30.ヨシダ・セイイチの平和についての一考察
ユーデル鉄道が行っていた鉄道工事が一部区間まで完成した。まだ路線を伸ばす計画だし、工事も継続しているのだが、それでもひとまずは汽車を走らせる事ができる状態にまではなったらしい。
鉄道建設推進派であるグロー・ニナイカナへのテロを未然で防いだアニアは、それで新聞社からコメントを求められて大いに困った。彼女は鉄道建設に賛成でも反対でもないからだ。結局「おめでとうございます。皆さんの暮らしが良くなればいいですね」という無難なコメントで済ませてしまった。
まだ根強い鉄道建設反対派がいるとはいえ、それでも街はお祝いムードに包まれていた。試運転も済ませ、近く乗客を汽車に乗せての初稼働がセレモニーとして執り行われる予定だという。
珍しく、セニア魔法技術応用研究所のヨシダ・セイイチが魔王の探偵社に訪ねて来たのはそんなタイミングだった。
「反魔族団体の抗議活動から助けていただいた正式なお礼をまだしていなかったので」
応接用のソファで彼はそう述べた。
どうやら彼はアニアが抗議活動を治めてくれたあの日を出勤扱いにして、アニアに給金を支払い、それを謝礼代わりにするつもりでいるようだった。断ろうとかと彼女は少し考えたのだが、以前と同じ様に“受け取ってもらわなくては困る”と言われると考え、ありがたく貰っておくことにした。謝礼を受け取るというのは、相手の気持ちに応える行為でもあるのだ。
魔王クルブスもその場には同席した。どうやら相手が男ということで、多少なりとも警戒をしているらしい。
サリーが何者かから狙われているとか以前の問題として、やはりこの魔王は嫉妬深くて恋人を束縛したがる傾向にあるのかもしれない。
“気にし過ぎですよ”
と、一応、アニアは目で訴えてみたが、魔王にはいまいち通じていないようだった。
ただ、アニアは呆れながらも、そんな魔王の様子に安心をしてもいた。
実は先日、捜査方針に関して彼と議論をして少しばかり気まずくなっていたのだ。アニアの「トレンチコートの男、ギニー・ヌーの殺人事件から調べ直してみるべきです」という意見に彼は一切耳を貸さなかったのだ。
それで業を煮やした彼女は、「クリンさんが私を陥れようとしていた件で警察署に行って来きます」と嘘を言って、独自にクリンに調査依頼をしたのだが。
「そんな、わざわざ来ていただかなくても良かったのに」
と、アニアが言うと、ヨシダは「いえ、実は蒸気機関の件で、ちょっとした用事がありましてね。そのついでです」と説明して来た。
開通した鉄道で運行する蒸気機関車にセニア魔法技術応用研究所も関わっているのだろうか?とそれで彼女は考える。
「ところで、あれから少しはマシになりましたか? その…… 嫌がらせの方は」
元々、反魔族団体が研究所に抗議をしにやって来ていたのは、研究所の技術が蒸気機関に採用されることになったからだった。誤解が解けたのなら嫌がらせは少なくなるだろうし、そうでないのならいよいよ研究所の技術が実際に用いられそうになっている段階に入っている今は益々嫌がらせが酷くなっているかもしれない。そうアニアは考えたのだ。
ヨシダはアニアの質問に軽く首を振って答えた。反魔族団体の嫌がらせは、まだ続いているらしい。
「そうですか。中々、難しいものですね。こーいう問題はなくならないものなのでしょうか?」
ため息混じりにアニアはそう言う。
差別や、それが原因になって起こる争いは永遠になくならない…… 時折そういった事を言う人がいる。もしかしたら、本当にその通りなのかもしれない。
「やがて、再び人間と魔族の間で戦争が起こってしまったりもするのかもしれませんね。いつまで経っても、永遠に争い合っている。まるで修羅道です」
虚しい気持ちになった彼女は、その時とても苦しそうな表情を浮かべていた。だからなのかどうかは分からないが、ヨシダは彼女の言葉を否定した。
「僕はそうは思いませんがね」
アニアはそんな彼の発言にやや驚く。
どうやら魔王も彼のその発言に興味を覚えたらしく「根拠は?」とそう尋ねた。
「だって、戦争は確実に減っているじゃありませんか。
人間社会も魔族社会も、以前は同じ人間同士、魔族同士で激しく戦争を行っていました。
ですが、今はそんな気配はほとんどありません。想像するのも難しいくらいです。人間と魔族に関してもそれは同じなのではないでしょうか? 長い時間はかかるかもしれませんが、いずれは人間と魔族でも“戦争”なんて言葉が何かの冗談のように思える日が来るのだと思います」
ヨシダは滔々とそう語る。しかし、アニアも魔王もその説明に完全に納得してはいないようだった。アニアが口を開く。
「人間同士は分かります。同じ種族ですから。でも、人間と魔族は……」
「違う種族ですか?」
そう言うと、ヨシダは少し微笑む。
「これはある生物学者の学説です。だから、正しいのかどうかは分かりませんが、その学者はこのような事を述べています。
原始、単細胞生物の誕生は、海ができてからわずか5億年しかかからなかった。が、その後、真核生物まで進化した生物が細胞群体となり、その細胞群体が連携し合って多細胞生物となるまでには、なんと15億年もかかっている。
実に3倍です。
一見すると、これは奇妙な話に聞こえますが、真核生物にとっては互いが別々の生物である点を考慮するのであれば、不思議でも何でもありません。
だって、互いに敵であるのですからね。
敵である生物同士が群れ、協力し合うのには凄まじい時間がかかるのですよ。そして、そこまでして協力し合うようになったのにはそれなりの理由があるはずです。
つまり、“協力し合う”という状態の方が、より優秀で“強い”方略なのですよ。メリットがなければ、生物がそのような道を歩むはずがありません。
因みに、我々多細胞生物とは別進化を遂げた単細胞生物も存在していますが、それら単細胞生物同士も互いに協力し合っている事が知られています。
ここでも“協力し合う”メリットの重要性が証明できています。資源が不足しているのなら争いにまで発展してしまうのは必然ですが、資源が充分にあるのなら、協力し合う方が強いのですよ」
ヨシダのその説明の意味を、アニアも魔王も直ぐに理解した。
思考を持たないと思われている単細胞生物ですら、協力し合う道を選んだ。ならば、“考え”、“思考できる”人間と魔族がどうしてその道を選ばないと言えるのだろう?
