32.クリンちゃんの潜入捜査 その2
繁華街を二人組が歩いている。
一人は異常に体格が良い。2メートル以上はある上に横幅もあるのでかなり目立つ。もう一人はその反対で異常に背が小さかった。やはりその所為で目立っている。
絵に描いたような凸凹コンビだ。
大きい方は男で、小さい方は女であるようだった。
大きい方は帽子を目深に被っている所為で表情が分からない。小さい方は顔を見せているが無表情だった。だから、二人とも何を考えているのか傍からは分かり難かった。できれば避けたいタイプかもしれない。
小さい方はソフトクリームを食べながら歩ていた。
「美味しいわ。このソフトクリーム。人間の食べ物も捨てたもんじゃないわね」
淡々とした口調で言っているので本心のようには聞こえないが、感情表現が乏しいだけのようだ。
「人間の食べ物なんか褒めてるんじゃねーよ、アイン」
大きい方がそう文句を言う。小さい方はどうやらアインという名らしい。
「あら? 美味しいものは美味しいのだから仕方ないじゃない。それにゴースノースだってさっき汽車で散々はしゃいでいたわ」
どうやら大きい方はゴースノースという名であるようだ。
「認めたくはないが、機械工学に関しちゃ人間の方が上だな。が、連中は魔法の活用を避けているって言うじゃないか。連中の技術を学びさえすれば、はっきり言って存分に魔法が使える俺らの方が有利だ」
「つまり、汽車にはしゃいでいたのね」
アインは呆れた様子だ。そして、ソフトクリームを一口食べて続ける。
「ところで次は何処に行く? 魔王様のビルの近くさえ避ければ、何処に行っても良いのでしょう?」
「お前、完全に観光気分だな」
「違うわよ。敵情視察ってやつよ」
「なら、さっさとガーデットに戻って、仲間の話をもっと聞いた方が良いのじゃないか? あいつらは長く人間社会に潜伏しているのだし、色々と聞けるだろうよ」
それにアインは「嫌よ」と返す。
「あの街何にもないのだもの」
「やっぱり観光気分じゃねーか!」
それから二人はしばらく黙って歩き続けたが、不意にゴースノースが口を開いた。
「しかし、どうして連中は俺らを雇ったのだろうな? 正直、俺らに隠密行動は向いてないぞ? なんてぇか、性格的に」
「そうねぇ…… 分からないけど、アタシとしては資金源が気になるわね。アタシらを雇う金とかさ。あっちじゃ貰えなかったでしょ、お金。現地で渡すって言って。どっから出す気でいるのかしら?」
「どうして資金源が気になるんだ?」
「魔王様が、魔族の国からの資金供給ルートを潰しているらしいのよ。だから、もし考えられるとするのなら、人間側に協力者がいるってくらいなのだけど」
「なるほど。その人間の協力者に、あいつらはいいように利用されているかもしれないってことか。
なら、俺らを雇うのも納得できるな。しかし、情けねーなー」
アインはそれに何も返さなかったが、その沈黙は彼の言葉を肯定しているように思えた。
「ま、何にせよ、もう一つか二つくらい観光地を回ったら、あいつらの所に向いましょうよ。それではっきりするでしょ」
そのアインの提案にゴースノースはツッコミを入れる。
「……観光地って言っちゃってるじゃないか、お前は」
近くを歩いていた通行人の若い男が、不可解そうな視線をそんな二人に向けた。
“なんだ、こいつら?”
その通行人は、二人の異様な体格に釣られて思わず二人の会話を聞いてしまっていたのだが、会話の内容が支離滅裂でさっぱり要領を得なかったのだ。
もっとも、その通行人が聞いていた会話は、魔法で変換されたダミーだったのだが。本当の会話は届いていない。
そう。
二人の正体は魔族だ。姿形だけでなく、会話の内容も周囲に気付かれないように魔法でカモフラージュしてある。或いは注意深い人間ならばその意味に気付いたかもしれないが、少なくともその通行人は、すぐにふざけ合っていたのだと解釈して気にせずに歩き続けた。もっとも、結果的にそれは賢明な選択だったのだが。
“――今度こそ、”
クリン・クーは、祈るような想いでそこにいた。
店内では魔族達が集まって会話をしている。人間は自分一人だけのようだ。一見すると飲み会の光景のように思えるが、乱雑に思えてそれは一応は会議になっていた。
“そろそろ良いネタが欲しい”
老婆の姿に変身した彼女は、強い酒を一杯とつまみを少しだけ注文して、後は本を読むふりをしながら彼らの会話に聞き耳を立てていた。
ガーデットにある魔族組織の拠点となっている店の前で張り込みを続け、クリンは何回か魔族達の集会の盗み聞きに成功していた。
彼らは会話の内容を魔法でデタラメに変換してあり、それで会話が他にバレるはずがないと油断していた。だから簡単に盗聴する事ができた。
“人間を舐め過ぎよ、こいつら”
恐らく、自分達の術が人間達に見破られるはずがないと高を括っているのだろう。だが、照魔の眼鏡の能力で彼らの術は簡単に破れたのだ。
ただし、彼女にとって有用な情報はあまり手に入れられなかった。もっともそれでも潜伏している魔族の捜査という意味では価値のある情報は手に入れられたのだが。
まず、人間社会に潜伏している魔族には、それほどの実力者がいないと分かった。
彼らは魔王フルムス・クルブスの“人間達と和平を結ぶ”という決定に背いているのだが、だから人間を敵視している魔族でも、魔王クルブスの影響下にある魔族は彼らへの協力を拒んでいるらしいのだ。これで大幅に人材は減る。そして、彼らに味方しそうな他の実力者達も監視され、人間社会への渡航を妨げられている。
