33.クリンちゃんの潜入捜査 その3
クリン・クーは後少しで戦闘要員の二人の面接の為にやって来るという人間達を今か今かと待ちわびていた。果たしてどんな人間がやって来るのか? もっとも、それを知っても何か女勇者が危険な目に遭うようなネタは手に入らないだろう。これでは本当にただの潜入捜査である。
ただ、警察官としての責任感以前の問題として好奇心も彼女にはあった。純粋に彼女は魔族と協力関係にあり、資金提供までしている人間がどんな連中なのか知りたいと思っていたのだ。
あまり長居すると、自分の正体がバレる可能性が高くなる。早く来てくれなくては困る。そう思っているとドアの開く音がした。
彼女は素早く目だけを向ける。しかし、そこにいたのは目当ての人間ではなくグイイだった。
殺されたトレンチコートの男、ギニー・ヌーの数少ない友人で、魔族とのコネの為に人間と魔族のハーフに化けているせこい男だ。
彼は店内に自分が気軽に話せる魔族がいるのを見つけたらしく、嬉しそうな顔を見せるといかにもな愛想笑いを浮かべて店内に入って来た。
「人間達を案内して来ましたぜ。入れてもいいですかい?」
どうやらグイイは案内役であるようだ。人間達を連れて来たのだろう。魔族の男は軽く辺りを見渡して問題ないと判断したのか、「オッケーだ。入れろ」と命令した。
いよいよ魔族の協力者が見られる。そうクリンは身構えたのだが、そこで戦闘要員の内の一人、アインという矮躯の女が「ちょっと待って」とグイイを呼び止めた。
彼女は目で巨漢の相棒、ゴースノースに合図を送る。彼は無言で頷くと、手の平を上に向けて素早く結ぶ。
“何か”が広がった気がした。
クリンの勘が正しければ、それは弱くはあるが結界だった。問題はその結界で何をするつもりでいるのか、だ。
彼女は軽く緊張していた。自分の正体がバレたのではないかと懸念したのだ。ところがそれからアインはグイイに目をやりつつ、
「そいつ、見た目は魔族と人間のハーフっぽいけど、本当?」
と、そう他の魔族に訊いたのだった。
集まっていた魔族全員がグイイに視線を向ける。それを受けてグイイは明らかに狼狽した。
「な、何言ってるんですかい? 俺ぁ間違いなく魔族ハーフで……」
しかし、ゴースノースが彼に近付いて頭をむんずと掴み、そのまま何かを引き剥がすような仕草をすると、それで彼の変身魔法は解けてしまった。人間の姿が現れる。
ただ、それでもほとんど印象は変わらなかったのだが。やっぱり卑屈そうな小男だ。
「ヒィィィ!」
悲鳴を上げ、恐怖に引きつった表情をグイイは浮かべる。
「お前、人間だったのか?! 俺らを騙そうとしていたのか?」
魔族の一人が問い詰めるとグイイは首を激しく横に振った。
「違うんで。ただ、俺は仕事が欲しかっただけで…… 魔族ハーフの姿ならあんたらから仕事を貰えると思って」
「信用できるか!」
グイイは見苦しい程の様子で必死に「許してくれ、許してくれ」と連呼して許しを請いた。
クリンはそんな彼に呆れる。
“ちょっとは可哀想だけど……、まぁ、自業自得よね”
助けられるのなら助けてあげても良いが、潜入捜査をしている最中の今の自分の立場では無理である。これはあの男は終わったかもしれない、などと彼女は思っていた。だが、
「まぁ、良いのじゃない? 許しても。そいつの言っている事、本当っぽいわよ? ただ単に仕事が欲しかっただけみたい」
アインがそう言って、今にもグイイを殺してしまいそうな勢いの魔族達を宥めたのだった。
魔族達は彼女に視線を集中させる。
「それよりも、これ以上揉めて、外にいる人間達に怪しまれる方が厄介じゃない? 今日、面接なのでしょう? ま、アタシ達のだけどさ」
クリンはそんな言葉では魔族達は説得できないだろうと思っていた。少なくともグイイは彼らを騙し、魔族ハーフの振りをして彼らに近付いた人間で、そして彼らは人間を敵視しているのだ。何より、本当にグイイが何も悪だくみをしていないという保証はない。
ところが何故か魔族達はアインの言葉に納得をしてしまったのだった。グイイを責めるのを止めたようだ。
それにクリンは違和感を覚えた。
アインの決定に黙って従うほど、魔族達の中で彼女が高い地位にあるとは思えない。何なのだろう?
