31.クリンちゃんの潜入捜査 その1
「今更、警察が捜査しに来るなんてな。一体、どうしたんだい?」
その小男はどこか捨て鉢にも感じられる粗雑な態度でそう言った。恐らくは、トレンチコートの男が殺されて、直ぐに聞き込みが来るものと思っていたのに誰も彼を訪ねなかったのだろう。
その小男はグイイという名の街のチンピラで、トレンチコートの男、ギニー・ヌーの数少ない友人だった。
クリン・クーは勇者アニア・ゴールドからの捜査依頼に応えるべく、ギニー・ヌーの住所の近くで聞き込み調査を行ったのだが、それで唯一ギニーと交友関係があったという証言が得られたのがそのグイイという名の小男だったのだ。
グイイがいるというアパートの一室を訪ねると、彼は昼間から酒を飲んでいた。何か違法物でもあるのか、それともクリンを警戒しているのか、彼は必死に彼女に自分の狭い部屋の中を見られまいとしているようだった。だから始終、玄関口で話をした。分かってはいたが、真っ当な生き方をしているタイプではないようだ。
ギニーが住んでいたのは、ガーデットという名のあまり栄えてはいない街だった。貧民街といった程ではないが、それでも贋物や盗品、合法ギリギリの薬物の売買といった陽の当たる場所ではやり難い商売を営んでいる連中が多く集まってくる吹き溜まりのような場所だ。
街はクリンが思っていたよりもずっと清潔だった。ただ空疎で、活気があまり感じられない。壁にひびの入った建物が多く、何故か薄い白と茶色の建物が目立った。その所為か、彼女は“乾いている”という印象を街全体から受けた。
もっとも、その裏では、まるで、湿気を帯びた日陰で名も知らぬ細菌が繁殖をし続けているように、何か悪いものが絶えず育ち続けているのかもしれないが。
ギニー・ヌーは様々な小さな悪事……、違法行為を請け負って生きていた。だから、この街に辿り着いたのだろう。
クリンは警戒されたら聞き込みがし難くなると考えて、警察の制服は着用せず、彼女の持っている中では最も地味な服を選んでガーデットを訪れたのだが、結局は自分が警察である事をグイイに打ち明けてしまった。どうも彼は複数の厄介事に関わっているらしく、警察であると明かさなければ安心して話をしてくれなかったのだ。
彼女が警察だと分かると、彼はようやく自分がギニー・ヌーと交友関係にあった事を話してくれた。
「……まぁ、俺らみたいな半端もんは群れて協力し合うしか生きていく道がない訳ヨ。世間ってのは冷たくて厳しいからヨ」
それを聞いてクリンは、呆れた表情を浮かべて“俺ら、ねぇ”と心の中で呟いた。彼の言う“半端もん”とは、どうやら魔族と人間のハーフの事のようなのだが、彼女がかけている照魔の眼鏡を通して見る彼の姿はどう考えても人間のものだったのだ。
かなり痩せていて、背が随分と小さく、いかにも不健康そうなくすんだ肌をしていたが、それでも彼は人間だった。眼鏡を通して見ると、肌の薄い灰色は消え、頭の小さな角も消えてしまう。
つまり、グイイというこの胡散臭そうな男は、本来は人間なのに、魔族ハーフの姿に化けているのである。
彼女は捜査を行うに当たり、警察から再び結界や魔法を見抜ける照魔の眼鏡を借りていた。ギニー・ヌーに魔族との関わりがあるのはほぼ確実なのだ。そして人間社会に潜伏している魔族組織の連中は、人間の姿に化けているのが普通である。だから彼女は照魔の眼鏡が必要だと考えたのだ。
人間に化けた魔族を見分けるつもりで借りた照魔の眼鏡で、まさか魔族ハーフに化けた人間を見つけるとは思っていなかったが。
時折、何故かある特定の魔法だけは使える者が存在する。何を切っ掛けにグイイにそれが可能になったのかは分からないが、恐らく変身の魔法を身に付けたのだろう。もっとも自由自在に使えるという訳ではなさそうだし、それほど高度な変身の魔法でもなさそうなのだが。
「……で、話が聞きたいのだろう? だったら、寄越すもんを寄越してもらわけりゃ」
一通り管を巻き終えると、グイイはそう言って片方の手をクリンに伸ばして来た。“金をくれ”という意味のジェスチャーだろう。「チッ」と舌打ちしてから、クリンは小銭を彼に渡す。
「これだけか。しけてるねぇ」とそれを見てグイイは文句を言う。ただし、それでも話し始めた。
「あいつはさ、確かに魔族と繋がりがあったみたいだよ。詳しくは聞いちゃいないがね。これは勘なんだが、それであいつは何かやばいネタでも掴んだのじゃないかな?」
「やばいネタって?」
「魔族が本来関わっちゃいけない相手がいて、その素性を知ったとかさ。いや、断っておくけど、想像だよ? だが、そうじゃなけりゃ消されるなんて事にはならないと思うんだ」
言い終えると、逆に探りをいれるような視線をグイイは彼女に向けて来た。恐らくは、この男はどうして今更になって警察が動き始めたのかを訝しんでいるのだろう。それで何か情報を掴めないかと彼女の反応を観察しているのだ。
「例えば、どっかのお偉いさんが魔族と繋がっている、とか?」
ならば、と考え、彼女は逆に思わせぶりな発言で鎌をかけてみる。しかし流石にその程度ではボロは出さなかった。「だから、知らねえって」と言って彼は肩を竦めた。
