27.セニア魔法技術応用研究所への激しい抗議とデイリーミー現象
「グッドナイト機械工業の名前が見えましたよ。それもはっきりと」
アカハルがそう言ったのを聞いて、アニア・ゴールドは「やっぱり」と呟き、それから難しい顔をつくった。魔王フルムス・クルブスはそんな彼女の隣で腕を組んでいる。
「東方のドラゴンの件は、恐らくゼン・グッドナイトが画策したのです。私が挑発したのでその意趣返しかもしれません」
東方のドラゴン騒動の次の日、アニアと魔王の二人は、早速シロアキ達のアジトに赴いて東龍自然の理の会で貰ったティーカップからアカハルの能力で情報を読み取ってもらっていた。今回は特に“グッドナイト機械工業”が見えないかとアニアは注文をつけた。彼女は自分の命を狙ったのはゼン・グッドナイトではないかと疑っていたのだ。
が、魔王はどうやらそうは思っていないようで、
「どうでしょうか? そんな軽率な行動を執る人物だったなら苦労はしませんが」
などと言う。
それにアニアはやや苛立ったような顔を向ける。自分の意見が否定された事に腹を立てている訳ではない。その彼の発言が、ゼン・グッドナイトの言葉を裏付けているかのように思えたからだ。
“魔王はゼン・グッドナイトに忠告をする為に、自分の知っている情報を伝えた”
だから「以前、あなたは“ゼン・グッドナイトの行動を引き出す為に刺激をした”といったような事を言っていたではないですか」とそう文句を言ってみる。
しかし、彼はそれに動じなかった。
「はい。刺激をしてみたのに、何も反応がないので考えを改めたのですよ。
それにアニアさんに危害を加えても、あの男に何かメリットがあるようには思えません。リスクとリターンのバランスがおかしい」
理屈も筋が通っている。
もっとも海千山千の魔王はそれくらい軽く取り繕うだろう。口も巧い。誤魔化しているのかもしれない。
アニアは“あなたはゼン・グッドナイトの人物像を見抜いた上で、あれを言ったのではないですか?”と言おうかと悩んで結局は何も言わなかった。
別に彼女は彼と喧嘩がしたい訳ではないのだ。
――ただし、今の現状に問題がないと彼女が思っていた訳ではなかったのだが。
「ところで、いつも見えている女性警官は今回は見えてはいませんでしたか?」
それから何故か魔王はそんな質問をアカハルにした。
「はい。見えましたよ」とそれにアカハル。
もちろんそれはクリン・クーだろう。自分も彼も彼女の知り合いなのだからアカハルに見えたとしても何ら不思議ではない。どうして彼はそんな事を気にかけているのだろう?
質問をしようかと思ったが、彼女はやっぱり何も言わなかった。仮に何か意味があったとしても巧く誤魔化されてしまうと思ったからだ。
次の日、一晩寝て、アニアは反省をした。
“今まで自分は間違っていた”
と。
彼女は探偵業などまるで経験がない。しかも助手に過ぎず、探偵は魔王でしかも彼は上司でもあって雇主でもある。つまりは捜査方針を決めるのは魔王であって、自分ではない。だから主体的に捜査をしようなどとは思っては来なかった。捜査の手伝いはするが、それだけで、後は基本的には魔王の方針に従って来た。
しかし、それでは魔王が何かを隠していたり、間違っていた場合、下手すれば取返しのつかないことになってしまう。
“クルブスに任せっきりでは駄目だわ。自分でも調べないと”
少なくとも、魔王がグッドナイト機械工業をほとんど調べようとしていない事には彼女は納得をしていなかった。だから自分でも調べてみようと決心をしたのだった。
少し悩んだが、彼女は図書館に行ってグッドナイト機械工業とユーデル鉄道の鉄道建設について取り敢えずは調べてみる事にした。多分、アニアの身を案じてなのだろうが、魔王が彼女を監視(?)しているのはほぼ確実なのだ。直接グッドナイト機械工業を調べ始めたら絶対に警戒をする。だから、新聞記事を調べる事くらいから始めてみようと考えたのだ。
どんな風に関わっているのかはまるで分からないが、今回の一連の事件は、グッドナイト機械工業とユーデル鉄道を中心に起こっている可能性が高いと彼女は考えていた。
探偵社が営業時間中だったので、アニアは図書館に行く許可を魔王に願った。彼はあっさりとオーケーを出してくれた。
以前図書館に出掛けた時も魔王はそれほど気にしていなかった。探偵社からそれほど距離が離れていないからかもしれない。