それから、ゴースノースが頭に何かを被せるような仕草をすると、グイイは元の魔族ハーフにの姿に戻った。変身魔法を解除したり、戻したりできるのだろうか? 器用な能力だ。
「俺らがお前の正体を見抜いたってことは人間達にはバラすなよ? 警戒されたくないんだ。さ、連中を連れて来い」
ゴースノースに向けてグイイは激しく何度も頷くと、店の外に出て行った。
なんだか分からないが、どうやら彼は命拾いしたようだ。高い地位にあるとは思えないが、少なくともアインの判断を魔族達は信頼しているらしい。それが何故かは分からないが。
それから直ぐにグイイは人間の男を二人連れて店の中に戻って来た。ただ、直ぐに逃げるように(実際に逃げているのかもしれないが)再び外に出て行ってしまった。
グイイが連れて来たその男達はグレーの清潔そうなスーツに身を包んでいて、いかにも真面目そうだったが、同時に真っ当な職業に就いているタイプにも思えなかった。ただそう見えるのは、クリンが先入観を抱いているからなのかもしれなかったが。
二人の男は魔族からの説明を受けると、テーブルに座っているアインとゴースノースをまずは観察した。二人とも異様な外見をしているからか多少警戒をしているようだったが、しばらくすると彼らの前の席に座る。
「君達が話に聞いていた戦闘の専門家か。私達の身分は明かせないが、君ら魔族に資金協力している組織に所属しているとだけは言っておこう。君らに金を支払うのは我々だから、実質的には我々が君らを雇うようなものだ。
だからという訳でもないのだが、悪いが面接をさせてもらうよ。もしも君達が危険な存在だったなら雇う訳にはいかない。大事件を起こされでもしたら、我々でも誤魔化し切れないのでね」
その説明を聞くと、アインとゴースノースは顔を見合わせてから「構わないわ」「構わないぞ」とほぼ同時に言った。
二人の男は同時に頷き「では、始めよう」と一人が言うと、もう一人が「君らの能力について教えてくれ」と続ける。
アインが口を開いた。
「アタシの名はアイン。体術が得意。それと、風の魔法を使うわ」
そう言って指を鳴らすような仕草をする。すると、空気が高速で回転し、小さな渦が発生した。そこに彼女が店の注文用のメモ紙を放ると、巻き込まれて回転をし始める。コントロールが完璧なのか、メモ紙は外には出ず、中で回転し続けている。
次にゴースノースが口を開いた。
「俺はゴースノース。見た目通り、パワーが売りだ。それと結界を張るのが得意でね、それを応用して魔法を掴める。
こんな風にな」
そう言うと、彼はアインが起こした風の渦を鷲掴みにした。手の平の中に小さく結界を生じさせているのだろう。先ほど、グイイの変身魔法を解いたのもこれかもしれない。そのまま彼はテーブルに押し付けて空気の渦を消してしまう。手の平を広げると、クシャクシャになったメモ紙だけが乗っかっていた。
「なるほど」と、人間の男達は異口同音に言う。
が、アイン達の説明をクリンは“おかしい”と思っていた。まだ他にも能力はあるはずだ。先ほどグイイの正体を見抜いたのは何らかの特殊技能を使ったに違いないのだから。
もしかしたら、彼らはパトロンの人間達には自分達の能力を隠しておきたいのかもしれない。
「それで、その能力を使って行う仕事は、“反魔族派団体を叩きのめす”で良かったのかな?