「ふーん。で、他に何か知っている事はないの?」
と、彼女が訊くと、すっとぼけたような顔で彼は応える。
「知らないね。あいつの馬鹿なエピソードならいくつか知っているけどな。惚れた女の家に忍び込もうとして犬に嚙まれたとか」
彼女は呆れる。
「その程度の情報でよく金を取る気になったわね、あなた」
「あんたもな。たったあれだけの小銭でよくそれだけ偉そうに言えるな」
「小銭にしておいて良かったって今思っているところよ」
それから少し考えると、クリンは「せめて、ギニーが関わっていた魔族組織がどこにあるのかくらい教えなさいよ」と言ってみる。仮に有用な情報が他にあったとしても、この男は警察には話さないだろうと判断したのだ。小悪党には小悪党の人間関係がある。仲間を売っては生きていけないのだろう。
彼がギニーに関して話し始めたのは、逆に自分から情報を聞き出そうと思ったからに違いない。
「知らないよ。俺は臆病なんだ。そんな連中とつるみたくないよ」
「そう」と言うと、彼女は軽くため息をついてから「分かったわ。もういい」と続けて会話を切り上げるとそのアパートを出た。
が、しかし、彼女は出てすぐに物影に隠れて変身の呪符を取り出すとそれを広げ、頭から被るようにした後で、服を裏返すような仕草をする。すると、彼女の姿は太った中年の女性のものに変わった。普段ならここまで準備はしないのだが、魔族を捜査する可能性があるのなら用心に越したことはない。変身用の呪符も彼女は警察から持ち出していたのだ。
彼女の考えた通りなら、グイイは直ぐにアパートから出て来るはずだった。するとやはり彼はアパートから間を置かずに出て来た。周りをちょっとだけ気にすると、やや速歩きで歩き始める。迷いなく進んでいる。彼女は彼の後を追った。
魔族とのハーフが人間に化けるのなら話は分かる。魔族ハーフは差別されている。隠す意味は充分にあるだろう。が、逆にグイイは人間なのに魔族ハーフに化けているのだ。普通に考えればデメリットしかない。もし仮にメリットがあるとするのなら……
グイイはやがて街の中にある飲み屋らしき建物の中に入っていった。少し待ってから彼女も店に入る。それなりに大きい店だが、昼間だからか客は少なく薄汚かった。古い建物で、外ばかりか店の内部の壁にもひびが入っている。店を支える材木は、古いからか、元々のデザインなのか、それともタバコの煙に燻されたからなのかは分からないが、黒がこびいついたような独特の色合いに変色していた。味があると言えばあるのかもしれない。奇妙な雰囲気のある店だった。
グイイは店の中にいる背の高い男と話していた。間延びした顔をしていて、それが逆に怖かった。相手を油断させる為に造形された顔立ちのように思えたからだ。
“やっぱり、魔族と繋がりがあったか……”
クリンはそう思う。
人間が魔族ハーフに敢えて化けるメリットは魔族組織や魔族ハーフと繋がりを持つ事くらいしかないだろう。
その間延びした顔の男は、照魔の眼鏡を通して見ると明らかに魔族の姿をしていたのだ。角はないが、肌が灰色をしている。
少し待っても店員が案内に来ないので、クリンは勝手に店内を進むと適当な席に腰を下ろして、横目でグイイを観察した。
恐らく、グイイは警察がギニー・ヌーや、魔族の組織を調査していたと魔族に報告をしているのだ。話し終えるとグイイは金を受け取っていた。先ほど彼女が渡したのと同じくらいにしか思えなかったが、憐れに思える程に何度も彼は卑屈に魔族にお礼を言っていた。
グイイというあの小男は、恐らく、魔族から仕事を貰って生活をしているのだろう。
やがてようやく店員がやって来たので、彼女は紅茶を注文した。幸い紅茶は直ぐに出て来た。
――さて
と、クリン・クーは紅茶を飲みながら考える。
まず間違いなくこの店は魔族組織の拠点の一つだろう。照魔の眼鏡を使って、ざっと見渡すと店員も全員魔族だった。
この段階であの女勇者に報告をしても良い。きっとこの店を調査しに来るだろう。勇者だとバレれば、勇者を特に敵視しているだろう魔族達は、彼女に危害を加えるかもしれない。
がしかし、いくら間抜けなあの女でも魔族組織の拠点を調査するとなれば、流石に慎重に行動するだろう。魔王フルムス・クルブスに報告をする可能性だってある。
“それでなんやかんやあって、また二人の絆が深まってしまうかも……”
そこまでを考えて、彼女は首を横に振る。ぶんぶん、と。そんな展開は駄目だ、絶対に。
“やっぱり、もう少し調べてからにしてみるべきかもしれないわね”
彼女はそう結論付けると、飲みかけの紅茶を一気に飲み干してから外に出て、辺りを軽く見渡した。張り込みに都合が良さそうな場所がないか探しているのだ。
“もっと強烈なネタが欲しい。あの女が単独で行動して、しかも絶対に危険な目に遭うようなネタが……”
照魔の眼鏡さえあれば、魔族がこの店に集まって来た事は直ぐに分かる。それからこの店に入って魔族の会話を盗み聞きすれば、何か普通じゃない危険な情報が手に入るかもしれない。あの女が死ぬような、何か危険な情報が。
自分の暗い想像に、クリンは思わずにやりと笑ってしまっていた。