確かに筋は通っている。
「なかなか面白い話ですが、具体性には欠けます。一体、何をどのようにすれば魔族と人間が憎しみを乗り越えて協調し合うようになるのか、その方法が分からない」
そう反論したのは魔王だったが、何故か彼は少し嬉しそうにしているように思えた。
「そうですか? ですが、よく観察すると、人間社会でも魔族社会でも、他の種族をスムーズに受け入れているケースがあるのは簡単に分かると思います」
「それは?」と訊いたのはアニアだった。
「スポーツですよ。スポーツチームのメンバーに他の種族と契約して加入してもらうというのはよくある話でしょう? そして、そうして加入して同じチームになった助っ人魔族は、問題なく受け入れられるのが普通です。いえ、それどころかファンまでついて人気者になる場合も珍しくない」
そう言われてアニアは思い出す。
確かサッカーチームでも野球チームでも魔族の加入があって、人気になっている選手もいたはずだ、と。
「でも、スポーツ選手として全ての人間や魔族を受け入れる訳には……」
アニアが疑問を口にすると、ヨシダはちょっと呆れているようだったが「もちろん、それは無理ですね。でも、この話の要点は“そういう心理がある”という事実にこそあるのです」と説明して、アニアの様子を見やってから続けた。
「つまり、その心理を応用するのですね。
ポイントを抜き出すと、その魔族が味方になっている点と、同じ作業で協力し合っているという点が重要なのじゃないかと思えますが」
魔王が口を開く。
「早い話が、同じチームになって協力し合えれば、魔族と人間でも互いを受け入れられると?」
「そうです。よく“話し合いで解決”なんて言いますが、恐らく、それにそこまで高い効果はないのではないかと思いますよ。それよりも、実際に協力して共同作業を行う方が、互いを受け入れられるようになるのではないでしょうか?」
アニアがまた疑問を口にした。
「まず、そんな状況を作り出すのがひと苦労な気がしますが……」
するとヨシダは「それは確かにその通りですね」と言って苦笑する。が、それからまた淡々と語り始めた。
「宗教の信者を増やす一番の方法は、子供を産んで幼い頃から宗教団体の一員として育てる事なのだそうです。だから、世界的に信者の多い宗教は“子供を多く産む事”を否定していません。
これは差別意識でも同じですよ。子供の頃からその意識を刷り込まれて育てられれば、それを覆すのは中々に難しい。
もっとも、その逆もしかりですけどね。
子供の頃から互いの種族と協力し合う機会に多く恵まれたなら、きっと差別や偏見が原因となって起こる争いはなくなっていくだろうと思います」
それを聞き終えると、魔王は言った。
「まぁ、実際に協力し合っている魔族や人間は既にいますがね。何しろ、和平を結ぶ前から、貿易によって互いに利益を出していたなんて連中もいますから」
ヨシダは頷く。
「争い合うというのは、互いに足を引っ張り合っている状態です。協力し合っている者達の方が“強い”のは言うまでもない。
だから、何か切っ掛けがありさえすれば、もしかしたら意外にスムーズに世界平和に向けて前進するのじゃないかと僕は考えているのですがね」
魔王はそれを聞くと笑った。少しいたずらっぽい口調で、
「その“切っ掛け”にとって重要なのは、アニアさんなのじゃないかと考えているのですがね、私は」
などと言う。
アニアはその発言に驚いた顔を見せる。
「突然何を言い出すのですか? 冗談はやめてください」
「いえいえ、私は本気ですよ」と、それに魔王。
ヨシダはそんな二人を不思議そうに見ていた。