汽車の開通運転の式典の日に、反魔族派の妨害を未然に防ぐ為だと聞いているが」
それには他の魔族が説明した。
「その通りだ。その日にガレン工場の跡地に反魔族派を呼び出してボコボコにしてやるつもりでいる。安心しろ。やり過ぎはしないさ。殺したりしてマークされたら、こっちも都合が悪いからな」
「ふむ」とそれに人間の男の一人が応える。
「が、反魔族派の抵抗が思った以上に激しかったらどうする? やり過ぎないと言い切れるのかな?」
「だからこそ、この二人を呼んだんだよ。この二人なら、あいつらが本気で抵抗して来ても軽く抑えつけられる」
「なるほど」と別の一人がそれに応えた。
「話は分かった。問題はなさそうだ。私達に決定権はないが、上にはちゃんと報告しておこう。金は支払われると思ってくれていて構わない」
それにアインとゴースノースはそれぞれ「ありがとう」、「助かるぜ」と応えた。
それからしばらく世間話のような他愛ない会話を彼らはした。意外に和やかだとクリンは思う。もちろん、それも“面接”のうちなのかもしれないが。そして、運ばれて来た飲み物には手をつけないままで、人間の男達二人は店を出て行った。
二人が出て行くと、魔族の一人がアインにこんな事を訊いた。
「どうだ? 連中は俺らの話を信じていたか?」
彼女は頷く。
「ええ、信じていたわ。少なくともあの二人は警戒をしていないみたい」
クリンはそのやり取りを奇妙に思う。
“なんで、あのアインとかいう女にそんな質問をするのかしら?”
グイイの件といい、アインとゴースノースにはまだ何かがありそうだ。やはり言わなかっただけで特殊技能を持っているのだろうか?
ただ奇妙には思っていたが、彼女にはもうこれ以上、彼らを探るつもりはなかった。
“……確か、汽車の開通運転の式典の日、ガレン工場の跡地で、だったわよね”
そう。
彼女は目的としていた、女勇者アニア・ゴールドが自ら危険な目に遭いそうなネタを仕入れられたのだ。魔族と反魔族派が争うと分かれば、あの女なら自分が敵視されていると知っていながら単身でも乗り込んで争いを止めようとするだろう。しかもただでさえ危険なのに、戦闘要員が二人もいる。下手すれば殺されるかもしれない。
“さって、と。こんな怖い場所はさっさと退散して、あの女勇者様にこの捜査結果を報告しないとね”
彼女は席を立つと会計を済ませ、店の外に出ようとした。
が、そこで呼び止められてしまったのだった。
「――さっきから気になっていたのだけど、あなた、お婆さんじゃないわよね?」
アインだ。
まずい!
そう、クリンは思った。
グイイが人間である事を見抜いたアインなら、もしかしたら自分の正体も見抜いてしまうのではないかと彼女は不安に思っていたのだが、的中してしまった。
彼女は素早くバックの中に手を入れると、中から煙玉を取り出し、それを思いっきり地面に向って叩きつけた。爆発が起こり、煙が辺りに四散する。煙幕だ。
敵地で潜入捜査しているのだ。当然、逃走用のアイテムも用意している。彼女は煙に紛れて店の外に逃げた。
走る。
幸い突然の煙に魔族達はパニックになっているようだった。発火か、毒煙の可能性を疑っているのかもしれない。
“ラッキー! これなら逃げ切れる!”