もちろん、魔王の支配力が及ばない組織に所属している実力のある魔族もいることはいる。が、その多くは金銭で動く裏社会のプロだった。人間社会に潜伏している魔族組織には彼らを雇うだけの資金力がない。否、魔族社会の拠点にならばそれなりに金があるのだが、魔王の組織に監視されている所為で自由に動かせない。だから雇い入れる事ができないでいたのだ。
彼らの人間社会での資金源は、どうやら人間側の協力者らしい。直接、その名を口にはしなかった。もしかしたら、本当の黒幕を彼ら自身も知らないのかもしれない。ただ、恐らく大元はグッドナイト機械工業だろう。少なくとも、そうクリンは考えた。
資金源を握られている所為で、どうやら彼らは人間側のパトロンの言いなりになっているようだった。それが彼らにとっては面白くない。それに、その所為で自由に行動する事もできていないようだ。
今、彼らは反魔族団体の活動を妨害する地味な仕事に終始しているようだった。彼らの本来の目的は、何か徹底的なテロを起こして、人間側との和平を帳消しにし、再び戦争を開始する事であるらしい。
魔族が人間社会を完全に支配する事を、その理想としているのだ。
が、そんな活動は、人間側のパトロンの所為でまったくできていないようだ。
実は警察にも、潜伏している魔族組織が問題となるような違法行為を行ったという話があまり入っていなかった。目立った事件といえば、あの女勇者が狙われた件くらいだ。だから警察内部でも奇妙に思われていたのだが、それは或いは人間側のパトロン…… 恐らくはゼン・グッドナイトが彼らを抑え、コントロールしていたからなのかもしれない。
そして、そんな現状に不満を抱いている彼ら魔族組織は、なんとかグッドナイト機械工業の裏をかきたいと思っているようだ。
「――だから、あいつらを呼んだんだよ」
その日、そう魔族の一人が言うのが聞こえて来た。
魔族が多数店に入るのを見かけ、会議が開かれるのだろうと判断したクリンは、老婆の姿に変身して店に入り、適当な場所に座ったのだ。
魔族達は相変わらずに油断している。会話の内容は丸聞こえだった。
グイイのあまり高度とは言えない変身魔法も彼らは見抜けていない。やはりそれほど高い能力を持ってはいないのだろう。だから彼女は自分の変身は見破られないだろうと高を括っていた。
会話を聞いていると、どうもパトロンに話を通してなんとか戦闘要員を二人、魔族の国・タイゲア帝国から招く事に彼らは成功したらしいと分かった。
戦闘要員ならば構わないと、彼らのパトロンは判断したらしい。
諜報活動のプロでは、パトロンの素性を明らかにされてしまうかもしれない。戦闘要員ならばその危険はないということだろうか。
“戦闘要員を二人”
クリンはその言葉が気になった。
優秀な戦闘員だったなら、あの女勇者を殺してくれるかもしれない。
やがて、店のドアが開く音がした。目をやる。そこには凸凹のシルエットの異様な二人組の姿があった。一応は人間に見える。しかし当然彼女がそれを信じるはずがない。
“はいはい。多分、変身しているわね。外道照身霊波光線っと”
彼女は照魔の眼鏡の力を使う。すると、真実の姿が瞳の中に浮かび上がった。
一人はかなりの巨漢で、帽子を目深に被っている。顔はあまりよく見えないが、肌の色から魔族である事が分かった。もう一人はかなりの矮躯で女のようだ。顔色が悪く、いかにも暗そうな外見をしている。明らかに魔族だ。
“なんなの、こいつら……?”と、彼女は思う。
“もしかして、こいつらがその戦闘要員? ちょっと予想外なんだけど”
男はともかく女は戦闘能力が高いようには思えない。ただ、魔法を得意とする可能性も考えられる。
油断はできない。
店内にいた魔族の一人が、彼らに歩み寄ると話しかけた。
「ようこそ、歓迎するぜ」
やはり話していた戦闘要員のようだ。
巨漢が「ああ」と短く応えると矮躯の女は淡白な口調で「歓迎されてあげるわ」と変な返しをした。どうもかなり癖のある二人組のようだ。
挨拶をした魔族に導かれて、その二人は店の奥に入って来た。矮躯の女は店内を軽く見渡す。老婆の姿のクリンを少し気にしたように思えた。軽く彼女は緊張する。もしかしたら、あの小さな女には自分の変身を見抜く能力があるのかもしれない。なにしろ、高額で雇われるような優秀な戦闘要員なのだ。
ただ、その後は何も言わずに空いている席の一つに矮躯の女は腰を下ろした。どうやら杞憂だったようだ。
「後少しで、ここに俺らに資金提供している人間がやって来る。一応、お前らの面接をしておくのだとよ。俺らは就活生か何かか?ってんだ。
まぁ、金を出すのはあいつらだからあまり文句も言えないんだが。
とにかく、そいつらに対してだけは大人しくしておいてくれ。下手すりゃ、金を出さないなんて言い出しかねないからな」
場が落ちくと魔族の一人が、その戦闘要員の二人にそう説明した。
それを聞くと矮躯の女と巨漢は同時に「任せて」「任せてくれ」と言い、「アタシは淑女だから」「俺は穏健派なんだ」と続けてから、互いに顔を見合わせて、「どこが?」と異口同音に言い合った。
“……本当に何なのかしら、こいつら?”
と、それを見てクリンは思った。




