。
彼女は息を整えると、心の中で呟く。
“よし! 後は透明化の魔法をまた使って、隠れながら手紙を書こう。早く、誰かに汽車爆破の計画を報せないと”
ところが透明化を施した直後だった。彼女の目にも明らかに分かる程の強力な結界が、周囲に突然張られたのだ。
どうも、建物群の一帯を囲んでいるようだった。
これでは、手紙を書いても飛ばせない。人間達に伝える事ができない。
“どうしよう?”
彼女は顔を青くしていた。
彼女の上着の内ポケットで、ナイが「ナー」と心配そうな声を上げる。その声にすがるように彼女は自らの両肩を抱く。
そして、「誰か助けて」と震えながら小さく呟いた。
「取り敢えず、結界を張っておいたぜ。これであの人間は逃げられない」
そう言ったのはゴースノースだった。建物群の前にまで魔族達はやって来ていた。
「やるわね。流石、戦闘要員」とそれにアイン。
二人とも呑気な口調だったが、近くにいたイーリーは興奮して目を輝かせていた。
「おい…… あの人間、俺の見間違いじゃなければ女勇者だったぞ? 超ラッキーだ! この土壇場に来て、ターゲットが向こうからやって来てくれるなんて!」
身体を震わせている。
アインが呑気な口調で言った。
「へー あれが女勇者なんだ。案外小さいのね」
ゴースノースが続ける。
「“小さい”って、お前が言うなよ、お前が」
そんな二人を無視して、イーリーは指示を出した。
「女勇者がいたって事は他の人間もいるかもしれねぇ! 充分に警戒しつつ、追い詰めて殺すぞ! 絶対にこのチャンスは逃さない!」
建物群の前にまで来ていた魔族達は「おう!」とそれに呼応した。
――セレモニー会場。
挨拶などのいくつかのイベントは終わったが、まだ汽車は出発していない。
ゼン・グッドナイトが、特別席から人込みを見やっていた。特に背の高い人物をじっくりと観察している。
軽く笑っているが、表情からは余裕が消えている。
その視線の先にいたのは魔王フルムス・クルブスだった。もちろん、今は変身して探偵リースラン・ノイミスの姿になっているのだが。
どうやら彼は汽車の初乗りチケットを持っているようだった。汽車に乗る為の行列に並んでいるのだ。このまま乗り込むつもりだろう。
ゼン・グッドナイトは、どうやらそれを気にしているらしい。
ところがそこに向って小さな影が近付いていった。
「――魔王様! 大変です!」
必死にそう話しかけて来たウールリ・リールラに魔王は驚きの顔を見せた。
「どうしたのですか? ウールリ?」
ウールリにはアニア・ゴールドのことを頼んでいる。その彼がここにいるという事はまさか……
魔王は不安になる。
案の定、それから彼は「アニアさんが消えてしまいました!」と告げた。
「消えた? どこに行ったのです?」
「分かりません。ただ、方角は海の方みたいです」
それを聞いて魔王は少し考える。意識を集中しているように思える。
思い当たる節があったのか、直ぐに「分かりました。大体予想が付きます」と言ってからこう続けた。
「彼女、少し様子が変でしたが、まさか魔族達の情報を知っていたとは」
それから周囲を見渡した。少しだけ逡巡したが、息を吸い込み「助けに行きます。ここも問題ですが、致し方ない!」と言うと、ウールリを抱きかかえて「風」と呟いた。
魔王の身体が宙に浮いていく。
「幸い、アニアさんはナイも連れているようです。これなら具体的な居場所も分かる」
そう言うと、彼は空中を蹴った。一度ビルの屋根に着地すると、そこを強く蹴って更に加速する。そしてそのまま猛スピードで空中を駆けていった。
「絶対に、死なせません!」
飛んでいった魔王を見て、ゼン・グッドナイトは邪な笑みを浮かべていた。