とにかく、それで彼女は図書館で新聞を調べる事ができた。ところが、調べてみても有用な情報が出て来ない。そもそもグッドナイト機械工業はユーデル鉄道に蒸気機関を売ってはいるが、経営にはノータッチで表向きは鉄道建設にも関わっていない事になっている。だから新聞でもほとんど取り上げないのだろう。
しかしそうして諦めかけた頃、彼女は気になる記事を見かけてしまったのだった。もっともそれは、グッドナイト機械工業に関する記事でもユーデル鉄道に関する記事でもなかったのだが。
「セニア魔法技術応用研究所への激しい抗議が行われている?」
その記事によれば、彼女が実験に協力しているセニア魔法技術応用研究所が反魔族派団体から反感を受け、研究を止めるよう圧力をかけられているのだという。
以前から、研究所は様々な嫌がらせを受けていた。ただ、それは手紙による誹謗中傷程度で直接圧力をかけられるような事はなかった。が、今回はどうも直接反魔族派団体が、研究所の前で抗議活動をしているらしい。切っ掛けは研究所で開発した魔法技術を応用した蒸気機関の安全装置が実用段階に入った事であるという。今後、自動車や汽車にも用いられる可能性があり、それを反魔族派は警戒しているらしい。魔法技術が人口に膾炙すれば、魔族に有利になると考えて。
彼女はゼン・グッドナイトが乗っていた車を思い出す。あの車の蒸気機関にも研究所の技術が使われていたはずだ。
多分、研究所の開発した蒸気機関がグッドナイト機械工業に認められたのだろう。
それから彼女は研究所を思い浮かべた。
研究所のある場所は緑豊かでのどかな土地だ。そこで抗議活動が行われているというのは、どう想像しても不釣り合いだ。
その記事を読み終えると、彼女は“こうしてはいられない”と、一度探偵社に戻って事情を話してから、セニア魔法技術応用研究所を助けに向かった。いつも通り、研究所に向う条件はウールリ・リールラを連れて行く事だった。彼女を心配しているからか、どうやら魔王も付いて行きたそうだったが、何か用事があるらしく諦めたようだ。
研究所に近付くと、直ぐにいつもと雰囲気が違う事に彼女は気が付いた。
緑に囲まれた研究所の前の狭い道に人がたくさんいたのだ。野次馬や取材をしている報道機関の人間も混ざっているのかもしれない。道の途中にいる人間達からはそれほど殺伐とした雰囲気は感じられなかったが、奥に進めば進むほど人々の表情は険しくなっていった。
そして、研究所の直ぐ目の前では、数人の人間達が「魔族に味方する裏切り者め!」「邪悪な研究をやめろ!」などと研究所に向けて罵声を浴びせていた。
これでは研究員達はちょっとした買い出しも難しいだろう。一体、どうしているのだろう?と彼女は心配になった。
「うわー 思った以上に悲惨ですね」と、それを見てウールリが言った。他人事だからか、呑気に聞こえる。
しばらく待つと、研究所の中からヨシダが現れた。
「当研究所が魔族に味方しているなどと言うのはデマに過ぎません。研究開発された蒸気機関は、この人間社会の利益になるもので……」
そう説明をし始める。
恐らく、何度も誤解を解こうと彼は説明を試みているのだろう。既にかなり疲れた様子だった。声も小さい。いや、声が小さいのはいつもの彼のマイペースな性格の所為なのかもしれないが。
ヨシダが説明をしようとしてもまったく無駄で、むしろ益々反魔族団体の抗議の声は大きくなった。罵詈雑言の内容もより酷いものになっている。彼らは聞く耳を持っていない。彼女の目にもそれは明らかだった。
“――どう、この場を治めよう?”
反魔族団体が抗議をしているのを少し離れた位置で眺めながら、アニアはその光景に頭を悩ませた。助けに来たは良いが、どうすれば良いのかまるで思い付かなかったのだ。
「ぼくが買い出しを手伝ってあげましょうか? 連中に気付かれないように、買い物に行くくらいは余裕ですよ」
そうウールリが提案する。
確かにそれでも研究所の助けになるだろう。だが根本的な問題は解決しない。
そこで一瞬、魔王を頼る事を彼女は考えた。が、直ぐにそれを恥じた。最近の自分は直ぐ彼に頼り過ぎだと。それに、魔王は全員を打ち倒す事はできても説得はできないだろう。そして仮に打ち倒してしまったなら、彼らと彼らの背後にいるだろう団体は更に魔族を敵視し、問題行動をエスカレートさせてしまうのだ。
それでは問題解決になるどころか、火に油を注いでしまう。
もちろん、それは彼女が彼らを強引に追い払ったとしても同様だった。
“……ならば、どうすれば良い?”
彼女はその時、少しだけ女性原理の話を思い出していた。女性原理的な解決方法なら、或いは上手くいくのではないだろうか?