彼女は後ろを振り返って、煙をもうもうと吐き出している店を見やった。中から魔族達が出て来る気配はない。まだ混乱しているのだろうか。ところが、そう思ったところで異変が起こった。
もうもうと出ている煙が突然動きを止めたかと思うと、次の瞬間には渦を巻いて回転し始めたのだ。そして煙はそのまま上空に向って昇っていってしまう。
風の魔法だ。
みるみる煙が晴れていく。アインの姿が見えた。ほぼ間違いなく彼女が風の魔法で煙を掃ったのだろう。傍らにはゴースノースの姿もあった。
ある程度煙がなくなると、クリンの姿を認めたのか、アインはおもむろにゴースノースの腕を掴んだ。そして、そのまま風の魔法で加速させつつ、彼をクリンの方に向って強く放り投げた。
高速でぶっ飛んできたゴースノースは、「ヨイショー!」と叫びながら地面を削りつつクリンの目の前に豪快に着地をした。
アインもゴースノースも少しも合図をしたようには思えなかった。にも拘らず、完全に息が合っている。物凄いコンビネーションだ。
と、彼女は思ったのだが。
「ごらぁぁぁ! アイン! いきなり放り投げるなぁぁぁ! 着地できなかったら、どうするつもりだったんだ?」
そうゴースノースは怒号を上げた。どうも、コンビネーションという訳でもなかったようだ。アインは飄々と返す。
「着地できてる」
「そういう問題じゃなねー!」
「信頼の為せる業」
「放り投げた本人が言うこっちゃねーよなぁ?」
漫才のようなやり取りでふざけているが、クリンの逃げ道はゴースノースに塞がれている。明らかにピンチだ。
「さて」と言って、ゴースノースは両手を広げた。
「逃げられねーぞ、お前? 何処の誰だか知らないが、一切合切吐いてもらおうか」
そして彼は、グイイにやったように彼女の頭を掴むと、老婆の変身を剝ぎ取ってしまった。
「女か。しかもそれなりに良いスタイル。こりゃ、男連中が喜びそうだな」
クリンは青い顔になった。
アインが「男ってサイテーね」とあっさりした口調で言った。少しも感情がこもっていなかったが。
魔族達に嬲られるような悲惨な目に女勇者を遭わせてやろうと思っていたのに、自分がやられてしまっては冗談にもならない。
“魔王フルムス・クルブスになら良いけど、あんな連中に犯されるのは絶対に嫌!”
彼女はなんとか逃げようと辺りを見渡した。しかし、いつの間にかゴースノースが結界を張ったらしく、閉じ込められている。逃げ場は完全になくなっていた。
「さて。覚悟しろよ」
指をポキポキと鳴らしながら、ゴースノースが言う。
が、そこで声が聞こえた。
「――おい、何をやっているんだ?」
見ると、そこには先ほどアインとゴースノースの面接をやった二人組がいた。異変に気付いて戻って来たのだろう。ゴースノースが答える。
「スパイを捕まえたんだよ。俺らの会話が盗聴されていたんだ。多分、カモフラージュしていたさっきの会話を聞かれていたぞ」
それを聞いて二人は「スパイ?」と顔を見合わせる。それから一人が言う。
「お前、警察官のクリン・クーか?」
何故か彼女を知っている。
「へー、こいつ警官なのかい」とそれにゴースノース。いつの間にか近くに来ていたアインが続ける。
「警官だと対処はどうするの? やっぱり、警察の制服を着させてそういうプレイをするの?」
「何を言っているんだ、お前は」と、それにゴースノース。
「いや、手は出さないでくれ。警察官は色々と面倒なんだ。特にこのクリン・クーはまずい」
人間の男の一人がそう言って二人を止める。
“まずい? どういう事だろう?”
クリンは男の台詞を自分の事でありながら不思議に思う。いつの間にか、自分はVIPにでもなっていたのだろうか? そんな記憶はまるでないのだが。
もう一人が続ける。
「警察なら任せてくれ。この件なら話が通る。握り潰せる。マスコミも同じだ。タレ込んでも上には通らない」
「ほー」と、それにゴースノース。アインも「フーン」と言う。ちょっと怪訝そうな顔をしていたがそれからこう続ける。
「まぁ、パトロン様がそう言うなら、それでも良いけど」
それでゴースノースはクリンを捕まえていた結界を解いた。彼女は安堵をする。なんだかよく分からないが、助かったようだった。人間の男の一人がクリンに向けて言った。
「さぁ、さっさとこの場を離れてくれ。断っておくが、さっきも言った通り、あんたの上司に報告しても無駄だからな」
言われなくても、彼女は端から上司にこの件を報告するつもりはなかった。彼女は女勇者に報告するのだ。危険に陥れる為に。
ところが、それで言われた通りに離れようとするとアインがこんな事を言うのだった。
「逃がすのは別に良いのだけど、あなた達が“手間が省けた”みたいな感じでいるのは、一体、どうしてなの?」
その台詞は人間の男二人に向けて言ったようだった。
よく意味が分からない。
男達は驚いた顔をしていたが、特に何も返さなかった。
クリンは首を傾げる。
このアインという魔族の女はやはり何か変だ。絶対に何か特別な能力を隠している。