少し考えると、彼女は反魔族団体の背後で魔法陣を描いた。攻撃の魔法ではない。リラックス効果のある癒しの魔法だ。
「何をするのです?」と、それにウールリ。「ちょっと試してみようと思って」と彼女は返す。
彼女がそこで魔力を練ると、やがて寂光のようなきらめきが辺りに漂い始めた。ウールリもそれを手伝ってくれた。寂光が充分な量になったのを見定めてから、水をまくような仕草で彼女はそれを抗議団体に向けて放つ。
寂光のきらめきが抗議をしている反魔族団体を覆っていく。疲れが癒えたお陰か、彼らの表情から険しさが幾分消えた。魔法を不思議に思ったのだろう。「なんだ、これは?」といった表情を彼らは浮かべ、互いに顔を見合わせる。そして背後で魔法陣の上に立っているアニアに気が付いた。
「おお! 勇者様ではないですか!」
一人がそう言った。
アニアは彼らに深くお辞儀をすると、「皆様、お疲れ様です」と挨拶をした。
「人間社会の今後を憂うばかりではなく、実際に解決の為に行動に出る。大変にご立派ですね。感心いたしました」
それを聞いて、反魔族団体の面々は「もしかして、加勢をしに来てくださったのですか?」と尋ねた。
「いいえ、違います」と彼女は返す。
「どうか、研究員の話を聞いて欲しいとお願いをしに来たのです。
私は、この研究所の研究を手伝っているものですから」
それにまた彼らは顔を見合わせた。
「勇者様が、邪悪な研究を手伝っているのですか?」
「すいません。私は邪悪な研究ではないと考えています。ですが、もしかしたら、私の考えが間違っているのかもしれません。
――ですから、一度、皆さんに研究員の方々の話を聞いてみてもらいたいのです。それで判断をして欲しい」
それに彼らはやはり顔を見合わせる。
他でもない“対魔族”の象徴である勇者がそう言うのだ。しかも、彼女は“魔王を打ち倒す運命を持っている”とまで言われている。無下にはできない。
どうやら彼らは話を聞く気になったようだった。互いに頷き合っている。
そこでヨシダもアニアに気が付いたらしく、「ありがとうございます、アニアさん」とお礼を言った。
それからセニア魔法技術応用研究所の研究員達が出て来て庭でデモンストレーションを行った。小型の蒸気機関を用意し、アニアが魔法で熱しても魔法による安全装置の作用で暴走したりしない事を示す。そして、それが特殊な術を持たない者にも扱う事ができると説明をした。ただ、安全装置がそこにあるだけで効果を発揮するのだ、と。
「一口に科学と言っても様々ですが、隠された知識や技術、或いはある特定の人間達にしかできない技能を公のものとして工夫をし、誰でも簡単に使えるようにする、という一側面があります。
この研究所で行われている研究は、そういった主旨のものです。
つまり、今まで魔族や一部の人間にしか利用できなかった魔法を、ごく簡単に一般の人間達にも利用できるようにするのです。むしろ魔族の優位性は低くなるでしょう。
これが人間社会にとって有用な技術なのは明らかです」
ヨシダがそう説明し終えると、ようやく反魔族団体の面々は表情を和らげた。
「あんたの言う事を完全に信頼した訳じゃないが、少なくともあんた達に悪意がないってのは分かったよ」
そして、そんな事を一人が述べる。
既に彼ら自身も抗議に疲れていたのか、それともこれ以上抗議をしても無駄だと考えたのか、それから彼らは研究所から去っていった。
「……なんとかなりましたね。
これで納得してくれるでしょうか?」
去っていく抗議団体を見ながらアニアがそう言った。
ヨシダは肩を竦める。
「どうですかね? 僕はそんなに簡単にはいかないと思います」
「どうしてですか?」
「デイリーミー現象って知っていますか? 簡単に言ってしまえば、自分達にとって都合の良い情報だけを採用する事で、どんどん思想が偏っていく現象です。
“魔族は悪”、“魔法は害”。そんな結論にとって都合が良い情報だけを自分達の間で共有し、それ以外の情報を“嘘だ”と跳ねのけてしまう……
しかも、それが集団内の相互作用で一つの信念にまでなっている。人間は周囲で信じられている事を自分も信じてしまう生き物でしょう? その所為でそれがより強固になっているのです。
宗教内で信念を否定する事は命懸けですが、彼らも似たような状態になっているのだろうと思われます。別の意見を言ったら、その誰かは仲間外れになり、下手すれば攻撃を受けてしまうのですね。だから覆すのは非常に難しいのですよ。
今回は、少しは納得したみたいですが、時間が経てばすぐ元に戻ると思います」
そのヨシダの説明に、「それは厄介ですね」と言って、アニアは大きく溜息を漏らした。
もう少しくらい他者を、多様なものを受け入れる寛容性を持ってくれれば、世の中はきっともっと良くなるだろうに、どうしてそれができないのだろう?
そして、そんな事を考えた。




